後話 HUNTING NIGHTMARE③
誤字報告ありがとうございます
時間の感覚がとても曖昧で、でも長い間、冷たい暗闇に沈んでいた気がする。記憶もはっきりとしている。
……自分の身体を贄に使った儀式で、海の底に溜まった『暗い魔力』に器を与え魔物に落とし込んだのはいいが……アレからなにがどうなったのだろう。
魔法は、成功したのだろうか。
確信が持てない。
だけども、私の意思は確かにある。
なら、ここは死後の世界なのだろうか?
いやはや、それもまた違うと思いたい。こんな虚無が死後ならば、とても……寂しいではないか。
だから……ここでふと思った。
「もしかして、今の私は幽霊的な存在なんか? はえー、面白いことになっとるやないか」と。
……そう考えなければ、この異様な閉鎖空間に発狂しそうだった。
………
時折、微睡の中で見る浅い夢のように、目の前が淡く光り、普通の人らしき存在が現れては、ぎこちない動きで何かをしている様子が窺えた。
踊りや歌? などが多かったと思う。何かの儀式だろうか。分からない……だが、ただ一つだけ確かな事は、時折痛烈に感じる『暇』という感情が薄らぐ事だ。
……そういえば、昔、自分が調べていた悪夢と内容が似ている。
そんな事を考えながらも、何も出来ない状況が長らく続いた。ある日の事。
急に世界が大きく揺らいだと思ったら、身体に纏わりつく暗闇の拘束力が弱くなった。
いや、闇自体に光が差し込んでいる。こんなのは初めてだ、何が起きているのだろう。
いろんな事を考え、その後は脱出できないかと試しては落胆してを繰り返していた。
これを、大凡数時間は費やして行なっていた時である。この暗闇に大きな変化が訪れた。
また、夢を見るように視界が開けたのだが、何故かそこに3人の浴衣を着た少女が見える。突如として現れた黒い扉を通って来た彼女達は、何者かに攻撃され始めたが、卓越した動きで回避。そして、1人の少女が変態的な機動力で目の前までやってくると、大きな籠手らしき物を纏う右手をグイッと引いて溜めを作り、掌底を放った。
瞬間、凄まじい破壊の奔流が駆け巡った。そして全てが悪い夢だったと言わんばかりに、身体に纏わり付く闇や拘束が消えて砕けていくような感覚と、強烈な覚醒感を引き起こす。
気がつけば、自分は動けるようになっていた。だが、上手く立ち上がれない。そうやって、床に這いつくばっている間に、目の前の少女は背を見せると歩き始めた。ことの展開の速さに混乱している場合ではない。引き留めなければ。
(ちょ、ちょい待ってくれんかキミィ!!)
私は、置いて行かれる事への恐怖心から、どうにか動いた片手を伸ばして彼女の足首を掴む。すると、ギャグ漫画のような傾き方をしながら、少女は目の前でずっこけるのだった。
…………………
「痛ったいッ!! ぐぉおお!!」
顔面は流石にヤバかったらしく、リアは一番ダメージのデカい鼻を押さえながら、涙目で蹲った。
その様子に駆け寄るダルクとレイア。
「顔からいったけど、大丈夫かい?!」
「めっちゃ痛い」
心配してくれるレイアを他所に。ダルクは若干、薄ら笑いを浮かべて言った。
「なに、なんもない所で転んでんだよリアっち。ドジっ子属性は今時、流行んねぇぞ」
その発言に少々カチンとしながらもリアは弁明した。
「違うって、何かに足がひっかかったんだって!! 滑ったとかじゃ無くて本当に!!」
「言い訳にしても見苦しい……ぞ……」
と、そこで馬鹿にしていたダルクが口籠った。彼女の視線の先は、リアの言う足首に向いている。
そして、少し顔色を青くしながら、指差して言った。
「足首のそれ……」
「……ん?」
ここでようやく、リアも自分の足首を確認する。すると、明らかに人の手型の痣が浮かんでいたのだ。しかも若干、皮膚が指の形に凹んでいるところを見るに、現在進行形で掴まれているらしい。
「なに、これ……ふんぬ」
思いっきって足を引っ張ると「ギシシ」と骨が軋む音が鳴る。少し動くが拘束から完全には抜け出せない。
「……」
何もない空間に連続で手刀を繰り出してみるも、足を掴む何者かの力が弱まる事はない。
