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1.バトルへの招待

宛て:嘉納 禅

差出人:レインブレイダー実行委員会事務局

――Mail本文――


 拝啓、嘉納かのうぜん様。

 この度、厳正な抽選の結果、貴方様は第十五期レインブレイダーに選ばれました。おめでとうございます。

 早速ですがここに幾つかのルールを記しておきます。よくよくご覧になり、参加するか否かをご決断下さい。

 先ず初めに、当選された皆様には、レインブレイダーのプレイヤー、『ブレイダー』になるかどうかを選択していただきます。

 もし参加する意思があるのなら、もうお手元に届いていることと思いますが、『コア・インジェクター』の赤いスイッチを親指で強く押し込んで下さい。それで登録完了となり、貴方は晴れてブレイダーになります。

 もし不参加なのであるならば、そのまま放置してください。『コア・インジェクター』は一週間後に自動的に消滅する様にプログラムされております。


 次にレインブレイダーとは何かについてご説明致します。

 レインブレイダーは最大一◯名で行う戦闘ゲームでございます。

 この度、嘉納様の他に九名の選考者、『ブレイダー』候補者を選ばせていただきました。よってその方達の中から、参加のご決断をされた方のみで行われます。

 参加、不参加は御本人の自由意思によりますので、必ず一◯人で行われる物ではありませんが、最低参加人数である四名を割った場合には、今回のレインブレイダーは中止となります。

 また、レインブレイダーの本戦期間は六◯日間となっております。この六◯日間の間に優勝者が決まらなければ、優勝者無しとなります。


 さて、レインブレイダーのルールですが、それ程複雑ではございません。

 ブレイダー各々に与えられる『ブレイド』という武器を使用して戦闘し、相手を戦闘不能にする、若しくは相手のブレイドを破壊した時点で勝利が確定します。

 ブレイダーの武器、ブレイドには丸い『レインコア』が一つと、同じく丸い空きスロットが九つついております。

 ブレイダー戦では敗れた方の『ブレイド』が分解して『レインコア』が飛び出し、勝者のブレイドの空きスロットに収まる仕掛けになっておりますので、この『レインコア』を参加人数分集めた者が優勝者となります。

 優勝した者にはその健闘を讃え、どんな願でも一つだけ叶えられる権利が与えられます。

 この『どんな願でも』とは、言葉通りの意味です。我々にはどの様な望みも叶える用意があります。嘘偽りでは無いことをここに誓いましょう。

 戦闘は基本的にどのような行為も有効です。つまりわかりやすく、率直に申し上げますと『何でもあり』です。どんな場所でどの様な戦い方をしても自由ですし、どんな勝ち方をしても構いません。たとえ相手に致命傷を与えてしまったとしても、ブレイダー同士の戦闘行為ではブレイダーは絶対に死にませんので安心してください。

 また、戦闘中は第三者を殺害したり、物を破壊しても当方で一二時間で全て元通りに復旧致しますし、その際に対象の記憶は消去されますので罪には問われないでしょう。安心して戦闘して下さい。

 ただし、被害の規模が大きな場合は、最大で二四時間の時間が掛かり、その間ブレイダーの行動は制限されてしまうでしょうから、出来るだけ無関係な人間に目撃されたり、殺傷したりする戦闘は避けた方が賢明でしょう。


 さて、これより更に詳しいことは、お手元の『コア・インジェクター』を作動させ、ブレイダーとして登録完了したあと、七日後の本戦開始から詳しく分かる様になっております。

 断っておきますが、これは強制ではありません。全ては貴方次第です。

 念の為記しておきますが、これはいたずらではありませんし、クリック詐欺でもありません。

 ですが忠告します。

 生半可な気持ちでコア・インジェクターを押さないで下さい。このまま日常生活を何事も無く生きたいのなら、コア・インジェクターを七日間放置してください。

 だがもし、貴方が非日常を望むなら、コア・インジェクターを作動させ、レインブレイダーに参加してみてください。

 今までの人生では味わうことの無かった、エキサイティングでスリリングな六〇日間を体験することでしょう。

 我々は貴方様の参戦を心よりお待ち申しております。



 ――――――レインブレイダー実行委員会事務局



☆  ☆  ☆  ☆  ☆


「アホか……?」

 パソコンのモニターを見ながら、思わずそんな声が出た。そしてメールを読み終えた後に、マウスの横に転がる銀色に光る円筒の物体を眺めた。太いマジックのポスカぐらいのサイズのそれには、頭頂部には確かにメールにあった赤いスイッチのような物が付いている。

