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第31話 危機

「さあて、どう料理してくれようか?」


 アルトリウスはそう言うと落ちていた槍を拾い上げて正面へ投付ける。

 今までと遜色ない勢いで飛んだ槍は、今正に駆け出そうとしていた海賊を貫き、地面に縫い止めた。


「まあ、いつも通りで良いであるか?」


 アルトリウスは再び地面に落ちていた槍を拾い上げつつ言うなり、その槍を思い切り投付け、加えて持っていた大矢を次々と投擲し始めた。

 凄まじい勢いで槍や大矢が飛来し、その後方からは砦から放たれた弩砲の矢玉が襲いかかってくる。

 海賊達は頭や海賊頭の叱咤に一旦は勢いを取り戻したものの、再び投射兵器の凄まじいまでの嵐に我が身を晒されて怖じ気づく。

 これまでも強い敵と当たった時は逃げ、弱い敵を見定めて襲って生き存えてきたのだ。

 欲をかいて無理や無茶をした者達は大概が命を落した。


「くそ!一体どんだけ矢玉を貯めてやがるんだ!」


 海賊の1人が悪態をついた通り、アルトリウス砦からの攻撃は激しさを持続している。

 その海賊の経験から言っても、アルトリウス砦程度の規模の砦であれば備蓄されている矢玉はそう多くは無いはずだ。

しかも砦からすれば敵は非常に多く、発射し続けるのも力や集中力が必要である。


 それにこれ程連射していればそろそろ部品がダメになり始める。 


 今まで海賊家業を生きて続けられているのは、それなりの危険回避能力があるからだ。

 海賊達は、自分達の勘でこの戦いに勝ち目は薄いと思い始める。

 しかしただやられっぱなしと言うのは上手くない。

 それもたった1人の帝国人将官にである。

 沽券に関わるというのももちろんあるが、それ以上に周辺部族の反抗が厳しくなる事が予想される。

 海賊と聞けば大人しく上納品を差し出していた部族や村、集落が海賊の敗退を聞きつけて反抗的な態度に出てくる恐れがあるのだ。

 最後は数に恃んで圧し潰してしまえば済む話ではあったが、戦えば犠牲は必ず出る。


 それこそ今前面で縦横無尽に1人で戦場を駆け回っている帝国人将官ほどの腕前があれば別だが、普通の人間は槍は刺さるし矢も当たる。

 剣で切り付けられれば身体を切られて死んでしまうのだ。

 威圧感を感じてさっさと降伏してくれれば簡単なのだが、負けてしまえば、しかもほぼ1人にしてやられたとなれば反抗を考える物が出てくるだろう。


 そしてその試みは成功をする場合もあるだろう。


 そうなってしまえば今までのように北の海を好き勝手動き回ることすら出来ない。

 取り敢えず負けるにしても、あの帝国人将官だけは殺さなければならない。

 それこそ武功や戦場流儀などは考慮の外だ。

 何としてもこの戦いで果てさせなければならないのだ。


「……絶対ぶっ殺してやるっ」


 暗い光を瞳に宿らせた海賊頭が歯ぎしりと共にアルトリウスを見てこぼすのだった。





 周囲の海賊達を切り立てつつアルトリウスはつぶやく。


「さて、ひとまずは引っかき回すことには成功したのであるから……」


 後は海賊の主要人物を如何にして倒すか捉えるかである。

 イヴリンの不意の出現で海賊は別働隊の存在を意識し始めている。

 アルトリウスとしては陣形に隙の出来た今のこの機会に何とか海賊頭の身柄なり、命なりを押さえたい所であったが、海賊頭は既に分厚い陣形の内側に籠もってしまっており、その陣を抜くのは容易ではなさそうだ。


「ちっ」


 挑発に乗ってこなかった海賊頭を思いアルトリウスは舌打ちをする。


「単純な者と侮っておったのである」


 思いの外狡猾さを見せる海賊頭に対する認識を改め、アルトリウスはまた海賊を1人切り捨てた。

 アルトリウスとしてこの戦いで負けるつもりはさらさら無いが、戦場は不慮の事態が最も簡単に起こってしまう場所である。

 不幸にも正対していない流れ矢や味方の矢弾に身体を打ち砕かれてしまう兵士も少なくない。

 数多の戦場でそれを知っているアルトリウスは油断も楽観もしていなかったが、見通しは立てられる。


 たとえアルトリウス本人がこの戦場で屍をさらすことになっても、アルトリウスの造った砦は陥落しないし、この戦いにおいて発揮されたアルトリウスの武功を覆い隠すことも最早出来はしない。

