Idealistic Job Hunting(理想的な就活)
Idealistic Job Hunting(理想的な就活)
Theory
モンキーハンティングという物理の問題がある。
木にぶら下がった猿に大砲の標準を合わせ、猿が木から落ちると同時に弾丸を放つ。そうすると角度や距離に関係なく、必ず猿に弾丸が当たるというものだ。
つまり狙いの角度とタイミングさえ合っていれば、必ず標的に当たる。
これと同じ様に、目標をきちんと見据えていれば必ず狙いの企業に就職できる。そう、ハイゼンベルクは信じていた。
Experiments
「我がスターファーストグループは、ドイツのハーバーキット社と協力してゴルデネンジタング計画を推進し、更なる発展を目指します。これで、我が社の企業概要の説明は終わりです。休憩を挟んで、グループディスカッションを行います」
説明をしていた社員が去ると、ハイゼンベルクは、ペンを置いてほっと息をついた。
「おっハイゼンベルクもこの企業受けてたのか! なあ、何でみんな首を振っているんだ? 首振りのリズムが良かったから、膝を叩いてボンゴの練習してたぜ」
声の主はコペンハーゲンゼミで一緒のファインマンだった。就活中も相変わらずで、ハイゼンベルクは苦笑した。
「うなづく事で内定が取れるというマニュアルを鵜呑みにしてるんだ」
この皮肉は... 振り返ると去年卒業した一年先輩のパウリが斜め後ろの席にいた。
「パウリさんも参加してたのですか!」
「君の”ソクラテス博士”も来ているよ」
パウリはあごで向こう側を指した。そこでは、ドクターのボーアが隣にいた誰かと話していた。ここで声をかけると例の”問答法”に巻き込まれるので、気づかないふりをする事にした。パウリさんも同じ考えらしい。
ハイゼンベルクの膝でリズムを取りながら、ファインマンが尋ねた。
「そういえば何で、皆ノート書いてるんだ?」
「え、説明会で聞いた事をメモするんですが」
困惑したハイゼンベルクの説明にファインマンは不満そうな顔をした。
「喋ってる事なんて大体パンフレットに書いてあるじゃねえか。だったら、なんでガモフは休憩してからもノートをずっと書いてるんだ?」
ハイゼンベルクが絶句しているとパウリが皮肉を言った。
「どうせまた、つまらない劇でも書いてるんだろう」
ガモフは、首振りの振動で発光して人が光になる話を思いつき、ノートに殴り書きしていた。
ゼミ仲間と色々と話している間に休憩が終わり、グループディスカッションが始まった。ふと周囲を見渡すと、隅の方にゼミ仲間のディラックがいた。
・GD
しかし、ディラックの方は、ゼミ仲間の存在に気付いていなかった。緊張のあまり、前方しか見れなかったからだ。GDの議題は、学生の昼食における米とパンの割合をフェルミ推定で求めるものだった。
議論が始まってからかなり時間が経っていたが、ディラックは一言も発する事が出来ずにいた。
そこに司会からのキラーパスが飛んだ。
「ディラックさんは何か意見がありますか?」
ディラックは、初めて乾ききった口を開いた。
「π...パイスさん..さ...先ほど、サンド...イッチを食べて...ました..が、いつも、昼に...サンド...イッチを食べて...るんですか?」
隣にいたパイスは良く見ていると感心しながら肯定した。実際には、誰とも目を合わせられず、前の人の様子しか見れなかっただけなのだが。
「い、いつも、三切れ...食べて..るんですか?」
「はい」
この質問の間に、30秒ほどの間があり、特に有益な話題でもないため、グループの皆は段々と苛立ってきた。更にディラックは委縮してまた無駄な事を尋ねてしまった。
「い、いつも...昼に同じ種類の...を三切れ...食べて..るんですか?」
「いいえ、その日の気分によります」
司会が耐え切れずに話題を変え、ディラックは再び沈黙し続けた。
ディラックが沈黙している頃、別の場所では、ガモフがいつものユーモアと外来語をふんだんに用いながら、議論を円滑に進めていた。また、パウリは、ゼミの時の様に首を横に激しく振りながら「君の論理は間違ってすらいない」と辛辣だが適切な批判を行っていた。
その時、ファインマンが机を叩く音が響き、皆の注目を集めた。
