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昔語②

筆が進まぬ、若干スランプ


 ヴァルディアという1人の少女は、入学した初日から常に達観したような目をし、溜息を多く吐く事が特徴的だった。そして、どこか排他的で、近寄り難い雰囲気を醸し出していた。


 セドリアが最初に彼女に抱いた感想は「アイツぜってー根暗だけど、私も類に違わんし。機会があったら仲良しこよししとくか」と、たかがその認識であった。


 その主な要因は、50年前に奇跡的とも言えるほど実力を持った1年生が数多く在籍して、混沌を醸し出していたからである。

 気にする、気になる者どもが多すぎて、根暗な奴など本当に陰に埋れてしまう、そんな年度であった。


 例えば。


 《召喚魔法》でグラウンドに1000の甲冑や騎士を召喚して対する様に半分ずつ並べると、お互いに潰し合いをさせて昼飯代を賭けたゲームを平然と行い。


 1年生の内から難病を紐解き治療薬を確立させ、実力共に認められて数多のスカウトを受ける者がいた。


 魂の証明と、それに基づく説得力のある論文を書き上げる生徒がいて、魂の存在を否定する者全ての声を黙らせた者や。


 全ての等価交換の頂点に立ち、命の根源となれる究極の『紅い石』の作り方をノートの端に落書き感覚で描くお調子者がいた。


 魔法魔術学校に来ているのに、何故か科学と化学に傾き、魔法よりもそちらに熱を入れる資産家の息子がいた。


 など。これが氷山の一角でしかないという事実、そしてヤベー奴等が数多くいたのだ。


 そんな中だからこそ、陰に埋れたヴァルディアという存在を引っ張り上げる者がいた。その中の1人が偶然にも似た趣味を持っていたセドリアや、後に共通して魂の研究を始めたクロム、あとは普通に友達として付き合う事になったクラウ、デイル、グレイダーツ。


 と、昔話に華を咲かせればいつまで経っても枯れる事の無い程に濃い世代であった事はお分かりいただけたと思う。


 さて、話を戻そう。ヴァルディアという少女にはひとつ、出ていた能力があった。それは『人間観察』である。同時に趣味でもあったそれは、表立っていなかったとはいえ、彼女の自我を作る上で悪影響となったのであろう。


 ヴァルディアは人が感情の変化を見る事を、こよなく楽しく感じていた。


 努力が実り成功し喜ぶ者、友人と喧嘩し不毛な争いと怒りをぶつける者、親族が死んだのか数日間は塞ぎ込み毎日のように泣く者、常に笑顔の絶えないクラスの中心的人物などなど。


 喜怒哀楽の全てを見るのが好きだった。それが、絶望や希望といった極端な感情に至る程に。

 セドリアはそんな彼女の極端な部分には触れずに気がつかず……彼女の考える学友の内心を読み取る能力に惹かれて、人間観察の楽しさを知った。


 話す内容は平凡なモノだが、しかし趣味が合えば盛り上がる。更に平凡とは程遠い混沌の世代で、飽きる暇など全く無かった。


 やがて、考古学研究か民俗学者になるつもりだったセドリアにとっても、打算抜きに彼女は数少ない親友の1人となった。


 そんな、彼女も、周りに絆されて……やがてひとつの決定的でかつ致命的な失敗が起きてしまった。


「昨日、男子生徒に告白されたのよ。で、顔を赤らめてそれっぽくモジモジと恥ずかしそうに返事に困ってる様を演出してムードを上げたあと振ったわ。


 全く、人の希望に満ちた顔から一転絶望に落ちた時の表情。その逆もまた然り。あぁ、思い出しただけでも、良いわとても……とてもゾクゾクするわ!!」


「素で引くわ」

「あら?」


 発狂して狂う前から、そこそこヤベー奴。人が希望から絶望に落ちる様を美しく思い、また喜悦を覚える。逆もまた然り。


 それが……ヴァルディアという少女の歪み始めだったのかもしれない。


「ところで、その男子を振った理由は、ほんまにそれだけなんか?」

「いえ、まぁぶっちゃけ魅力が無かったからかしら?」

「ほーん? でも顔は良いし、なによりソイツなかなかデカい財閥のお坊ちゃんやで?」

「それでもよ。周りが魅力的な人ばかりだし基準が肥えてしまったのかしら。あ、因みにだけど……クラウやグレイダーツよりも魅力的ならOKね。あとお金には興味ない」

「アイツらか……中々な無理難題を振りおるわ」


 1年ならば名を知らない者がいない魔法の熟練者で、また誰とでも仲良くできるパーソナルスペースの柔軟さと人当たりの良さもあり、クラスでも人気が高い。

 そんな彼女達と同じようにとは……このクセの強い学年ではかなり難しい事である。


 故に基準が肥えたという彼女の言葉に、同じ日陰者として、これ以上言うことはない。自分もまた、そうだから。


………………


 ……悪とは何なのか。それは、純粋な自己満足への『結果』へ辿り着く為に手段を選ばない事かもしれない。


 そして精神的に成長する時間は『建前』を覚えていく時でもある。人間観察に長け、また聡明な彼女にとって、深淵のような暗闇が満たす心の底を隠す事は容易かったのだろう。そうなった要因は、自身が酷い人間生を持っていると公言しても尚、信用して信頼してくれる人間が居たからなのだが、皮肉な話である。


