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グレイダーツ

 結局、疲れからどこにも行く気にならず、このまま家に帰る事にした。どうせ来週からはこの街の寮で暮らす事になるのだ。ゲームショップにはその時に行けばいいかと諦める事にした。


 帰りの電車に揺られながら、段々と自然が多くなっていく景色を眺める。

 ルナは携帯端末を弄ってはニヤけるという行為を繰り返している為、行きと同様に話し相手がいないのだ。


 ボーッと車窓へ目を向ける。

 窓際の席で、さらに昼下がりの所為もあってかポカポカとした陽射しが心地よく体を温めていく。


 移り変わるもどこか退屈な景色に、暖かな日差し。


 眠くなってきた。


 気持ちの良い暖かさは眠気を誘うのには充分だ。

 それに、普段行き慣れていない都会への買い物で、更に魔法の行使もした上で、魔導機動隊からの怒涛の如く事情聴取もされた。


 体もさることながら、精神的な疲れも相まって、眠気は更に加速していく。


「ふぁ……」


 思わず出た欠伸を噛み殺した。


 その様子を偶々見ていたルナは、リアの様子を察すると、嬉しそうに……又は、チャンスといった笑顔で自身の太ももを叩く。


「お姉様、眠いのなら私のここを枕代わりにしても良いですよ?」


 リアはルナがポンポンと両手で叩いている太ももに目を向ける。

 膝枕の事を指しているのは、眠気に誘われて鈍化した頭でも理解できた。

 そして……柔らかそうな太ももは、眠気のせいもあって魔性の誘惑を感じるほど魅力的に見えてしまう。あぁ、きっと妹の膝枕はさぞや、心地良いのだろうなと。


「……なら暫く借りる」


 案の定、誘惑に逆らえず、体を傾け太ももに頭を乗せた。程よい弾力が頭を優しく支えてくれる。予想以上の心地良さだ。これは、寝落ちるのに1分もかからないかもしれない。


「ふぉー!! お、お姉様の頭が私の太ももにっ!!」


 ルナが何かを言っているが、耳に入ってこない。疲れきった体に気持ちのいい膝枕の感覚を味わいながら、リアはゆっくりと目を閉じた。

……………


「ふふっ、可愛らしい寝顔ですね」


 今、私の膝にはお姉様の頭が乗っています。膝枕です。

 お姉様の寝顔はとても素敵です。お兄様の時もそうでしたが、いつもキリッとした顔つきが今は無防備に寝息をたてていて、ギャップ萌えがたまりません!!


「あ、写真撮っとかないと」


 私はポケットから携帯端末を取り出して、お姉様の顔を撮影します。この光景はとても貴重です。だって、お兄様の時もそうでしたが、実際膝枕なんてしようとしても絶対に拒否するからです。


 だからこそ、写真に収めなければ。寝ているお姉様は当然、写真を撮っても起きません。


 本当に無防備です。

 一通り撮影し終えた後、いい機会なので私は頭を撫でることにしました。こういう時にしか、こんな事はできません。


 お姉様の頭に手を乗せると、サラサラとした感触がしました。細い髪は撫でる事で指の間にスルリと通りぬけます。その感触は例えるなら上質な絹糸のようで、私でも少し羨ましく思う程の髪質です。


 何度か手を左右に動かし頭を撫でていると、お姉様はむにゃむにゃと寝言を呟きました。


「ふふっ……」


 お姉様の寝顔を眺めながら、頭を撫でる。普段できない事ができて私は幸せです。


 ……本当は、もっと私を頼ってほしい。お姉様は、とても優しいのですが、時折無理をしているようにも感じるのです。そして、無理をしている時は決まって人に話さず、自分の中に抱え込んでいく。

 」このままではいつか破綻してしまうのではと心配になります。だから、私の愛するお姉様の荷を少しでも担がせてほしいのですが……中々上手くはいかないものです。


 今回の性転換もそう。

 普通であればもっと騒ぎ立てるし、落ち込む筈なのです。なのに、お姉様は2日目にして買い物にまで出かけるほどに回復しています。なんという強い精神でしょう。私には決して、そこまで逞しい精神力はないでしょう。


 あと……まぁ今日、悪ノリしてワンピースを着せたのは正直、悪かったなとは思っています。


 しかし!!


