2.特訓
それから暫くは何も起こらなかった。
やはり何かの詐欺で、直ぐにでも取り立て屋が戸口を叩くのではと思い、アパートの階段を誰かが登る音が聞こえる度にビビっていたのだが、それも三日経つと警戒心も薄れて何時もの雑多な日常に戻っていた。
スイッチを押したあの日の痛み以降、身体に変調もなく、むしろ以前よりすこぶる調子がいいくらいである。
そんな中で、結局俺の中では、アレは何かのギャグ、若くはドッキリ的な何かだったんかな……? つーオチでファイナルアンサーになりかけていたのだった。
――――――が
あの日からきっかり七日後の朝、メールの受信フォルダに礼のメールが届いていた。
差出人:レインブレイダー実行委員会事務局
それを見た瞬間、心臓がドクンと跳ねた。
いや、決して悪い意味じゃない。むしろ期待感と言って良いのかもしれない。確かに俺の心はワクワクと踊っていた。
きっと俺は、何処かでこのつまらない日常をぶち壊す様な事象が起こるのではと期待していたのかもしれない。
拝啓、嘉納禅様。
先日は本戦へのご登録、誠にありがとうごさいます。貴方の勇気に敬意を評するとともに、この企画にお付き合い下さる事を心より感謝致します。
さて、早速ですが第一五期レインブレイダーの参加人数を発表致します。
今回のブレイダーは 九人 です。
今回の候補者は登録脱落者わずかに一人と言う、稀に見る優秀さでございました。これは本戦も熱い戦いが期待できると言えるでしょう。
これからの六◯日間の戦い、是非とも頑張って頂きたいと思います。
では、早速ですが貴方のブレイドを発表します。
ブレイダー、嘉納禅のブレイドの名前は
『雷神千鳥』
です。
このブレイドは、実は既に貴方に与えられています。コア・インジェクターには、レインブレイダーで使用するブレイドの起動データが詰まったナノマシンが封入されており、スイッチを押した瞬間にそのナノマシンの群体が貴方の体内に注入されています。
このナノマシンは、六◯日間貴方の体内に留まり、貴方にブレイダーとして必要な能力全てを付与します。
ただし、ブレイダー戦闘で敗北した場合は、体内のナノマシンはその機能を停止して残らず体外に排出されます。
また、六◯日間でバトルが終了しない場合も同じく体外に排出されるプログラムが施してあります。
それ以外は、貴方がブレイダーである限りナノマシンは貴方の身体を、ブレイダー戦闘以外でのあらゆる負傷や病気から守り続けます。
つまりブレイダーは、ブレイダーである期間は物理的に不死となります。
ブレイダーとなった人間にダメージを負わす事の出来るのは、同じくブレイドを装備したブレイダーのみとなります。
おわかりいただけたでしょうか?
次にブレイダーの武器であるブレイドの装備方法を説明します。
と言っても、特に難しい事はありません。
ブレイダーがその意思を持ってブレイドの名前を呼べば、ブレイドは即座にブレイダーに装備されます。
またブレイドを外したい時は『消えろ』と念じるだけでブレイドは消失します。
ブレイドの使うのに必要最低限な知識は体内のナノマシンにプログラムされておりますのでお分かりになるかと思いますが、ここで今後のブレイダー戦闘を有利に進めるためのヒントを申し上げます。
各ブレイドにはそれぞれ特性があります。この特性は後の戦闘を有利に進める為には必須となります。ブレイドの特性はブレイダー自身が探っていく事になりますので、その特性を早く理解することが優勝への近道となるでしょう。
また、ブレイダーは、ブレイダーの存在を感覚で認識します。近くにブレイダーを感知したら、そちらに意識を集中すれば、よりはっきりとその存在を感知出来るでしょう。
基本的な説明は以上になります。
ではここに、第一五期レインブレイダーの開戦を宣言致します。
次回のお知らせはブレイダーが四人になった時点で再度メールにてお知らせします。
最後に、貴方の勇戦と健闘を期待します。
――――――レインブレイダー実行委員会事務局
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
俺はメールを読み終え呟いた。
「雷神千鳥……」
それは余りに唐突で、一瞬の出来事だった。瞬きの一瞬で、俺の両手に黒光りした漆黒の籠手が装着されていた。
恐らく龍の顔を象った意匠で、その大きく開かれた顎から自分の手が通されており、その手にも同じ材質で出来たグローブがはめられていた。
右腕にだけ、丁度龍の額の位置に丸い半透明の黄金色に光る石が埋め込まれている。
その石を見た途端、俺の頭の中に何か電流の様な物が走り、俺がその石に意識を集中すると、手の甲側の手首から、その石と同じ色をした半透明の刃が伸びた。
「コイツは……っ!?」
刃の長さは七◯センチはあろうか。
籠手と一体化した幅広の両刃の剣は、その半透明な刃の内側から黄金色の光を放っていた。
これが、俺のブレイド…… 雷神千鳥か……っ!?
