後談
その後の話。
海上でお互いの無事を確認しあったリア達は、心穏やかな気持ちで岸に向かった。
晴れた日差しは眩しく、しかし事の終わりを告げているようで、あのダルクですら柔らかな表情をしていたくらいだ。
ただ、失踪事件に関してはあまり解決していないのではと、リアの心は少しだけ引っかかりを感じていた。それをぼやくと、ダルクからは「解決するのが珍しいもんさ」と極普通の慰めを貰い、誰だこいつと疑いの目を向けつつも。
シストラムはティガの操縦でライラの家へ、オクタは住人に見られるのは不味いだろうと、同じくライラの家に送った後の事だった。
まぁ、予想していなかった訳ではないが、海岸から家に向かう途中、魔道機動隊の戦闘服とフルフェイスのヘルメットを着用した2人組と鉢合わせた。直後に飛んでくる「そこの少女ら、少しお話聞かせてもらおうかー?」という制止の言葉。
どこから見ていたのか分からないが、確実に一部始終は見られていたようだ。
あとは予報通り、事情聴取を受ける羽目になった……のだが。
「ダルク?」
「うわほんまや、ダルクやんけ……お前何してんねんこないなところで」
「ありゃ、お2人さん久しぶり」
「なるほどなぁ……ジルの奴が私らに巡回頼んだ理由はコレか」
「コレ、は酷くね? 今回はかなりの功労者だよ私は。で、ジル公がうんたらって……現状を把握してるって事でOK?」
「せやなぁ。まったく面倒な仕事押し付けよったもんやで。今度居酒屋でも奢らせようや」
「ならばこの前行き悩んだ場所にしようか?」
「ええなぁそれ。予約しとこか」
「なら私もついでに連れてってくれよ」
和気藹々としているところを見るに、どうも知り合いなようだ。
戦闘用のフルフェイスヘルメットのせいで顔は見えないが、口調が柔らかくなっていたのもあり高圧的な雰囲気が霧散。ヘルメットから感じる鋭い目線も無くなったように思う。
リアは取り敢えずダルクの脇を肘で突いて、説明を求めた。
「此方はジル公の探偵事務所と協力関係の、サーさんとマーさん」
「おい、ちゃんと紹介しろ……。私はサーシャ、魔道機動隊、実働部隊所属だ。それで、こっちは」
「右に同じで、マーさんことマギアや。よろしゅうなぁ」
「よろしくお願いします?」
やんわりとリアの手を取り握手したマギア。それから、証拠と言わんばかりに魔道機動隊のライセンスカードを提示される。顔写真を見るに、マギアは明るめの赤髪が映える、おっとりとした様子の美人であった。そんな彼女の緩い調子に押されながらも……間を割って、ライラが発言した。
「ふむ、それならば丁度いいな。なに事情聴取など面倒で時間のかかる事などしなくて良いぞ」
「それはどう言う意味だ?」
キッとした物言いのサーシャ。恐らく侮られているとでも受け取ったのだろう。ライラは頭の中で(仕事熱心か、面倒だな)とかなり失礼な事を思いながら、懐に忍ばせていたUSB端末を取り出すと。
「先の魔物の参照データと、戦闘映像から討伐までの映像記録だ。派出所でそれを確認した後、本部に送るなりして判断してくれ」
「ほー」
「考えなしに受け取るなバカ」
「ご、ごめん」
マギアはライラの差し出す端末を受け取り、サーシャがそれを咎める。が、受け取ってしまった以上仕方ないと思ったのか、奪う事はなかった。
そして、彼女はまず自分達が討伐した事自体を疑う。さしものリアも当たり前の対応かと思いながら口を挟む事はなかった。
「それで……USB端末一つを渡され、ハイそうですかとはいかない」
「そりゃそうか。なら次はコレだ」
ライラは続け様にもう1つUSB端末を取り出して、サーシャに差し向けた。
「恐らく魔道機動隊の上層が騒いでいるであろう、謎の飛翔機体のデータ。いや……私が作った試作機のデータだ」
内心で(ティガに探らせてあるから、確実に何かしらの騒ぎになっているのは知ってるけどな)とドヤりながら言う。それを聞いたサーシャは、眉間を親指と人差し指で押さえながら、片手を制止するように突き出すと。
「まて、それこそ信じられるかという話だ。あの機体を君が作った? 証拠は何処にある?」
「通報すら無い機体の情報を知ってるだけで結構信憑性はあると思うが? うむ、それでもというなら、こうだ。私の名はライラ・デルヴラインド」
「……デルヴラインド?」
「えぇ!? 本当に!? あっ、よく見たら貴方、雑誌で見た事あるかも……」
「知っているのか?」
「逆になんで知らないのサーシャ!! 社長が軍事用品だけでなく、様々な発明で天下を取ってる大企業だよ!! 私達が今着てるスーツもデルヴラインド社製!!」
「なんだと……」
そこまで有名なのかと、隣のリアが目を輝かせる。一方で、ライラは態とらしく眼鏡を直し、相手の出方を待つ。
サーシャは確認するように自身の着ている戦闘服をペタペタと手で触りながら「むむむ……」と唸っている。
ならばこれを好機と見て、ライラはサーシャの手に自身の家の住所を書いた紙を強引に手渡すと。
