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Realistic Job Hunting(現実的な就活)

Realistic Job Hunting(現実的な就活)


Experiments


 内定をもらったハイゼンベルクが大学で昼食を取っていると、化学科のカロザースに呼びかけられた。

「聞いたよ。スターファーストグループに内定だってね」

「はい。あの..顔が青白いですが、まだ...就活中でしょうか?」

「ハハハ、内定ブルーだよ。デユポン社に内定したけど、絶対ブラックだ。来年には社畜”過労あざーす”に改名しているかも」

カロザースはレモネードに白い粉を入れて、死にそうな顔で飲み干した。

「ああ。少し風邪気味でね」

白い粉は青酸カリではなく、ただの風邪薬だった。

「そういえば、ヴォネガットは兄のコネで、ゲルマニウム・エレクトロニック(Ge)だって。変な小説書いて賞も受賞してるし凄いよね」

近くの席で大きな物音がした。

振り向くと、「ヴォネガット、ビッグバンしろ!」と叫びながらガモフが出ていく所だった。傍らには落ちて壊れたPCがあった。



・シグマトリックス派遣面接会場


 控室で昼食を取っていたパイスは声を掛けられた。

「君は今二個しかサンドイッチを食べてないんだね」

どもりが無さ過ぎて、一瞬誰だか分からなかったがディラックだった。ちょうどその時、呼ばれたため、そのまま面接室に入っていった。パイスにはディラックが無理に明るく振る舞っていると感じた。


「δ、ディラック..です。よろしくお願いします」

「緊張してる?」

「いっ..いえ..緊張..!していません」

誰が見ても緊張している様にしか見えなかった。

「さて、あなたの研究内容を一言で教えて下さい」

「むっ..無理です」

「簡潔にまとめる事も重要ですよ。では、黒板を使って研究内容を教えて下さい」

「はい。私は陽電子の研究をしています」

ディラックは数式をすらすらと黒板に書くが、説明は恐ろしいまでに朴訥で棒読みだった。また、数式を書いている時は一切、面接官の方を見なかった。

面接官は数式を指さし、ここが良く分からないと質問した。

「それは質問ではありません。はい、次」

ディラックには自明でも面接官には自明ではなかった。その後、面接官は最近読んだ本を尋ねた。

「は...はい。ドストエフスキーの罪と罰です」

「どうでしたか?」

「あ、面白かったです」

しばしの沈黙を破って面接官が聞いた。

「それだけですか?」

もっと何か気の利いた事を言わないと思い、ディラックは焦った。

「えっと、一つ大きな間違いを見つけました。ある章で、一日に二度、太陽が上るんです」

予想外の返答に面接官も沈黙した。

今まで質問していた面接官は出て行った。代わりにずっとつまらなそうにしていた強面の面接官が語り掛けた。

「君、就職する気ある? 君みたいな人はどこも採用してくれないよ」

その後、しばらく、ディラックは、圧迫面接を受けて黙り込んでいた。

我慢しないと。我慢我慢ガマンガマンガマンガンマガンマガンマγγ、γ崩壊..

「ラジエーション!」

「な、なんだね。いきなり叫びだして。だから最近の若い者は..」

ディラックは無言で、ICレコーダーを突き出した。

「ハハハ、ほんの冗談だよ。ま、まさか訴えたりしないだろう?」

ディラックは相変わらず無言だった。

「わ、分かった! 君は内定だ! 今、契約書類を持ってくるから待っていてくれ」

面接官は逃げる様に部屋を出て行った。


「こ..怖かった」

怖くて口を開けなかったディラックは、ようやく声を出した。その時、扉が開き、とっさにディラックは身を隠した。

 誰かいるかという問いにディラックが答える前に、二人の社員が部屋に入って密談を始めた。

「まさか、周囲の機械を故障させるという魔法みたいな事が実在するなんてな」

「その魔法のおかげで、ぼろ儲けできてるから感謝しないとな。次はどの会社にパウリを送り込む?」

ディラックは会話の一部始終を録音していた。



 パウリは、ネットカフェの一室で自前のPCをいじっていた。

 今日も、部屋にある新しいPCは起動しないが文句は言わない。難癖をつけたと思われて、幾つもの店を排他(Exclude)されたからだ。自前のひびの入ったPCは問題なく起動していた。北の方に住んでいるガモフも、宿泊費を節約する為ネットカフェを利用していて、偶然会った時に売ってもらったものだ。

 パウリは、スターファーストの選考に落ちた後、シグマトリックス派遣に合格し、既に働き始めていた。

 派遣先の会社は、いつも工場の不調ばかり起こし、まともに仕事にならなかった。それでも手間賃として、かなり高額の給料が振り込まれる為、我慢していた。


 貯金も貯まり、ここを出て行こうと扉を開けると、ハイゼンベルクとガモフが目の前に立っていた。

 二人はパウリ効果を悪用したシグマトリックス派遣の陰謀を説明したが、パウリは納得しなかった。ディラックが録音した密談も、ファインマンがお得意の金庫破りで入手した機密書類も偽装だと疑っていた。

「確かに実験が下手な事は認めるが、そんな魔法みたいな効果あるわけないだろう。もし本当なら、ガモフがくれたこのPCは動かないはずじゃないか」

そのPCは前にガモフが落として壊したものだとハイゼンベルクが指摘し、ガモフは苦笑いした。

「いや、まさか反パウリ効果もあるとはね。壊れたPCを試しに渡したら本当に起動して驚いたよ」

 パウリは自分の能力を認めた。陰謀の事実が公開されて会社はつぶれ、再びネットカフェで暮らしながら、就活を始めた。



 スターファースト破綻。

 騒動が落ち着いたある朝、就活のために取っていた日経の一面に、大々的にそう書かれていた。

 共同で行っていたゴルデネンジタング計画が、フランスのレクレム社に情報が洩れ、全ての利益が流れ込んだ。一説によると、シグマトリックス派遣のエヌ氏が情報を漏えいしたようだ。その結果、ハーバーキット社はレクレム社に買収され、スターファーストは多額の負債を抱えて倒産した。

 数日後、ハイゼンベルクの元に内定取り消しの連絡があった。世の中は不確定だと絶望しながら、沈みゆく夕日を眺めた。


 ハイゼンベルクはマスター卒での就職を諦めて、ドクター進学についても考えた。ふとドクターの先輩であるボーアのPCを覗いてみた。その中にあった博士が百人いる村や、物理学会誌に載た『ポスドクからポストポスドクへ』という記事を読み、ドクター以降の更に暗い現実を知った。

 暗い未来を突き付けられたハイゼンベルクは再び、就活を頑張る事にした。


 その後、何社も選考を受けたが、ゲーテやショーペンハウアーなどの文学作品を読んだと言っても、反応は薄く内定にはつながらなかった。

 しばらく経って、反応が薄い原因が分かった。ガモフの仕業で、自分がショーペンハウアーの幸福論を読んで内定をもらった事がネットに漏れ、テンプレ化されていたのだった。


 再就活は上手く行かなかった。ただでさえ時期が遅く、スターファーストショックの影響で、どこも不況だった。


Theory


 モンキーハンティングは理想に過ぎなかった。実際には空気抵抗があり、当たる事の方が難しかった。

 粘りつく周りの空気に足を取られ、慣性に流されて、どこの企業に就職できそうにもなかった。

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