表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/40

第23話 迫る危機

アルトリウスに鼻くそを2回もなすりつけられた伝令兵は、足早に司令官執務室を去る。

 最早アルトリウスにくっつけられた鼻くその事などすっかり忘れた伝令兵。

 今は一刻も早く州都に戻ってアルトリウス砦の実態を報告しなければならない。

 しかもアルトリウスは砦建設において規定を逸脱したのみならず、外敵誘致、不法滞在助長、敵性蛮族との外交交渉までもを行っている。


 しばらく滞在した上で内々に周囲の様子や砦内部の仕組みなどを探るよう言われていたが、アルトリウスにどうやら数々の非行を隠し立てする意思はないようである。

 非行である事にすら気付いていないのか、それとも気付いていながらやっているのか判然としないが、いずれにしてもここまであからさまに事実が表出していれば、内々も何もそもそも手間暇を掛けて探るまでも無い。

 伝令兵は主郭の下でアルトリウス隊の兵士から自分の馬を返されると、ぱっと馬に跨がり一気に駆け出した。


「あっ!?」


 驚くアルトリウス隊の兵士を尻目に、砦を訪れていたアルビオニウス人達を撥ね飛ばしかねない勢いで西門に向って駆け向う伝令兵。

 街中や砦内部での騎乗走行は周囲に危険を及ぼすので禁止されている。


 途端に周囲から悲鳴や怒号が上がった。

 しかしその抗議の言葉や転倒時の悲鳴に一切関わる事無く、伝令兵はアルトリウス砦の内部を駆け抜けると中央広場を直角に曲がる。

 何も無理に入退場の手続きが必要な南門を通る必要は無い。

 開け放たれている北東西の何れかの門から飛び出した方が早いと考えた伝令兵は、差し当たって東門を目指して馬を走らせた。

 そしてアルトリウス隊の門衛兵士の制止を振り切って砦の外へ飛び出すと、一目散に州都を目指してアルトリウスの敷設した街道を直走るのだった。








「さて……敵は近いであるな」


 伝令兵が規則を無視して砦内を騎乗走行して駆け抜けるのを砦内部に向けて設けてある矢狭間から見送ったアルトリウスがつぶやく。


 今、これからが正念場。


 自分がこの北西辺境の地に何を残せるか、何を為し遂げられるかの試練が迫っている。


 応援は得られないだろう。


 おそらく州都の何者か、当然貴族の手の者達が色々と画策しているに違いない。

 直近の第10軍団には、すぐここアルトリウス砦の救援に赴けないような内容と場所に対する命令が下されている事だろう。

 加えて既に物資の定期配給が遅れている。

 督促の手紙は出しているが、おそらく肝心要の事態に間に合うまい。

 そして伝令兵の報告が程なく行われる。


 アルトリウスを害すべく、帝国内の敵が一斉に動き出す。


 あの伝令兵の州都帰還と同時にこの砦は孤立無援の状態に置かれる事が決まったのだ。

 むざむざやられるつもりは無いが、よしんば大敵を撃退したとしてもその後アルトリウスを待つのは、詰問と非行に対する処分であろう。

 それに税銀の横領で拘留されるかも知れない。

 いずれにしても困難な未来が待ち受けている事に違いないのだが、アルトリウスはにっと口角を笑みの形に引き上げる。

 当然ながらただやられてやるつもりは無い、策は有る。

 それに頼りになる仲間や部下が居る、面倒見の良い上司も居る。


「まあみんなの協力を得て、無い頭を絞ってみるのであるかな?良い知恵が出るかも知れないのである」


 差し当たっては様々な罠を含んでいる税銀の措置だ。

 アルトリウスは振り返ると、集まって居た頼りになる部下や仲間達に指示を出す。


「いかな足の遅い公務船と言えども出発時期から考えればもうそろそろ到着するであろう。道中困難であろうからなあ……我は兵100名を率いて荷馬車を用意し、税銀の受け取りに向かうのである……そこで」


 アルトリウスは一旦言葉を切ると、ロミリウスに向き直って指示の言葉を発した。


「ロミリウスはガストルク城塞のレーダーと第10軍団のポエヌス将軍のもとへ応援要請に向うである。恐らく何らかの妨害工作が為されているであろうから、無理押しはしなくて良いである。身の危険を感じた場合は速やかに帰還せよ」

