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魔術師カミルの気まぐれ


時系列でいうと、前話から1年以上経った頃を想定しています。

近衛隊騎士ディートリヒが、小さな女の子に恋をしているという噂は、概ね好意と畏怖をもって広められた。


見目や家柄に限らず、性格も真面目・素直と優秀な人物であるディートリヒだが、さほど浮名は流れておらず。

そんなディートリヒが運命の人に会えたということで、恋人のいない若手騎士達は、自分達もと励むことにした。


「カミル殿!頼む!俺にも魔方陣を!」

「お前はまだ恋人と別れたばかりだろう!それより俺に!運命の人との出会いをー!!」



魔術師カミル、恋愛相談所(仮)への駆け込み相談だ。

機嫌が悪いときに当たれば命に関わる大怪我を負う。

機嫌がよければ魔方陣で運命の人に会えるかも。

ただし成功実績は今のところディートリヒただひとり。

転移した者のなかには、町の広場に転移させられて「誰?!誰が俺の運命の人?!」とその町に通いこむ者もいれば、墓場に転移させられて「え?!俺の運命の人…まさか?!」と寝込む者まで様々だ。



「所詮占いみたいなものなんだから、気に病むなよ」

とディートリヒは慰めるが、勤務が明けると魔術師カミルに頼み込んで山あいの町に即刻転移していることを、騎士達は知っている。

幸福野郎の言うことなんて知ったことか。


若手騎士達はせっせと魔術師カミルのもとに通った。






「皆物好きだよね〜。俺には信じらんないや」


その日、魔術師カミルは山あいの町でハルとお茶していた。

正確に言うと、ミリアムさんの酒場で雑用をこなすハルの横でお茶をしていた。

ちなみにディートリヒは酒場の一室で夜勤明けの休息中だ。


「なにがですか?カミル様」


野菜の皮剥きを終え、最近は調理の下ごしらえも手伝うようになったハルが聞く。


「運命の人に、会えるかも?!ってヤツ。ハルはどう?」

「運命のひと、ですか。……悩みますね」


ハルは酒場の二階をちらっと見て、ぶっきらぼうに答えるが、その頬が林檎のように真っ赤に膨れたことをカミルは見逃さなかった。

幸福野郎に続いて幸福少女か、なんなんだこいつら。


「カミル様は試さないの?」

「なにを?」

「魔方陣です」

「俺?…俺が?」


カミルは目をぱちくりと瞬かせた。

その発想はなかったと、顔に書いてある。


ハルは、鍋に小さく切った野菜をごろごろと転がし入れる。

美味しいシチューになあれ。


「カミル様にも、きっと運命の人がいると思う」

「…そうかな?」

「うん」

「…そうか、じゃあ」

「うん?」

「ちょっと行ってくるから、帰ってこなかったらハルから説明しておいてね❤︎」

「ええ?!」


カミルは作業するハルの横顔を見て、ふむふむと頷いていたが、突然ハルにキラッと切り出すとそのまま転移した。


流行りの魔方陣は使い過ぎて、無詠唱でできるほど覚えてしまったらしい。


「カ、カミル様?!…帰って、帰ってきてくださいよ?!」


ハルの叫びは、宙に消えていった。

魔術師カミルがどこに転移したのか、その時のハルには皆目見当つかなかったが、まさかその日から、本当にカミルが帰ってこないことになるなんて。

カミルはそれから一週間、ハル達の前に姿を現さなかった。







「…わお?こんなところに転移するか」


魔術師カミルは辺りの景色を見て、そう呟いた。


流行りの魔方陣は、仕組みを知るカミルからすると、至極単純なものだった。

要はランダム。転移は座標と想像力をもって正確にできるが、座標は暦からはじかれ、運命の人に、という想像力で転移する人それぞれの行き先となる。

安全性も何もないので、よく若い騎士達は恐れずにやってくるなあとカミルは感心していた。


そして、ハルの言葉に気まぐれを起こし、つい先ほどカミルも試してみたが、転移した先は、硝煙の残る戦場跡だった。

数日前まで、ここで戦いがあったのだろう。

農村だっただろうこの場所は、今は家屋が火がくすぶり、道には人々が倒れている。


「……どこだ、ここ。肌の色が違う」


倒れる人々は皆褐色の肌。ディートリヒやハルのような白磁の肌ではない。


「あ〜…俺も外れか。残念だな」


魔方陣の行き先を当たり・外れと若手騎士達が言っているのは知っていた。

思ったよりがっかりした声が出て、カミルは、自分が期待していたことに気づいた。

なんだ、俺。俺も誰かに出会いたかったのか?