 持ってみるとあんがい重く、添付してあった図入りの説明書を見るに、どうやら握った状態で親指でスイッチを押し込む様だが……

 俺はもう一度メールを読み返し、大きな欠伸にも似た溜息をついた。

 いくら俺が中二の心を忘れない大学生であっても、これはない。いやあえて言おう、『これは酷い……』と。

 大方どっかの馬鹿が送ってきた新手のポチ詐欺だろう。この円筒のスイッチを押した時点でどっかのサーバーに何かが送信されて身に覚えのない請求書が送られてくるんだろう。誰が押すかボケ!

 しかしこんなモンまで送ってきて採算取れんのかね? 結構重量もあるし細工も手が込んでいるように見える。ホント、世の中には暇と金を持てあましているダメ人間が多すぎるよな。

 でもまあ、金があるだけ俺よりマシだけどな…… 頼むからこんなの作ってビンボー学生に送りつける金あるなら俺に下さいお願いします。いや、今マジで厳しいんだよ、バイクにガソリン半分も入れたら生きていく自信が無いくらいにさ……

 俺はパソコンを閉じて手にしたその円筒の物体を床に放った。それはコロコロと転がり、現在牛乳しか入っていない冷蔵庫に当たって止まった。

 珍しくポストにチラシ以外の物が入ってて、持ったらちょっと重かったから期待しちまったぜちくしょうっ!

 俺は心の中でそんな悪態をつきながらのっそり立ち上がり、ベッドに放ってあったカーゴパンツを履いた。

「さ~て、バイトバイト……」

 大学は昨日から夏休みに入り、必修単位以外は出なくて良いので基本俺は家でごろごろしながらパソコンいじってるか、バイトするかのどちらかだ。

 高校時代の俺は野球少年でしかもエース。それなりに強くて、夏は『目指せ甲子園!』つーどっかの上杉兄弟みたく必死に白球を追いかけていたが、スポーツ推薦で大学に入った途端、計ったように肘を壊しポンコツ。大学側からは詐欺師の様な扱いを受けるものの、どうにか別学部に移動して貰って大学をクビにならずに済んでいる状態だ。

 そんな俺に、やはり家族も冷たく、実家にいると優秀な兄と比較され死にたくなるので頼み込んで一人暮らしをしている。しかし学費は辛うじて出してくれているが、生活費は一切の援助を断られており、目下ワンルームのボロアパートでビンボー苦学生を演じているというわけ。もうホント、貧しさに負けそう……

 てなわけで、この夏休みは海やプールではしゃぎ倒すリア充カップルに精一杯の呪詛を掛けながらバイトライフを送らなければならない俺は、愛車の中古九〇CCスーパーカブにまたがりバイトに出かけた。


 俺はこの時はまだ、この夏も去年と同じくバイトに明け暮れるつまんねー夏になると思っていた。

 まさかあのメールと、送られてきたあの『コア・インジェクター』がガチのマジモンで、この夏が俺にとって忘れられないほど熱く、そして鮮烈に胸に焼き付く時間になるなんて思ってもいなかったんだ……



 駅前の中華や『杏奔亭あんぽんてい』で、俺がこのクソ熱い中、汗だくになりつつ中華鍋を振っていると、顔なじみが一人やってきた。高校時代からの悪友である山王和宏さんのうかずひろだ。

「よう、カズ」

「おう、カノン」

 俺のかけた声にいつもの声を返す。

 因みに『カノン』とはコイツが俺を呼ぶときのあだ名だ。俺をカノンなんてスカした名前で呼ぶのは和宏ぐらいなもんだがな。で、俺も和宏をカズって呼んでる。

 和宏も高校時代は俺と同じ野球部で正捕手。つまり俺とバッテリーを組んでいた。まあ、俺があそこでエースを張れたのも和宏のリードがあったからってのも多分にあるが、面と向かってそう言った事はもちろんねぇ。

 和宏は元来頭が良く、しかも家は病院経営で筋金入りのボンボン。高校卒業後は綺麗さっぱり野球から足を洗って、某有名大学の医学部に通っている。本来なら馬鹿でビンボーな俺とはまず接点が無いのだが、お互い同じ野球部だって事と、投手と捕手と言うこともあってか妙に馬が合った。