 ここまで似合っているのですから、悪かったなとは思っても、後悔や反省はしません。むしろ美少女のワンピース姿を見れて眼福でした。ついでに携帯端末の待ち受け画像が撮れたのでとても満足です。


「んっ、むぅ」


 おっと危ない。お姉様を起すところでした。つい興奮して動きすぎてしまったようですね。


 ……むぅ、お姉様の気持ちよはそうな寝顔を見ていたら、なんだか私も眠くなってきました。

 でも、私はお姉様の頭を撫でるという仕事があるのです。寝るわけにはいきません。


…………


 電車のアナウンスが夢の世界からリアの精神を引き上げる。アナウンスを聞く限り、降りなくてはいけない駅まで2駅前の駅だった。このまま寝ていれば乗り過ごしてしまったかもしれないと、タイミング良く起きれた事に安堵した。

 まだ眠気の残る頭を動かし目を開くと、眼前にルナの寝顔が見えた。スースーとリズミカルに寝息を立てる彼女は、ここ2日の騒々しさからは想像できない程に物静かだ。


(えっと……あぁ、ルナに膝枕してもらったんだ)


 妹に膝枕をしてもらうというのは、思い出すと気恥ずかしい。でも、ルナの好意は嬉しかった。リアは寝ているルナを起こさないように頭を持ち上げてから座り直す。すると、まるでタイミングを計ったかのように、ルナの頭が自分の座る方向へと傾いていく。そして、ポフっと音を立て太ももへと着地した。


 起こしたかと思って顔を見ると、より一層幸せそうに眠っているのが見えた。


「まったく」


 自然と笑みが漏れ、リアは寝ているルナの頭をそっと撫でる。そしたら、猫が頬ずりするかのように頭を擦り付けてきた。顔を見ると、二ヘラとだらしのない笑みを浮かべている。


(……こいつ、本当は起きているんじゃないだろうか)


 まぁ、仮に起きていたとしても、どうせあと二駅だから10分くらいで到着だし、起こしたりはしない。それに、たった一人の可愛い妹だ。甘えられて嫌な兄は居ない筈である。


 「ふぅん」と熱を吐くように溜息をだし、ルナの頭を撫でなでながら窓の方に目を向ける。


 所々、桜の木々がピンクの蕾をつけていて、春を告げているように感じた。


……………


 電車から降り、駅から家までの岐路を歩く。そして、家が見えたところで2人は足を止めた。


 家の前に誰か立っている。

 いかにも魔法使いといった感じのローブに黒いフードをかぶっている。そのせいで顔は見えないが、隙間から長い金色の髪が太陽の光を反射して輝いているのが見えた。身長は自分より低く、160くらいだと推測。

 場所が宿のお客様用の玄関口ではなく家族用の裏口玄関なので、宿泊客ではないようだ。


「誰ですかね?私の知り合いではなさそうですし」


「俺も知り合い……じゃなさそうだな」


 第一、リアには友達がいない。

 修行で忙しかったのもあるが……なんでいないのだろう? 言ってて悲しくなった。


 そんなネガティブな思考を頭を振って忘れると、一応フードの人物を注視しながら、玄関に近づいていく。体の膨らみからして女だろうか?

