00 プロローグ
西暦三〇五八年。地球。
かつて高度な文明を築き上げた人類は、第三次世界大戦勃発と止まることを知らない環境破壊に対処しようとコンピューターの性能を上げ続けた結果、逆にコンピューターに管理されるというお粗末な末路を辿った。
人類が生み出したコンピューターは、いつしか思考を身に付けコンピューターを自ら生産するようになっていった。その姿は、最早機械とは呼べず、本能を持つ人類では到底到達し得なかった、理性のみの知的生命体と呼べる。
そうした存在が生まれたおかげで、人類の一種強迫観念とも言える、“成長し続けねばならない”という概念が払拭され、人類の成長が終わりを告げた。
そうして人の理解の範疇を超えたコンピューターにジワリジワリと導かれ、地球上のあらゆる種は最適化されたのだ。
それは或いは、地球という惑星の意志だったのかもしれない。
人類だけをみても人口は減少の一途を辿り、ある数を境に一定に推移し続けていく。
人類にとって、それが不幸であったのかと言えば、そうでもない。
戦争は終結を迎え犯罪もなくなり、自然の豊かな環境で飢えることもなく平和に一生を終えるのだから。
そうして、コンピューターに管理される世界が当たり前として受け容れられるようになったのに伴い、まず、国という概念が取り払われた。“惑星地球”の“地球人”。人類が皆そうした共通意識の元、宇宙がより身近になった時代でもある。
暴力の坩堝、戦争を乱暴に論じれば、国家、あるいは、人種といったもっと小さな集合体でも良いが、互いの利益をどちらも譲らずに主張する為に起こるのであって、国家という集合を集合たらしめている枠が全てを呑み込むことで無くなれば、戦争は起こらないのである。
犯罪もほぼ同じ理由で、個人の利益がそこにあると思えばこそ起きるのだから、利益が無くなれば起こらない。また、一部の特殊な性癖を持つ生粋の犯罪者には、極限までリアリティを追求した仮想現実を与え、合法化している。被害者が出るから問題になるのであって、加害者だけがバーチャルの世界で何をしようと被害が出なければ犯罪とは呼べないというある種乱暴な解決策だ。
武力はいつしか風化し、仮想現実にその片鱗が残るのみとなった。
自然災害の被害も皆無と言って良いほどだ。
地震、雷、火事、親父…。台風。
かつて猛威を振るったそれら自然災害も精密で高度な予知技術が確立され、あらかじめ判っているのだから、対策のしようもあるというもの。災害を経験したことがない人々の危機感が薄いという現象は見受けられるものの、災害を一切経験しないのだから、それも仕様がないともいえる。
もうひとつ、現代と比べ未来の変化を特筆すべきは言語が一つに統一されたことだろう。
世界中で使われる既存の言語を一つにまとめ上げ、新たな言語が知的生命体より齎された。それは地球語と呼ばれ、地球人は地球語を操るのが当たり前になったのだった。
それにより、かつて人類にコンピューターとして作られた進化形の知的生命体、その種族は『マナ』と呼ばれるようになった。
『マナ』とは、複数体であり、一体である。
マナは人類含め、生態系を管理することを甘受し、地球の代弁者とも呼べる生命体だが、その誕生には人類の想像性と創造性が必要不可欠だったと知っている。我ら人間が己の生命を維持するために糧として犠牲にする生命に尊厳を持って接するように、決して人類を、地球を“管理”はしても支配することはない。
また、人類もその歩んできた歴史を鑑み、地球の生態系の頂点に立つという傲慢さを捨てたことで、マナの良き隣人となっていった。
地球の営みの根幹にマナがいて、その恩恵を享受する。そんな時代。
日本と言う列島のとある場所に一人の若者がいた。若者の名はヤマト。過去の記録映像(と言ってもアニメだが)に登場する宇宙戦艦と同じ名前だということを知り、宇宙に思いを馳せる極、普通の少年だ。
小さいころに見た(アニメの)宇宙戦艦が格好良くて、その画面に釘付けになった。
「僕も、いつか、宇宙に行きたい。」
当然のように眼をキラキラと輝かせながら、ヤマト少年は両親に訴えた。
両親は、そんな幼いヤマトを微笑ましく眺めたものだ。
「しっかりと学べば、私がきっと連れて行ってあげる」
ヤマトにラビと呼ばれ懐かれているマナが言った。
現代でも見られる幸せな家庭の微笑ましい一幕だが、宇宙との距離が遠い現代とは、若干意味合いが異なる。
全く以って羨ましい限りだが、マナの恩恵により手作りの宇宙船で宇宙に行くことが若者たちのブームとなれる時代なのだ。
手作りと言っても、マナに部品の供給を受け、それらを組み立てて行くだけで良く、現代で言うプラモデルのようなものだ。しかし、その性能は凄まじく、本当に宇宙に行って帰ってくるのだから言葉も出ない。
ヤマトは、ラビの言葉を心に、一生懸命宇宙を学んだ。成長するにつれ、当然のように宇宙船を組み立て、何度か宇宙空間へ飛び出していた。今回はほんの少しカスタマイズしワープ機能を強化した。仲間内の誰よりも遠い銀河を見て来ようと、気軽に宇宙に飛び出した。