 とは言っても良く喧嘩もした。でもその一時間後には二人で笑い合ったりしていた。まあなんだその、親友ってヤツ? ちょっとハズイが俺がそう呼べるのはコイツ以外にいねーのも確かだった。

「なんにする?」

「あんかけ焼きそば…… っと、椎茸抜きで」

「へっ、相変わらず椎茸ダメとか…… 店長、あんかけ焼きそば入りや~す!」

 俺がそう言うと、奥で店長の「まんずはいなある〜」という声が響いてきた。この返事は何度か聞いてる俺も未だに意味不明だ。そもそも店長はバリバリの青森人で、普段語も津軽弁なのだが、妙なところでインチキ中国語を交ぜるのでたまに言語出力にエラーが出る。つか中国人は語尾に『~ある』なんて付けねーからマジで。

 俺は中華鍋の五目チャーハンを皿に盛ってから和宏に麦茶を出した。和宏は「サンキュー」と答えて麦茶を飲み干し、カウンターのポットからセルフで麦茶を注いだ。

「カノンさ、今年の夏はなんか予定あんの?」

 和宏はかけていた眼鏡を外し、冷たく冷やしたおしぼりで額を拭きながら俺にそう聞いた。俺は中華鍋にお玉でひとすくい水を差した後、焼きそばの具を放り込みつつ「いや……」と答えた。

「日中はここでバイトだな。んで、夜七時以降は特に予定がねぇ」

 俺がそう言うと和宏は「ふ~ん」と呟いてまた麦茶をあおった。

「カズはどっか行くのか? 医大の女子とか女とかお嬢様とかと海とかで一夏の経験とか、とか…… かぁ~、リア充爆発しろっ!!」

 自分で言ってて悲しくなる。視界が滲むのは汗のせいだけじゃ無いよね? と思った瞬間、中華鍋に火が入り、今は無き、故、周富徳さんバリに炎が上がる。

 おおっ! 流石俺の長年愛用の中華鍋だ。主人の気持ちを汲んでくれる。

 つってもこの鍋店のだし、ここのバイトまだ一月もやってねーけど……

「馬鹿、そんなのいねーよ。つか医大の女って変なの多いんだぜ? マジつまんねーよ……」

 そ、そうなの……? でも俺の大学の筋肉自慢したがる女子よりマシだろ実際。バトミントン部の女子の上腕二頭筋なんて俺と変わらねーんだぜ? 体育学部の女連中、脳内アドレナリンの出過ぎで絶対おかしくなってるよ。

「俺も日中は研究室か図書館だな…… つまんねー夏になりそうだよ」

「金があるだけマシだろ?」

「ま、そりゃそうだけど……」

 くわ~、さらっと言われましたよ。まあ実際その通りで何も言えないが。

「高校の時は、部活きつかったけどそれなりに夏は充実してたよ。合宿も面白かったしよ」

 そう言う和宏に俺も「だな……」と同意した。確かにやってるときはきつくって、何度もコーチを殺そうかと思ったけど、今にして思えばそれなりに面白く、そして熱かった気がする。甲子園には行けなかったが、自分たちなりにがむしゃらで精一杯やってたっていう充実感があった。

 まあもっとも、俺はその後は肘壊して球投げられなくなったけどな。

「なあカノン、今夜暇なら晩飯付き合えよ」

 そう言う和宏に俺は「別にかまわねーけど……」と言いつつ、中華鍋の焼きそばを皿に移し、和宏の前に置いた。もちろん椎茸は抜いてある。

「でも俺金ねーぞ?」

「いいよ、俺がおごる。つってもファミレスだけど」

「そりゃもうぜ~んぜんかまいません。ここ数日、バイトの賄い飯以外はお湯で増えるモンしか食ってねーからありがてぇ。カズマジ神キタコレ!」

 そう言って拝む俺に和宏は「アホ」と苦笑しつつ、杏奔亭あんぽんてい自慢のあんかけ焼きそばに箸を付けた。

「ちょっとカノンに相談したいことがあるんだ」

 ほう…… これは珍しい。

 和宏が俺にこんな事を言ってきたのはいつ以来だろう? 基本は『俺相談する人、カズ答える人』ってのがいつもの俺たちのセオリーだったはずだ。そもそも和宏は人に何かを頼んだりするヤツでは無い。大抵のことは自分一人でこなしてしまう、ネプチューンキングも真っ青な完璧パーフェクト超人である。その和宏が、こんな俺にする相談なんていったい何だろうと身構えてしまった。するとそんな困惑が顔に出たのか、俺の顔を見て和宏は苦笑した。

