第21話 アルトリウスの施策
積載していた他の属州からの税銀を一旦ルデニウムの公務倉庫へ陸揚げし、改めて北西属州の南部で徴収された税銀が公務船に積み込まれる。
その量は大判金貨換算で5千枚、実際に徴収された銀貨で50万枚にも達し、それを指示した高位官吏を載せ、公務船団は一路アルトリウス砦を目指す。
同時にアルトリウス充てに公金保管の命令が下り、伝令騎馬兵がその命令書を携えてアルトリウス砦へと向かったのだった。
その頃アルトリウス砦では、司令官のアルトリウスがガストルク城塞から大量に運び込まれてきた酒樽や食料の詰まった箱を満面の笑顔で眺め回していた。
早くもガストルク城塞との間には、突貫工事で作った2本線の道路から発展した砂利敷きの道路が敷設を完了し、近隣の村々に帯する道路建設も順調。
また3か村へレリアが順番に布令を出して回り、100名の部族戦士が補助兵として雇われた。
戦士達は装備を自弁し、指定された砦内の噴水前に集合している。
アルトリウスは当初戦士達を2月単位で交代して雇用する計画を立てていた。
しかしながらその指示を伝達に族長の村へ向かったレリアから、村の規模が小さく壮年男性の数もそう多くない為に30名をいっぺんに交代させる事は難しいとの報告が上がってくる。
そこでアルトリウスは半数の15名ずつを交代させる事とし、交代するのも最初を除いて4月に変更したのであった。
その部族戦士達は、みな生活の度合いを反映している為なのか、背こそアルビオニウス人らしく高く、顔も身体も髭もじゃであるものの、細身で顔色は悪く元気が無い。
一般的に帝国人の抱く補助兵、筋骨隆々で雄叫びを常に上げている様な蛮族戦士と言ったものとはかけ離れた姿であったのだ。
「……大丈夫?」
これには部族が違うとは言え同じアルビオニウス人であるシルヴィアも静かに目を見開いて驚き、アルトリウスにそう問い掛ける程であった。
しかしアルトリウスは少しも気にした風も無く答える。
「大丈夫なのである!肝心なのはこれからなのである!」
そんなアルトリウスら帝国側の主要人物を前に、緊張の面持ちで集合している戦士達。
大方が粗末な鎖帷子や革の鎧を身に纏い、アルビオニウス戦士の持つ楕円形の大盾を持っており、また長剣や長槍を手にしていた。
隊列も装備もばらばらの戦士達を前にして、アルトリウスは切り株で出来た指揮台へゆっくり登壇すると、声を張り上げる。
「戦士諸君!私がこの砦の責任者のガイウス・アルトリウスである!君たちは本日から我が砦の補助兵として雇用された!任務と訓練は厳しいが給金は規定通り支払う!長い者で4月後、短い者で2月後に交代要員が来れば君たちは一旦村へ帰る事になるが、希望者は定員割れがあれば優先的に雇うので申し出るように!」
アルトリウスの指示と訓示を与えてから降壇すると、続いてカルドゥスが登壇した。
そして額に青筋を浮かべ、大きな身体を膨らませる様にしながら怒声にも似た大声を戦士達に向かって放つ。
「俺は訓練担当の百人隊長カルドゥスだ!今日たった今からてめえらの上司だ!良いかよく聞け!これから20日間は帝国流の情け容赦ねえ訓練だ!泣いても笑っても帰れねえからな!そこんとこ覚悟しとけよ!」
どっちが蛮族か分からない様なカルドゥスの宣言に、続いてロミリウスが苦笑しながら交代して登壇すると、静かに話し始めた。
「私は執務担当の百人隊長ロミリウスだ。皆のこれからの任務分担や職務について担当するので宜しく……早速だが諸君のこれからの仕事について説明しよう」
ロミリウスはそう言うと手にしていた書類を幾つかめくってから言葉を継ぐ。
「先程カルドゥス百人隊長から説明があったとおり、厳しい訓練を20日間受けて貰う。その後アルトリウス砦の管轄地域における巡回警戒任務と街道敷設に分かれて就いて貰うことになっているから、そのつもりで」
そう言うとロミリウスはアルトリウスに目配せし、頷くのを確認してから壇を下りた。
最後にもう一度アルトリウスは登壇すると、腰に手を当て戦士達を眺め回した後に、カルドゥスに負けない様な大声で宣言する。
「以上解散!」
「えっ、それだけですか?」
降壇したばかりのロミリウスが思わず反応すると、アルトリウスはそのままの格好でちょっと考えてから言い直した。
「詳しい事を聞きたければ後ほど執務室まで来るのである!解散!」
「……変わってない」
シルヴィアの突っ込みを綺麗に無視して、アルトリウスは広場を後にするのだった。
