1.
学食のくもったガラスの向こうに池があって、その日のB定食を食べながら、あたしはぼんやりその池を見ていた。
もう、学校は続けなくてもいいかな、とぼんやり考えていた。
だって授業を聞いてもなんのことやらわからないし、試験のために改めて勉強することがなんだかつまらなかった。
でも、つまらないという理由だけで学校をやめてもいいものだろうか。いいような気もしたし、たぶん母さんはあたしに意見することはないと思ったけれど、話をすることを想像すると重ったるくて、ぱっとしない気分だった。
池の方からショーロがこっちに向かって来るのが見えた。
ヘッドホンして、たぶん、音楽に合わせている。
もちろん、あたしのところから、その音は聞こえないのだけれど、たぶんレゲエを聞いているのだ。
ショーロはかぶれたヤツだ。髪をレゲエヘアにしていて、洗いもしない。ゆるくてゆるくて、ゆるすぎる。
だれの顔を見てもヘラヘラしていて、むかつくことがある。どこかにふわふわ飛んで行ってしまいそうな風船みたいだし、ちょっとのことですぐしぼんで、ショワショワと空気の抜けたしぼんだ風船みたいにもなる。
ミリリがショーロを見つけて寄って行くのが見えた。
ああああ。たかられるよ。ミリリはだれにもたかるもん。
ショーロはショワショワだから、もう、かまわないことにしておこうって思っているけど、ミリリにたかられるのを見ているのはいやだった。
あたしはミリリにショーロを取られたくないんだな、とぼんやり思った。
だけどなんで?
別にショーロとつきあっているわけでもないのに、ショーロはあたしの前では、あたしを女王扱いにせねばならないヤツ…と、これはぼんやりではなくて、なぜかはっきりそう思っている。ショーロが持っているこづかいは、あたしに貢げばいい。ミリリではなくて。なんでそんなにはっきり思えるのかはわからなかった。
二人が池のほとりにあるベンチの所で何か話している姿を見ていたら、あたしの怒りのスイッチが入ってしまい、あたしは食べかけのB定食をそこに残したまま、外に出て行った。ショーロとミリリはベンチに座るでもなく、ゆるく一緒に歩いている。その二人に追いついた。
ミリリのTシャツは、大きい絞り染みたい。黄色とピンクと緑と、肩のところにしぼりの芯があって、三色が順番に広がっている。髪はエンジに近い色に染めている。
「ねえ、あんた、いいかげんにして。ショーロにたからなで」
とあたしははっきり言った。
ショーロもミリリもあたしのことをびっくりしたような顔で見ている。
「だってそうでしょ? ミリリ、何かおごってって思っているでしょ」
「やだ。あたし、ただショーロと話しているだけなのに」
とミリリがずるい笑い方をする。ミリリの肌は白くて、細い手が突き刺さるように、ショーロの背中に回された。
「行かないで!」
あたしが思わず声を上げると、
「あんた、ショーロのことにくどすぎ」
とミリリが言った。そして、
「ショーロのママでも、奥さんでも彼女でもないくせに。なんだかおかしいよ。いまどき」
と言われて、そこでドキリとした。
あたしはショーロのことをいつも待っていて、ショーロがあたしを女王扱いにするのを待っているのが、バレているのかもしれない。
ショーロはといえば、へらへらしていて、意思表示はしそうにない。
「ショーロ、行こ!」
とあたしはショーロに声をかけた。
「しょぼーい」
とミリリは蔑むような目つきで見て、フフフと口の中で笑うと、
「ばかみたい」
と言って行ってしまった。
さて、ショーロだけが残ってみると、あたしは急につまらなくなった。なんでこんなヤツのことが気になって、B定食食べかけで出て来たのか? 自分自身が世界一つまらないヤツに思えてくる。
ショーロはまだヘラヘラしている。
あたしは一人で馬鹿みたいに腹を立てて
「もう、知らない!」
と言って、食堂に戻った。
それまで座っていた場所に、B定食の食べかけがそもまま残っていたけれど、なんだかそれを食べ出すのがいやだった。だから、そのままそれを食器の下げ場所に持って行った。
窓の外を見ると、もうショーロもいなかった。もう、ショーロにかまうのはやめよう。
そう思いながら、毎日がつまらなすぎてつまらなすぎて、あたしはすごく悲しくなった。