「つってもくだらない話さ、そんな顔するなよ」

「お、おう…… いやなに、珍しいなと思ってよ……」

 そう答える俺に、和宏は「そうかい?」と答えながら俺の作ったあんかけ焼きそばを啜っていた。



 バイトが終わり、店長に終いの挨拶をしたところで、カーゴパンツの太ももにあるポケットに入ったiPhoneが『ザ・ファンクス』のテーマである『スピニング・トーホールド』を奏でる。画面を見ると和宏からだった。

「バイト終わったか?」

 お前、どっかでストーキングしてんのか? とツッコミを入れたくなるタイミングだったが、俺は「ああ、今終わったぜ」と答えた。

「街道沿いの『デニーロ』だけどどのくらいで来れる? 食いもん頼んどくけど?」

 俺はちょっと考え「七分ってトコだな。トロ〜リ卵とチーズのオムライスとアメリカンクラブサンドよろしく」

 俺は遠慮もなくそう告げると和宏は「了解〜」と答えて電話を切った。

 え? 何これ、俺ヒモじゃね? 

 とかいう余計な考えはこの際横に置く。やはり持つべき者は金のある友人である。

 俺は約一週間ぶりの上等な夕飯に心踊らせながら、和宏のいる街道沿いのファミレス『デニーロ』へと愛車のカブを走らせた。


 店で和宏の座るテーブル席に着いた瞬間に、先程頼んでおいた二品がテーブルに置かれ、俺は一週間ぶりの洋食に舌鼓を打った。

 お、美味しかったよママン……

 と心の中で永遠のママンであるスプーンおばさんに感謝の合掌を贈っていると、目の前でコーヒーを飲む和宏が声をかけて来た。

「それで、昼間言った相談ってヤツなんだけど……」

 と和宏は脇の鞄をまさぐった。

 あ、ああ、そ、そうね、相談ね。

 ええ勿論覚えてましたよ。忘れてないですよ〜

 そんな飯だけ食わせてもらって帰るなんてマネ、するわけ無いじゃ無いですか……

 あ〜やべえ、取り敢えず俺もコーヒー飲んで落ち着こう。

 そして片付けられたテーブルの上に和宏が置いた箱を見て『はて?』と思った。何故か俺はそれに見覚えがあったからだ。

「なあ、レインブレイダーって聞いたことあるか?」

 和宏のそんな言葉に俺は目が点になった。

 レインブレイダー

 それは今朝方見た妙なメールにあった言葉だった。そして和宏の置いたその箱は、あの銀色の円筒、コアなんたらが入っていた箱だった。

「知ってる…… つーか俺のトコにもこれと同んなじモンが送られてきた」

 俺がそう言うと今度は和宏が目を丸くする番だった。

「マジか!?」

「ああ、大マジ」

「で、まさかカノンはもうスイッチ押したのか?」

 そう言う和宏に俺は「まさか」と首を振った。

「いくら俺でもそんな無茶しねえよ。ポチ詐欺かと思ってうっちゃってる。俺の部屋の床に転がってる」

 俺がそう答えると和宏は「そうか、安心した」とため息をつき、俺の顔を見る。メガネの奥の瞳がいつになく真剣だった。

「で…… カノンはどうする?」

 そんな和宏の言葉に俺は絶句してしまった。

 は…… はぁ? 何が?

「ど、どうするって、何が?」

「ボケるなよ。この場合選択肢は二つしか無いだろ? スイッチを押すか押さないか。ブレイダーになるかならないかって事だよ」

 和宏は呆れた様にそう言った。

 はいっ!?

