The battle of darker ④
ほんの少しだけ、時間は遡り。
ライラの操るシストラムはリアとレイアを守るように、曲技飛行の如く急上昇や滑空、直下攻撃とかなりの速度を保ちながら中空域を撹乱して触手をブレードで切り払う。機体の速度と研ぎ澄まされた一線、それから『グラル・リアクター』により生まれた電気を刃に宿す事で、太くて切れない触手を無理矢理焼き切っていった。
一方で西洋甲冑は出来るだけ根元に近づいては、触手を切り払う。陽動は上手く出来ているようだ。
……………
場所は変わり。
そこはライラの家の最上階にある展望台。本来ならば星を見る為だけの場所だが、そこには禍々しい黒く長い筒状の装置と、巨大な機械に無数のケーブルが乱雑にブレーカーやPCなどへ繋がれている。
そんな中、ティオは適当にRPG7を数発撃った後、急いでメインの弾倉を砲塔にセットして、照準のレンズを覗き込みながら紙にペンを走らせる。
「……ここからだと砲弾の重さや上昇気流で弾道が。いや南風の方が厄介か?
しかし数百キロの射速だ。ロフテッド起動の方が当て易いが、この射速ならばその辺の計算は。まて、我よ。慢心はダメだ。クソ、計算し直して……」
レンズの調整と砲塔の向きをこまめに計算しながら調整していたティオだが、ハッキリ言って『その時』にならなければ、修正してもキリが無い。
そう判断し、大凡の予想弾道に照準を合わせ空を見る。場面を見て、脳内で射線の軌道を演算する。
「……まだか、ダルク。早くしろ」
集中力を高めて、額を伝う雨露を手で拭った。
……………
囂々と劈く風音を耐え、ようやく空高く曇天を抜ければ、夏の太陽が眩く空を照らす。
ライラの護衛として付いてきた一体の戦乙女は周囲を警戒しながら飛ぶも、触手が空間を跳躍して現れる事は無かった。
「やっぱ、見えねぇ場所までは伸ばせないんだな」
ダルクは安堵しつつ、これで指輪の効果範囲から外れた事で《門》の使用が可能になったと笑みを浮かべた。
「寒ぃ……さっさとやるか。久し振りの全力の魔法だな、緊張するぜ」
ライラは脳裏に1つの場所を思い浮かべた。それは《門》の転移場所であり、マーカーを引いて下準備をした建造物……の真下。
レイアのような《門》ではなく、予めマーカーとなる魔法陣を設置してある場所にしか飛べない限定的な物で……それをダルクは『下に向け、地面に』設置していた。
「繋がりは、よし有るな。座標もバッチリ。いくぜ、スゥー……ハァ……《門》!!」
ダルクの叫ぶような詠唱と共に現れたのは、真下に向かって展開される巨大な鉛色の扉。直径約20メートルという異常な程に巨大な扉は、何かを塞き止めているのか「ギギギィ」と悲鳴のように軋んでいる。
「まて、もうちょっと……信号弾をっと」
ダルクは扉を抑え込みながら器用に右手で信号弾用の銃を取り出すと雲の真下に向けて発砲。弾はすぐに強烈な光を帯びる。それを見届けると同時に彼女はフッと集中力を緩めた。
「じゃ、いってら」
《門》の扉が弾けるように吹き飛び、魔力となって消える。そして、開けっぱなしになった《門》から鉛色の巨大な物体が現れる。
鋼鉄らしき構造物は「ゴゴゴッ」と軋む低音が響き、無理矢理に《門》を通過したせいかパラパラと灰色の破片を撒き散らす。
それは、何処か……遠くで廃棄され放置された『ビル』であった。
窓ガラスは風化し砕け散り、鉄骨とコンクリートは色褪せ、草生している。
何故、ダルクはそんなビルの真下に《門》のマーカーを引いていたのか? と問われれば『理由なんて特に無い』。ただ使える時が来たら面白いな、そんな風に考えて設置したのだ。因みに無断である。
