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第4話 北西辺境属州・ルデニウム

4週間後、北西辺境属州(アルビオニウス属州)、州都ルデニウム・港湾区


 北西辺境担当司令官ガイウス・アルトリウス率いる、通称アルトリウス隊200名は、北西辺境属州の軍港において盛大な歓迎を受けた。

 密かに呼び戻された帝都の時とは異なり、既に南方での活躍は帝国中に知られており、帝国軍部も結局アルトリウスの活躍と大手柄を覆い隠す事が出来なかったのである。

 噂や芝居、読物といった形で南方の勝利者の盛名は一気に西方帝国内に広まっていたのだ。

 この人気を前にして遂に帝国軍部も方針を変えざるを得ず、アルトリウスに南方の勝利者の2つ名を使用する事とし、西方帝国軍の精強さを喧伝する事にしたのである。

 その決定はアルトリウスが洋上の人となった直後に決定され、順次西方郵便協会の組織を使って各属州へと告知された為、本人の知らない間にその名が広く知られるところとなっていたのだった。


 そのアルトリウスが熱烈な歓迎を受けた州都ルデニウムは、西方帝国北西の要で人口は約8万人。

 西方帝国北西部では随一の人口と経済力を誇る主要都市である。

 駐屯しているのは帝国軍第10軍団7000名。

 その他に北西辺境の国境地帯に第11軍団7000名と、北西管区国境警備隊3000が居る。

 但しアルトリウスの地位は左遷故に完全に独立したもので、どの軍団や国境警備隊にも属さない事になっていた。

 例外として対外戦争や防衛戦争時に属州総督府の指揮を受けるが、それ以外は担当区域において任務を妨げられる事は無いのである。

 そのルデニウムにおいてアルトリウスは属州総督に赴任の挨拶をした後、歓迎式典や晩餐会への参加を断わり、早速赴任地へと向かう事にした。

 とは言っても長い船旅で部下の兵士達は疲労を溜め込んでおり休息が必要である上に、赴任地まではルデニウムから更に10日ほどかかる。

 街道が整備されているとは言え物資搬送用の馬車や馬、兵士達の食糧を調達せねばならず、その手配の為にもアルトリウスは3日ほどの休養をとった後に出発する事にしていた。

 また国境情勢を知る為に第10軍団司令部に赴き、地図と調査を行うアルトリウス。

 兵士達の統率と宿舎の割り振りをカルドゥスに任せ、食糧や馬車の手配をロミリウスに一任したアルトリウスは、第10軍団司令部で軍団長のポエヌスと面談する。




 第10軍団司令部


 ルデニウムの西城門に付属して設けられている第10軍団司令部は、堅固で飾り気の無い石材で建造されており、その中央部に位置する軍団長執務室にはポエヌス軍団長以下第10軍団の主立った将官達が勢揃いしてアルトリウスを出迎えた。


「ようこそ!南方の勝利者アルトリウス司令官」

「御世話になるのであります軍団長」

「ははは、元気そうで何よりだ」


 白髪の交じった短髪を持つ、屈強な顔付きと身体付きのポエヌスは50歳で、もう間もなく兵役を引退する。

 実はポエヌスとアルトリウスは第2軍団に同時期に所属していた事があり、面識があるのだ。

 その当時新任十人隊長であったアルトリウスと、第2軍団副軍団長であったポエヌスは当時軍団内で発生した難解な事件の捜査に共同で携わり、親交を深めた。


 派閥に属していない珍しい高位将官のポエヌス。


 お互い平民出身という事もあって非常に馬が合い、それ以来公私にわたって付き合いがあるのだ。

 アルトリウスに節くれ立った手を差し出し、がっと力強い握手を交わしたポエヌスは、部下達にアルトリウスを紹介する。


「皆も南方の勝利者という通り名で知っていると思うが、今回北西国境の新しい砦に赴任する事になったガイウス・アルトリウス北西辺境担当司令官だ。私とは旧知の仲でね……まあ、見てのとおりの人物だ」

