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王都探検・中

「さあ、用意ができましたわ…!」


ミセス・ボヌールは、魔術師カミルの前に、完成した『作品』を披露した。


奥の部屋から、静々と現れたその姿に、カミルは思わず息を飲む。


「これは………」


ニヤリ、と笑って、顎に手をやり、満足そうに頷いた。


「最っ高に面白くなりそうだ、ありがとうミセス・ボヌール」

「オホホホホ、私も良い予感がしますわ」

「ふふふ、ミセスも?じゃあ、間違いないね…」


魔術師カミルに、手を貸すミセス・ボヌール。

彼女も、相当な変わり者として、王都で有名な婦人であった。




******



近衛隊舎には鉄の掟がいくつかあるが、その内のひとつは自発的に生まれたものである。


ガランッガランッガラーンッ


ピーーーーーッ



今まさに、鐘が三回鳴らされ、高笛が吹かれた。

これは、ある人物が来たことを隊舎内全員に知らせるため、若手筆頭に編み出された技だ。


「魔術師カミルは西門に現れたっ!」

「ディートリヒは巡回で不在だ!総員心してかかれっ!」

「カミルが…淑女(レディ)の手を引いて現れた!異常事態!異常事態!」

「落ち着かんか貴様らっ!魔術師たるもの一度くらい淑女の手を引いて…淑女だと?!何があった!情報を持つ者は(すべか)らく隊長室へ!」



隊員の間で素早く交わされる怒号は、どんな訓練よりも実力が垣間見える。

彼らは各々身を守るものを持つと、そっと持ち場についた。


「やあ、皆。忙しいところ悪いけど、邪魔するよ」


魔術師カミルは、にこやかに笑って隊舎の廊下を進む。

案内もいらないぐらいに彼はこの隊舎のことを知っていて、隊員達のこともよく知っていた。


「カミル殿…今日は何用で?」


魔術師カミルは、時折ふらりとやって来ては、騒動を起こすだけ起こして帰る。

被害者の多い近衛隊は、今日も魔術師カミルには厳戒態勢を敷いていた。


「うん、今日は俺の()に王都を案内していて。せっかくだから近衛隊も見せようかなって。ほら、挨拶」


カミルに声をかけた隊員は、ディートリヒの後輩で先日近衛隊に抜擢されたばかりの騎士だ。

カミルにさほどの恐怖心なく話しかけられるため、今日はカミルの相手役を命じられたらしい。


「妹御?…これはこれは、初めまして。煌びやかな場所ではありませんが、王都防衛の要です。全部とはいえませんが、どうぞご覧ください」


「あ、あのっ…。はじめまして、よろしくお願いします……」


カミルに背中を押されて、()という少女が前に出る。カミルと同じ黒髪を結い上げて帽子を被り、ふわふわの緑のシフォンのドレスに身を包んだ、愛らしい少女だった。

何より、恥ずかしそうに俯きながら挨拶するその様子は、カミルの妹とは思えないくらい、素直そうないい子だと感じさせた。


挨拶された隊員も、予想外の様子にぽかんと空いた口が塞がらない。


「ふふん、可愛いでしょう。さすが俺の()でしょう。ほら、このむさ苦しい建物とむさ苦しい男達が近衛隊だよー。むさ苦しさがよく分かるでしょー」


隊員の様子にカミルは満足そうだ。そして大変失礼な言い草で近衛隊を紹介している。


「む、むさ苦しいかな…普通だと思う…」


(さすが妹御!魔術師カミルに言い返せるなど正気の沙汰でない!)


