The battle of darker ②
静寂を最初に破ったのはティオであった。
「ぶっちゃけ真面目な話……今回ばかりは多少の被害を覚悟しなければ、あの『澱み』とやらは倒せないと思うのだが」
言われてライラも、痛い所を突かれたなと思う。唐突に復活してしまった『澱み』の討伐を自分達で勝手に始めた以上、避難どころか危機的状況にある事すら知らない街の人達に被害が出る事は……色々と良くない。ライラはなんだかんだで一応、魔道機動隊に通報はしてあるのだが、1部隊が動くまで食い止める時間は無いと考えている。
しかし、だからといって爪楊枝を指すような攻撃を続けたところで効果は無く、やがてタイムリミットになり『澱み』が街を侵食する。オクタという『器』は既にレイアが手に入れた、だからこそ代わりの器を……街を一掃するように探すだろう。
そうなればこの街は間違い無く終わる。被害者の数も優に百を超える。
「今日が祭りの日という事実に、運命的な悪意を感じるぜ」
そうボソリと呟いてから、ライラは左手で目の前を覆い考える仕草をした。
「頭が回らない状況ってのは本当に苛つくなぁ」
『そうだな……いや、まてよ。私は今とても簡単な解決策を見つけてしまったかもしれん』
「は?」
『いやなに『壁』ならあると思ってな』
「壁……? まて、お前が言おうとしている事に察しがついたんだがそれは流石に」
『リアの《結界魔法》なら、爆風と津波くらい抑えてきれるのではないだろうか?』
「私も一瞬思った。けど……」
『大切な時に要らないプライドは捨てろ、ライラ』
「別にプライドで躊躇ってる訳じゃねぇ。ただ単に、情けなく思ってな」
ライラは静かに歯噛みした。
単に先輩の自分達が、新しく出来た後輩に、しかもダルクという特大のお調子者がいて、その上自分達のような『普通』とは少しかけ離れた存在と接してくれる後輩だ。おまけに部活にまで入ってくれた。
そんな彼女達との時間を、自分は思っていたよりも大切な思い出として記憶に残していたようだ。
つまりは、無理をさせた結果、リアやレイアに取り返しのつかない怪我などをさせてしまうのではないか。そんな嫌な想像が払拭できない。そしてもしも、事実そうなってしまった場合、自分は耐えられるだろうか?
ライラは今まで歩んできた人生の中で、ティオと出会うまではずっと孤独だった。天才だったが故に、誰も彼女との話について来れずやがて孤立。ライラ自身も「無能な連中だ」と見下し1人の道を歩いてきた。
だからこそ、この新たな繋がりが無くなりそうな『賭け』はしたくない。
そして過去を鑑みてしまうからこそ、どうしても情けなさで挫けてしまいそうだ。
けれど、同じ気持ちの筈のティオは、複雑な表情の彼女へと軽く笑いかけてきた。その笑顔は、弁舌にし難いもので。
「リアやレイアは後輩である前に、優秀な『魔法使い』だ。頼ってみないか? 言ってはなんだが、我等と同じように大凡の『普通』とはかけ離れているしな。それに、リアやレイアならば友達だからこそ頼って欲しいと思う筈だぞ。過去に私とライラがそう感じたように」
ライラの頭に乗っかっていたティガが『類は友を呼ぶ、という奴ですね』と呟いた。少々意味が違うが、しかしティガの呟きを聞いたライラもまた、薄く笑みを浮かべていた。
「分かった、私も出来るだけ援護する。無茶振りで済む程度の作戦で頼む。指揮は任せたぜ、あと基本的に安全第一な」
『一先ずは電磁砲で弾丸を撃ち込む道を作って欲しい。リア達と合流して共同作戦に移行してくれ。作戦は私の方からリアやレイアに通話で伝えておく』
「りょーかい」
通話の画面が切れ、コックピットには微かな駆動音だけが響く。
そんな中で良く聞こえる程に大きな溜息を吐くと。
「優秀な魔法使い、か。そうだな、私は彼女達を……無意識にだが、どこか下に見ていたのかもしれない。情けない話だな、過去から全然成長してねぇ」