俺はゆっくりと立ち上がり、漆黒の右腕から伸びるその美しい刀身を、窓から差し込む朝日にかざした。
「凄え……っ!」
無意識にそんな呟きが漏れた。両手を二、三度握り、装着感をたしかめるが、籠手はまるで俺専用にあつらえたかのようにピッタリと馴染み、もう何年も使い込んだかのようなフィット感を出していた。
俺はそのブレイドを見つつ、心の中で『消えろ』と念じてみる。するとブレイドは出現した時と同じ様に、一瞬で消失した。
何度か装着と解除を繰り返し、本当に自分の思い通りに出したり消したり出来ることを確かめた。
「うう……っ」
そこで限界が来た。
「うおおおおおおーーっ!!」
朝だと言うのにアホかと思うほど大きな声で叫んでいた。こんな安ボロアパートの壁なら確実に隣に聞こえているだろうが構わなかった。そうして吠えた後は、もう笑うしかなかった。
凄えーーっ!! マジで凄えーーっ!!
レインブレイダー! コイツはマジだ、マジにガチな異能バトルだ! ヤ、ヤベェ、興奮で笑いが止まらねえよ……っ!
とその時、ちゃぶ台のiPhoneが鳴った。画面には和宏と表示されていた。俺は即座に応答した。
「そっちも来たか?」
『来た。装着した?』
「した。つーかマジでさ……」
『ああ、マジで……』
『「超かっこいいっ!!」』
俺たちは二人同時にそう叫んだ。
『なあ、カノンのブレイドどんな感じ?』
「なんつーか、籠手と剣が合体したつーの? カズのは?」
『なんかちょっと凝った日本刀みたいな形かな。そっちの名前は?』
「雷神千鳥っ! そっちは?」
『俺のは村雨丸! やっぱそれぞれ違うんだな』
そう言う和宏の声はいつになく興奮している様だった。
『村雨丸っ!』
そんな電話口の和宏の声に反応し、俺も名前を呼ぶ。
「雷神千鳥っ!」
一瞬で装着される漆黒の籠手と黄金色の刀身。それを眺めると口元が歪むのを感じる。
「ヤバイ、今すぐ戦って試してえっ! 他のブレイダーって何処にいるんだろう?」
俺がそう言うと和宏が『カノン、ちょっと待った』と言った。
『直ぐに戦闘は避けた方がいい。先ずはコレの使い方に慣れる方が先だよ。多分他のブレイダーも、今この瞬間、俺等と同じ筈だ。ここで直ぐに動くのは利口なやり方じゃない』
興奮する俺に、和宏は冷静にそう言った。
「け、けどさぁ、試したくね? 俺、今直ぐにでも戦いてーんだけど」
『まあ、カノンがどうしてもってんなら俺は止めないよ。メールにあった『ブレイドの特性』ってのが何なのかもわからないまま戦って負けちゃったらそこでお終い。俺は少しでも長く楽しみたい。で、優勝は俺がいただく』
そんな和宏の言葉を聞いているうちに俺も冷静になってきた。確かに和宏の言う通りだ。負けたらそこで終わり。どんなに後悔したって後の祭りって訳だ。ここは我慢して和宏に乗った方が良い。
「確かに、カズの言う通りだ。危ねえ危ねえ…… 」
『賢明な判断だと思うよ』
相変わらず何処までも冷静な奴だぜ。
「けどカズ、一個だげ間違ってる。優勝するのは俺だぜ」
俺は悔し紛れにそう言った。すると和宏は電話の向こうで薄く笑った。
『フフっ、俺達さ、今まで本気でやりあったことなかったな。なら、決着は最高の舞台でしようぜ?』
「ああ、レインブレイダーの決勝…… 俺達の決着の舞台としちゃあ申し分ないぜ」
俺はそう言って右手の黄金色の剣を振った。
『オッケーカノン。それまでお互い負けられない。だから二人で特訓しようぜ? 今日バイト何時まで?』
「一八時だな」
『なら、一八時半ごろカノンの部屋に行くよ。そんで線路向こうの雑木林に行こう。あそこならその時間誰も来ないし、特訓には丁度良い』
俺は和宏の言葉を聞きながら頭の中に地図を浮かべた。確かにあそこなら誰にも見られずに特訓出来るだろう。
「良いぜ、やろう。バイト終わったらソッコー帰ってくる」
『了解。じゃあ夜に会おう』
そう言う和宏に俺は「おう」と返して電話を切った。
ああ…… 夜が待ち遠しいぜっ!
