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The battle of darker ⑨


 砕け散った氷の破片を適度に踏みつけ砕くと、グレイダーツは「さて……」と前置きし空を見上げた。


 空には鉛色の曇天が広がり、ポツリポツリと小雨を降らせ始めていた。ジルはそんな空に、不吉な予感がする。いや……ジルは既に、不吉な存在を目撃している。

 説明しなくてはと、今更になって安堵から震え始めた身体を抑え、口を開こうとしたのだが、そんなジルをグレイダーツは手を制するように突き出すと。


「状況は把握してる。あのデカブツの対処にはデイルを向かわせた」


 そう言って、彼女は複雑そうに笑みを浮かべた。


………………


 海岸に向かう細道の道中にて、デイルは足を止める。


 海の見える位置で、石垣に座る、狐の面を着けた女がいたからだ。

 まるで自分の進路を少しだけ邪魔するように彼女は足を伸ばしていた。


 別に無視すればいいだけの話なのだが、しかしペンダントの一件以降、ようやく訪れた2回目の邂逅だったのもあり、デイルは足を止め声をかける事を優先した。


「久しぶりじゃのぅ」


 デイルに声をかけられた女は、まるで彼が来る事を予想していたかのように返事をする。


「久しぶりだな」


 以前と比べ随分と気さくな様子の彼女。その声色は、喜色の部分が多分に含まれていたように思う。


 彼女は怪訝に思い警戒するデイルに、続けて口を開く。


「今から、あの魔物を倒しに行くのか?」

「……そのつもりじゃが?」

「そうか、今からなんだな……」


 意味深げに言うと、女は少し考え込むような仕草をし黙り込んでしまう。


 ……恐らくは、敵ではないのだろう。グレイダーツならば考えが甘い言うだろうが、デイルは直感でそう考えていた。そのせいか、彼女の身を案じる言葉が自然と口から出てしまう。


「命の炎は、まだ灯しているのか? あれは、生命力を削る。お主の身体は、かなりガタがきておる筈だが、大丈夫かの?」


 デイルの心配に彼女は少しだけ驚きつつも、明るい声で返した。


「来たる時まで私は死なない……大丈夫さ」

「じゃが……」

「それに、ちゃんと食って寝てれば、生命力は回復する。まだ老いぼれに心配される程でもない。デイル、貴方よりは衰えてはいないつもりだ」

「随分と酷い言い草じゃのぅ、なら心配せずとも良いか」


 デイルは微笑を浮かべ頷くと「さて」と前置きして、肝心な事を問う。


「ところで、お主はこんな場所で何をしておるのじゃ?」


 女はデイルの質問に、態々石垣から腰を上げ、海に顔を向けながら答えた。唸り声から何やら再び悩んでいる様子だったが、長くは続かなかった。


「……難しい質問だな。けど今やる事は決まった。少しだけ貴方を足止めしようと思う」

「なんだと?」

「あ、まてまて、警戒はしてくれるな。説明は……あー、ふわっとした感じになるがするから」


 焦ったように手を振る彼女の仕草に、自然と警戒心を解されたデイルは「仕方ないのぅ」と耳を傾ける事にした。

 女は「ありがとう」と礼を言い……決意するように右手を握り締めながら口を開く。


「……デイル、貴方にだけは伝えてもいいと判断して話そう。これは私の秘密であり……まぁ信頼の証でもある。ただ、ここで聞いた事は、グレイダーツやリア達には絶対に言わないと約束してくれないか?」


 それは約束できないと反射的に断ろうとしたデイルだったが、彼女はデイルの考えを察してか返事をより先に、矢継ぎ早に続ける。


「私は……『数年先の未来を知っている』」

「なんじゃと? それはどういう意味……」

「本来ならば、貴方やグレイダーツはもう既に、リア達と合流して、這い出てきたあの魔物の討伐に当たっている筈なんだ」

「……」


 突然、未来を知っているなどと言い出した女に、閉口してしまうデイル。あり得ない、妄言を言い出したと思いたかったのだが……何故だろうか、彼女の説明には言葉にし難い説得力を感じて、耳を傾け続ける。


「けれど、貴方はここにいて、今こうして曇天が広がっているという事実が、グレイダーツも討伐に『参加していない』事を証明している。つまりは……私が観測し、記憶した本来起きる筈の未来と、差異が生じ始めている」


 狐の面のせいで表情は読めないが、デイルはなんとなく、彼女は笑っているように感じた。同時に、言葉に含まれる感情は、安心感や達成感のような高揚だとも思った。


「……『世界』という理不尽な存在は、記録された歴史に大きな変革が起きる事を拒む。それは未来からの干渉も含んでいる。他所者の干渉程度では、歴史や記録には微弱な変化しか生じない。だが同時に『世界』というのは、そんな些細な出来事で、一つの線から幾億に分岐している。殆ど同じ世界の流れが、無数に広がるのさ。同時に小さな変化は所詮、幾億もの似通った過程や結果に収束する。言ってしまえば『結果』は変わらないって事さ」