『マスター?』
「だから私もちょっとは……先輩らしく覚悟を決めていかねーとな。ティガ、昨夜に話した『決闘補助装置』の機能を使った脳波測定システムと、私の《情報の保管庫》の接続テストをしてくれ」
《情報の保管庫》とは、基本的に情報を魔法陣に変換するものだが、同時に脳内情報を表に出す、映す事もできる。この特異性から、ライラは《情報の保管庫》を用いた、脳内接続が出来る機器の開発にも着手していた。
一部、その機能が使われているのが『決闘補助装置』だ。脳内の脳波を読み取り、痛みや脳波の乱れにより、ダメージのポイントを算出するシステムが組み込んである。
と、まぁこの話は置いておき。ティガは確認するように口を開く。
『確か、脳からの電気信号で直接、シストラムのフレームを動かすシステムですよね? しかしマスター……脳への負荷と負担を考えて、この案は凍結した筈では……』
「言わんとする事は分かる。無謀だし今やる必要ないってな」
『ならば何故? 論理的に考えれば、このまま操縦し、援護するだけで充分なのでは?』
「だな。でも今の私は感情で動いている。分かってるさ、感情で実験する事は愚かな事だ。でもなティガ、時に人はどうしても……無謀だとして無駄だとしても『今やらなければ後悔する』。そんな風に考えてしまう時があるのさ」
『理解不能です……人とは、難儀な生き物ですね』
「ははっ、そうだな。けど大事な後輩を信じている。その事を証明する為に、私はまず自分自身の力を信じて戦いたい」
ライラは『決闘補助装置』を装着して、装置から垂れ下がった無数のケーブルの接続部をシストラムのプラグに突き刺していく。
ティガは自身の主人の意外な一面に、驚きながらも……持ち得る数多の記憶のおかげか、彼女の気持ちがほんの少しだけ理解できたような気がした。だからこそ、ティガは考えるのだ。
『分かりました、しかし危険を察知すれば即座に停止します』
「頼んだ。私も脳死なんて最後は嫌だからな!!」
ライラは操作板の隅に置かれたキーロックに鍵を刺して回し開く。そして拳を叩きつけるように押すと。
「『シストラム・シンクロシステム』起動」
頭に衝撃が走るような感覚と共に、体が浮上していくような浮遊間か身を包む。視界には0〜9の文字列で構築された、無機質な青白い電脳世界が流れていく。永遠にも思え、寒気を感じる空間だ。しかしそう長く続く事はなく、不意に起床する感覚で意識が戻る。
そして。
「良い眺めだ、が……視野角広過ぎて酔いそう」
視線が遠く、高く広がり。身体は巨大な鋼鉄に変化したように感じる。否、彼女の脳は今、本当にこの鋼鉄の機械に宿る事に成功していた。
シストラムの六つのカメラアイが、一瞬だけ紫色に光った。それと同時に、さっきまでの少しぎこちない動きとは違い、機体は人の関節のように滑らかに、軽やかに空を舞う。
ライラは鋼鉄の体の関節の動かせる範囲などを確認しながら呟いた。
「結構いけんじゃねぇか」
『マスター、気分はどうですか?』
「最高にハイって奴だな」
『アドレナリンの上昇確認……。ですか、バイタルは今のところ正常です。コックピットの身体も血圧は基準値、呼吸もしっかりしています。大丈夫そうです』
「サンキュー、ティガ。お前の事もこれからどんどん頼りにするからな」
『これ以上、頼りにされるのは勘弁願いたいです……』
「お? 働く事が嫌になるっていうのは新しい感情だな。良い傾向だと思うぜ?」
『無茶をして欲しくないだけですよ、全く。ではサポートはお任せを』
「おし、行くぜ」
視野角の変化にも慣れてきた。それと同時に骨格を動かすのも、ぎこちなさが少なくなってきている。自分の事ながら気持ち悪いレベルの適応力だなとライラは思いつつ、これならばマニピュレーターを装着しても良さそうだと考える。やはりロボットに手が有るのと無いのとでは……浪漫に大きな差があるからだ。