戦士達への顔合わせが終わってアルトリウスがシルヴィアを伴って向かったのは南門。
そこではアルトリウスのもう一つの施策が実施されようとしていた。
山のように積み上げられた食料や馬糧、矢や投げ槍、兵器の予備部品等の戦略物資。
ガストルク城塞を通じてそれらを大量に持ち込んだのは、州都ルデニウムに店舗を持つ御用商人であるディオスコロイ商会。
発祥を西方諸都市国家群に持つこの商会、実は西方帝国がこの島に進出してくるよりも早くこのルデニウムに拠点を作って様々な物を取り扱っていた。
このディオスコロイ商会を中心にした西方人が、基礎となる集落を築いたのが州都ルデニウムの始まりである。
その後アルビオニウス島に進出してきた西方帝国が本格的に都市を造営し、軍団を駐屯させて帝国人を入植させ、農地と都市を切り開いていったのだ。
今回、アルトリウスは砦を造営するにあたって、ディオスコロイ商会に砦への出店を持ちかけたのである。
物資を持ち込んだ荷馬車の商隊を差配してきた2人の男は、背格好から顔立ちに髪型、そして当然年頃も同じ。
着ている物も同じ西方諸都市風の特徴ある貫頭衣であるが、違うのはその色合いだけである。
2人は同時に振り返り、そして同時にアルトリウスを見つけ、更に同時に商人らしい笑顔を浮かべて言った。
「「これはアルトリウス司令官、ご無沙汰しています」」
「おう、久しいであるな」
「この度はわざわざのお声掛け、ありがとうございます」
青い色の服を着た男が言うと、アルトリウスはにっこり笑顔を返して答えた。
「いやいや、ルデニウムで一番古い商会に声を掛けずして何とする」
自分の言葉に相好を崩す2人に、アルトリウスは更に言葉を継いだ。
「しかし、わざわざ商会の会頭が2人揃ってこんな僻地に来てしまって店は大丈夫なのであるか?別に系列店の出店でも良かったのであるが……」
「ははは、平民の英雄アルトリウス司令官の頼みとあらば、他の者達に任せる訳には参りません」
もう片方の白い服を着た男が答える。
ディオスコロイ商会は古いだけあってルデニウム商業組合の重鎮。
規模こそ中堅であるものの、のれん分けをした商店や下請けの商会も多い。
そもそも中堅という地位に留まっているのも儲けや商業規模を拡大して、帝国の行政に睨まれたくなかったが故になのである。
帝国も最近は西方人やセトリア内海人も同胞と認め、法制や税制において帝国人と同程度まで寛容さを示すようになってきているが、それまでは帝国人上位主義をあからさまにしており、西方人の商人達にとってはやり難い面もあった。
西方帝国にはその不便さを補って余りある市場規模と商品があるので、彼らも進出を止めないのだが、西方人商人はその際帝国人商人との衝突を極力避ける為に、商業規模を落とす事が多かったのだ。
今では西方諸都市発祥の大規模商会も珍しくなくなりつつあるものの、どういう意図があるのか分からないがディオスコロイ商会は未だ中堅商会という枠から外れるつもりは無いようである。
「では兄会頭殿、出店場所へ案内しよう」
アルトリウスは白い服を着た男にそう声を掛けると、驚く2人を後にして歩き始める。
「お、お待ち下さい司令官っ」
「どうして兄が兄と分かったのですか?」
相次いで声を掛ける兄弟に、アルトリウスは片眉を上げて振り返る。
「そのままであろう?兄は兄、弟は弟であるな」
「そ、それはそうですが……」
「私どもが知りたいのはその見分け方でして……」
アルトリウスの謎かけのような言葉に、慌ててつつも返答する兄弟。
いつもは衣服の色でしか見分けを付かせず、同じ動作をすることで相手を煙に巻くと同時に会話や交渉の主導権を握っている2人。
単純ではあるが、簡単な齟齬を相手に生じさせて弱みとも言えないような弱みを握るのは意外と効果がある。
今は必要ないが、何れアルトリウスと真剣勝負の商談や交渉をせねばならない日が来るやも知れず、その際にこの手が通じないとあれば色々考えなければならない。
しかしアルトリウスは双子の心配を知ってか知らずしてか、自信満々に明るい声であっけらかんと答えた。
「見れば分かるのである!」
「「……」」
絶句する他無い双子の手練れ商人。
その答えが本当であるのならば、入れ替わってしまうと言う最終手段すら見破られてしまうと言う事だ。
もうここまで来れば、交渉術云々の話では無い。
双子のこれまでの経歴や存在意義に関わってくるものだ。