俺はそう考えつつ、ブレイドを消してバイトに向かった。
その晩、電話の宣言通りバイトからソッコーで帰って来た俺は、アパートの部屋で待っていた和宏と共に特訓場所に決めた線路向こうの雑木林に向かった。そして二人でブレイドを装着した。
「雷神千鳥っ!」
「村雨丸っ!」
道路の街灯と月明かりに照らされ、俺達はお互いのブレイドを見せ合った。
和宏のブレイドは電話の通り、一見日本刀の様だが、鍔の部分が虎が口を開けた形の意匠で、虎の口から細身の反り返った方刃の刀身が伸びている。確かに和宏の言った通り凝ったデザインの日本刀だった。
そして和宏の両肩には海老の尻尾の様な形の、大きめの肩当てが装着されていた。
「形は違うけどお互いに『剣』だな。ブレイドってそう言う意味なのかな? ブレイドを使う者…… ブレイダー…… なんつー中二チック。でもそしたら『レイン』って何だ? 雨?」
和宏は俺の雷神千鳥と自分の村雨丸を見比べながらそう言って首を傾げた。
「俺は細かいことはパス。結構ベタだけど…… かっこいいから良いんじゃね?」
俺はそう言って右腕の剣を振ってかっこいいポーズを決めてみた。
うーん、中二な俺にはストライクな武器だ。
「でも『レーダー』は発見だったな」
そう言う和宏に俺も同意する。
和宏の言った『レーダー』とは、ブレイダーの感知能力のことだ。バイトから帰って来るとき、俺はかなりの距離から和宏の存在を感知していた。意識を集中し、距離が近づいて来るとよりはっきり感知するのだ。これが今朝のメールにあったブレイダーの『感知』という能力だったが、これは俺達二人だったから安全に確認することができたわけだ。
「なあカノン」
不意にそう和宏が声を掛けできた。俺は「なに?」と振り向いた瞬間、和宏は俺に向けて超至近距離でボウガンを放った。
一瞬身構えた俺だったが、放たれた矢が俺の胸に当たり、そして地面に落ちて転がった。
「お、お前さぁ…… いくらオモチャだからってそう言う冗談やめろよ」
俺がそう文句を言うと、和宏はニヤッと笑いつつ、再び矢を装填して、今度は手近の木に向けて放った。すると矢は気の幹に深々と突き刺さった。
「えっ!?」
驚く俺に和宏は「これ、オモチャじゃないんだよ」と言ってボウガンを軽く振った。
「今日の昼間に、自分で太ももにメスを刺してみたんだ。ちょっと勇気いたけど。でも刺さらなかった……」
和宏はそう言いつつ、今度はポケットからバタフライナイフを出し、自分の左胸に突き立ててみせた。しかしナイフは刺さらなかった。
「メールにあった『物理的に不死』って、つまりこう言う事さ。恐らく体内のナノマシンによって俺達ブレイダーの身体はスーパーマン並みに強靭になってるんだ。多分ダンプにはねられたって何とも無いよ」
「ま、マジか……!?」
思わずそんな言葉が漏れた。
「それに、ちょっと見ててくれ……」
和宏はそう言って屈むと、次の瞬間跳躍した。和宏の身体は、ワイヤースタントの様に夜空へ舞い上がり、俺の隣に立つ杉の木のてっぺん近くの枝に着地した。
俺はそんな和宏を見上げ唖然としていた。和宏のいる枝まではゆうに一◯メートルはあるだろう。
「カノンもたぶん出来るぜ? ちょっとやってみなよ」
そんな和宏の言葉に、俺もその気になり、グッと屈んだあと、力いっぱいにジャンプした。すると俺の身体は凄いスピードて夜空へ舞い上がり、次の瞬間、和宏を飛び越え更に上にあった。
高さ一五メートルはあっただろう。視界には線路向こうの街の明かりが見えた。
そこで俺の身体は勢いが終わり、今度は地面に落下する。一瞬ぞくっとするが、俺は難なく着地し胸を撫で下ろした。
そんな俺の隣に和宏が着地した。