「面倒なことになる前に戻るかな〜それとも土産話でも作っておくかな〜」

「う…」

「……ん?」


どうしようか、とのんびり考えたカミルは、小さな声が聞こえて口を閉じた。

カミルが降り立った場所は、多くの瓦礫が散らばっていた。足元を見ていなかったが、どうやら家があったようだ。


「もしかして、誰かいる?」


カミルは自身を宙に浮かせると、魔術で瓦礫を退けていった。


「あ、う、…」

今度は少し甲高い声。なにか見落としてないかとカミルは目をやると、瓦礫の下に薄汚れた布があり、その下に人がいるようだった。


「大丈夫。もう少しだから」


目標物を見つけたカミルは一斉に魔力を解放した。

瓦礫が跳ね飛ばされ、人が掘り出された。


出てきた人物は、粗末な服をまとっていたが、どうやら女性らしい。褐色の肌に、銀の髪。気絶しているので瞳の色はわからないが、年の頃は、カミルより少し上といったところか。


「あ…あ……」


その女性の腕に抱かれた小さな袋から声が聞こえる。いや、袋ではなく何かを包んでいたらしい。


見つめるカミルの目の前で、布のかたまりはもぞもぞと動き、小さな手を見せた。


「なんだ、赤ん坊、生きているのか」


カミルは女性の腕から出ようともがく赤ん坊を抱き上げようとした。そこで、女性の体にまだ熱があることに気づく。

「あんたも生きてるのか」


生きているなら、助けようか。


カミルは本日何度目かの気まぐれを起こした。

強大な力を持つ自身に、カミルはいくつか制約を設けているのだが、たまには人助けしてもいいだろう。


女性の身体に小さな傷がいくつもあり、それが炎症を起こし熱を出しているようだ。

赤ん坊は、褐色の肌ではないから、女性の子どもではないかもしれない。ただ、こんな環境にあって弱っているようだった。



「…安全な場所の確保と、食糧と水。適切な治療。他の生存者の確認」


カミルはなすべきことを諳んじあげる。

そうすると、物事が順調に進む気がするのだ。


「よし!」


女性と赤ん坊を抱え上げると、カミルはスタスタと歩き出した。





それから三日間。

カミルはその場所で過ごした。戦を起こした軍は去ったのか、それからまた争いが起きることはなかった。村に他の生存者はなく、カミルはなかなか目覚めない女性と、言葉の喋れない赤ん坊を介抱した。