取り敢えず今度は同じ色合いの服を着て挑戦することを密かに誓い、2人はアルトリウスの後に続くのだった。
双子がアルトリウスに案内されたのは、砦内にある噴水前の一角。
それは正方形の木造2階建ての建物で、この建物は内部で4分割されている。
アルトリウスはその内の一つ、1番中央側で目立つ場所を双子に割り当てると言うのだ。
「会頭殿に入って戴く棟は全て商業関係者に入居して貰う予定である。あっちの棟は公衆浴場と酒場付きの宿泊施設、それからこっちの棟は行商人などが利用する一時的な貸店舗であるな」
既に出来上がりつつある木造の建物を指で示して説明するアルトリウス。
その言葉に一々頷いていた双子の商会会頭だったが、内心では驚嘆していた。
確かに外郭と一体化した兵舎や倉庫、木造ではあるが重厚な主郭、それに四つ角へ設けられている塔には矢狭間や弩台、弩弓砲台が多数覗いており、ここが最前線の砦である事を主張しているけれども、内部にこれ程一般の施設を設けている所は知らない。
北西辺境属州は、西方帝国の紛争を抱える国境地帯の中においても小競り合いや小規模な戦いの多い場所で、砦もそれこそ大小無数に設置されており、ディオスコロイ商会の2人も他の砦に何度も出入りした事があるのでその内情は知っている。
大体は殺伐とした雰囲気が漂い、捕虜にされた蛮族が拷問されていたり奴隷にされていたり、また戦いの痕跡が生々しく残っているのが大半で、とても砦で商売や客を招待するような雰囲気は無い。
戦いの痕跡や蛮族奴隷についてはまだ造営したばかりの砦で、本格的な戦に曝されていないと言う事もあるだろうが、最初から宿泊施設や商店用の建築物を設けているのは始めてである。
そして驚かされたのはそれだけでは無い。
「アルトリウス、村々から希望者を連れてきた」
アルビオニウス人の女戦士に連れられて、同じアルビオニウス人の男女が十数人、普通にやって来たのだ。
「おうイヴリン、御苦労であるな!」
「いや大したことじゃ無い」
アルトリウスの言葉に少し照れたように微笑んだイヴリンは、驚く双子の商会会頭の前で村人達を前に押し出して言う。
「彼らは帝国で働いても良いそうだ」
「うむ、宜しく頼むのである!」
アルトリウスが満面の笑みでそう言うと、驚いた青い服の会頭が言葉を発した。
「彼らは?奴隷では無いようですが……」
「うむ、この砦の宿泊施設や酒場で働いて貰うのである」
アルトリウスの答えに絶句する会頭達。
信じられないことに砦に敵対勢力であるアルビオニウス人を入れると言うのだ。
その会頭達の横を今度はアルビオニウス人の戦士達が隊列を組んで行進していった。
「えっ?」
「ん?ああ、あれは補助兵である」
再度驚いて絶句する双子会頭にアルトリウスは事も無げに言い放った。
「ほ、補助兵?アルビオニウス人を雇ったのですか?」
普通補助兵は蛮族を雇うにしても全く縁の無い場所、例えばここアルビオニウスであれば、大陸のクリフォナム人やオラン人を雇って連れてくるのだ。
ところがアルトリウスはそれこそ敵であるはずのアルビオニウス人の戦士を、個別では無く補助兵として見ただけでも数十名単位で雇っている。
「うむ、理由は色々あるのであるが、まあ、そういう事である」
「そ、そうですか……」
会頭達は互いの顔を見合わせる。
これは下手をすればすぐにこの砦は陥落してしまうかも知れない。
しかしそんな心配を見越したのか、アルトリウスは2人の肩を叩きながら自信たっぷりに言った。
「なあに、心配はいらんのである」
「はあ、しかしこの様にたくさん蛮族を入れてしまっては、防備上問題があると思うのですが……」
「根拠は何でしょうか?」
内心を見抜かれてしまった2人は、逆にアルトリウスにその内心の疑問をぶつけることにしたのだが、その答えは意外な物だった。
「うむ、ここは砦であって砦で無いのだ。つまりここを交流の場としても活用するのであるが、まあ有り体に言えばここで帝国とアルビオニウス人の交易を積極的かつ大々的に実施するのである」
「ここを?」
「交易拠点に?」
2人の驚愕の表情を見て胸を張り、アルトリウスは自信満々に言った。
「いかにも!ここは以外と海岸にも近い。簡単な桟橋を設ければ、帝国の船はもとより、アルビオニウス人の船も立ち寄ることができる。まあ海賊には注意せねばならんであるが、何ほどのことも無い!お主らも公明正大に商売に励むが良いのである!」