 そしてこの砦は要衝にあるので、今後も交易拠点として発展していくに違いない。

 砦が都市と呼ばれるほどになる頃には、アルトリウスの武功と盛名は西方帝国と北西辺境に轟くことだろう。


 そうなれば……


「少なくとも名を残すことは出来るのであるな」


 何も残せない英雄と呼ばれるのはもう我慢できない。

 名が残ればその名を誇りとしてくれる者達が彼の事績を語り継いでくれるだろう。

 一緒に戦った者が勲しを称えてくれるだろう。

 そして誇りを胸にこの地を繁栄させてくれるだろう。

 それは遠い未来ではない、ごく近い将来の事だ。

 そうなれば今まで無駄に命を散らせる事となってしまったかつての部下達に、せめてもの言い訳が出来る材料が作れる。

 アルトリウスに従い、払った多数の犠牲はこのためのものであったのだと。

 だからこそアルトリウスは周囲が止めるのを承知で1人砦の外へ出たのだ。


「聖剣を手に入れようが、蛮族を撃破しようが、砦を築き防戦を成功させようが、海賊を撃退しようが、戦いの後にあるべきは平和である。平和なき戦いは無駄なのである」


 つぶやきながら歯を食いしばり、痛む肩をものともせずアルトリウスは槍を投げる。

 あくまで民の安寧と平穏を目指して戦うのが西方帝国の軍人たる自分の役目であり、存在意義であるのだ。

 民に区別はないし、民の髪や肌の色、容姿の違いがその基準ではない。


「いつか我はこの地に、この世界に理想の街を造ってみせるのである!」


 吠えるように言い放ったアルトリウスはその気合いで正面の海賊を脅しつけ、身体を固めたその海賊を真っ向から切り下げた。

 そして続々と集まってくる海賊達に気合いを込めた声を放つ。


「我が理想の障害は、今ここにおいては貴様らである!」


 アルトリウスの振り上げた白の聖剣が輝きを増す。


 真横に振られた輝く白の聖剣は、紙を裂くかのように集まってきた多数の海賊達の胴鎧を切り裂き、手を切り飛ばして首を宙へ飛ばす。

 どっと倒れ伏す海賊達。

 それを見ていた後に続く海賊達は怯んで足を止めた。

 アルトリウスを中心として、ぽっかりと円状に空白地が出来る。

 さすがに体力を切らし始めたアルトリウスであったが、ゼイゼイと息を荒げたまま気力だけを漲らせ、再び白の聖剣を掲げた。

 そしてアルトリウスを恐れ、距離を置いて様子を窺っている海賊達に向かい、挑発するかのように大声を放った。


「まだまだあ!どんどん掛かってくるのである!」





 アルトリウスと分かれたイヴリンは、巧みに周囲の森を利用して移動しつつ逃げ腰の海賊達を奇襲で攻撃し続けた。

 背後から襲われた海賊達はイヴリン達と干戈を交える事無く逃げ散っていく。

 中には隣に陣を張っていた同じ海賊と同士討ちを演じる不始末を演じる者達も出る。

 しかしその大半は一目散に自分達の船がある海岸に向かって逃げていった。

 海賊達の本陣から遠い場所は、海賊頭の統制も十分行き渡っているとは言えない様子で、予想外に反撃の厳しいアルトリウス砦の攻略には早々に見切りを付けていた者達が多かったのだろう。

 今回集められている小さな規模の海賊達は、うまい話があるからと言う事で集まっており、そのうまみが既に失われてしまった今、居残ってまで戦闘を続ける意義を失っていたのだ。


