1話 クラスメイトの出会いでございまする
6歳になった僕は『騎士育成学校』というとこに通う事になった、らしい。
実感が湧かないから、らしいという風になっている。
理由は「嫌だ」と言う暇を僕に与える事も無く、親が決めてしまったからだ。
そういうことで僕は今、家から北東に向かって歩いている。
途中まで見知った道を歩いていたが、進むにつれて全く知らない、未知の道になった。
・・・事故であってわざとじゃないからね。
未知の道なんて寒すぎる。
正直、学校に行く事は最初、乗り気じゃなかった。
ただ口答えすると、家の母は恐ろしいのだ。
今も僕の手を握って、逃げられないようにしている。
一度たりとも逃げようとしていないのに、だ。
まー、僕としても、しがない日常に刺激を求めてということもあり、気にすることなく学校に行く事にした。決して、母の威圧に負けたという事ではないからな!
その証拠に僕は町一つを、6歳になっても全く知らないくらいのインドア生活を余儀なくされている。
現在、自宅から少し北に移動しただけで知らない土地に入っている事から分かるとおりだ。
という事で、学校という外出の機会を与えられた事を、+思考で受け止めた。
これからの通学路になるであろう道を、改めて見てみると公共施設なるものが多いようだ。
僕と母が今向かっている場所も、学校という名からして公共施設。どうやら北には公共施設が多いみたいだ。規律に守れられた様な、規則的に建物や敷地が管理されている感じだ。
しばらく歩いていき、大きな建物と広がる緑の芝を発見した。
どうやらここが学校らしい。
目の前に広がる青と白の目立つ建物の大きさが俺を気圧してくる。
呑まれるのでは無いかと錯覚までしてしまった。......いけない、いけない。
悪魔ちゃんの言葉を思い出すんだ。
確か「がん」を飛ばして「センコウ」と出会った大人に言えば、学校なんて問題にならないと教えて貰ったんだ。家の悪魔ちゃんは悪魔らしくないけど僕の唯一の遊び相手だ。そいつを信頼するんだ。
「よし」
そう呟いて、慣れない大きな建物を見た僕は覚悟を決めた。
「こんにちは」
「こんにちは」
びく、と大人の声が後ろから聞こえてきて、僕は身震いした。
声の感じからして家の母と別の誰かが挨拶を交えている感じだった。
ひとまず僕は、水平にスライドする様に母の影に隠れる。
決してビビっている訳ではないからな!
母の横から顔を覗かせるように振り返り見てみると、―――そこにいたのは金髪青目で綺麗な大人の人だった。
この人が悪魔ちゃんの言う、「これから僕の敵になるセンコウ」なのか......?
悪魔ちゃんには悪いけど、そんな感じはしない。ものすごく優しそうな人だ。家の母にも見習ってもらいたいくらいの・・・。
「こんにちは」
その綺麗な金髪の人が僕に向かって、挨拶をしてきてくれた。身長的に見下された感じを覚えると思ったけど、そんな事はなく「センコウ」、と「がん」を飛ばしながら言おうかと少し悩んだ。
だけど、よく考えると「がん」を飛ばすって事は「眼」を飛ばすって事だよね?・・・痛そうだから止めておこう。悪魔ちゃんは時々、訳の分からないアドバイスをするし。
そういうわけで、僕は知りうる限りのマナーを持って応じた。
「こ、こんにちはでございまする」
緊張で上擦った挨拶になってしまった。しかし、そこは子供だから大丈夫だろう。礼儀作法は完璧だったのだ。分かってくれる。
そう思っていたのに何故か笑い声が聞こえてきて、ちょっとショックだった。
悪魔ちゃんに教えてもらった礼儀作法は完璧だった筈なのだ。こんにちは、こんばんは、おはように「ございまする」を付ければ完璧と教わったのに、笑われた。
しかも物優しそうな人にだ。