 それなら尚の事心当たりがない。女っ気など友達以上に皆無なのだから。


 しかし、なんと声をかけたら良いか。人との会話が身内で完結しているリアにとって、これはかなり勇気のある行為なのだ。


 で、結局ヘタレたリアはわざと足音を鳴らし近づく事にした。すると、フードの人物もこちらの存在に気がついたようで、頭がゆっくり動いた。


 その時、謎の人物はこちらに顔を向けたまま、徐にフードに手をかけると脱ぎ去る。


 瞬間、綺麗な長い金髪が姿をあらわす。フードに抑制された髪は時放たれると同時に、太陽光を前面に浴びて金糸のように輝いている。

 その下から覗く顔も、髪に負けない程に美人だった。肌は純白の白さで、幼さの残る整った顔立ちに、長い睫毛。睫毛の下から覗く大きな二つの双眸は、ルビーのように美しい。

 そんな彼女は、悪戯っ子のような笑みを浮かべると、桜色の唇を動かした。


「ここの人か? 丁度いいところに来てくれた。玄関の何処を探してもチャイムが見当たらなくてなぁ、困っていたんだ」


 明るい声で彼女は言う。


 うちは土地が田舎のせいか、チャイムは付いていない。それに、郵便などはほぼ表の玄関口から入って来る為にチャイムが必要ないというのも理由の一つである。


「すいません、田舎なんでチャイムなんて付けないんですよ。それで、うちに何か用で?」


「えっとだな。デイルの野郎に会いに来たんだが……」


「師匠に?」


 って事は、師匠の知り合いか? にしては、めちゃくちゃ若いなとリアは思う。


(まさか、師匠の娘とか? そんな話聞いた事もないけど)


 何て事を考えていると、彼女は目を見開きながら口を開いた。


「ほぅ!! お前があいつの弟子か」


 そう言いながら、バンバンと背中を叩いてくる。なんだか行動が近所のおばちゃん臭いと感じた。でも、なぜこの人は自分が師匠の弟子だと知っているんだろう。

 訝しげな視線を送ると、彼女は口元をニヤリとさせると右腕をあげる。すると、さっきまで何も持っていなかった筈の手には大きめのスーツケースが握られていた。スーツケースには、グレイダーツ魔法・魔術学校の校章である鷹と交差する双剣の模様が刻ませれいる。

それを見せびらかせるように持ちながら、彼女は口を開いた。


「制服を届けに来たのだが。とりあえず、中に入れてくれないか?」


…………


 現在、リアと謎の人物、その対面に師匠という構図でソファに座っている。母さんは飲み物を入れに台所に向かい、ルナは離れた場所で椅子に座りながら買ってきた服の値札を外す作業に勤しんでいた。

 リアは師匠の知り合いらしい彼女に目線を向ける。デイルと向かい合っていた彼女は、不意に頬杖をつくと「ふっ」と鼻で笑った。


「老いたな、デイルよ」


 彼女はそう言うと、今度はデイルが対抗するように「ふっ」と笑うと口を開いた。


「そういうお前は、相変わらずちんちくりんじゃのう」


「るっせぇ。そういうお主は皺くちゃではないか。今にも死にそうで私は悲しいぞ」


「ふぉふぉふぉ、案ずるな。あと20年は生きてやるつもりじゃよ」


「その前にボケないか心配だねぇ」


「お主にも言える事だと思うがのぅ?」


「ついに老眼になったか? 今の私がボケる訳ないだろう。まだまだピチピチの若さだぞ」


 お互い軽口を叩き合っているが、口元は常時上に釣りあがっていてとても楽しそうだ。まるで、旧知の仲で親友のようにも見える。

 リアは話がひと段落したところで、口を挟ませてもらう事にした。


「師匠の知り合い、ですか?」


 暗にいい加減自己紹介がほしい、あと師匠との関係性を説明してくれという意味を込めて言うと、彼女はデイルに目を向けた。そして、その視線を受けたデイルがとんでもないことを言ってのける。


「そうだな。一応彼女はお主の恩人でもあるのだぞ、リアよ。それから、彼女の名は『ハルク・グレイダーツ』わしの親友じゃよ」


「……え?」


「そう、私こそグレイダーツ。君が来週から入学する学校の校長だ」


 胸を張りながら、グレイダーツと名乗る少女はドヤ顔で宣言する。

 しかし、リアは理解が追いつかなかった。


 目の前の人物が、歴史に残る伝説的『錬金術士』で世界的にも屈指の『召喚術士』でもあり、記録には『創造を極めし賢者』とまで言われ、さらにはあのグレイダーツ魔法・魔術学校の校長のハルク・グレイダーツ。


 信じられない。信じられるわけない。

 だって、それはとても、おかしな事だから。

 人魔戦争ハルマゲドンが起きたのは半世紀前だ。今こうしてデイルは歳を重ねてヨボヨボのお爺ちゃんになっているのに、自身のことをグレイダーツと名乗るこの少女は自分と大差ない程の若さを保っている。