 そのためイヴリンからの奇襲攻撃で、あっさりと海目指して引き返し始める小海賊達が多数発生する。

 中堅の海賊の頭領達も、あまりにも激しいアルトリウス砦の反撃に辟易とし、撤退を考え始めていた。

 そこに奇襲を受けたため、別働隊の存在や応援部隊の来援を想像し、中堅の海賊達も撤退、と言うか敗走に近いがとにかく後退する者達が出始める。


「よし……良いぞ」


 また1つ奇襲を成功させ、小さな海賊集団を追い払ったイヴリンは、会心の笑みでアルトリウス砦を振り返りつつ森に姿を消すべく踵を返そうとした。

 しかしそこに見えたのは、海賊の主力に包囲され孤軍奮闘するアルトリウスの姿。

 最初は頼もしそうにその姿を見ていたイヴリンだったが、やがてその動きに違和感を覚えてじっと様子を窺う。

 はっとアルトリウスの違和感に気付いたイヴリンは思わず叫んだ。


「アルトリウス……!」





 海賊頭は苛ついていた。


 近くに居ない小海賊達が逃走し始めている事に気付いたからである。

 さすがにこの事態に至って踏みとどまるのは規模の大きい海賊達だけで、小海賊達は統制を取る間もなく敗走を始めている。

 所詮寄せ集めの集団であり、いくら脅かして戦場に縛り付けても最後まで戦わせるのは無理な事のだ。


「おらあ!逃げてんじゃねえ!殺すぞ!」


 周囲で及び腰の海賊を見つけては威迫して統制を図るがはっきり言ってきりがない。

 そして逃げる者達がちらほら出始めている事に配下の者達も気付き始めている。 

 未だ自分の正面では帝国人将官が剣を振り、槍や大矢を投擲して海賊達の攻撃を撥ね除け続けていた。

 それを見てちっと忌々しげに舌打ちする海賊頭。

 あんな化け物のような活躍を見せられて怖じ気づかない方がおかしいのだ。

 自分の正面で丸盾を構えているだけの海賊達ですら、アルトリウスが鬼神のように活躍する姿を見て怖気を振るっている。


「くっそ!あいつ1人にしてやられてんじゃねえか」


 事実砦には全く手が付けられていない。

 一回は堀や逆茂木を越えて壁に取り付いたものの、その後アルトリウスの活躍に幻惑されてしまっている。

 また攻勢を加えた第1陣の者達も、砦からの投射兵器の一斉攻撃を受けて既に全滅。

 その後はただただ無尽蔵に続く砦からの投擲攻撃と、別働隊による奇襲、そして何より正面からやって来たアルトリウスの活躍に一方的にやられているのだ。


 しかし海賊頭には1つ、アルトリウスに対して試みようと考えた作戦がある。

 どうにもアルトリウスに効くという確証が持てないので実行をためらっていたが、今やらなければこのまま海賊集団が瓦解してしまう。


「……いっちょ試してみるか?」


 そうつぶやくと海賊頭は周囲に伝令を走らせた。

 しばらくして集まってきたのは、手弓や弩弓を持った海賊達。

 今まではあまり活躍する場がなく、結果的に温存された形になった者達だった。


「お頭、どんな戦法ですかい?」

「勝算があるんですかねえ?」

「良いからよく聞け」


 口々に質問を投げかけるその海賊達を一喝し、海賊頭が徐に口を開いた。


「あいつだって手は2本しかねえ、いくら矢筋が見えるって言っても、防げんのは2本の手だけだ。しかも奴には盾がない」

「……まあ」

「確かに……」


 海賊頭の言葉に、不安そうだった海賊がアルトリウスの方を見ながら頷きつつ応じる。

 確かにアルトリウスの武器は投擲兵器と剣のみで、防御用の盾は持っていない。

 部下達の様子を見て海賊頭はにたりといやらしい笑みを浮かべた。


「全方位から当たるまで矢を射続けろ。背後は別の兵に設置式の大盾を持たせて守らせるから、心置きなくやれ!」



 ゼイゼイと肩で息をしながら群がる海賊達を倒すアルトリウス。

 しかししばらくして攻勢が途切れた事に違和感を覚えて周囲を見回すと、海賊達の動きが変わっていた。


「……!しまったのであるっ」


 疲れていたので察知が遅れた。

 海賊達はアルトリウスを包囲しようとしている。

 それを察したアルトリウスが慌てて一点突破を試みようと前に出るが、アルトリウスが前に出た分だけ海賊が一斉に下がった。

 焦るアルトリウスの耳に海賊頭の嘲るような声が届く。


「いつまでもてめえの相手なんざしてらんねえんだよ!」

「まあそう言わずにもう少し付き合って欲しいである」


 アルトリウスが穏やかに言うと、海賊頭はいきり立った。


「うるせえ!こっちはもう人も金も武器もなくして大損こいてんだ!くたばれ!」


 海賊達の構える盾の間から一斉に弩弓の筒先が突き出され、その後方から弓を引き絞るきりきりという音が聞こえてきた。

 しかも全方位から、である。


「……同士討ちしてしまうであるぞ?」


 アルトリウスが心配そうに言うと、更にいきり立って顔を真っ赤にした海賊頭が怒鳴る。


「やかましい!てめえに心配される筋合いはねえ!」

「まあ、ごもっともであるが……」

「多少怪我をしようがてめえさえ討ち取れりゃいいんだ!」


 少し冷静になった海賊頭が言うと、海賊達の弓を構える手に力がこもる。

 どうやら自由気ままで身勝手な海賊達も、さすがにアルトリウスの無茶苦茶な活躍について腹に据えかねたようである。


「むう、やり過ぎたであるかな?」


 単発、あるいは五月雨式に矢を射掛けられるのなら躱せる目もあるが、流石のアルトリウスもこの様に包囲されて全方向から狙われると躱す余裕が無いのだ。

 慌てて落ちている盾を拾おうと試みるが間に合いそうも無い。


「今更おせえ!やれ!」


 海賊頭の怒りの号令で、海賊達の構える弩弓と手弓からアルトリウス目がけて一斉に矢が放たれた。

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