「連絡先と住所だ。どちらにせよその端末に貴方達の知りたい情報はあると約束する。だから、あとは派出所で頼んだ。我々は少し疲れているのでな。なんなら、また後日に訪ねてきてくれ」
「んー分かった、ほな帰るでサーシャ」
「ま、まて。まだ聞かなければならない事が……!!」
「さっき渡した紙に一応、ビデオ通話のIDも書いておいた」
「なら問題あらへんなぁ。私らとて強引に事情聴取できる権限は無いし、討伐対象の魔物もいないなら一旦、戻らせてもらうわー。ダルクの知り合いなら信用できるしな」
「信用できるぜ」
親指を立てサムズアップするダルクに、サムズアップで返したマギアは、サーシャの腕を掴み引っ張る。
「ジルにもよろしう言うといてやダルク」
「おーう、じゃーなー」
「ぬぉー、引っ張るなー!!」
「ほらほら、ちゃんと歩いて」
「まず手を離せ、おいー!! あー、最後に!! 君達ぃ!! 危険な事はあまりしないように!!」
最後に心配の言葉を投げかけてくれるあたり、サーシャという女性は良い人なのだなとリアは思いつつ。
そんなこんなで、2人は去って行き。
魔道機動隊との事情聴取はまた後日、ライラ先輩に任せる流れとなった。なったのだが、ここでレイアが一つ気になった事を聞いた。
「ところで先輩。あの記録映像、ちゃんと録画できているのかい?」
「ん?」
「砂嵐や、謎の映像の乱れみたいなのは……」
「それが不思議な事にティガに操作を任せた映像は大体、綺麗に録画されていたんだよ」
「……なぜ?」
「さぁ? 単に『澱み』が、映像を乱す力を失くしたとかじゃないか? どちらにせよ、遺跡に潜んでいた時のような事は無かったな」
なんて会話をする一方で、庶民感覚のリアは軽く引いていた。
………………
「はっ、くしゅん……ずずっ」
ライラの家に着いてからすぐの事。エアコンの風に揺られたリアは、寒さから小さなくしゃみをした。
どうにも、海水や小雨を長時間浴び続けていたせいで、思っていたよりもずっと体温が下がっていたようだ。
服は見た目では普通に見えるが、まだまだ半乾きである。
そんなリアを見たライラはふと考える仕草をした。そして、リアにとっては非常に困る発言を投下する。
「風邪を引くと面倒だ。夏の風邪は特にな。よし、みんなで風呂入るか」
「えっ」
「磯臭いし、祭りに行く前に綺麗にするのもいいだろう」
「ライラァ、その口振りなら私の分の浴衣も期待していいか?」
「いいぞダルク。今の私は良い気分だからな」
「良い気分じゃなきゃ貸してくれなかったのか? まぁ、貸してくれんなら別に良いけどさ」
「……着る物があるのなら良いだろう。ところでだライラ、我のサイズに合う浴衣はあるのか?」
「ティオのは昨年のがあった筈」
「僕のは貸して貰えるのかな?」
「レイアなら、私と同じサイズでいけるだろ」
「へー、2人って同じサイズで……痛ったい足の小指がァァア!!」
失言をしたダルクの足を2人が踏み付け、彼女は痛みから床に転がり悶絶する。
そうして、他愛の無い会話をしながら、浴室に歩いていくのだが……リアはちょっと待ってくれと顔を痙攣らせた。
物凄く失礼な話かもしれないが、ルナのおかげで女性に対してもある程度耐性ができているし、別に裸を見てもなんとも思わなくなっている。
思わなくなってはいるのだが、見目麗しき若い乙女達の中に、紛い物の自分が入っていくのはまずいだろうと、もはや薄れつつある男の精神が訴えかけてくるのだ。
なんて事を、ルナの前で言えば「セリアさんと共にお風呂に入っているのに?」と冷めた目で言われそうだけど……。
そうして目をぐるぐるとさせ、頭を抱えていたリアの前へ、人影が躍り出た。白い髪を揺らす彼女は、勿論ただ1人。レイアである。
「どうしたんだい?」
「いやー俺は後で入ろうかなって」
「なんで? 風邪を引いたら大変じゃないか」
「うん……」
正論に返す言葉もなく、これといって断る理由も無い為にぐうの音をあげるリア。そこに近寄ってきたダルクが追撃とばかりに口を開く。
「なんだよリアっち一緒に入るの嫌なのか? 仲良く行こうぜぇ……」
「しれっと肩に腕回すのやめてくれます?」
鬱陶しそうにするリアに、ダルクはこっそりと耳打ちした。
「……風呂って中を深めるのに良いコンテツンだって聞くぜ? 確か裸の付き合いって言うんだったか? 私は良いとしても、レイアやライラ、ティオと仲を深めるキッカケになるかも……」
「よし行こう」
「言い切る前に決断しやがった」
……まぁ、しかし。
正直なところ、この溢れ出る感情は、単なる友人の肌を見る事と、自身の裸を晒す事への気恥ずかしさから来ているのだろう。要は普通の羞恥心である。たぶん、きっと。
……………………
なんて思ってはいたものの、身体を流して湯船に浸かる頃には……意外な事に羞恥心はあまりなかった。それは先輩達の裸を見た時も同様で、みんな綺麗だなぁといった純粋な気持ちしか浮かばない。
……精神の変化はここで打ち止めなのだろうか?
