昔語④
それは、誰かが体験した悪夢の残骸。
誰が何の為にという理由は、事を引き起こす彼ら彼女らにとってはどうでも良いらしく、不幸にも目をつけられた者は、彼ら彼女らが作り上げた物語の被害者になるしかない。悲劇の始まりである。
しかし、悲劇の中に好機があるように、彼ら彼女らは被害者に少しの慈悲を残す。不幸にも選ばれた人間を哀れんでの事なのか、もしくは遊びなのか分からない。だが、決定的に物語を『成功』へと導いた者だけが、悲劇を喜劇に変えられるのだ。
だからこそ、私はアレら超越した存在が、神か悪魔か分からない。もしかしたら、自然現象なのかもしれないし、地球の意識か、はたまた外から来た知的生命体の可能性もあるのではないかと思う。偶に星空を見上げた時なんかは、あの煌めく星々の輝き全てが『此方を覗き込む目』なのかもしれないと考えた事もある。
……まぁ。
もう物語に組み込まれ、『失敗』した私には関係の無い話ではあるが。
彼女達が紛れ込んだのは、狂った私が作った展示場。
さて、今回不幸にも『私の物語』に紛れ込んだ者達は、発狂せずに帰れるだろうか。
願う者たちへ。
最悪の結果に至る行動のヒントは渡した。あとは彼女達の『幸運』を願うだけである。そして願わくば……私の物語を終わらせてくれ。これ以上、犠牲者が出ないように。
………………
強い酩酊感と共に、景色が無数の色の絵具をかき混ぜたように歪む。それから足裏に地面を踏む感覚がなく、平衡感覚もめちゃくちゃだ。
が、しかし。乗り物酔いに似た若干の吐き気を感じ始めた時、足に確かな重力を感じ、セドリアは強く踏み込んだ。すると、地面を踏む足音が鳴り、また同時に酩酊感と世界の歪みも一瞬で元に戻る。
「おぇ、なんやねんクソ……あ?」
靴の周辺に小さな雑草が生えているのが見えて、セドリアは勢いよく顔を上げる。
すると、さっきまでいた白銀の寒々しい世界から一転、緑の色彩豊かな世界がそこには広がっていた。
「……森?」
木々の隙間から暖かな陽射しが差し込み、鳥の鳴き声や樹々の騒めきからは生命力を感じる。
そして森の奥には大きな湖があり、少し遠くの湖畔には、小さなログハウスらしき建物が見えた。
「どこやここ……」
突然目の前に広がる景色に頭がこんがらがるセドリア。そんな彼女が「あっ、皆んなは!?」と辺りを見まわそうとした時だ。突如、両肩に重みを感じ振り返る。すると、片腕を右肩に回し左肩に顎を乗せるクラウの顔が見えた。
「うへっ!? なっ、クラウ!? おぉう無事やったんか……」
「へっへー、ドッキリ成功。そっちも早めに見つかって良かったぜ」
「……毎度私にドッキリ仕掛けるのマジでやめ……いやまって、早めにてどない事?」
クラウはセドリアから離れると、親指で館らしき建物を指差しながら言った。
「歩きながら話そうや。ヴァルディアがお前を探す為に貸してくれた探査用スライムが崩れたし、ちと心配だからな」
そう言って彼女は、ポケットを裏返して粘ついた液体をはたき落とした。その端の一部が灰になったように見えたのは恐らく、気のせいだろう。
…………………
自分が地に足をつけるまでの時間、何があったのかをクラウに聞く事にした。
「それなんだがなぁ……お前だけ時間的ズレがあったのか分からんが、私とグレイダーツ、ヴァルディアは比較的近い位置で目が覚めたらしくてさ。私が思いっきりシャウトしたら、向こうから来てくれたんだよ。けど、セドリアは聞いてねぇんだろ?」
「全く聞こえなかった。因みになんて叫んだんや?」
「今から《大発火》をぶっ放します!!」
「私が聞いたら全力でお前を探すな」
《大発火》は周囲5メートルくらいを纏めて炎で焼き払う魔法である。違う言い方をすれば、大規模放火魔法だ。そんなモノをこの森で放てば……流石にみずみずしい樹々も一気に乾燥し、良い燃料となるだろう。
