The battle of darker ⑥
軽く引かれてるなぁとダルクは薄々感じながらも、態々自分のところまで来た理由を問う。
「で、私に何か用か? 爆弾は爆発したし、ライラ達からも成功確認のメールが来たから、後はレイアが槍をぶっ刺して解放するだけだろ?」
ダルクはレイアが右手に握りしめる、淡い光を放つ槍を指差す。レイアも一度チラリと槍を見た後で、苦笑いを浮かべた。
「それなんだけど、ぶっちゃけ無理でして……」
「……なんで?」
「なんでだと思います?」
その時だ、背後から凄まじい風圧が襲いかかり、大きく態勢を崩しかける。ダルクは必死に戦乙女の頭にしがみつきながら、成る程と理解した。
「今の突風、水蒸気……上昇気流か? つまり海が蒸発したのか……ヤベー温度だな」
答えが分かったダルクは眉根を寄せながら視線を返し、レイアは正解だと頷いた。
「そういった訳で先輩、知恵を貸してもらえないかな」
「おっ? この私を頼るのか?」
「……先輩を探す前、リアやライラ先輩とティオ先輩にも知恵を借りたよ」
「やっぱり私が最後なんだ。まぁいいけど。それで?」
「ライラ先輩は『シストラム2号機は防熱に対応する塗料を使うわ。というかそれ以前にコックピットから出た瞬間熱で死ぬんじゃね?』と」
「ティオも同じような事言いそうだからいいわ。それで1番頼りになりそうなリアっちは……」
ダルクの頭の中では、結界で通り道を作る、又は《薄結界の外套》などを使えば或いはと考えての問だったのだが。
レイアの次の台詞は、聞くまでも無かった。
「魔力切れかー」
「不測の事態に対応したから、魔力が空っぽみたい」
「肝心な時に……それで私に打開策を求めに来た訳ね。一応聞いとくけど、あのオクタくんだっけ? やっこさんは何かねぇのか?」
「『茹で蛸にはなりたくない』って言われた」
「……草」
「笑えません」
薄らと喉を鳴らし笑うダルクに、レイアはジト目を向ける。しかし、同時にダルクは大雑把だが打開策を持っていた為、悠々と話を続ける。
「まぁ、一応対策案はあるぞ。最新式の……魔道機動隊正式採用されている、防火防熱・防水防寒スーツがある。こいつならあの中に飛び込んでも死なねぇだろ」
彼女は得意げな顔で言い、首のネックレスの鍵を握って《鍵箱》を発動させる。すると何も無い空間から突如、2着の分厚い紺色の、現消防隊が使っている装備一式が姿を現した。熱風を吸って喉を火傷しないようにする為の、フルフェイス式の顔面保護兼、呼吸器まで備わっている。
「なんでそんなモノ持ってるんだい?」
「探偵やってると、火事に会う事も結構あるんだよ。あと基本的な『炎の魔術・魔法』は簡単だから、犯罪者がよく使う。だから対策用に。あぁ、それか非売品のスーツを持ってる理由か? なら簡単な話、作ってんのがライラの父親なんだよ……個人用だから倍の値段で買ったわ」
「……今時の探偵って大変なんだね」
「そうだよ、苦労するアルバイトだ。と、話はここまでにして。装着は魔力を流せば自動で出来る上、中は魔力によって温度調節も可能だ」
そう言って1着をレイアに手渡した。それからダルクは防護服に魔力を流す。すると、服が舞い、ガバりと裂けるように中を広げると、まるで生き物のように各部位へ早着し対象者を包み込むように結合していく。最後に、フルフェイスのヘルメットを被る。
何気にデザインが凝っていて、まるで特撮モノのヒーローが着ていそうな姿だ。
「……これのデザインは先輩が提案したのかい?」
「カラーとヘルメットのデザインだけは注文したけど、それが?」
「いや普通に……良いセンスだなって」
表情を見られる前にフルフェイスのヘルメットを被る彼女を見ながら、ダルクは今し方言われた言葉を噛み砕いて、徐々に胸に仕舞い込んだ。
………………
「よぅし、行くかレイア。リアっちの結界近くから、警戒して近づこう。《門》頼んでいいか?」
「警戒、し過ぎても困る事は無いからね。賛成するよ。それより先輩ってどこまで《門》が使えるんだい?」
レイアの問いに対して、ダルクはヘルメット越しでも充分に聞こえる声量で溜息を吐くと。
