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屋根の弁償

短編「どうしてもこうしてもコウなんだもの」の続きです。

近衛隊期待の若手が、田舎に女を作ったらしい。



花の王都で、その噂が出回るのは早かった。

そう、まるで誰かが面白がってわざと流したんじゃないかというくらい、早かった。



「よお!ディートリヒ!やっとお前にも春が来たらしいな!」

「ハ、ハルが来たのか?!」

「え?来たんじゃねえのか?」

「来たのか来てないのかどっちだよ!」



声をかけられた期待の若手ことディートリヒは、同僚の言葉に思いっきり動揺した。

何の勘違いが起きているのか、分かっていないのは当人ばかりだ。


「ぶふっ……ちょっともう、笑わせるの止めてよー。詠唱に集中できないじゃん」


そんなディートリヒの様子を大変面白がっているのが、国一番の魔術師カミル。

ディートリヒに「流行りの魔方陣だよ☆」と無理やり術をかけ田舎町にぶっ飛ばし、かつ帰ってきたディートリヒから話を聞いて即噂をばら撒いた張本人だ。


いやあ、軽い気持ちでかけた魔方陣がまさか本当に運命の人に出会ってくるなんて。


ケラケラと笑われたディートリヒは、ギッとカミルを睨みつけると、思いっきり足を踏み鳴らした。


「いいから、もう一回俺をあそこに転移させろ!お前ならできるだろう!」

「うん、できるできる。はあ〜屋根の弁償だっけ?俺もついていっていい?」

「お前が来たら余計なことにしかならないだろ!早く!いいから!」

「短気な男は嫌われちゃうぞ〜ほいっとな」

「え、嫌われーーーーー」


カミルは、複雑な魔方陣を素早く構築すると、ディートリヒを転移させた。

転移直前のディートリヒの顔、引き攣っていたなあ。

あー面白い。


「カミル様…詠唱しなくてもできるじゃないですか」

「ん?なんか言った?」

「いえ何でもないです俺命が惜しいです」

「よろしい」


カミルは鷹揚に頷くと、もう一度杖を振った。

ディートリヒの奴、帰りの手段考えてなかったなあ。仕方ない、僕が迎えに行ってあげなきゃね♪


そうして国一番の魔術師ことトラブルメーカー、カミルは自身も噂の田舎町に転移させるのであった。




******



一方、ハルの町では大騒動だった。

町のにんじん娘の家が、ある朝木っ端微塵に砕けているのだ。

本当は屋根に穴が空いただけなのだが、長いこと手入れされなかった家のあちこちもあいまって、かなりのボロ屋ーまさにそうなのだがーになっていた。


「ハル、あんたこのまま住むのかい?」

「うん、おばさん。他に住むところもないし、屋根に被せる板を買えるよう、がんばるね」

「いや、あんたはいつもがんばってるじゃないかーー」


近所の人たちが心配してくれるが、ハルは特に気にしていなかった。

よくわかんないまま屋根がぶち破られたけど、屋根をぶち破いた本人もよくわかんない奴だけど、両親との思い出が残るこの家に住みたいのだ。


少しの間ご飯が食べれないかもしれないが、がんばって働けば、板くらい買えるだろう。


「おばさん、大丈夫だよ。今までだってやってこれたんだもん。だから、またお仕事あったらハルに言ってね」

「ハル、あんたってやつは……」


ハルの言葉に、近所のおばさんはうっと目頭を押さえた。どうやら泣いているらしい。

大袈裟だなあ、おばさんは、とハルが慰めようとしたそのとき、ハルとおばさんの背後でまた大きな物音が起きた。


メリメリメリッ…ガシャーーーッ


「ってえ!え、なんだここ!どこだここ!ハルーッ!ハルーッ!!」


ハルの家の屋根に、新たに出来た大きな穴。

そしてハルの家のなかから聞こえる、うるさい声。


「……ハ、ハル。あんた、気をしっかり持ちなよ」


おばさんの声が頭のなかを素通りする。

ハルは思わず目まいがした。


「…大丈夫だよ、おばさん。まずはあの虫を追い払ってくるね」


人間、怒りが大きいと穏やかな声が出るらしい。

ハルはにっこり笑ってみせると、愛すべき我が家に乗り込んでいった。


「…あ!ハル!ハル!元気だったか?!ここはどこだ?!」




「何っ回屋根ぶち抜けば気がすむの!!この、バカディー!!出てけーーーっ!!」



そして文字通り、再び屋根の上に転移してきた騎士様、ディートリヒを家から追い払ったのだった。





数刻後、ハルはミリアムさんの酒場の裏手で、いつもと同じ、芋やにんじんの皮剥きをしていた。