「だろー?」
「だろー? やないで、お前誰も来なかったら本気で放火したろ」
「おう!!」
笑顔で言い放つクラウに溜息を吐く。時々デンジャラスな思考回路になるのがコイツの唯一の欠点だ。そして、指摘しても直す気は無いらしい事は、この1年の付き合いで良く分かっている。
そんな訳で、追求という名の説教をしても疲れるだけ、そう思いセドリアは言葉を飲み込み続きを促す。
「あぁ、続きね。グレイダーツとヴァルディアはあからさまに怪しいあの館を探索してくるから、私にはセドリアを探せって言われてさ。ほんと近くにいてくれて助かったぜ。にしても、ヴァルディアがサラッとお前の匂いと生命反応? を探知できるスライムを寄越してきたんだけど、お前ら普段からどんな付き合いしてんだ? 正直、この私でも素で引いたぞ?」
「安心せい、今の話聞いて私も引いたわ」
…………………
GPSは安定の無効化、携帯の電波も勿論入らず、この場所は完全なる未知の世界である……というのは、先の会話で良く分かった。となれば、誘われたこの場所を探索するしかない訳で。
目下、最も目に着く場所はただ一つ。
クラウとセドリアは館の前に辿り着いた。館は遠くで見た時よりも古びた印象を受け、また蔓などの雑草や塗料が剥がれ落ち色褪せているように感じる。
「めっちゃ年季入った建物だな」
「築何年やろ、ちょっと入るの怖いで」
「私も入りたくはねぇけど……」
クラウとセドリアは足元を見る。降り積もった埃と塵にくっきりと、今時の若者が履いていそうな靴の跡が2人分ある。あの2人がこの建物に入ったのは確かなようだ。
「行くっきゃねぇか。どの道、何処まで続いてるか分からん森の中を抜けるのは得策じゃねーし」
「でも、この建物に帰還方法があるとも思えないけどなぁ。それに犯人的な奴がいたなら思う壺やないか?」
「そん時は守ってやんよ」
肩をポンポンと叩きニカッと笑みを浮かべるクラウ。セドリアは何か言い返そうと思ったが、戦闘面では本当に頼るしかないので「あぁ、是非とも守ってくれよー」と棒読みで返事をする。
「お任せあれお姫様?」
それを了承と受け取ったクラウは軽口を叩きながら、館の扉の把手に手をかけ引いた。小さく木の軋む音を鳴らしながら、木製の扉は開いていく。
ぱっと見で目に入るのは、大きな玄関ホール。その壁や、中央左右に分かれて2階で合流する豪邸などによく見られる階段の柵には、無数の『絵画』が飾られている。
その絵の内、普通の風景画らしき絵を除けば、残り全ては女性の肖像画であり、暗い色合いなのがとても不気味で……髪色や服装は異なるが、顔だけは同じだと直感で思った。つまり、ここに飾られている肖像画は全て誰か1人の絵という訳だ。
セドリアはそんな、なんとも異様な空間に一歩、足を引いた。その瞬間、通り抜ける室内の空気が鼻に掠め……独特の香りが鼻腔をくすぐる。
決して臭いわけではない、ないのだが……。
「うぉえ、なんやこの匂い……香水かなんかか?」
埃っぽさに混じる、香水をいくつも配合して散布したような香り。決して香りがキツいわけではないが、吸い続けるのは少々精神的にしんどいと感じ、セドリアは思わず手で鼻を覆う。
その隣で、クラウはスンスンと鼻を鳴らすと首を傾け呟いた。
「……鉄、いや様々な鉱石に、油。絵の具の匂いか?」
「ここまで匂いのキツい絵の具て、なんや」
「や、私に聞かれても。とりあえず行くか?」
「……行かないと進展は無さそうやしな。嫌でも行くしかないやろ」
「だなぁ、じゃあひとまず。グレイダーツとヴァルディアを探すのを目的に探索しようぜ」
「賛成、まぁ闇雲に探すよりはええな」
そう言って、2人は館に踏み入った。
予定だとそんなに長い話じゃない
筈なんだけどなぁ