僕は恐る恐る、顔色を窺おうとしたら金髪の大人の人は笑っていなかった。正確には笑みを優しそうに浮かべていたが、声は出ていなかった。
より正確に言えば、金髪の女の人に隠れるようにしている金髪青目の少女が笑っていた。
どうやら「センコウ」と思っていた人は少女の母親のようだ。
そして一度視認したときは気付かなかったが、最初から少女は母親の陰に隠れていたようだ。
一度見ただけでは確認できないほど完全に隠れきっていたのだから、少女は相当人が苦手なように思える。僕も同じように母親に隠れているから言えた事ではないけれど。
笑った人物が違うということで、少し冷静になり、もう一度声を聞いてみると機嫌を害するような笑い方ではなかった。
上品で声を抑えるように笑っていた。
そしてその少女は教えてくれた。
「ぁ、あのね.....『ございまする』は付けなくていいんだよ」
とても重要で、今日悪魔を懲らしめる理由を僕に教えてくれたのだ。
少女の言葉を信じると、悪魔ちゃんは僕に嘘を教えた。悪魔ちゃんを信じるなら少女が嘘をついた。普通なら悪魔ちゃんを信じられただろうが、「眼」を飛ばすなんていうさっきの事もある。
それに優しそうな少女のお母さんっぽい人が戸惑った笑顔を見せているし、少女も優しそうないいヤツだ。極めつけに母親は悪魔ちゃんへの殺気を露にしている。
というわけで僕は少女に「ありがとう」とお礼を言って悪魔を切り捨てた。
教室なる場所へ移動し、机とイスを見つける。横一列に3つずつあり、とてもガラーンとしていた。
一人の少年がとても寂しく感じるくらいに、空間が広い。
そう、既にイスには一人座っていたのだ。
金髪と鋭い眼光の、赤い眼を携えた少年が。
今日は親が同行する筈なのだが、少年は一人で礼儀正しく座っている。
なにか事情がありそうに思えた。この広く空しさを感じる空間、一人背筋を伸ばして座っている。
客観的にコイツは、人付き合いというのが苦手なようにも思えた。今も母の陰に隠れている僕が言うのもなんだけど。
「こんにちは」
「こんにちは」
家の親と少女の親が、金髪赤目の少年に挨拶を交わす。なにか考え事でもしていたのか、少年は僕達に気付いていなかった。しかし挨拶の声を聞き、人がいることに気付いたようだ。
こちらを少し振り返る。と、同時に立ち上がり、見たことも無い礼儀作法で挨拶を返す。
「こんにちは」
挨拶をされ、僕も挨拶を返すべきかしばし悩んだが、すぐに挨拶を返した。
「こんにちはでござ...ゴホン。...こんにちは」
習慣が抜け切らなかったせいで危うく同じ失敗をするとこだったが、挨拶は返せた。
とても顔が熱い。非常に頬が火照っている。
よし、悪魔ちゃんにイタズラを決行しよう。恥をかいたのだ当然の報いといえよう!
「こ、こんにちは」
そんなことを考えていたら、金髪青目の少女が挨拶を返していた。
さて、問題はここからだ。イスは3つあり横一列に並べられている。赤目のヤツは窓側の端っこに座っていて残る席は真ん中と、廊下側。
僕としては真ん中は避けたい。初めて同年代の人と交流をするのだ。もちろん緊張がある。だから挟まれる形になる真ん中は避けたい。
だが、もしも僕が廊下側を選んだら僕以上に人付き合いが苦手そうな少女が、真ん中行きになるだろう。僕は悩んだ。悩んで悩んで、悩みぬいた末.....
真ん中に座っていた。
悲しいかな。自ら選んで座ったわけではないのだ。
かといって家の母親が強制して真ん中に座ったわけでもない。
少女が自発的に廊下側に座ったわけでもない。
座るべき場所に名前が書いてありルールという名の元に強制されたのだ。
そしてスロースタートで僕の学校生活が幕を開けた。
小話・セインの母が手を握っていたのは、迷子にならない様にとの配慮です。
何故なのかは、語る機会があればいずれ。