時々、女性が目を開けるので、カミルは赤ん坊を側に寄せて見せてあげた。

そうすると女性はうっすらと笑って、再び寝るのだ。


誰か様子を見に来るかと思ったが、三日待っても来なかったので、カミルは女性と赤ん坊を連れて、王都の自宅に転移した。


女性はカミルの適切な治療により、順調に回復していった。

五日目の朝、カミルは女性の声を初めて聞いた。


「……ありがとう、ございます」


鈴の音を鳴らしたような、凛とした声だった。


「へえ、言葉がわかるんだ」


カミルは転移した先の場所を調べたが、遠い異国の地。文化も習慣も違う場所だったが、言葉が通じるとは思ってなかった。


「私、旦那様、習いました。少し、わかります」

「ふうん、上手いもんだね」


女性の服装から察するに、彼女は奴隷だったのだろう。カミルの仕えるこの国にはそんな習慣はないが、異国の地にはわずかあったらしい。

文献にしか載ってないから、どこまで正確かわからないが。


「感謝、します」


女性はカミルの目を見て、そっと微笑んだ。

聞きたいこともあるだろうが、察して、あえてそれだけを口にしたようだった。


「……頭のいいやつは嫌いじゃない。先を読んで話すやつも、嫌いじゃない」


ぶっきらぼうに答えたのだが、女性は気にしてないようだった。

カミルは赤ん坊を女性の腕に抱かせた。

回復するまではと引き離していたが、そろそろいいだろう。


赤ん坊は、白磁の肌に銀の髪。ろくに面倒を見れていないが、預けた侍女は「可愛らしい女の子ですね」と言っていた。

そうか、この女性の娘…にしては肌色が違うが、どうだろうか。


「この子、無事。とても嬉しいです。ありがとう」

「君の娘?」

「いいえ、旦那様の娘です。私にとっても、娘のようですが」

「ふうん」



目を覚ましたばかりだが、気をしっかり持って喋る女性に、カミルはただただ感心した。


「あんた、えらいね」

「…そうでも、ないかも。フィシャと、お呼びください。この子はティナ」

「フィシャと、ティナね」


ティナと呼ばれた赤ん坊は、大きく手を伸ばして喜んだ。

手を伸ばされたカミルは、慌てて抱き上げるが、その小さくて柔らかい体に、落としてしまったらどうしようと不安になってしまった。


「ふふ、大丈夫。落とさない」


フィシャが代わりに抱き上げてくれたのでほっとする。

手のひらに残った温もりが、少し寂しいけれど。




「ーーー、ーーーー」

フィシャがぽつりと呟いた。異国の言葉だ。

その声音と表情から察するに、先行きを案じているのだろう。異国の言葉を使ったのは、零れ出た本音だからか、それともカミルに悟らせないためか。

ティナはフィシャの声音に関わらず、抱き上げてくれたことに嬉しそうに声をあげている。


賢いフィシャと、明るいティナ。


魔術師カミルは、思いがけず言ってしまった。

「俺が拾ってあげようか?」


言葉のチョイスには、少し後悔したけれど。


「拾って…?もう、拾ってくださいましたが」

「えーと、違う。それから、面倒も見てあげる。居たりいなかったりするけど。それでもいいなら」

「旦那様になってくださる?」

「俺は君達を奴隷にしたいわけじゃない」


旦那様と言われてドキッとしたが、そうだ、奴隷として囲うことはしない。


「君達を、拾ってあげる。世話をしよう。俺は魔術師で、この家にいないことも多いけど、人のひとりやふたり、養うことは簡単さ」


カミルは、できるだけ簡単な言葉を選んで、もう一度言った。

フィシャは、髪色と同じ銀の瞳を瞬かせて、考えているようだった。ティナは、フィシャの髪を引っ張って遊んでいるけれど。


「でも迷惑ーーーー」

「デモも何もない!もう決めた!この部屋は空き部屋だったんだから、誰かひとがいても構わないんだ。ここでゆっくり体を休めて、それから出ていきたいならティナを育てる目処をつけて出ればいい」