「ガイウス・アルトリウスです。何かと不慣れな任務になるのでありますが、精一杯頑張るので宜しくお願いするのであります」


 ポエヌスに背中を軽く叩かれながら前に押し出されたアルトリウスは、一礼をした後に第10軍団の将官達へ自己紹介を行う。

 その殊勝な態度と発言に将官達は戸惑ったように顔を見合わせた。


「……聞いていた人物像と違いますね?」


 1人の女性将官がぽつりとつぶやいたのを皮切りに、将官達が口々に感想を漏らす。


「真っ当な人物そうじゃ無いか?」

「乱暴者との噂は……?」

「人の話を聞かないとか……」

「悪辣な人物ではないのか?」

「毒舌吐きの辛辣な人間と聞いたぞ?」


 アルトリウスはその感想を聞いて、帝国軍総司令部がどのような噂を流しているのかすぐに分かってしまった。


「相変らずケツの穴のちっっさい野郎である……」


 ため息と共にぼやくアルトリウスを見て笑みを浮かべ、ポエヌスが口を開く。


「実際に会ってみれば分かると言っただろう?アルトリウスは至極真っ当な帝国軍将官だよ……彼を評価しない今の帝国軍がおかしいのだ」


 その爆弾発言に将官達が息を呑む。

 完全な上層部批判であり、万が一にも中央やレンドゥスにこの発言が知られればいかな軍団長と雖もその身が危ない。

 ましてや平民出身で派閥の後ろ盾の無いポエヌスである、早期退役に追い込まれるくらいならば良いが、今の帝国軍総司令部の方針では懲罰を受ける恐れすらあった。

 そしてそれを聞いてしまった将官達の社会的地位と身体も危ないのは言うまでも無い。

 しかしポエヌスは肩をすくめて鼻を鳴らし、言葉を継いだ。


「こんな辺境まで総司令部の耳や目が届くものか、彼らの関心は帝国の安寧と発展では無く自派閥の伸張と対立派閥の切り崩しだ。何を言おうとも心配する事は無い」


 その言葉に互いの顔を見合わせる将官達。

 確かにこの場にいるのは皆平民出身の者達ばかりである。

 危険な辺境の地に貴族出身者やその係累、軍閥のお偉い方々はいない。

 そしてポエヌスは部下の掌握には自信を持っており、将官達の心配も自分の身を案じてのものであると分かっていた。


「まあ、上層部への批判は控えるに越した事は無いがね」


 戯けたように言葉を継いだポエヌスに将官達もため息を吐き、肩の力を抜いて緊張を解く。


 島のオラン人と対峙し、常に小競り合いの絶えない北西辺境に配備されている精強な第10軍団と第11軍団は平民出身者で固められており、帝国軍総司令部はアルトリウスの赴任がきっかけとなって反乱が起こる事を非常に恐れていた。

 全く見当外れの心配であるが、自分の地位にしか興味の無い人物達は真剣にその事態を検討しており、ポエヌスや将官達にもそれとなく監視や牽制の通信が来ている。

 貴族出身者で固められた第1軍団が訓練名目で海を隔てて隣接するオラニア属州に進駐していることも、その馬鹿げた心配の真剣さ具合を表わしていた。


 おそらくアルトリウスが赴任地へ到着するまでは気を抜かないのだろう、ご苦労な事である。


「なるべく迷惑をお掛けしないよう早めに出立するつもりでありますが、準備にはそれなりの時間が掛かるので2日か3日は容赦願いたいのであります」

「ああ、その辺については気にしなくても良い。加えて必要物資についてはこちらでも余剰分を供出しよう。遠慮無く申し出てくれ」


 アルトリウスが殊勝な態度を崩さず、申し訳なさそうにそう言うとポエヌスは自席に戻って書類を取り上げつつ答えた。

 書類には第10軍団の物資の内馬糧と砦設営用の資材を融通する命令がポエヌスの名で記されており、アルトリウスはその書類を受け取りつつ礼を述べる。


「有り難うございます」

「物資については心配要りませんので、何でも仰って下さい」


 アルトリウスに対する感想を最初に述べた女性将官がにっこりと微笑みながら言うと、ポエヌスはアルトリウスに彼女を紹介した。


「彼女は輜重隊長のメサリア・ムスだ」

「御世話になるのであります」


 アルトリウスが言うと、メサリアはすっと握手を求めてその手を差し出した。

 女性とは言え将官らしく剣ダコと厚い手の皮をしており、アルトリウスはその手を握り返して彼女がお飾りでは無くしっかりと訓練を受けている事を知る。

 肩程までに短く切りそろえられた茶色の髪を髪留めでしっかりと押さえ、広い額を目立たせている。

 全体的に小ぶりではあるもののクッキリとした目鼻立ちをしており、キリッと引き締まった頤や口元と相まって、しっかり訓練を受けている軍人らしい雰囲気を醸し出していた。


「平民の英雄アルトリウス司令官と仕事が出来て光栄です」

「はて?」


 がっちり自分の手を握ったままなかなか離さず、そう言ったメサリアにアルトリウスは首を傾げて傍らのポエヌスを見遣ると、満面の笑顔。

 何となく嫌な予感を感じたが、メサリアが手を離さないので諦めてポエヌスが口を開くのを待つ。

 アルトリウスが観念した様子を見て取ったポエヌスは、笑みを深くしてから口を開いた。


「予想のとおり、彼女には補給担当とあわせて君との連絡役をして貰う。良く面倒を見てやってくれ」

「お世話になります、アルトリウス司令官」


 要するに、メサリアはアルトリウスに連絡担当兼補給担当将官として付随し、第10軍団からのお目付役も兼ねるという事である。

 まあ秘書的な者が居ないので助かるが、それにしても女性将官というのは非常に困る。

 非常に困るけれども他に選択も無いし、連絡役や補給担当はこれから砦を造営するアルトリウスには必須である上に世話になったポエヌスの申し出を無碍に断るのも障りがあるだろう。

