習慣と裏無し①
僕の朝は早い。5時半に起き、顔を洗い、朝ごはんを食べ、歯を磨き、自室でボーっとして6時半に家を出る。これが僕の日課だった。自室に居る時はただボーっとするわけではない。目にフィルターの様なものをかけ、【他人】を【背景】として見る為の儀式を行うのだ。ふとしたことで【人】を認識してしまい、体調が優れなくなることが3年前にあった。それ以来、学校に行くときは目の焦点を遠くに当て、視界をボヤけさせてから家を出ている。特に意味は無いと思うが、こういうのは気持ちの問題だ。
そして今日も儀式を終え、自転車に乗り、学校へ向かう僕の目に【人】として映ったのは他でもない、親友の山口 夕芽であった。
「よ、おはよう。」
おはようと僕も言う。夕芽とは小学校から今に至るまで同じ学校へ通っている。一緒に通学しているのも、その為である。
朝の早い僕に合わせて通学する奇特な彼は「アオってさぁ」と話しを切り出す。アオというのは僕の苗字「青森」からとった僕のあだ名である。
「アオってさぁ、なんでそんな朝早いの?」
「なんでって?」
「いやぁ、あんまり早く家出ても学校ですることないっしょ?俺は宿題写してるからいいけど。」おい。
「宿題くらい家でやりなよ。僕も、まぁ、寝てるだけだけど。」
「おやまぁ、睡眠不足ですか?俺なんか家で8時間は寝てるぜ?」おい。
「宿題しなさい。おっと。」
家から5分ほどの距離にあるこの道は幅が狭いくせに交通量が多い。トラックがスレスレを通って行き、危うくミンチになりかけた。自分がミンチになっている姿を想像して、寒気が沸き起こる。
閑話休題。
「ねぇ、夕芽。」
「おう、何?」
「もう高校2年生なんだから、登校くらい別々でもいいんだよ?」
「なんだよ。唐突に。」
夕芽は少し面を食らった顔をしていた。彼が僕と共に登校する理由。いや、してくれている理由は、きっと僕にある。
「僕のこと、まだ心配してるんでしょ。僕の体質のことを知っているのは姉ちゃんと、玲菜と、夕芽しかいない。僕に何かあった時に対処出来るのはその3人だけだ。だから」
僕が全てを言い終える前に彼が喋り出す。
「だから一緒に登校してるって?違うよ。いや、違くはなくもないんだけど……。いいか?こんな朝からお前と登校してるのはだな、ええっと、そうだ、早朝系男子が今モテるからだ。うん。」
「そんなジャンルは初めて聞いたよ。」
それじゃあ、僕は密かに学校の女子の目線を独り占めしてたってことか!やったね!!……………………勿論嘘である。
「それと、恩……かな。」
急に夕芽が真面目な顔になる。なんだか、遠くの星を見るような目になる玲菜みたいで、思わず凝視してしまう。
「なんてな。ま、何が言いたいかというと、俺は好きでアオと一緒に登校してるってとこだ。あんまそういう事は気にするなよ。」
へへっと笑う彼の顔をみて、僕も笑ってしまう。僕って単純だ。彼には僕の考えが全て見透かされてて、昔から一人になろうとしても、いつもそばに来て支えてくれている。ありがとうは絶対に言わないけれど、持つべきものはやはり友だな、と心の奥底で思った。