 何かの謎かけかトリックかな、と半ば思考停止しながら、リアは話を途切れさせない為に再度口を開く。


「お二人はいつからお知り合いで?」


 そう質問すると、デイルとグレイダーツは互いに顔を見合わせた。


「ワシらは、同級生じゃし、50年くらい前かの?」


「50年前が懐かしいぜ」


 予想していた答えは返ってこなかった。

 言っている意味は分かっているのに、理解ができない。


 同級生なぞ、それこそあり得ない。明らかに年齢が合っていない。デイルとグレイダーツと名乗る少女を側から見れば、祖父と孫だと言われても納得できるほどの違いだ。


 リアが2人の会話に困惑していると、グレイダーツはいきなり胸元に手をかけた。そして、引っ張って胸元をはだけさせる。

 そのせいで程よい大きさの双丘が見えそうになり、リアは咄嗟に目を背こうとした。


 しかし、どうしても目に留まるものがそこにはあった。そして、これが疑問の数々の答えでもあった。


 胸元の中心部。

 そこに、赤黒い楕円形の石が埋まっている。赤黒い石は、まるで血のように見えるが……妙に惹きつけられるくらい美しいと感じた。


「詳しくは言えんが、私が若いのはこいつのおかげだよ。んー、そうだな、ゲームや小説で言う所の『賢者の石』みたいなもんだ。私の人生で最高の傑作であり、最悪の遺産だな」


 そう言って、儚げな笑顔で笑う。デイルはそんな彼女に、真剣な眼差しで問うた。


「やはり、外せんのか?」


「もう外せないさ。こいつは既に私の心臓の一部だからな」


「そう……か」


「ま、不完全なおかげで不老だが不死じゃあないし、お前の後でしっかりあの世に逝くから心配すんなや」


 2人の会話に空気がしんみりとする。そんな中、リアは『賢者の石』と例えられた赤黒い石について思いを巡らせた。

 『不老不死』になれる石。それだけ聞くと、まさにアニメやゲームでお馴染みの賢者の石だと言えるだろう。

 しかし、彼女はその石の名称を伏せた。ならば、どこを探しても石についての文献などは見つからないだろう。そうなると、あの赤黒い石は彼女の自作という事でもある。不完全で不老の力しかないらしいが。


 いや、それだけでも充分凄い。

 なんせ、永遠の若さが手に入るのだから。全世界の女性の憧れる物を彼女は作ったのだ。まぁ、話を聞く限りメリットばかりではなさそうだけど。それを補って余りある程のメリットはある。


 そして、若さの理由も分かり、リアは彼女へと尊敬の眼差しを向けた。


 さすが英雄の一人。その知識を是非ともご教授願いたいが、たぶん無理だろう。それにだ、今はデイルの弟子なのだ。彼に指導をしてもらっておいて、特に深い理由もなく鞍替えするなど、彼に対する最大の失礼だ。


 だからもう口を開く事はなく。しかし抑えきれぬ好奇心に嘘はつけないリアは、こんな貴重な物は滅多に見れないからと、あらゆる角度から観察して記憶に残す。するとグレイダーツ氏は両手で胸を持ち上げるように腕を組んだ。


「さすがの私でも、情熱的に見られると恥ずかしいんだぜ?」


 顔を赤らめながら言われて、ハッとなり視線を逸らす。危なかった、もし女じゃなかったら訴えられても何も言えない。

 それに、とても無礼な態度だったと、背筋に冷たい汗が伝った。


「……ごめんなさい」


 即座に謝り、素早く椅子に座り直す。本当はもっと観察したいが……彼女を怒らせてまで見たいとは思わないから。


 今後は、もう少しエチケットなどにも気をつけよう。などとリアが考えていると、会話の切れたタイミングを狙ったかのように、テーブルにカチャカチャと音を立てながらソーサーとティーカップに砂糖とミルクの入った入れ物が置かれた。