「私が出来るのは《門》もどきだよ。さっきの《門》も、あくまでも事前に魔法陣で位置設定をした場所に繋げるモノだ。というか私が簡単に出来る程度の難易度だったら世の中の人間はもっと《門》の使い手が居るっつーの。そう考えると、その歳で《門》が使えるのは充分に誇っていいと思うぜ?」
「……」
「黙り込んでどうした?」
「こう誰かに褒められると思っていたよりも、照れるもんだね」
「そういうとこあざといぞ」
それから、てんやわんやとしながらも、レイアは指輪を外してポケットに捻じ込み、リアの結界内部に《門》を作る。
そして、緊張を解しリラックスしながら、ダルクは扉を手に掛けた所で、一瞬「うん?」と嫌な予感がした。
否、予感がした時にドアノブを捻っていた時点で遅かった。熱で膨張した空気が入り込み、強烈な突風を生み出し扉を吹っ飛ばす。当然、真正面にいたダルクにぶつかった。
身体を強く打たれたダルクは「グハァッ!!」と呻き声をあげ宙を舞い、レイアの「せ、先輩ィイ!?」という叫びが空に響いた。
……………………
《門》を通り、熱気の吹き抜ける海面に立つレイアと、彼女の召喚した戦乙女の肩に乗るダルク。
「ヘルメットが無ければ即死だった」
「……首とか大丈夫かい?」
「なんとかな。心配してくれてありがとうよ」
「いや、流石にあれだけぶっ飛べば心配になるよ……」
鮮やかに空を回転しながら吹っ飛ぶダルクを思い出す。ライラやティオならば爆笑したであろうが、付き合いの短いレイアは流石に笑えなかった。
そんな彼女の純粋な気遣いに心を癒されたダルクは「よし」と気を入れ変えると口を開いた。
「慎重に行くか」
「……そうだね、行こう」
《門》はリアの作った最も『澱み』に近い1枚の内側。爆風で雲の晴れ、海面の熱も海の波に冷やされ、水蒸気も段々と消え視界が透き通り始めている。おかげで目標地点になりそうな、海面に蠢く黒い物体を目視できた。
そんな結界の内側にだけ太陽の光が注ぎ、海面が煌めいて闇を晴らしていて、幻想的な景色を作り出している。だが……。
「空気が重いな」
「……うん、嫌な空気だ」
海面を進みながら、2人は呟いた。普段ならば照っていれば鬱々しい気分も晴れるような太陽の光があっても尚、異常な程に不気味な感覚がしっとりと伝わってくる。
今までに無い感覚に、レイアは少し身震いした。そんな時、前を進むダルクがふと問いかけてくる。
「ところで突然だけど、レイアって幽霊とか信じる派?」
「……」
「あれ、レイア?」
「なんで、こんな時にそんな事を聞くんだい?」
若干強い口調で問い返すレイアに、ダルクは(あー、これはこれは……)と察しながら続ける。
「なんかごめんな? でも、ここから先にもしかしたら、魔法よりも奇怪な事が起きるかもしれないし、魔物よりも異様な存在を見る事になるかもしれないから…….一応」
言い訳っぽく聞こえるが、これから心霊現象じみた事が起こるかもしれないと伝えるダルクの言葉に、レイアは肩を竦ませた。
「は、はぁ? やだなぁ先輩こんな時に冗談言わないで下さいよ……その言い方じゃまるで『幽霊の存在を肯定』しているみたいじゃないか」
ジョークを聞いた時のように「HAHA HAHA」と笑うレイアにダルクは考え……黙って進む事にした。そんな彼女に、レイアは「あの先輩、何か言って下さいよ……ちょっと先輩、先輩!!」と捲し立てるも、ダルクは口を閉ざすのだった。
………………
もうすぐ直前に『澱み』の本体らしき存在が見えてくる。
形容するなら……それは巨大な目であった。水面にコポコポと気泡を作り浮き立つ、黒い粘液体。その中心は大きなアーモンド状に開かれ、眼球は黒い。しかし虹彩は紫色であり、おかげで瞳孔の場所は視認できる。
そんな……一目見た瞬間から、背筋を震わせる程の気持ち悪さを感じた。
また、この目に近づくまで……小さな『人の囁き声』のようなボソボソとした音が何度も耳に届いている。いや……囁きだけならまだ良かった。確実に人の言葉で、恨み言や嫉み、嫉妬や悲痛といった負の感情が多分に込められた言葉の数々が聞こえて来て……。