ただ、何者かがここに居るという『気配』のような、ふわりとした感覚はひしひしと伝わってくる。しかし、魔法の気配が無い為に、リアは本気で困惑していた。
「どうしたらいいの……助けて」
リアの懇願に、レイアは困った顔で首を傾げ苦笑いを浮かべる。一方で、ダルクは心当たりがあるのか、リアの足をよく観察しつつ口を開いた。
「……多分だけど、私は分かったぞリアっち。原因なら簡単に取り除ける」
「本当ですか!? ってかまず、コレなんなんです? 『澱み』とは関係なさそうだし、敵意とかは感じないんですけど。透明な弱い魔物とかですかね?」
「どっちも違う……あれだよ、簡単に言えば、幽霊的な存在だと思う」
「幽霊?」
と、ここでレイアが一歩、足を引いた。
「ちょっと先輩さぁ、こんな時に冗談は良くないと思うよ? ゆ、幽霊なんていないのに」
「幽霊はいるぞ? 私、何度も見たことあるし」
「またまた冗談を。もしかして僕を怖がらせようとしてます? そういうところ意地が悪いと思いますよ」
「冗談とか嫌がらせとかでなく本気なんだが……もしやレイア、幽霊が怖いタイプ?」
「こ、怖くないし!!」
リアがなんとなく訊ねれば、汗を流しながら全力です否定するレイア。
レイアは幽霊が怖いタイプの人間だったのかと、意外な友人の一面に驚いた。
前にダルクは『幽霊は物理攻撃が効かないから嫌いだ』と話していたが、リアは『幽霊という非科学的な実態に面白さを感じる』タイプである。故に怖くも無く、別段取り乱す事もせずに話を促した。
「それで先輩、幽霊的なにかに対応してきたなら、この状況もどうにかできるって事でいいんですか? っていうかマジで痛ぇな強く握りすぎだろ」
何も無い空間に再び手刀や貫手を繰り出しながら言うリア。若干言葉遣いが粗暴になってきており、かなり苛立っているのは誰から見ても分かった。
だからこそ、ダルクは冷静に考えていた対処法を提案する。
「まだ、ガチの幽霊って決まったわけじゃねぇが……そうだなぁ。対処法としては、こう人の形をしたモノを用意すれば、そっちに移ってくれる可能性はあると思う。人形やぬいぐるみとか」
「人形? そんなもの持ってな……あっ」
リアとダルクの目が、レイアの顔に向かう。レイアはとても嫌そうに体を引いた。
「……僕の《西洋甲冑》を召喚してくれってのは視線で察したよ。でも、幽霊の証明なんてしたくない!!」
「そこをなんとか頼むレイア!!」
「大丈夫だって、幽霊的なナニカの可能性の方が高いだけで、幽霊って決まった訳じゃねーんだし」
「それほぼ幽霊って言ってるようなもんでしょ!? というかリアは頭下げるのやめて」
「レイアー、たのむよー。マジで足首痛ぇんだよ。早くどうにか出来るならしてほしいかなぁって」
「うっ、そんな言い方卑怯じゃないか……」
若干、足首の掴まれている部分が痣になりかけているのと、ちょっと涙目になりつつあるリアを見て、レイアは盛大に溜息を吐くと。
「幽霊じゃない、幽霊はいない。僕は信じない、そうだよ、この透明な奴は魔物とかさっきの『澱み』みたいな不確定的何かで……」
自分に言い聞かせるように呟く後輩にダルクは(そこまで言ったら、もう幽霊でいいだろ)と思ったが空気を読んで黙った。
「よし『擬似生命無し』《召喚:西洋甲冑》」
意を決したレイアは、リアの真隣に西洋甲冑を召喚した。するとだ、さっきまで感じていた足首から掴む力が抜けていく。
なんだかんだ成功したのかと思い、リアは痛む足首をさすりながら、立ち上がろうとした時である。
西洋甲冑には擬似生命がインストールされていない筈なのに、甲冑が「カシャ」と金属の擦れる音を鳴らす。更にスリットに青い眼光のような光が灯ると、リアの肩に手を置いた。
そして……。
『いやぁ、すまん痛かったやろ堪忍な!! あと、身体用意してくれたのはナイスや!! サンキューやで!!』
リアは呆けた顔で口を半開き、ダルクは本気で困惑するレアな表情をする。そしてレイアは、目を見開き一本足を引いて……数秒の時が過ぎた。
しかし、その沈黙は3人の同じ叫びで掻き消える。
「「「うわぁぁあ!! 喋ったぁぁあ!?」」」
『うわ、急に叫ぶなやビックリするやないかい』
何故かやけに冷静な、西洋甲冑に取り憑いたナニカが呟く声が聞こえた。