 いや待て、呆れたいのはこっちつーかさ……

「な、ちょ、おま……っ、まさかマジで信じてんのか? その何ちゃらブレイダーとか言うの?」

 俺がそう言うと和宏は「えっ?」と短く呟き、そして何かに納得した様に頷き再びカバンをまさぐって、今度はiPadを取り出した。そして二、三度そうさしてからテーブルの上に置いた。iPadの画面にはあるサイトの写真が表示されており、その写真には太いコンクリートの柱が斜めに切断されている様子が写っていた。

「これは都市伝説の割と老舗なまとめサイト。で、その中で最近話題に上がってるのが『レインブレイダー』って言うストリートバトルの話だ」

 和宏はそう言って画面の写真を拡大する。

「この写真はそのブレイダーの追っかけつーのか? そう言った類いの連中が噂を元に実際にバトルが行われたつー場所で撮影したもんだ」

 和宏はそう説明しながら写真をスライドして行く。写真はどっかの廃墟の様だが、壊れた車や鉄骨がどれも見事に真っ二つになっている。また、所々に爆発の後のような黒ずみがあったりする。

「で、これが翌日に同じ場所を撮影した写真だ」

 そう言って俺に見せた写真は、切断されたり爆発した様な後が皆無の、自然に朽ち果てた廃墟の写真だった。すっかり元…… かどうかはわからんけど、少なくとも先程の写真にあった様な形跡は見受けられなかった。

「ふ〜ん、でもこれデジカメじゃん? 俺はよく知んねーけど、こう言うの加工するソフトとかあんだろ? つーか本当に翌日撮ったとかも怪しい……」

 そう言いかける俺に、和宏は右手をかざして制した。

「まだ言わせろ。実は俺、今日あの後ウチの大学の電子工学部にコレを持ち込んで調べてみたんだよ」

 和宏はそう言ってテーブルの箱を開くと、あの銀色の円筒を取り出した。

「で…… なんかわかったん?」

 そう訪ねた俺に、和宏は首を振り肩を竦めた。

「さっぱりだった。なーんもわからない」

「なんだよそれ、ちっと期待しちまったじゃねーか」

 すると和宏はニヤリと笑った。

「違うよカノン。ウチの大学の電子工学部はその筋じゃ有名なんだせ? 最新の分析設備が整ってるんだ。しかしそんな最先端の技術を使っても、中身はおろかコレに使われている金属さえわからないんだ。そんな訳で、逆に俺はこれがマジモンだと思った」

 さすが頭の良いインテリ君はやることが違うぜ。よくこんなもん大学の研究室に持ち込んだな…… やっぱカズってばすげーよマジで。

 しかし、マジか……?

 ホントにそんな事があるのか実際? 

 俺がどうにも答えを返しあぐねていると、和宏がそんな俺に声をかけて来た。

「なあカノン、これからお前の部屋へ行っていいか?」

「え? いや別に構わんけど…… どーすんの?」

 すると和宏は人差し指でメガネの位置を戻し、再びニヤリと笑みを返した。

「お前の部屋で、コイツを二人で押してみるのさ。もし万が一でもカノンの部屋なら最悪引っ越せば何とかなるしさ」

 ちょ、ちょっと待てーいっ!!

「か、カズてめえ! つかなんで俺も押すの前提になってんだよ!?」

「おい、連れないこと言うなよカノン。部活引退した後も、なんか面白いことする時はいつも一緒だったろ? それともここの勘定、自分で払うか?」

 和宏はそう言って伝票をヒラヒラと俺の顔の前で振って見せる。

 こ、この鬼! 悪魔! 守銭奴! 

 くそっ! こんな事なら遠慮しねーでサーロイン行っとくんだった……っ!!

 俺が言葉を飲み込みつつガックリと項垂れると、和宏は「契約成立だな」と呟いて席を立った。

「俺、会計済ませてから行くから先に行ってエアコン回しといて。アパート横の空地、今日停められる?」

 和宏の言う空地とは、一応あのアパートの駐車場なんだが、車を持てる様な身分の人間があんなアパートに住むわけも無いことから、もっぱら和宏が来た時くらいしか車が停まっていることはなかった。

 俺は机に突っ伏したまま、無言で和宏の質問に手を上げた。いわゆる肯定の意である。

 

 で、数分後、俺と和宏は俺の部屋で礼の銀色の円筒を握り締めたまま、ちゃぶ台をはさんで向かいあっていた。

「カノン、先に押してみろよ」

「はぁ? 何言っちゃってるの? 俺は付き合いだぜ? カズが先だろ普通」

 暫しの沈黙。そして二人同時にはぁと深い溜息をついた。

「やっぱ二人同時に押すか?」

 と和宏が呟く。それに「だな……」と呟く俺。

「まあ、高校時代から愉快なことするときは一緒だったしな」

 そういう和宏に俺もニヤッと苦笑した。

 よし、腹は決まった。どうせつまらん夏を過ごすなら、ちっと危険でも面白い方が良い。それにコイツとなら、なんか上手くいきそうな気がする。根拠ねぇけど……

「三…… 二…… 一……」

 俺たちはお互いに顔を見ながら銀色の円筒を握り締め、そう数えた。

「ゼロっ!!」

 そう言うと同時に、天頂部の赤いスイッチをぐっと押し込んだ。

 チチチチチ…… カチンっ!