………………


「クラウって、もしかしてクラウ・リスティリア?」

「ん? グレイダーツは有名人だから知っててもおかしくないけど、クラウの事も知ってるんか?」

「知ってるもなにも、俺の祖母がクラウ・リスティリアなんですが」

「んん!? マジか」


 セドリアは驚いた声を出しながら、重力を感じさせない動きで急接近するとリアの顔を上から下まで何度か見つめて頷いた。


「確かに面影あるなぁ君。綺麗な空色の瞳といい、目つきの悪さといい、似てるとこは似てる」

「目つきはほっといてください!!」

「はっは、まぁまぁ。にしても友人の孫かぁ。時代の移り変わりを感じるなぁ」


 懐古している雰囲気を醸しながら、彼女はしみじみとした様子で呟いた。それから、話を再開しようと口を開こう、としたセドリアは妙な引っ掛かりを覚えた。


(あれ、でもこの娘。確か自分のこと『リア』って名乗ってたよな……?)


 思い起こすは十数年前のこと。クラウが先に逝ってしまう前に交わした最後の遣り取りの中で、孫が出来たことを自慢げに報告する彼女と電話で話した事を覚えている。そこに答えがある気がしたが、どんな会話だったか朧げで思い出せない。


(なんやこの違和感は……。むーん、今考えても答えは出ないか)


 そう自分の中で区切りをつけて、セドリアは続きを話すために口を開いた。


……………


 クロムとヴァルディアは半年の付き合いで一つの共同研究を課題にしていた。テーマは『エクトプラズマと魔力エネルギーの繋がりについて』。まぁ、要するに彼女達は『魂の証明』をしようとしているらしい。


 なんとまぁ、オカルトに傾倒しているテーマに思えたが、真面目な研究データを見せられれば馬鹿にできるものではなかった。

 ただ、ヴァルディアがクロムの研究に興味を示す要因が分からなかったセドリアは、手伝う理由を直入で聞いたことがある。すると、彼女はおもちゃを買ってもらった子供のような笑みで返すのだ。


「魂、見れたら面白そうでしょ? 人間観察も面白いけど、最近少しマンネリ化しているし。そんな時に彼女の研究を聞いて『もしかしたら、人の魂は人それぞれ違う色や形をしているのではないか』『人の魂は感情と結びつきはあるのか』……と考えて。まぁ『魂』の証明ができなくちゃ意味ないけれどね」

「つまり、表は見飽きたから裏が見たい的な?」

「……そうなるのかしら?」

「私、クロムやお前と縁切りたくなってきたわ」

「嫌よ、絶対に切らない」

「ちょ、近寄ってくんなや」


 ガチで引いて距離を取るセドリアの後ろに回り込むと、ヴァルディアは首と腰に腕を回して動けないようにロックをかけると「ほらほら、ズッ友だよって言って」などと囁いてくる。

 セドリアは息が苦しくなる前に諦めて「ズットモダヨ」と返した。


………………


 ……そんな記憶が掠れる程に色濃い2学期を終えた頃。クロムとヴァルディアが勉強会を行うらしく、何故か「セドリアもどう?」と誘われた。

 春休みも半分ほど経過しており課題やらなんやらを終わらせて暇をしていたセドリアは、何か嫌な予感を感じはしたが、暇には勝てず折角だからと了承した。



 そして待ち合わせ当日。



 駅前に8時という、早朝なのと場所に若干違和感を覚えつつも向かうと、そこにはクロムとヴァルディアの他に、クラウとデイルにグレイダーツ、あと名前すら知らない他組の生徒が数人いた。最早、ちょっとした集団である。


「なんでこんな大勢、来とるんや……? なぁヴァルディア。今日って勉強会やろ?」

「その筈だったのだけれど、グレイダーツにバレて芋づる式に……」

「芋づる式に、て……。これじゃ小洒落たカフェなんか行けへんやん。何処で勉強会するつもりなんや」

「さぁ?」

「知らんのかい……呼んでおいて無責任すぎひんか」


 そんな会話をしていると横からニュルとした動きで1人の生徒が顔を出す。


「よっすお二人さん!! いい朝だな!!」


 快活に挨拶してニカっと明るい笑顔を浮かべるのは、クラウ・リスティリア。


 この集会の元凶の1人が、人懐っこく肩を組んでくる。その笑顔をぶん殴りたくなるのは、すぐのことであった。


 それから自身の退屈を消し去ってくれるクラウを見るヴァルディアの表情は、入学当初とは真逆で煌めいていた。

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[一言] クラウさんも目つきが悪かったのかw
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