ともあれ、どちらにしても今は有難い事だ。男としての性が健在ならば、無駄に赤面をしてあらぬ誤解を招くところであった。いや、別に同性だし誤解も何もないか。
因みに、余談だが湯船はかなり広かった。5人同時に入っても、まだ余裕があるくらいだ。
そうしてぬるま湯の風呂を堪能しながら、風呂の大きな窓から青く美しい海を眺める。さっきまでドンパチしていたのが嘘のように静かで穏やかだ……。だが、海底には無数の残骸が散らばっている。
あれは誰が処分するのだろう。
当人はどう考えているのかだけ興味が湧いたリアは、直接聞いてみる事にした。
「先輩、あのビルや鉄塔の残骸は勿論、掃除するんですよね?」
すると、彼女は腕の前で腕を組んでこう言った。
「……私の最近のマイブーム教えてやろうか?」
「唐突になんですか……でも聞いてあげます」
「……環境破壊だ」
「聞いて損した」
「というか回収なんざ出来ねぇって。ほっとけほっとけ、いずれ魚の住処にでもなるさ」
「確かにそうですけど……」
片手をぶらぶらと振り、暗に回収する気は全く無いと告げるダルク。リアとて、今回に関してはダルクの功績は大きかったのと、確かに回収するのは無理そうだなと考え口を閉ざした。
そうして会話にひと段落つけた時である。やたら、周囲が静かな事に気がついたリアは、ふと辺りを見て小さく「ヒェッ」と悲鳴を漏らした。
睨み付けるような視線が2つ、自分に突き刺さっている。もう感じるとかそんなレベルではなく、突き刺さっているのだ。誰とは、言わなくても察してもらえるだろう。
「やはり、デカいな……」
「ですね……リアだけでなく先輩も」
「ダルクは何気に隠れ巨乳だからな。しかし、まったく何食ったらあんなにいやらしい脂肪が育つんだ?」
「さぁ? 僕は毎日、豆乳やら牛乳やらを飲んでいるけれど」
「やめとけ、ありゃほぼ無意味だ」
「そうですね、虚しくなったんで辞めます」
小さく会話しているつもりなのだろうが、丸聞こえである。リアは目を瞑って湯に肩まで浸かり、聞こえない振りをした。面倒だ。
ついでにダルクは、流石に煽る気にはならなかったらしく、リアと同じように……。いや、彼女の性はとしては煽りたかったのだろう。肩を震わせ笑いを堪えた表情を隠す為に、顔へタオルをかけて静かに湯を揺らしている。
そんな、巨乳を妬む彼女達に呆れた様子のティオが口を開いた。
「ライラは身長があるし、レイアも程よく筋肉がついて、引き締まった良い身体ではないか。身長も低い、体型もなんか幼い。そんな我からすれば、2人とも羨ましいのだが」
「そうは言うがティオや。お前なら薬で身長伸ばせるんじゃ?」
「出来ない。流石に骨格を弄るのは我とてまだ無理だ」
『まだ』という部分に若干のマッドさを感じつつ、レイアはおずおずと手を上げ聞いた。
「……なら胸を大きくする事は?」
「私が言うのもなんだが、そこまでして手に入れたとして、虚しくならないのか?」
「……」
ライラとレイアは同時に顔を背けた。