「コーヒーです〜。どうぞ〜」


 コーヒーを人数分置いてから、ぽわぽわとした口調でノルンは言うと、デイルの隣に腰掛けた。

 リアの隣にいるグレイダーツは、置かれたコーヒーを見て、砂糖とミルクを大量にぶち込んでかき混ぜてからカップを口に運ぶ。

 その光景を見ていたデイルは、意地の悪そうな笑みを浮かべた。


「相変わらず、舌はお子ちゃまなようじゃのぅ」


 嫌味を聞いたグレイダーツは、デイルの事を鼻で笑う。


「はん。私は甘い物が好きなだけだ。それに対して一々お子様だと言う方がお子様だと思うぜ?」


「言いよるわ。コーヒーは微糖が一番だということを思い知らせてやろう」


「はん。どうせ年老いて舌の感覚もおかしくなってんだろ。あ、なんなら私が砂糖とミルクを入れてやろう」


 そう言って手にミルクの瓶と、角砂糖を一つ摘み取り、デイルのコーヒーに投入しようとするグレイダーツ。

 しかし、デイルはコーヒーカップを両手で翳し投入できないようにしながら言う。


「グレイダーツ貴様。ノルンさんのコーヒーに何て事をしようと……。ノルンさんのコーヒーはな、最高のブレンドなんじゃぞ。それを、香りや味が壊れる砂糖やミルクを大量に入れるなど……」


「味って、コーヒーなんざ砂糖一個じゃ苦いだけの水じゃねーか」


「……それはわしに喧嘩を売る言葉じゃぞ!! よしキレた、久しぶりに決闘でもしようかのぅ? グレイダーツよ」


「望むところだ老いぼれデイル。甘味こそ正義という事を証明してやる」


 バチバチと何故か互いの視線で火花を散らす2人。そんな2人をノルンは「あらあら〜。お口に合ってなによりです〜」と呑気に微笑みながら見ているだけだ。


「ストップ!! 師匠もグレイダーツさんも落ち着いて。コーヒーは砂糖多めにミルク多めだろ師匠」


「ほう、分かってんじゃねぇか」


「なんだと……リアよ。このわしを裏切るのかッ!?」


 しょうもない事で暴れられても困ると思い間に割って入ったが、つい本音が漏れた。

 それに対して各々が予想通りの反応をみせる。

 にしても、ほんと仲良いなこの2人と思った。自分には親友と呼べる人間がいないので、ちょっと羨ましい。


 そんな3人の喧騒を他所に、ノルンはのんびりと口を開いた。


「それで〜、校長先生。うちになんの用ですか〜?」


 ノルンの問いにグレイダーツは「あっと、忘れるところだった」と言いながら、玄関で手に持っていたスーツケースをノルンに手渡した。


「とりあえず、急遽発注して作ってもらった”女子用”の制服です。それと、ここに来たのはデイルの顔を見に来たのと、ついでに弟子であり、新入生のリアちゃんを見たかったのでお邪魔させていただきました」


 人のいい笑みを浮かべているグレイダーツの視線が、自分に向いているのが直感で分かる。

 ノルンはそのスーツケースを眺めながら「は〜い。確かに”女の子用”の制服を受け取りました」と言って微笑んだ。


(さっきから妙に女という単語を強調してくるが、嫌がらせか)


 そんな事を思い、不機嫌そうな目をしているリアを見て、グレイダーツは口元を歪めた。


「にしても元男の子だとは思えないほど女の子しているじゃないか。ワンピースも似合ってるし、胸も大きいしで、羨ましい限りだな」


「ぐふぅ」


 グレイダーツの何気ない言葉が胸に突き刺さる。


(地味に精神的ダメージを受けた。くっ、まだ割り切れていないのか、俺は……)


 というか、グレイダーツは自分が元男だという事を知っているらしい。


(……さっきの言動はわざとやったな、この人。何気にいい性格をしていらっしゃる)


 あと胸が大きいは地味に精神ダメージがデカイ。男の時ならば胸が大きい方が良いとは思うが、実際自分に胸が生えると邪魔で仕方ない。ほんと慎ましい大きさのルナが羨ましい。

 なんて思っていると、少し離れた席で値札を切ったり服を眺めたりしていたルナが、いきなりこちらをジトーとした目で見つめてきた。察しが良すぎて怖い。リアはルナの視線を見なかった事にして、返答した。