「ネタのつもりで仕込んでた魔法をまさか、学生のうちに、しかも真面に使う機会が来るなんてなぁ」
そんな呟きと同時に、空へ解き放たれた約16メートルのビルは、引力に引っ張りれて、質量と速度を伴って雲を突き抜けていった。
落下場所は勿論、『澱み』の頭上である。
「果たして触手何本で対抗するんだろうなぁ? この重量を。くしゅん。なんて言ってる場合じゃねぇな。寒いってか、濡れた服凍ってね? さっさと撤退するか。後は頼んだぜリア、ティオ、レイア」
周囲の大気を巻き込み、重く風音を響かせビルは落ちる。真っ直ぐに、無機質に。
その一撃がどれ程の質量と破壊をもたらすのかは、魔法を使ったダルクにさえ分からない。ただ一つだけ確実なのは……少なくとも海は荒れるであろう事だけだ。
……………
リアは久方振りの緊張感を懐かしくも感じていた。
生きるか死ぬか、なんて物騒な事を言うのは魔道機動隊くらいであり、市民は平和に過ごす世の中……だが、しかし。以前よりデイルとの修行で魔物を退治する事くらいはあったが、それ以上に今日までに起きた出来事は、リアの精神を少しずつ鍛えていた。特に《境界線の狩籠手》を手に入れるキッカケとなった本の世界は『恐怖』と『勇気』……そして『挑む覚悟』の大切さを気づかせてくれた。
そして己の『未熟』『慢心』が命取りとなると、記憶の奥底に強く刻み込まれた。
(この戦いが終わったら、日記を読まなきゃな)
自分を何故か狙っているかもしれない存在が居ることを知り、それから彼女がどのような存在かを知る機会が訪れた。
だからこそ、五体満足で戦う。無茶苦茶で大雑把な作戦だとしても……今のリアは魔法使いとして『本気』であった。
それから赤い信号弾の光を確認するまでレイアと少し話、気持ちをリラックスさせた後……時が来た。
《境界線の狩籠手》のあらゆる関節から、大小差はあれど、まるで掌を突き出させるように青白い魔力が噴き荒れる。
しかし、リアは逆に籠手をグッと引き、手を開き指を閉じ掌底の形を作る。それから腰を少し下げて左足を軸に踏み込んだ。
「5……4……」
レイアのカウントが聞こえる中、リアは願いを乗せて魔力を更に練り上げると、技名を呟く。
「朧戦華術……」
「3……2……1ッ!! 《鍵箱》!!」
瞬間「ギュウン」と空が唸り、歪む。そして、蜃気楼のように歪んだ空間から落ちるように現れたのは……2本の『鉄塔』である。
そう、言葉通りの『鉄塔』。
どこで手に入れたのかは不明だが、本来ならば易々と手に入る物ではない巨大な鉄の塔が、2つも落ちてきたのだ。
圧倒的な質量を持つ『鉄塔』の存在感を前にして。
リアはカッと目を見開き、手首を少し捻るように、抑え込んでいた掌を解き放つ。制御から解放された推進力は捻りが加えられた事で大きな円を描く様に広がり周囲の空気を巻き込みながら衝撃を纏う。
しかし、それ程の推進力故に体が引っ張られそうになる……が、投げ出されそうになる体を右足を一歩前に出して踏み締める。そうする事で一瞬だけ押さえ込まれた衝撃が前方に放たれる。
「《葉月華掌》」
満月のように淡い光の衝撃波が突き抜ける。広範囲の衝撃を直に受けた鉄塔2本は重なり合っているのにも関わらず、中央から大きく凹み、凄まじい速度で弾丸のように『澱み』へ向けて吹き飛んだ。
鉄塔の強度と質量が重力を無視するように、直線で飛来する。触手の大群はそれを受け止めようと太い触手を振るうも、回転の加わった鉄塔は全てを抉り、刻み、貫いていく。
更に、上から追撃とばかりに、巨大な廃ビルが落ちて来る。『澱み』は雲を抜けた時点で気がつき対応しようとしていたが……上と横から迫りくる圧倒的な物量に、触手を分断されたせいで対応しきれずに直撃を喰らった。