 小さな電子音が流れ、スイッチを押し込んだ親指の腹に痛みが走った。

「痛……っ!!」

 二人して同じリアクションをした後、頭の中が焼ける様な感覚に襲われ、俺は絶句して床に崩れ堕ちた。

 うぐぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおっ!!!!

 痛みで声も出ず床をのたうち回る。うっすらとした視界の中では、和宏も同じように床の上でごろごろと藻掻いているのが見えた。

 全身の血管を何かが暴れ回り、痛みで脳の神経が焼き切れるかと思った瞬間、その苦しみは唐突に収まった。

 ま、マジで…… 死ぬかと…… 思った……っ!

 まるで陸に投げ出された魚のように口をぱくつかせて呼吸をする。多少動悸が収まったところで、俺はのっそりと上体を起こした。

「お、おいカズ、い、生きてるか……?」

 俺がそう和宏に声を掛けると、和宏も同じように起き上がった。

「た、たぶん…… な。絶対、死んだとか、思ったっけぇ……」

 そして俺たちはまたちゃぶ台を挟んで向き合い、深い息を吐いた。ちゃぶ台には銀の円筒が二つ転がっていた。

「俺たち、その…… ブレイダーってのになったんかな?」

 俺がそう聞くと和宏は首回りをさすりながら「どうだろう?」と呟いた。

「俺的には特に変わった様子はないけど…… そっちは?」

「いや、俺も何か変わった気はしねぇ……」

 俺たちはそう言ってお互いに立ち上がった。

「つか、何だったんだ? 今の」

 立ち上がったついでに、俺は肩や首、そして足を上げたりして身体の異常箇所を確認したが、どこにも異常は感じられなかった。さっきあれほど感じていた痛みもまるで嘘みたいに消え、むしろ前より調子が良くなったほどだ。その証拠にバイトで中華鍋を振りまくった筈の左手の疲労も無くなっていた。

「さあな…… 身体に異常は感じられないけど……」

 和宏はそう言って腕時計を睨みつつ、自分の脈を計っている。う~ん、流石医大生。

 でもまあ、そんな医者の卵である和宏が言うんじゃ間違い無いだろう。ひとまずは安心だな。

 俺がそんな事を思っていると、和宏はちゃぶ台の上に転がる銀の円筒を拾い上げた。あんなに痛い思いをした後なのに、それを拾い上げる勇気に敬礼したくなるぜマジで。

「スイッチが押し込まれたまま戻らない。つまりコイツは一回こっきりの使い捨てって訳か……」

 そう言って和宏はスイッチの部分に顔を近づけて覗き込んでいた。そう言えば高校時代も和宏は何かに付けて分析してたな。相手高の選手の嫌いな球種なんかを分析してたっけ……

「とにかく、俺たちはスイッチを押した。もしアレがこのメール通りのシロモノなら七日後に礼のバトルが始まる。何かしらの知らせみたいなのがあるだろう。何にも無けりゃ俺たちはまんまと騙されたって訳だ」

 それは和宏の言う通りだ。後は七日後、何が起こるかお楽しみ……

「出来るなら強面の取り立てヤクザ屋さんに取り囲まれるつーオチだけは無しにして貰いたいよマジで……」

 そう言う俺に和宏は「確かにな」と呟いて笑った。そんな和宏の笑い声につられ、俺も笑っていた。



 この日、レインブレイダー実行委員会事務局では、ブレイダー候補二名の登録が確認された。

 これより七日後、この二人は自分達が押した『コア・インジェクター』が本物であった事を悟る。それは同時に一◯本のブレイドとそれを操るブレイダー達の戦いの幕開けでもあった。

 そしてこの第一五回レインブレイダーが、未だかつて無いほどに熱く、そして過去どの回よりも鮮烈な激闘になることを、二人はもとより主催者さえも予想していなかったのである。

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