「は、ははっ、そりゃどうも」


「ふふっ、さぞかし我が校の制服は似合うだろうな」


「そうですか。心は男なんで本当は男物の制服の方が嬉しかったんですが」


「残念だったなリア。お前の入学を許可した時点で、既に拒否権はないのだよ」


「そこはめちゃくちゃ感謝してます。でも……あぁ、何も言えねぇ」


 実際、入学させてくれただけでも土下座できるくらい有難い。そして、入学の条件が女子用の制服を着ることなら俺は甘んじてそれを受け入れる覚悟はある。

どうしようもないという諦めと、決意を新たにして、女の子の制服を着るという事を覚悟したその時


「実際校則じゃ女が男子用制服を着ても問題ないが……そっちの方が面白そうだしな」


 と、心を砕く台詞を言った。


「ち……ちくしょう」


 顔を両手で覆い隠して、割と本気で泣いたのだった。


…………


「あと大事な事を忘れていた」


 グレイダーツは、フードのポケットから携帯端末を取り出すと、何やら操作し始める。そして、何度か指を動かした後、端末を耳元にあてた。


「もしもーし」


 どうやら誰かに電話しているらしい。


「水色のワンピースに黒髪だな? 目の色は空色で、あぁ、たぶん合ってる。おーけ、伝えておく。あと今日は帰らんから、床掃除しとけよ」


 そう言うと彼女は通話を切った。携帯端末をポケットに仕舞い、リアの方に顔を向けながら話す。


「今日、ショッピングモールで蛸の魔物の騒動に巻き込まれただろ?」


「え、まぁ、巻き込まれたというか首を突っ込んだというか」


 さっきの電話と関係しているのだろうか? そう疑問に思っていると。


「とりあえず。包み隠さず話そう。あの場に、蛸の飼い主である白髪の召喚術士がいたと思うんだが、あいつは私の弟子だ。それから、後二人男女がいたなら、そいつらは昔弟子だったやつだな」


「あの狐の面かぶった女の子が弟子?」


「あいつ、カッコつけてそんなもんかぶってんのか……。まぁいい、それでだ。ここに来たのは本当に偶々だったんだが、私の弟子が世話になったようだからな。一応お礼を言っておく。彼奴らは決してテロ行為をしようとしていた訳じゃないんだよ。だから、巻き込んだ事を許してやってくれないか?」


「……許すも何も自分から首を突っ込んだ以上は自業自得ですから。謝らずとも大丈夫ですって伝えてください」


「そうか。ありがとな」


 英雄の一人に礼を言われるとは、恐れ多くも嬉しい。

 しかし、あの女の子がグレイダーツ氏の弟子。年も近そうだしなんだか仲良くなれそうだなと期待感が昂ぶった。ただ、あの通信から聞こえた他の2人も弟子だったとは。まだ若そうだし、いつかその2人とも知り合いになれたら嬉しく思う。


 それにしても……一つ納得というより疑問が解けた事がある。確かにグレイダーツという英雄の弟子ならば《魔の糸》や《ゲート》、それから生き物と主従の契約を結ぶ《契約コントラクトゥス》などの高度な魔法が使える理由も頷ける。

 そして一人納得しているリアを他所に、グレイダーツは話を続けた。


「あ、それから、あいつは16歳なんだが、入学は今年なんだよ。できれば仲良くしてやってくれないか?」


 リアの頭に獣の耳が付いていたならば、ピンピンと反応していた事だろう。


「願っても無いですよ!! むしろ、こっちからお願いしたいくらいです!!」


 リアには昔から全く、毛程も友達がいない。なんというか、誰も自分に話しかけてこないのである。あと勿論リア自身もコミュ障ではある。


 けれども何度か勇気を出して……同級生の男子と話そうとした事もあった。だが、なぜか蛇を見たカエルのような顔をして逃げてしまう。そのせいでリアの中学生時代は薄暗いもので終わってしまった。

 だから、同じように英雄の弟子と仲良くできるなら、こちらからお願いしたいくらいだ。師匠に対する悩みや愚痴とか分かち合ったり、魔法談義とかもできそうだし。

 なにより、悪い子ではなさそうだった。


「びっくりするくらいいい笑顔だな。私が女じゃなかったら惚れてるぞ」


 そう小さく呟いたグレイダーツの声は、学校生活を妄想しているリアの耳に、届く事はなかった。

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