グシャリ、と肉の潰れたような嫌な音が聞こえる。
『ァ“ァ“ァ“ア“アーー』
リアは波風を防ぐ防御用の《結界壁》を展開しながら、展開を見届ける。
その時だ。『澱み』から初めて、声らしい音が響いた。しわがれた老若男女あらゆる人々の声が重なり合った苦悶の音は、ただただ……恨みや怨嗟、悲壮や喪失感のような、負の感情が伴って聞こえる。背筋が凍りそうになる音に、さしものリアは少し怯んだ。
「『澱み』……の元か」
隣で槍を片手で構え直し、レイアが呟く。リアも感じた。負の感情の声は、嫌なくらい心に響いた。
しかし、その音を掻き消すように轟音が響き、一直線に鉄塔が作った通り道を、金色の光が飛来する。まるで雷のように一瞬で通り抜けたソレは、恐らくティオ先輩の撃った爆弾だろう。
あとは起爆すれば終わりだ。リアは最後の仕事として、円柱状の結界を何重にも張ろうと、座標を指定し始める。
のだが、結界を起動する前に……隣に降り立ったシストラムに乗るライラが制止の声を荒らげた。
『待てリア!!』
「えっ、なんで……」
『爆弾を、クソ!! 最後の最後であの『澱み』は受け止めやがった!!』
リアは遠くの『澱み』を見る。すると、最後の悪足掻きなのか……中枢に届く前に無数の触手が防いでいた。そして、まさか、ここまで撹乱して尚、肝心の爆弾を防がれるとは誰も考えてはいなかった。
隣にいたレイアも驚き目を開く。戸惑いから槍を持つ力が緩む。
中央から吹っ飛ばさなければ、『イースの槍』を本当の意味で本体に突き刺し爆破するのは不可能だ。
一回きりの槍である、此処で爆破して打撃を与えたとしても、槍を防がれては意味が無い。
確実性の無い攻撃を、実行するしかないのだろうか?
そんな事を考えていた時だった。「ダンッ!!」と大きな足音が隣から響き、次いで微かな風が吹き抜ける。
レイアは自然と横を向く。先程まで、隣にいた彼女は、そこには居なかった。
「……ッ!! リア!!」
前を向く、その先に飛ぶように駆ける親友が見える。何をする気なのだろうか、なんて考えは、レイアの頭から消えていた。
レイアは師であるグレイダーツの……いや、英雄と呼ばれる全ての魔法使いが恐らく総じて弟子を取る際に告げる言葉を思い出す。
『魔法使いに必要なのは『覚悟』だ。それは力を振るう事、恐れに立ち向かう事、時と場合によっては、残忍ではなく冷酷になれる事。数え挙げ始めればキリが無い。
しかし、だからこそ大切なんだ。だからまず、己の芯となる『覚悟』を決めろ』
「リア、何をする気か知らないけど……君を信じて僕は動く」
レイアは隣に陽動として使っていた西洋甲冑を呼び寄せる。それから
「ライラ先輩!! リアへの援護を頼みます!!」
『え、おいレイア!?』
レイアは《戦乙女》を召喚する。それから西洋甲冑と共に肩を掴むと空へ飛翔する。
突然の後輩達の行動に、ライラは戸惑いつつも……親友の言葉を思い出し、冷静な思考を取り戻す。
『好き勝手にしやがって。でも信じるしかねぇか』
呟き、ライラはティオに無線を繋げる。返事はすぐに返ってくる。
『ライラ!! 爆弾が塞がれたッ!!』
焦りを帯びた言葉の上から被せるように、ライラは矢継ぎ早に言った。
『それなんだが、リアが突っ込んでった。もしかしたら何か案があるのかもしれない。だからティオ、今度こそ後方支援を頼むぞ!!』
『後方になんていられるか!! 既にそっちに向かってる!! オクタの背中に乗ってな!! 水薬に医療用品は完備してある!!』
『全く……気が効くじゃねぇか、じゃあ私も行ってくる』
『気をつけろよ』
『後輩を回収するだけだ、無理はしねぇよ!!』