「了解です」


 アルトリウスの指示を受けてロミリウスが静かに一礼し、南へ出発する準備を行うべく部屋から出て行くと、アルトリウスは次いでメサリアに顔を向ける。


「メサリア、資材や武具購入の為に公金支出を行うので準備と手続きを頼むである」

「了解致しました」


 メサリアがアルビオニウス人の秘書官達に指示を出し、自分に宛がわれた机で早速書類作成に取りかかる。

 アルトリウスはその隣に居たカルドゥスへ声を掛けた。


「カルドゥス!砦に残り防御戦闘準備をせよ。槍や矢弾、木材、縄や綱、鎖、セメント、石材、油の類いは帝国からでは無くアルビオニウス人から買い入れるである。金銭はメサリアと、購入先はレリアと相談するである」

「承知致しやしたぜっ」


 力強く胸を叩くように敬礼したカルドゥスは兵に指示を出しつつ砦の倉庫へ向うべく部屋を後にする。

 壁と一体化されている倉庫群から武具を出して手入れを行い、矢狭間や弩砲台に何時でも撃てるよう矢弾を集積するのだ。

 それと同時に足らない武具や補充すべき物資の確認も行う。


「レリア、カルドゥスの物資購入について、周辺の部族に話しを付けて欲しいである」

「分かりました」

「イヴリン、補助兵達の指揮権を預ける。彼らを率いて砦東側の山に身を潜めるのである、必要な物資を受領していく許可を与える」

「了解だ」


 アルトリウスから依頼されたアルクイン族の2人は相次いで頷き、そして互いの顔を見合わせて頷き合うと部屋から出る。

 レリアは官営旅館に逗留している部族の連絡役にアルトリウスから依頼された件について話をしにいくのだろう。

 イヴリンは丁度領内巡回から帰還したアルビオニウス人戦士の下へ向った。

 たった100名の補助兵だが、使い所を間違えなければ大きな効果を生み出す事が出来るだろう。


「シルヴィア、ダレイルのマッカーレイに応援を求めたいので、使者を務めて欲しいである」

「……ん、分かった」

「そ、それはさすがにまずいのではありませんか?」


 アルトリウスの大胆な指示にメサリアが戸惑いの声を上げる。

 アルトリウスが帝国の応援を得られない事について確信しているのは、はっきりとした根拠は分からないものの、彼の左遷経歴や何らかの妨害を受け続けている事を臭わせ続けている本人の言動から一応納得出来る。


 それに付随して急遽戦士を雇い入れる事も分かるが、余り仲の良くないアルビオニウス人部族の、しかも有力な族長に応援を求めては後々紛議の種となりかねないし、何より蛮族に対して大きな借りを作る事となる。

 その借りが帝国の手足を縛る事態も考えられる以上、メサリアとしては賛成しかねる指示であるのだ。

 しかしアルトリウスは特に気にした様子もなく答えた。


「メサリアの懸念も尤もであるが、おそらくその懸念はマッカーレイにはあたらないであろう」

「それはどういう根拠があっての事ですか?」

「まあ強いて言えば、きゃつはそんな小人物では無いと言う事であるな」


 アルトリウスはそう言いつつ1つの書状をメサリアに手渡す。

 メサリアがその立派な装丁の書状を手にとって見れば、それは件のマッカーレイからの物であった。

 驚くメサリアの顔を面白そうに眺めながらアルトリウスが言葉を継ぐ。


「見れば分かるのであるが、我が前に南部でブリガンダインを成敗したのが余程気に入ったらしいのである。その礼と今後の支援を約する書状である」


 確かにアルトリウスの言う通りの内容が流麗な西方文字で綴られており、マッカーレイの教養の高さと義理堅さが伺える内容になっている。


「……分かりました」


 渋々納得して書状を返すメサリアに、アルトリウスは笑みを浮かべて言葉を継いだ。


「うむ、加えて我が一時的に砦を離れる間は、この砦に居残るメサリアが司令官代行として職務を全うせよ」

「わ、私がですか?」


 今度は固まるメサリア。

 確かに自分以外の将官は百人隊長のカルドゥスとロミリウスしかおらず、しかも2人は準備や応援要請の為に砦から出てしまう。

 レリアやイヴリン、シルヴィアはアルトリウスの個人的な雇用による人材であるし、何より帝国の軍籍にも官籍にも所属していないので代行に任命する事は出来ない。

 改めて自分以外に居ないという事に気付いて慌てふためくメサリアだったが、意地悪い笑みを浮かべてアルトリウスは何も言わない。


「そ、そそそんなっ!?」

「なあに、我が戻ってくるまでの間である」

「そうは言ってもっ」

「大丈夫大丈夫」

「なっ……く、くくうっ」


 全く根拠の無さそうな軽いアルトリウスの太鼓判に悶えるメサリア。

 帝国軍人として出来ないとは死んでも言いたくないが、こんな最前線で街とも砦とも取れない不思議な空間の責任者などどうやって務めれば良いのか?