簡単に言えばお化けや幽霊といった存在を信じていて、尚且つ怖いらしいレイアが掴む左手に、更に力が加わる。初めの内は頼られていると高揚感を感じていたダルクだったが、流石に此処まで来てガタガタされてはキリがない。しかも、もう『澱み』本体まで辿り着いているのにだ。
「なぁ」
「ヒェ……もういやだ。お化けなんていないいないいないいない……。うわっ、なんだいこの目玉!? こ、こっち見てる?」
「ずっとさっきから見えてたぞ? ってか……ちょっとレイアさん?」
「いやいやいや、そんなわけ……魔物だよね、うん。そうさ、あれはお化けなんかじゃない」
「レイア」
「お化けじゃない、でもアイツが囁き声の主人だったら……? あわわわ」
「……レイアァッ!!」
「は、はい!?」
ダルクが痺れを切らし叫ぶと、飛び上がりレイアが手を離した。
「耐性なさ過ぎだろ、どんだけ怖がってんだお前は。つーか、なんでそれで魔物は平気なんだよ……」
「……お化けなんていません」
「分かったから、これはお化けじゃない」
「で、でも人の声がいっぱいするし……」
「大丈夫、『澱み』の魔力は元々、人の暗い感情の集合体だって聞いたろ? だから人の声はそのせいだろ」
「ほ、本当に? 大丈夫ですかね? なんか呪われたりしませんよね? というか、それって幽霊と変わりないような気が」
「……どんだけビビってんだよー、もぅー」
「ビビってません!!」
「それでプライドだけはリアっちと同レベルだもんなぁ。まぁ良いけどさ。グダグダしてる暇は無いから、このまま話続けるぞレイア。此処まで魔物もいない、触手も来ない事を考えると、やっぱあの目が本体だと思うけど、どう? その槍に反応とかない?」
「反応、のような変化は感じないね……」
「じゃあちょっと、見て回るか」
「うぇぇ……」
「仕方ないだろ、槍使った後で本体が違いましたじゃ……取り返しつかないんだしよー」
本音を言えばダルクとて、一刻も早くこんな場所から離れたい気持ちでいっぱいだった。ずっと考えていた事ではあったのだ。『澱み』なんて呼ばれている存在を確実に倒すには体積を削り切るしかない。
その上でスライムと触手を形作る為に必要な『核』となり得る物がある筈だと、考えてはいた。しかし実際の所、『核』がどんな形かは全く予想できていない。
この目玉がそうならばそれで良いが……例えばだ、この海底に沈んでいる『遺跡』とやらの中にあったなら……。
槍の効力が何処まで届くか分からないが、出来るだけ正確に狙って解放する必要がある。
(どうしたもんかねぇ。神社の資料にヒントになりそうな記述でもあれば良かったんだがな)
ダルクは憂鬱な気分で《戦乙女》に指示を出して、瞳を真上から覗き込んだ。澱み形の歪んだ瞳孔は、何処を見ているのか分からない。だが、あの爆炎の後にこれ程、ハッキリとした形で存在しているという事は……それ相応の意味がある筈だ。正直に言うとやりたくはないが、この目に攻撃をするのも有りか? そんな事を思案しつつ、瞳孔の奥に何か見えないかと神経を尖らせる。
一方、恐怖を紛らわせる為、出来るだけ誰かの近くに居たかったレイアも、戦乙女の肩を掴みダルク同様覗き込んでいた。
が、気持ち悪いくらいしか、出てくる言葉が見当たらない。
何かアクションを起こした方が良いか、そう考えたダルクは……。
「蹴るか」
「え?」
瞳孔に向かって体重を乗せた蹴りを放った。『澱み』の中でもあの爆発と熱のなか形が残っているのだ。どうせブヨっと嫌な感触がするだけだろうと思っていた。
しかし、予想に反して蹴りに対する妨害は無く、スッと水のように足が入った。そして、手首を掴まれるような感触に、ダルクの顔が青冷めた。
「……マ?」
レイアに顔を向ける。彼女はダルクの表情に何かを察したのか手を伸ばすも、掴む間は無かった。
吸い込まれたように「ぽちゃん」と小さな水音が鳴り、波紋が広がる。
掴み損ねた手が空を切り、レイアは瞳孔を再び覗き込む。その先に、ダルクの姿は見えなかった。