隊員は愛らしくて、まともな感覚の持ち主らしい少女に感動した。

神よ、あなたは本当にいらっしゃったのですね。


「見たいだけ見てねー。次は城内の庭でも散策しよう。近衛隊は城内の巡回もしているんだよー」

「妹御は、近衛隊に関心がおありで?」


若い隊員は、つい口を挟んだ。

そして後悔する。魔術師カミルと妹御の会話に凡人が入り込むなどしてはならないことだと。


「…頭のいい奴は嫌いじゃないよー。でも、先も読めずに喋る奴は嫌いだよ」

「し、失礼しましたっ!!」


カミルの目が笑っていない。

隊員は素早く引き下がった。魔術師カミルを怒らせるな。それは近衛隊の暗黙の了解であり、盟約だった。


「もう、カミル様。そんな言い方しなくてもいいじゃないですか。時間がないので、もう行きましょう」

「あれ?詮索されてもいいの?仕方ないなあ、はいはい〜会いに行きましょうね〜」

「会いに行くんじゃなくて、内緒なの!」

「そうだったね〜。ぐふっ、俺、想像したたけで笑えてきた」

「え?なんで?」

「内緒〜」


魔術師カミルと妹御は、そう言って近衛隊舎を軽く見学すると、馬車に乗って去っていった。

カミルの相手をした隊員は、しばらくの間悪寒が止まらず、寝込むことになったらしいが、夢うつつに「美少女万歳…命の恩人……」と呟き、同僚を大いに心配させることとなる。







「それにしても、王都は広いんですね」


黒髪の淑女(レディ)に変身したハルは、馬車窓からの景色を見て、しみじみと呟く。

カミルは、ハルに黒髪のかつらを被せ、期待以上に似合ったことから「妹だ」とご機嫌でいる。


「まあね。王城と大聖堂を中心に、どんどん街は膨れ上がっているから。今日ハルが見た場所も、ほんの一部さ」

「そうなんですか、王都を全部見ようと思ったら、何日かかるんだろう…」

「旅人はひと月ぐらい滞在するらしいよ」

「ひと月?!」


ハルの住む山あいの町は、一日あれば十分だ。

一体ひと月も何を見て回るのか、想像もできない。


「建築物とか…あ、ほら、ハル。あれがディートリヒの家」

「え?どれですか?」

「あれ」

「え、まさかあの白い…」

「そうそ。あの白い屋敷」


ハルは軽く目眩を感じた。

そうか、ハルはお城だと思っていた建物は、ディーの屋敷だったのか。


「騎士様って、すごいんですね…」

「騎士様というより、あいつがね。侯爵家の三男だから」


ハルは聞かなかったことにして帰ろうかと思った。

ハルの理解できる範囲を軽く超えてきた。


「あれはディートリヒの実家。ディートリヒ自身は隊舎のなかに部屋持ちだから、普通の騎士と変わりないよ」


カミルなりの慰めか分からないが、ハルは何も言い返せない。


「カミル様、あの…」

「ハル!着いたよ、降りよう!」


もう帰りたいです、というハルの言葉は、カミルの声にかき消された。


「ここが王城だよ。ディートリヒは今日ここに巡回勤務だ。たまにはあいつが真面目に働いているところを見ないと、ハルも気になるんだろう?」

「…うん、ディーが真面目(・・・)に働いているところを見たい」


なんだか、カミルに良いように誤魔化された気もするが、ハルはモヤモヤした気持ちに蓋をして馬車を降りた。

そうだ、ハルはディーが王都でどんな生活をしているか知りたくて来たんだ。ディーがどんな家のどんな人だって、いいじゃないか。


「さて、俺の()ちゃん。ディートリヒをびっくりさせに行こうか」

「?カミル様、ディーには」

「おっと!内緒だったね。わかってるよ〜内緒〜♪」



カミルは鼻歌を歌いながら、王城にもずかずか入っていった。


(王城でも高笛が……。変わった歓迎方法だなあ)


この一日で、ハルは王都の習慣を誤解して覚えることになった。





前編後編のつもりがうっかり「魔術師カミルの王都生活」が楽し過ぎたので、中編入ります。


一体カミルは何をやらかしてきたのでしょう……



次回、ディートリヒ登場です!


感想(ツッコミ)お待ちしています!笑

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