「普段の身体の強靱さに加え、ブレイド装着時は身体能力も大幅に跳ね上がる。文字通り『超人』だな、俺達」
和宏はそう言ってニヤリと笑った。俺もそんな和宏につられて笑みがこぼれた。
レインブレイダー
何処の誰だか知らないが、俺はあのメールを送って来た奴に最大限感謝する。それと俺を誘ってくれた和宏にも……
俺は再び屈み込み、跳躍した。
俺の身体は重力など無いかの様に舞い上がった。そして今度は杉の木を蹴り、更に高みへと跳んだ。
Tシャツの裾が風をはらみたなびく。いつもより近い月は俺の雷神千鳥を照らし、いつもより遠い街の光は宝石箱をひっくり返した様に輝いていた。
やがて俺の身体は重力に引かれ、再び落下し始める。みるみる迫る杉林を睨み、俺は右腕を振りかぶった。自然と力が入る右拳を握りしめ、俺は一本の杉の木に狙いを定め、右腕に備え付けられた黄金色の刀身に意識を集中させる。
「おらぁぁぁぁーーーーっ!!」
一瞬、落雷の様な轟音と共に稲妻が走ったかと思うと、次の瞬間杉の大木は縦に真っ二つに裂けた。
俺が地面に着地すると、その裂けた大木は大きな音を立てて左右に倒れた。裂け目は先程の稲妻で炭化しており、ブスブスと煙を上げていた。
すっげ……っ!
その威力の凄まじさに俺は息を呑んだ。すると、呆然と立ち竦んでいる俺の背後に、追いかけて来た和宏が着地した。
「うわぁ…… こりゃ凄えや」
和宏もその光景にそう呻いた。
「これがメールにあった『特性』を利用した攻撃なんだろうな」
そんな和宏の言葉に、俺は改めて右腕の剣をみた。すると不思議なことに、先程黄金色に輝いていた剣の光が弱くなっていた。それに同調するかの様に、右腕の龍の額に埋め込まれた石の光も弱まっていた。
「雷神千鳥。つまり雷とか電気系の属性を持ってるって事なんじゃね? ほら、ちょい中二っぽいけど、RPGに出てくる様な『雷神の槌』みたいな」
「なるほど…… 必殺技みたいなもんかな」
俺は和宏の言葉にそう返した。
「つーと、カズのにもなんかあるだろ?」
俺がそう問うと、和宏は「ある」と頷いた。
「俺の村雨丸は水とか氷系? そんな感じ。昼間庭で灯籠ぶった斬ったら池まで凍った」
おいおい…… 大丈夫なのかそれ?
「あ、でもカノン、その派手な必殺技って、一回使うとしばらく使えなくなるみたいだぜ?」
「え? そうなの?」
すると和宏は俺の右腕の、光が弱くなった石を指した。
「たぶんこれが『レインコア』ってやつだと思う。で、必殺技使うと光が弱くなる。この状態だと必殺技が使えなくなるみたいなんだ。俺のもそうだった」
「げっ! まさか一回こっきりだったんじゃ……!?」
思わず焦る俺に、和宏は苦笑しながら首を振った。
「いや、俺も最初そう思って焦ったけど、ちょい時間空けて装着し直したらまた復活してた」
そんな和宏の言葉に俺は胸をなで下ろした。一回こっきりの技だったら、こんな練習で使っちゃったら目も当てられないもんな。
「でもどのくらい時間を空ければ復活するのか、それとも何か別のチャージ方法があるのか…… さっぱりわからない。それを知っておかなきゃ戦いなんて出来ないよ。だからそのあたりも探っていこうかと思ってる」
分析マニアの和宏らしい言葉だ。けどやっぱり和宏は頭が良い。俺なら考え無しに即座にバトルってたな。マジで和宏の考えに乗って特訓に来たのは正解だったとしみじみ思う今日この頃。
「ああ、俺も付き合うぜ。そして最後に残るのは俺たちだ」
「だな。でもって二人で決着を付ける」
俺の言葉に和宏もそう返し、お互いに拳を軽くぶつけあった。眼鏡の奥の和宏の目が不敵に笑っている。たぶん俺もそうなのだろう。
いいぜ、カズ。俺たちで最強を決めようじゃねぇか!
それから俺たちは夜空が明るくなるまで雑木林で特訓を繰り返した。