「難しい数式とか使ってないで、もっと分かりやすく説明しろよ。つまり、こういう事だろ?」
ファインマンは、配られたお茶を飲み干してコップを床に置くと、おもむろに逆立ちした。
「重力によって体内の水分が出るのなら、逆立ちして小便はできないはずだ!」
そしてファインマンは小便をして、重力によって体内の水分が排出されていない事を実証した。あまりの事に周りは茫然としていたが、ガモフが拍手をすると、周りもそれに同調して拍手が鳴り響いた。
ボーアのグループの議題は、量子力学の解釈問題だった。ボーアの隣にいたシュレーディンガーがまず発言した。
「コペンハーゲン解釈は間違っていると思います。例えば、核崩壊を検出し毒ガスを発する装置が入った箱の中に猫を入れます。その場合、箱を開けるまで猫は半死半生という事になります。そんな事があるのでしょうか?」
ボーアは面白そうに批判を始めた。その後、ボーアとシュレーディンガーの”問答法”が続き、他人は議論にあまり入れなかった。
ウィグナーは、猫の代わりにボーア氏を箱の中に入れた時を提案して、友人のシュレーディンガーを擁護したが、ボーアの議論にはついていけず、友人を観測する事を諦めた。
「議論が白熱している二人は置いといて、私は多世界解釈を提案します」
GDの終了間近、司会のエヴェレットが自説を披露して強引に終わらせた。
ハイゼンベルクのグループのGDの議題は、文学と科学の矛盾という事で、ニュートンの光学とゲーテの色彩論を用いて、うまくまとめて終わらせていた。
帰り際、ハイゼンベルクがボーアの方を見ると、シュレーディンガーとまだ議論を続けていた。
数日後、ディラックを除く、コペンハーゲンゼミの5人に一次選考通過の連絡が来た。
そして、寝込んでいるシュレーディンガーの元にも、電話が鳴った。
「おめでとうございます。あなたとボーア氏の議論は白熱しており、特別に次の選考を免除となりました。もちろんボーア氏も選考免除です」
頭の中では、ボーアの言葉が鳴り響いていた。
アイスブレイクで、隣にいたボーアに話しかけた事が運のつきだった。GDでは、ひたすら質問を浴びせられ、帰りの電車でも延々と議論が続き、疲れて気絶した。
しかし、目覚めてからも悪夢は続いた。目覚めたのはボーアの家で、熱があるのにまだ議論を続けた。病院に行くと言ってどうにか逃げたが、家で寝ていてもボーアの幻聴がしてまともに眠れなかった。
ボーアと二度と議論したくないシュレーディンガーは選考を辞退した。
・筆記試験+人事面接
ファインマンは、ボンゴの様にリズムよくドアを叩いて入室すると、面接官の許可を得ずに椅子に座り足を組んだ。そして、馴れ馴れしい口調の簡単な自己紹介の後、研究内容の説明を軽くした。面接官が、ファインマンが書いた経路積分が間違っているのではと指摘するとファインマンは反論した。
「お前馬鹿か!(You must be crazy!) この数式は、こうなるのが当たり前だろう」
面接官は口の悪さに呆然としつつ、履歴書を眺めた。その特技の欄にはボンゴと書かれ、ボンゴを叩く写真が載っていた。
マナーは悪く、喋り方もやたらと馴れ馴れしく、面接官は苛立ったが話題を変えた。
「所で、適性検査の性格の項目で少し気になる事があるのですが、何か、幻聴が聞こえたりはしませんよね?」
ファインマンは適性検査の百問以上ある性格についての設問が馬鹿馬鹿しくなり、全部最初の選択肢を選んでいた。それを信じる面接官への当てつけとして、ボーア先生の真似をする事にした。
「ファインマン君...君の説は...間違っている...そして..そして..しかし...」
ファインマンは、素行不良と精神異常で、内定を免除された。
ガモフも人事面接を受け、自己紹介や雑談の後、特技を尋ねられた。
「六か国語を話せます」
「履歴書には書いてないけど、TOEICとかは取ってないの?」
「取ってません」
「資格もないのでは分からないので、軽く六か国語を話してみてください」
ガモフが披露した六か国語は、全部ロシア語にしか聞こえなかった。面接官は落胆して話題を変えた。
「所で、課外活動の欄に演劇とありますが?」
「はい。ゲーテの『ファウスト』をモチーフにした劇の脚本をやりました」