 行政については軍政で囓った事もあるし、砦の運営も事務手続きを主体に経験がある。

 しかしその両方をそつなくこなすなどという奇特な才能は持ち合わせていない。


「メサリアの他に居ないのである、まあメサリアであればきっちり務まるであるから、大丈夫大丈夫」

「う、わ、分かりました……」


 最後にぱんぱんと肩を叩かれて諭され、仕方なしにメサリアは代行職を受け入れた。

 確かにアルトリウスが税銀を受け取ってここに戻ってくるまでの僅かな期間、戦準備と物資購入を進めつつ砦内の商人や族民達を差配していれば良いのだ。

 冗談じゃ無い。

 仕事の内容や手順を考えるだけで頭が痛い。

 でも自分がやるしか無いのだ。


「は、早く戻って来て下さいアルトリウス司令官っ」

「おう」


 涙目で縋るように近づいて言うメサリアに、アルトリウスはそう答えると、顔を上げた。

 自分も準備をしなければならない。


「では、各々任務を全うするである!」






 主郭の階段を下りながらアルトリウスは誰も居ないその場でつぶやく。


「やれ平民であるとか、蛮族であるとか、辺境であるとか、女であるとか、左遷であるとか、それは全て小さい事であろう……我はここでやれ貴族であるとか、高位高官であるとか、帝都であるとか、帝国人であるとか言って威張ってる連中に目に物見せてやりたいのである!」


 重い扉に手を掛け、歯を食いしばり力を込めて開きつつ言葉を継ぐアルトリウス。


「人の幸せは人それぞれ、それを見つけてこその地位であり場所であるのだ。1つの基準が全てでは無い!」


 木々や草花の香りをたっぷり含んだ爽やかな風。

 冷水湧き出す泉や噴水。

 緑濃い森林。

 真っ白な雲の映える青々と広がった大空。

 無骨な丸太や木材を巧みに組み込んで作られた建物。

 蛮族と呼ばれる民が多く行き交う石畳の街路。

 誰しもが笑顔で、明るく話す明るい街並み。

 その光景を堪能してからアルトリウスは言った。


「左遷万歳、辺境万歳である。我の生きる場所はここにある!」







アルトリウス砦西方の海域



 公務船の船長は目標に近づきつつある今の現状を呪っていた。


 船着き場など無い場所に公務船を停泊させ、小舟を使用して税銀を下ろせと命じられたからである。

 てっきりアルトリウス隊長とやらが停泊場でも造っているのかと思えばそう言う事では無いらしい。

 これはアルトリウス隊長にとっても寝耳に水のはずだと高官は漏らした。

 自分達が州都ルデニウムの港を出港したと同時に伝令が出発しているので、おそらく迎えは出ているはずだと言う高官。


 砦からの迎えの兵が居れば揚陸は手伝って貰えるだろうが、その確実さに欠ける情報に船長は苛々を募らせる。

 税銀などと言うただでさえ重くて取り回しの難しい物を揚陸するのに、小舟を使わなければならないというのでは、大変手間暇がかかる。

 それにちらほら姿を見せ始めている海賊船団も気になるところだ。

 今はまだ護衛の海軍戦艦が居るので仕掛けてこないものの、揚陸中に襲われるのは避けたい。


 どれだけの海賊が潜んでいるか分からない現状でわずか4隻の戦艦を公務船の直接護衛から外して追撃させるのは危険すぎる。

 戦艦に乗り組んでいる海軍将兵達も緊張をずっと保ち続けるのは不可能であるし、何らかの形で今のこの危険で厄介極まりない任務を終えてルデニウムに戻りたい。

しかし高官はアルトリウス砦から迎えが来るまでは動くなと言う。


 その時、小さな川の河口付近にちらちらと動く物が見えた。


「船長!アルトリウス隊と思われる隊旗が振られています!」


 帆柱に設けられた見張り台の上から、見張り員が叫ぶ。

 その報告を聞いた船長は思わず大きくため息をついた。

 アルトリウス隊長とやらはよく気が付く人物のようだ。

 いずれにせよこれで厄介な任務と場所から解放される。


「停泊準備!小舟を下ろせ!」


 船長の命令で公務船は進行方向を陸へと変えるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