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にんじん娘のピンチ

「ハル、これも頼めるかい?」

「もちろんだよ、おばさん。すぐにかかるね」


山合いの町で、孤児のハルは今日も一生懸命働いていた。

働くといっても、近所のおばさんに頼まれたおつかいや、酒場のミリアムさんの雑用ばかりだ。

それでも、銅貨を貰って動くのだから、ハルのなかでは"働いた"ことにしている。

つまり、手を抜くことはしない。


町外れのおばさんが困っていると聞いて駆けつけたハルは、おばさん家の庭が荒れ放題なのに気づいた。

これから暖かくなるのに、こんなに草が生えていては手入れも大変だろう。

しばらく通って、ハルが草刈りと草抜きをすることとなった。


「色々と頼んですまないねえ」

「ううん、私もお金貰ってるんだもん。こちらこそありがとう」


毎日朝から、ハルは草抜きと草刈りに励んだ。小さな手とハルの腕力では、少し伸びた下草はなかなかの大敵だが、土を掘り起こせば綺麗に取れる。

おばさんはお昼ご飯も食べさせてくれるので、雑用も頼まれることにした。


井戸から水を汲んでくると、少しだけ休憩だ。

おばさん家の水がめは大きいから、全く大変大変。



「…ところで、ハル」


休憩していると、おばさんが神妙な顔をして切り出した。


「あんた、最近騎士様に気に入られたってめっぽう噂になっているよ」


ハルは天を仰いだ。町外れのおばさんまで知っているなんて、どんな噂なんだろう。


「うん、最近よくしてくれる騎士様がいるの」

「あたしが言うのもなんだけど、どんな騎士様なんだい?変なことはされてないかい?」

「優しい騎士様だよ。屋根を壊したから、修理してくれたり、何かに気にかけてくれるだけだよ」


ハルは、慎重に言葉を選んだ。

町で色んな噂が流れているのは知っている。

確かにディートリヒは変なところもあるけれど、ハルにはとても親切だし、しょっちゅう町に来てはあれこれ足りないものはないか聞いてくる。

ハルは何も言わないが、時々ミリアムさんから聞いて果物や花や、ハルの好きな物を持ってきてくれる。


お金持ちらしいディートリヒには、ハルのような孤児の生活が物珍しいのだろう。

それで親切にしてくれるのだ。


決して、餌付けとか、買収とか、胃袋を掴もうとしてきているとか、そんなことではないはずだ。


「そうかい?それならいいんだけど…、いざというときは、あそこを思い切り蹴り上げるんだよ」


駄目だ、完全に疑われている。

ハルは思わず、あはは…と空笑いを返してしまった。





ディートリヒは、魔術師カミルに転移してもらって、この町にしょっちゅう来ている。

騎士様にそんなに休みはあるのだろうか、と疑ってしまうが、ディートリヒがいいと言っているのだから、いいのだろう。


「ハル、ハル!元気にしていたか?寒くないか?」


今日もディートリヒは、満面の笑顔でハルの前にやってきた。

カミルの転移も、だいぶ調整が進んだようで、もう屋根をぶち破って現れることはない。

その代わり、少し町外れに転移させられるそうで、そこからディートリヒは走ってハルの家までやってくる。


「この間会ったばかりだよ、ディー。寒くないよ、ありがとう」


ハルが返事をすると、ディートリヒはますます笑みを深くする。

金の髪がさらりと揺れて、ハルはうっかり見惚れてしまった。


ハルは気づいていないが、その時のディートリヒの体はぷるぷると震えていた。

本当は思いっきりハルを抱き締めて愛でたいところだが、大事なハルの手前、笑顔を浮かべるだけで我慢しているのだ。


そして、そんなディートリヒの様子に気づいていないのはハルだけだった。



うっかり見つめ合うふたりに、遠慮がちに声をかけたのはミリアムさんだった。

「ごほん、ごほん。あー…、その、なんだ。騎士様よ、あんた夜勤明けだろ?少しだけ休んでいくか?」

「いや、俺はハルの側に」

「ヤキンってなに?休まなきゃいけないの?ディー、大丈夫?」

「うおおおお大丈夫だよハルー!ちょっと眠たいだけだけど今吹っ飛んだー!!」


小首を傾げたハルの様子に、ディートリヒは思いっきり前屈みに悶絶した。

心配してくれるハル可愛い、超絶可愛い。


様子のおかしいディートリヒに、ハルはますます心配するが、余計にディートリヒが悶絶するだけだった。


(そうか…夜勤明けだと吹っ切れるのも早えんだな)