 まあ、軍人然としているが美人でもある。


「……承知したのであります」

「うむ、まあ頑張ってくれ。ムス隊長もしっかりアルトリウス司令官から学ぶように」

「はい!」


 アルトリウスが渋々ではあるがメサリアを受け入れる事を承知すると、ポエヌスは彼女に言い含めるかのように言葉をかけ、メサリアは目を輝かせて返事をした。


「これは……謀られたのであるかなあ?」


 どうにも芝居臭い2人の遣り取りに、ようやくメサリアから自分の手を取り戻したアルトリウスはつぶやくのだった。





 3日後、ルデニウム北城門前



 砦造営用の木材や石材、釘に鎹といった細々としたものを含めた建築資材を満載した馬車を連ね、アルトリウスは200名の兵とメサリアを率いてルデニウム市を後にした。

 属州総督やポエヌス軍団長を始めとする軍や行政府の高官達に、ルデニウムの市民や軍人が見送る中、ゆっくりと進むアルトリウス隊。

 たかだか蛮族の貧村を3つばかり支配下に置く為の弱小部隊を率いる、一司令官に対しては異例とも言える厚遇である。


 西方戦線での勝利に続いて南方でも大勝した平民の英雄アルトリウス。


 本来この様な辺境のくだらない任務に当てられるはずの無い人物が司令官であるだけに、市民を含めての事だが興味もあって彼を一目でも見ようと人が集まったのだ。


「隊長……」

「こりゃ一体?」


 食糧や建築資材、そしてその輸送手段の手配を、新たに付けられたメサリアと共に済ませたロミリウスが呆気に取られ、兵士達の福利厚生を担っていたカルドゥスが驚く。


「わははは、華やかな門出とは有り難い。非常に良いことではないか!」

「まあそうですがねえ……」


 アルトリウスが大笑すると、カルドゥスは呆れながらもそう応じる。

 メサリアだけは違うが、アルトリウスを含めて全員が言わば左遷された者達であるアルトリウス達の兵士達。

 このような晴れやかな場面に遭遇した事の無い者や、離れて久しくなってしまっている者達がほとんどであろう。


 ある意味感動すら覚える程の送り出しに、兵士達は心弾むのを押さえきれない。


 兵士と言う仕事は何時何処にいても過酷な職種であるが、その担い手である末端の兵士達は有名な司令官に率いられて大々的な戦勝でも上げない限り、晴れの舞台である凱旋式に参加する事も出来ない。

 しかし普段の守備や実直な防衛任務にこそ帝国軍の真価がある。

 その普段の任務が今の西方帝国の平和を守り、礎を成し、繁栄を導いている事に市民はおろか兵士自身ですら気付いていない事が多いのだ。

 帝都や帝国本土といった戦災の絶えて久しい地域では無く、ここ北西辺境は辺境蛮族の脅威や戦災といったものを肌で感じる事の出来る地域で、その分市民達の軍に対する期待は高く、要求は厳しい。

 そして過酷な勤務に就く兵士達の苦労が理解出来るのだ。

 自分達はこれからこの人々を守る為に最前線に赴くのだということが、これ程分り易く表現されるとは思いも寄らなかった兵士達。


 北の城門前に集まった行政府の高官や市民達に手を振るアルトリウス隊長の姿を見て、背筋をぴしっと伸ばし始めた兵士達は、何時しかだらしなかった隊列を整え、輸送馬車の車列を組み直す。

 やる気になれば一度は訓練を受けた者達である、手順は理解しているしそつも無いので全てが早く終わってしまう。

 アルトリウスが市民に向けていたものとは違った笑みを向け、高らかに宣言した。


「アルトリウス隊出発!」


 おう!


 元気で切れの良い応諾の返事があり、アルトリウス率いる200名の兵士達は一斉に前進を始め、車列を動かす。

 これから約10日間の徒歩での旅を経て赴任地へ赴くのだ。

 取り敢えずの目的地は、北西辺境国境警備隊本部の置かれている辺境城塞ガルトルク。

 西方帝国でも指折りの堅固で実践的な城塞が築かれており、まずはここに拠点を置いて前線を視察し、砦造営の準備を行うのであ。


 市民の見送りの歓声と手振りに励まされ、アルトリウス隊は街道を北へ真っ直ぐに進むのだった。

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