「ほう。ファウストとメフィストフェレス役は誰が?」
『ファウスト』が好きな面接官は興味を持って尋ねた。
「ファウスト役は先生で、メフィスト役は皮肉屋の友人です。この友人は、理論はとてもできるのに実験が下手すぎて、パウリが近づくと実験装置が壊れるなんて噂が立つほどで...」
面接官は、長くなりそうな話を遮った。
「劇は面白そうですね。ヒロインのグレートヘンは誰が?」
「ニュートリノです」
「そのニュートリノさんは、やはり女性ですか?」
ガモフはその質問の意味が分からずとっさに答えていた。
「えっと..女性ではありませんが」
「ああそうか。理系は男ばかりだから男性がやったのか」
ここまで来て、ガモフはようやく意味が分かったが、あえてとぼける事にした。
「ニュートリノは男性でもありません」
そこで一度間を置き、困惑している面接官の顔を見つめ、ガモフは満面の笑みで答えた。
「”中性”です」
しかし、面接官には意味が分からず、他に取り立てて良い所もないので不採用を決めた。
ボーアは、前回のGDが高く評価されたため、選考を免除されていた。ハイゼンベルクは礼儀正しく読書や音楽を嗜み、人事からの評価も高く、選考を通過した。
パウリは人事から態度の悪さを少し指摘されたが、専門科目の成績の良さと批判的精神から選考を通過した。
・工場見学+技術面接
パウリは、郊外にあるスターファーストの工場を訪れていた。今日は、工場見学と技術面接だった。そして、工場の内部を案内されていたのだが、不手際だらけで、ほとんどの装置が動かなかった。担当者は何度も、さっきまで動いていたと主張したが、ずさんな管理が露呈したのだろう。
結局、まともに動くものは一つもなく、パウリはイライラしながら工場見学を終えた。技術面接では、理論が得意で実験はあまり得意ではないと言ったが、特に問題ないだろう。むしろ、面接官の方が工場のトラブルに追われて焦っていた。
選考を終えたパウリが駅に帰る途中、工場に向かうハイゼンベルクに呼びかけられた。
「パウリさんは午前中だったんですね。自分は午後からです。選考はどうでした?」
パウリは首を横に振った。
「大企業だから期待してたんだが、工場すらまともに動かなくてがっかりだったね」
ハイゼンベルクは、”パウリ効果”を思い出した。パウリの周りでいつも実験装置が壊れるというもので、単なるゼミ仲間の冗談に過ぎないはずだが。
その後、ハイゼンベルクは工場を見学したが、パウリが見た時とは異なり、全て正常に稼働していた。誘導していた社員も、さっきまで動かなかった事を訝っていた。
ボーアの面接はグダグダだったものの、パウリ効果によるトラブルの影響で切られる事はなかった。ハイゼンベルクも無難に選考を通過した。
パウリにはお祈りメールが届いたが、落ちた理由は不明だった。
・役員面接
最後の役員面接で、ボーアを面接したのは外国役員のアインシュタインだった。
「君はグループディスカッションで、量子力学の解釈問題について力説していたね。詳しく聞かせてくれないか」
長時間にわたる議論が行われたが、いつまでたっても平行線だった。ボーアは我慢できずに言った。
「相対性という概念で、時間と空間の常識を壊したあなたが、なぜ相補性の概念を理解できないのです」
アインシュタインが机を叩き、飲みかけのソーダがこぼれた。
「神はサイコロを振らない。面接は終わりです。とっとと出て行ってください!」
ボーアは、一礼して去り際に呟いた。
「神が何をなさるかなど、注文をつけるべきではありません。失礼します」
ボーアは、サイコロを振るうことなく失格となった。
ハイゼンベルクと会長の役員面接は無難に続いていた。
「最近読んで印象に残った本は何かね?」
「ショーペンハウアーの幸福論です」
いきなり会長の雰囲気が変化した。
「ショーペンハウアーを読んでいるとは崇高だ。君みたいな若者は貴重だ。彼の本は私も好きでね」
「はい。自分も感銘を受けて、『意志と表象としての世界』を立ち読みしたのですが、お金がなくて買えなくて」
「仕方がない。貸してあげよう」
「あの、いつ返せば?」
「いつだっていいよ。入社の日にでも、また感想を聞かせてくれるかい?」
ハイゼンベルクはスターファースト社に内定した。