ミリアムさんは、どうでもいいことを一つ学んでしまうのだった。




その夜、ディートリヒはミリアムさんの酒場に泊まることにした。

酒場の上はいくらか宿にできる部屋があるのだ。


ハルは、ディートリヒに惜しまれながらも自分の家に帰った。

ディートリヒが修理してから、やたら重くなった扉を開ける。

内装は以前と変わらないが、この間ディートリヒと一緒にリネンやカーテンを全部洗ったところなので、気持ちいい我が家だ。


「ただいま」

「おう…やっと帰ってきたか」


返事のないはず言葉に、ハルはびっくりして部屋の奥を見る。

「誰?!」

「ちょっと静かにしてもらおうかい」


見知らぬ男が、ハルの家で待っていた。

叫ぼうとしたハルは、後ろから何者かに口を押さえられ、身動きも取れなくなる。


「お嬢ちゃんが、この間、たんまり金貨を貰ったという話を聞いたんだが…どこに隠してあるのか、教えてくれねえか」


その言葉に、ハルはこの男達は強盗だ、と気づいた。

山あいの小さなこの町には、滅多に物盗りが出ないから、ハルも油断していた。

きっとこの男達はどこからか聞きつけて、町の外からやってきたのだろう。町の人間なら、ハルが大泣きして受け取らなかったことも知っているはずだ。


ハルは口元を押さえられながらも、一生懸命首を横に振った。


ない、無い、無いのだ。


「教えられねえってか?孤児ってもんは業突く張りなんだなあ。命が惜しけりゃ、大人しく教えたほうがいいぞ…」


男はニヤリと下卑た笑いを浮かべ、ハルの自慢の赤髪に触れた。

軽く引っ張りながら、首に手を伸ばしてくる。


ハルの目に、涙が浮かんでくる。

怯えたその表情に、男は嬉しそうに笑った。


そのとき、ハルはふっと思い出した。

そうだ、いざというときはーーーー


小さな体は軽く持ち上げられていて、足は自由だった。

ハルは思いっきり足を振り上げて、前の男のあそこを蹴り上げて、反動で後ろの男のそこらへんを蹴り飛ばした。


「いってえ!何すんだこのクソガキ!」


ハルの口元を押さえていた手が外れた。

ハルは大きな声で助けを呼んだ。


「助けて!助けて!強盗だ!」


「助けて!」


誰を呼べばいいの?家にはお父さんもお母さんもいない。

混乱するハルの頭には、たった一人、笑みを浮かべるあの男の顔が浮かんできた。


「助けて!ディー!ディートリヒ!助けて!」



「静かにしろ!叫んだところで誰も助けにっ」

「来るに決まってんだろ馬鹿野郎ーーー!!!」


再びハルを黙らせようとした男は、バキィッと骨の砕けるような音がして吹っ飛んでいった。


「…ディー!」


「ハル!ごめん、遅くなった!」


ディートリヒは、酒場で別れたときと同じ格好だった。白のシャツに黒のズボン。騎士様とはいえ、帯刀しているようには見えない。

それなのに、ディートリヒはハルを背中に庇うと、目の前の男達に拳ひとつで立ち向かっていった。


強盗達は小さなナイフを取り出したが、ディートリヒはそのナイフを叩き落とし、鳩尾に数発、ついでに顔にも数発、色んな急所に拳を叩き込んで、男達を昏倒させていった。

もっと簡単に捕らえることもできるのだろうが、このときディートリヒの頭には血が上っており、いつもより多めに男達を叩きのめしていた。


ひとえに、可愛いハルを泣かせやがって、とその思いでいっぱいだった。



ハア、ハア、ハア……


数分後、男達はディートリヒに全て倒され、床にのびていた。


「ハル?終わったぞ、怪我はなかった、かーーーー」


振り向いたディートリヒに、ぼすっと小さな体が抱きついた。


「ディー!こわかった、こわかったよお…」

「お、おおおおおおハルー!怖い思いをさせてごめんなー!もっと早く気付けなくてごめんなー!」


ディートリヒは、ちょうど腰の辺りにあるハルの頭を撫でようかという手をぶるぶると震えさせる。

誓って言うが、これまでディートリヒはハルに触れたことはないのだ。

見ているだけで可愛いのに、触れたらどうなるんだとずっと我慢してきたのに…突然の僥倖にディートリヒの理性は焼き切れそうだった。


そんなディートリヒの様子に露も気づかず、ハルはぎゅうっと抱きついた。

ディートリヒが来てくれなかったら、あの男達に何をされていたかわからない。ありもしないお金の場所なんて、ハルには答えようがなかった。



「うええん……」

「ハ、ハル?!泣いてるのか?!俺も泣いていい?!」


ディートリヒは混乱した。

これは幸運?!それとも苦行?!


それでも、ぷるぷると震える手をそっとハルの肩において、そっと抱き返した。


「怖かっただろ、よく頑張った。声をあげてくれたから、駆けつけることができたよ」


ぽんぽんと頭を撫でると、ハルの嗚咽もゆっくりと収まってきた。

その様子にディートリヒはほっと息を吐いた。


こんな小さな女の子に、怖い思いをさせるなんて、誰であっても許さない。


「もう、大丈夫だからな」


ディートリヒの優しい声に、ハルはしっかりとうなずき返した。






ディートリヒ、にんじん娘のピンチを救うの回。


…さて、ハルの本当のピンチは、果たしてどれだったのでしょう?w


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