「育てる目処、なんてありません」

「だったらいればいい」


カミルが言葉を尽くせば尽くすほど、フィシャは不思議そうに首を傾げる。出会ったばかりの自分達に親切にされる言われがわからないのだろう。

…俺だってわかるもんか。ただの気まぐれなんだから。


拗ねたように黙っていると、考えていたフィシャは、その様子に少し笑った。


「……いい、方に拾ってもらえました。フィシャとティナ、お世話になります」


「うん、よろしく」




魔術師カミルが気まぐれを起こして、女性と赤ん坊と暮らすことになったことは、都市伝説のようにまことしめやかに囁かれた。

誰も見たことがない、魔術師カミルの掌中の玉。



ただ、カミルはあいつらには会わせないと、と思い出した。

こんな気まぐれが起きたのは、そもそも誰の影響だったのだろう。


フィシャとティナを拾って一週間後、カミルは二人を連れて山あいの町に転移した。


「…カミル様!おかえりなさい!」


出迎えてくれたハルは、突然現れたカミルに驚いたようだったが、後ろにいるフィシャとティナを見てますます驚いたようだった。


「…カミル様!後ろの方は?」

「カミル!ようやく帰ってきたか!ってか、まさか」


ハルの声を聞きつけて、ディートリヒもやってきた。

ディートリヒは、この一週間王都に帰っていないようだ。仕事はどうした、ハルが心配だったからとか抜かすんじゃねえよ。


カミルの目線に気づいたディートリヒは、呆れたように答えた。


「お前の行方調査を頼まれたんだ。一週間調査して目処が立たなければ王都に戻ってくるようにと。カミル、お前自分の価値を忘れたのか?」


言外に、皆心配したんだぞ、とディートリヒが滲ませると、カミルは一瞬言葉を詰まらせた。


「…ふん、ちゃんと戻ってきただろう」


「ああ、後ろの女性を紹介してくれるんだろうな」


ディートリヒに促され、カミルは、ティナを抱いたフィシャをそっと前に押し出した。


「えーと、拾ってきた。フィシャと、赤ん坊がティナだ」

「拾ってきた?!」

「はい、カミルに、拾ってもらいました」


驚くディートリヒに、フィシャはにこにこと答えた。

体調も回復し、ようやく動けるようになったので、カミルに連れられてやってきた。


「…カミル様の、運命のひと?」


ハルは、おそるおそる、カミルに尋ねた。

だって、魔方陣で転移した先で出会ったのだから、そうなのだろう。

ハルのキラキラ期待する目に、カミルはたじろいだ。


「え?いや、それは分かんないだろ。弱ってたから拾っただけだし」

「カミルに、助けて、もらいました。それで、友人に紹介したいと」

「フィシャ、余計なことは言わなくていいの」

「…ふふ、わかりました」


動揺するカミルと、優しく見つめるフィシャ。

普段のカミルを知るディートリヒからすると、珍しいものを見た。明日は空から石が降るかも。

…石が降ってきても、俺がハルの傘になればいっか。


「で、カミル。どっちが運命のひとなんだ?」


軽く尋ねるディートリヒに、カミルは耳を疑った。

どっちって…え?


「ふたりと出会ったんだろ?」


ディートリヒから見ると、フィシャという女性はカミルより年上の30代に見えるし、ティナという赤ん坊はまだ生まれて1年少しか。

うん、どちらの女性もカミルの良い理解者になりそうだ。


「は?どっち?え?何言ってるの、俺はそんなつもりさらさら」

「カミル様、早く受け入れたほうがいいですよ」


ハルが言った言葉は、先駆者の重みを感じさせた。


「いや、だってハル。あの魔方陣はそんな効果ないんだぞ、偶然だ偶然」

「偶然と運命って、ちがうんですか?」

「ハル……」



魔術師カミルは、魔方陣の効果を信じていない。

あれはただのランダム転移装置だ。

転移先で出会ったとはいえ、この二人が運命の人とかなんとか関係ないだろ。


「…決められないのか」


ディートリヒの声は笑っていた。

おい、そっとハルの肩に手を回して引き寄せるんじゃない。なんだその自然な動作は。ハルも抵抗しないのか何なんだお前ら。


「……うるさい!どっちとか運命とか関係ない!事象に感情をつけるな!」


魔術師カミルは怒鳴った。

なんなんだ、なんなんだ。どうしてこの俺が動揺しているんだ!



ハルとディートリヒは、怒鳴るカミルの横で、にこにこと笑うフィシャとティナを見た。

この国の人間であれば、魔術師カミルに恐れを抱くことがほとんどだ。

カミルを優しく見つめるその様子は、なんだかハルとディートリヒも嬉しく思わせる。






幾数年後、魔術師カミルが、妻子を迎えたようだと噂されるが、真実は秘されていた。

友人である近衛騎士のディートリヒは、「さあ?」と笑うばかりで、本当にそんな人物がいたのかも謎に包まれた。

遠い山なかや、湖のそばで、カミルと思われる魔術師と銀の髪の女性が側にいたと噂されるが、果たして夢か幻か。


ただ、魔術師カミルは、自由奔放の国一番の魔術師。

歩く災厄、姿を見かけたら笛を鳴らせ、彼の言葉に逆らうな。

国に仕える人々から、彼が最恐の魔術師と呼ばれるのは、いつになっても変わらなかったそうだ。








「魔術師カミルが、魔方陣を使ったら?」

でしたw


ディートリヒとハルが出会ってしばらくしているからか、なんだかハルの態度が優しいです。

いっぱい、苦労したんでしょうね……!(目そらし)



謎いっぱいのカミルなので、お相手も謎いっぱいになりました。笑


感想(ツッコミ)お待ちしています!( ^ω^ )

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