 突然に突拍子もない事を語り始めた彼女。その嘘のような話に、しかしデイルは過去彼女とした話や、託されたペンダントについて思いを馳せ……一つ質問を投げかけた。


「お主がもし、未来を知っておるのなら……あの魔物の正体はなんじゃ? そして世界の歴史に変化が生じる事で、お主に一体なんの得がある?」


 少しだけ、とてつもなく不吉な予感を浮かべながらデイルは語りを遮った。

 女はデイルの疑問に対して、弁舌に語りを続ける。


「あの魔物は、人の悪意そのものだよ。悪意が形を持った存在で、それ以上でも以下でもない。あと得な事……簡単に言えば、私の知っている歴史とズレが生じる事で、大きく世界を変革する機会を手に入れた事、かな? 大きく外れた変革が起きた時は、世界の修正力が追いつかなくなる。つまりは、私という些細なイレギュラーが撒いた改変を、世界が受け入れてくれたという訳だ」


「些細なイレギュラーとは、もしかしてリアの《籠手》も含んでおるか?」

「聡明だね、その通り。あの籠手に至るまでの過程をリアに与えた。だがしかし、私という存在が彼女に一冊の本を渡した事がキッカケだとしても、自身の力として確立したのは彼女だ。結果『世界』は容認し、彼女の歴史は変わった」

「……」


 デイルは黙り込み、彼女の話を少しずつ噛み砕いて理解していく。そんな彼の横で、話終えたといった様子で再び石垣に腰掛け……海に視線を向けながら「さて、話を切り替えよう」と、軽い口調で言った。


「ややこしく聞こえたかもしれないが、簡単に言えば私という存在の介入がし易くなったと考えてくれればそれでいい。それで、デイル。貴方を足止めする理由だが……変化した歴史の観測とリアに経験を積ませる為だ」

「なるほどのぅ。前半の話も含めて、お主の目的をしっかりと明確に知れただけ、充分じゃよ。未来を知っているなど……にわかには信じ難い事じゃが。その観測とやらと、リアに経験を積ませる為に手出しするなというのも道理にはなっておる。しかし。だからこそ余計に気になるのじゃ。お主は何故リアにそこまで入れ込むのじゃ?」


 前々から考えていた事と、今彼女と交わした会話から、新たに浮かんだ疑問であった。目の前の女の話において、以前はヴァルディアの討伐を目的としていたようだが……。


 今回の話で彼女がリアを己が望む正しき道へと導いているように感じた。だからこそ、解せないのだ。己の命を燃せる程に覚悟がある人間が、リア自身と彼女の周囲を取り巻く環境に配慮する意味が。


 そんなデイルの疑問に、女は自分のの顔を隠す狐の面を優しく撫でながら呟くように言った。


「なんとなく、デイル。貴方には予想がついてるだろう? リアは間違いなくヴァルディアに目を付けられていると。だからこそ私がリアに入れ込むのは、悲劇を喜劇に変える為さ」


 彼女の声には、酷く物悲しくなるくらいの悲壮感が滲んでいた。


 デイルは投げかける為に考えていた疑問の言葉を、飲み込んだ。彼女の醸し出す雰囲気がそうさせたのだ。

 それに少なくとも、今は敵対する意味もなければ、彼女を敵視する必要も無い。

 考える事は尽きないが、今は彼女の言う足止めに乗ってやろうと考えたのだ。流石に、いざと言う時には海に駆け出すつもりではあったが。


 そうして、数分の間を静寂が包む。デイルは何故か彼女と共に海を眺めていると、不思議なくらいに落ち着く気分になった。まるで今暮らしている宿屋にでもいるような……。なんて事を考えていた時である。


 体を揺らす程の重低音が響き、遠くで黒い魔物を覆い隠す程に巨大な火柱が、天を突き破る勢いで吹き上がる様子が見えた。しかし、いつまで経っても爆風は来ない。やがて火柱が晴れると、そこには魔物の姿はなかった。

 デイルは若干呆気にとられ黙った。そんな彼とは打って変わって、女は嬉しそうに腕を組むと呟く。


「……貴方がリア達にしっかり渡してくれたペンダントの反応を見るに、リアは五体満足で無事なようだ。重畳、重畳。さて、結末は見届けた。私は少し疲れたのでこれで失礼するよデイル。今度会うのは、ヴァルディアと相対する時だ」

「待て、まだ聞きたい事が」

「待たない、名残惜しく……なるからな」


 そう言うと、彼女はいつの間にか形成していた《門》の扉を開け、体を滑らせるように向こう側へと消えていった。デイルは手を伸ばすも、扉に触れる前に《門》は魔力となって消えた。


「……なんじゃか、振り回されてばかりじゃのぅ。はぁ、なんと説明すれば良いのやら」


 ぼやきながら、溜息を吐く。グレイダーツになんと説明したものかと、先程の会話を思い出しながら頭を悩ませ、眉間にしわを寄せた。


……………


 《門》を閉じると、女は高台を歩きながら仮面を取る。それから風に揺れる前髪を雑に片手で分け、再び海を眺めながらしみじみと呟く。


「あの爆発、絶対先輩達だよな。やっぱやる事のスケール違うなぁ……。逆に安心するけど」


 そう言った彼女の口元は、優しく弧を描いていた。

閑話と日常回を何回か挟んだ後、終章に入りたいと思います

終章を終えたら、まぁ日常回やら学園系イベントを書けたらなぁと考えています

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― 新着の感想 ―
[気になる点] やっぱり未来から来たリアっぽいよなぁ [一言] 終章になれば、なぜリアを女体化させる必要があったかもわかるのかな。
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