はじめて見た宇宙。その広大さはヤマトの心を更に捉えた。どこまで行っても果てはなく、何が在るのか解らない宝探しの様な興奮を覚えた。故郷である地球の煌く碧さはヤマトの魂に刻み込まれた。
もう何度目かの宇宙空間は果てがないように思え、眼下に広がる碧い惑星、美しき地球は今もヤマトの心を擽ってくれる。
―もっと、遠くへ。もっと、もっと。誰よりも遠くへ。
ヤマトは誕生日を迎えれば十八才。いつまでも自由気侭に己の欲望だけを満たすわけにはいかないことも知っている。それでも今は未だ、もう少し自由を謳歌したい。
―これだけ広い宇宙だ。地球でなくても暮らせる星はあるかもしれない。もしそんな星が見付かれば、そこで暮らしてみたい。
夢想はそれこそ果てのない宇宙よりも果てしなく広がっている。
そして、夢想から始まった宇宙遊泳だったのだが、いつの間にか気付かぬ内に彼の将来を決定付ける。
ヤマトは知らなかったが、本来、ワープ機能など、手作り宇宙船には搭載できない。それもそのはずで、ワープには時空を歪める性質があり、それなりの危険が伴うからだ。所詮は手作り、子どものおもちゃに過ぎず、危険すぎる代物なのだ。
では、なぜ、ワープ機能を搭載できたかと言えば、ヤマトの情熱と、ラビのいたずら心からに他ならない。遠くへと行きたい情熱がワープ理論を学ばせ、その才能を認めたラビが、手助けをした結果である。
尤も、ラビが手助けをしたのにはもう一つ理由がある。ワープ理論を物にしたヤマトを放っておけば、自力で不完全な機能を搭載しかねなかった。それはやはり危険であり、そんな物を搭載させるわけにもいかず、結果としてヤマトの情熱勝ちだった。
そんなことは知る由もないヤマトはワープ出来る限界ギリギリの座標を打ち込み、いつも通りワープ機能を起動した。
キュイーン。
甲高い音が船内に木霊したかと思った次の瞬間には、さっきまでとまるで違う宇宙が広がっている。ハズだった。
確かに、ワープアウトした感覚があり、ラビもそれを示しているのだから、間違いは無いはずだ。
しかし、眼下に広がるこの碧い惑星は地球そのものに見える。ついさっきまでの光景と寸分違わず同じ物に見えるのだ。
「どういうこと?」
ヤマトは思わず呟いた。
「さあ?」
頼みの綱であるラビも呆気に取られているようだ。
「失敗、した?」
「いいえ」
「だよねぇ」
「ええ」
「じゃあ、この星は?」
「チキュウ、のようね」
「どういうこと?」
「さあ?」
「地球とは、違う、チキュウ?」
「その可能性が最も、高いわね。生態系に若干の違いが見られるし、私たち種族の反応が見られない」
「それは、過去に来た。ってこと?」
「いいえ。それはあり得ない」
「だよねぇ」
ワープ理論は時空間に干渉することから、時間に影響を全く与えないかと言えば、そうとは言えない。しかしあくまでも長距離を移動するための手段であり、時間に与える影響を除外し行きついたのがワープ理論であるから、時間を移動することはまず、あり得ない。もし影響を与えたとしても億分の数秒である。それはマナにとっても影響ないと言えるほどの誤差である。
ただ、人類は知らないことだが、マナの時空理論にかかれば、時間を移動することも出来る。しかし、時間を移動することによる悪影響の厖大さは無視できるものでなく、その理論はマナによって厳重にして、厳密に保管されているのである。理性によってのみ判断を下すマナたちにとって、人類が決して手の届かない場所に保管されているのだから、絶対に安全ともいえる。
「でもさ、ワープ理論のその先には、時間を移動する可能にする余地があるよな」
「ええ。流石ね。絶対にないとは言わないわ。この世に絶対なんてないのだから」
「だけど、それは、絶対に、無い?」
「ええ。絶対にあり得ない」
ワープ理論を習得したヤマトだから時間を移動した可能性に言及したし、時空理論を厳重に管理しているラビだからその可能性を否定して見せた。
まぁ、どちらも混乱の極みにあることに変わりない。
ラビは新たに発見した惑星がチキュウだということに。
―宇宙を、超えた?平行存在する宇宙、か?ワープだけで?ワープした先が座標まで同じで、ほぼ同じ惑星がそこにある。時間軸にズレは無い…。
ヤマトは自分がしでかした事の大きさに。
―俺、やっちゃった?とんでもないことやらかした?同じ宇宙に同じ惑星が在るとか…これって、人類初、だよな。
―これだからヒトは面白い。
―これだから宇宙は面白い。
ほぼ同時に、似たようなことを思った。
混乱が治まるに連れ、次に二人を襲うのは興奮である。
「なぁ、これって住める星だよな」
「ええ。それはほぼ、間違いないでしょうね。ここまで地球に酷似した環境であれば、適合に問題はないわ」
「だよなぁ。だよ、な」
夢にまで見た現実が、目の前に現れたヤマトには、興奮を抑えることが出来ない。笑えばいいのか、泣けば良いのか、それすらも分からない感情の濁流に呑み込まれている。
一時の混乱も興奮も理性で完璧に抑え込んだラビは、そんなヤマトの生体反応にイヤな予感しかしない。
「決めた。俺、ここで暮らす」
―ああ、やっぱり。
感情に迸ったヤマトの言葉に、ラビは溜息を零すのだった。