そんな事を考える余裕を携えて、ライラはスラスターを吹かしリア達の元へ向かった。
………………
リアは走る。走らなければ触手に捕まるから走る。ただ、何も考えずに、肩に乗っかった太ももを片手で固定し、鉄パイプで触手を一閃しながら。
自分の肩に乗っている奴が、何か突破口を見つけてくれると信じて。しかし、凡そ3分後の事である。
突然、体を揺さぶる振動と「ドドドドッ!!」と鳴り響く爆音。それからほんのり香る火薬の匂いと、顔に当たる真鍮色の小さな硬い筒のような物。
真鍮色の物体は、走り回っているリアの顔や体に直撃し地味なダメージを与えていく。
「いたっ、ちょっ痛い痛いッ!! おい!! 先輩てめぇ、俺の上で何やってんだよ!? だいたい想像はついてるけどッ!!」
「サブマシンガンで弾幕張れば触手の勢い減らせっかなーって思ったけど、無理かー」
「無理か、じゃねぇよ!! 撃つなら撃つって先に言えよ!! ってかそれ以前に頭上で銃を撃つな普通に怖ぇよ!!」
「でも新しい発見があったぜ?」
「あぁ!?」
「どうにも奴さんは中心に近寄らせないように、攻撃を受けないように触手を展開してるっぽいな」
「そうですか!!」
「……キレてる?」
「当たり前だろ!!」
リアは一旦大きく後ろに跳躍すると、大きめの足場を作りダルクを投げるように放り出す。投げられたダルクは空中で綺麗に弧を描くと、満点が貰えそうな綺麗さでスタイリッシュに着地した。
「おいおい投げるのは……やり過ぎだろ?」
「俺はスッキリしたのでプラマイゼロです。ストレス管理は魔法使いの基本っすよ」
「……いやすまんって、昔から他人に気を使う事が無かったからさ。銃乱射は流石に一言言うべきだった」
普段の言動からは考えられない彼女の謝罪に、どこか気持ち悪さを感じながらリアは口を開いた。
「……謝罪の気持ちがあるのなら、後で行く祭りの屋台で、何か奢ってください」
「それくらいならお安い御用だぜ。……さて、と?」
「そうですね……どう倒せばいいんだ、こいつ」
大きく距離を取ったからか、追撃は来ない。しかし臨戦態勢は崩れておらず、隙のような箇所は目視では見当たらない。
そんな時、背後から「タンッ」と靴の音が鳴った。後ろを振り向くと、槍を肩に担ぎながら息を切らし汗だくになったレイアがいた。
「いやぁ、海の上を走るなんて中々に面白い体験をした。さて、僕が爽やかに汗を流しながら奮闘している中、君達は何をやっているんだい?」
「ご苦労さんレイア」
「ご苦労さんは、目上の人に使う言葉ですよダルクさん?」
「あれ、最早……先輩とすら思われてねぇ? ちょ誤解だ。遊んでた訳じゃねぇって」
「話変わるけどレイア、オクタ君は?」
「オクタ君は、早々に魔力切れらしいから撤退してもらったよ。アレでも一応は、目の前の『澱み』が狙っていた器だしね」
「そっか」
「あのお二人さん? お願い2人の世界に入らないで話を聞いて」
弁明するように、ダルクはレイアに触手がオールレンジに対応している事や、向けて襲い来る最大数の目安や、太さやで大体の飛距離が測れる距離……そこから、一点突破する作戦を〜などと説明するが。
「それ、ティオ先輩からの情報ですよね?」
「ゑ?」
「その一点突破をやるから、リア達に合流してって言われたんですけど?」
「え?」
「え?」
「……リア、携帯端末は?」
リアはレイアの問いに対し、携帯端末を取り出して確認する。そして物悲しげに現実を呟いた。
「壊れたみたい、防水仕様じゃねぇから……」
「ご愁傷様。で、ダルクさんは?」
「私のは防水仕様の筈なんだがなぁ……」
ダルクは携帯端末をポケットから素早く取り出すと電源ボタンを押した。だが、携帯端末のタッチパネルは暗転したままだ。この結果から導き出される答えは一つ。
「……電池切れてる」
「……先輩」