「ミリアムさん、これぐらいかな?」

「ああ、ハル。今日も助かるよ。ところで」

「なあに?」

「後ろの兄ちゃんは、どこで拾ってきたんだ?」


ミリアムさんが指差したのは、しくしくと涙を流して横たわるディートリヒ。

怒ったハルがずぅっと無視しているのだが、それにもめげず、泣きながらミリアムさんの酒場までついてきてしまったのだ。


「ごめんねミリアムさん。勝手についてきたんだけど、王都の騎士様だから町の警備隊のひとも捕らえてくれないんだ」

「いや、俺は構わねえんだけど、なんだ、その。謝っているようだし、そろそろ許してやったらどうだ?」



10日ほど前から、町の新名物となった騎士様のことはミリアムさんも知っている。

町のにんじん娘は、気だてのいい働き屋だが、一度怒るとガンコなのも知っている。


どうしたもんかなあ、と見守る町民の視線を受けて、ミリアムさんは頬をぽりぽりと掻きながら言ったのだ。


(おお、考えてる考えてる)


ハルは、頬をぷくっと膨らませて、ディートリヒを見た。

ディートリヒはしくしくと泣きながら、下げた頭はそのままだ。


「わかった、今日はミリアムさんに免じて許してあげる。三度目はないからね、ディー」

「ハルーッ!!ありがとうハル!ああ頬っぺたを膨らませた顔も可愛いハルーッ!!!」


がばっと起き上がったディートリヒは、ハルの顔を目の当たりにすると前屈みに悶絶し始めた。


ミリアムさんは、その様子を見て、早まっちまったかなあ、俺、と小さく呟いた。


ハルは、皮剥きの手は止めず、ディートリヒに聞いた。

「ねえ、王都に帰れたんじゃなかったの?どうしてまた来たの?」

言外に、また屋根をぶち抜きながら、と滲ませているが、ハルに名前を呼ばれたディートリヒは気づいていない。


「ああ、この間はハルが『王都の騎士様ならまずは王都に帰らなきゃ』って言って、屋根の弁償をさせてくれなかっただろう?持ち金使って王都に帰ったから、有り金全部引っつかんで、屋根の弁償をしに戻ってきたんだ」

ディートリヒはニッコニッコと笑う。


「…有り金全部?」

ハルは恐る恐る聞き返した。


「ああ、有り金全部!受け取ってくれ、ハル!俺の全財産!」


ディートリヒは、上着を脱ぐと大きな革袋をボタボタボタッと取り外した。

地面に落ちた袋の口から見える色は、ディートリヒの髪と同じ、輝かんばかりの金色。


「……ヒイッ!」

思わずハルが引き攣った悲鳴をあげたのもしようがない。

孤児のハルが、毎日毎日働いて、貰うのは銅貨ばかり。町では銀貨も滅多に使わない。それなのに、これは…


「こ、これ!金貨のなかでも価値が高い王金貨じゃねえか兄ちゃん!」

うっかりその場に居合わせたミリアムさんも慄いている。


この兄ちゃん、ただ者じゃないと思っていたが、本当にただ者じゃなかったのか!


「ハルの家は大事な家なんだろう?屋根をぶち抜いて本当に申し訳ない。これ、ハルの家に役立ててくれ!」

「お、多すぎるっ!多すぎるよっ…!」

ハルは包丁を放り出して後ろに下がった。


都会の人間はおかしい。こんな大金、持ち歩くものでも、屋根の弁償に払うものでもない。


「余った分はハルのこれからに役立ててくれ!これも何かの縁だから!」

「嫌だあああ!絶対受け取らない!!」


混乱したハルは、思わず泣き出した。

ディートリヒの勢いにびっくりしたのもあるが、予想外の出来事に頭が追いつかなかったのだ。


「なんでっ…なんで泣くんだハル!なんでだよおおおおお!」

泣き出したハルの前で、ディートリヒも男泣きした。


(おとこ)ディートリヒ、これでも一生懸命働いて稼いだキレイな金だ。

なぜ受け取ってもらえないんだ!



ワンワンと泣き出した二人を前に、ミリアムさんはひとり空を仰ぎ見た。


いい話のはずなのに、にんじん娘と騎士様のふたりだと、なぜか怪談にしかならないのは何でだろう。




ああ、今日も空は晴れて綺麗だなあーーーーー




青空のもと、大金を挟んで大泣きする少女と大の男。

そのふたりを放っておけず、佇む酒場の主人。



その三人を見て大笑いしている、魔術師の姿があったとかなんとか。




ロ○コン疑惑の騎士様とその愉快な仲間たち。


にんじん娘を見守り育てる町民たち。


感想(ツッコミ)お待ちしています笑

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