第18話 城塞帰還
ガストルク城塞
「ようやく帰り着いたであるな」
「……長かった」
アルトリウスがガストルク城塞の北門を遠望して言うと、シルヴィアが頷きながら応じる。
しかしシルヴィアは途中参加。
シルヴィアの言葉を聞いて、本当に長い道中をアルトリウスと共にして来たイヴリンとレリアは苦笑している。
「シルヴィア、お主は途中からであろうが」
アルトリウスが訝って聞くが、シルヴィアは首を左右に振って言う。
「でも長かった……」
「……そ、そうであるか」
「お帰りなさい、アルトリウス司令官!」
「おう、任務ご苦労であるな!」
ガストルク城塞に到着したアルトリウスは、門衛から声を掛けられて応じる。
そして城塞の中に入るが、そこでも会う兵士や将官ごとに帰還を祝う言葉や労いの言葉をかけられ、面食らう。
「アルトリウス司令官、お疲れ様でした」
「おう、変わりないようで何よりである」
「アルトリウス隊長、お疲れ様」
「うむ、そちらもお疲れ様である」
「大変でしたなアルトリウス司令官」
「何の何の、この3名が助けてくれたので楽ちんだったのである」
「司令官、ご無事で!」
「おう、そう簡単にはくたばらんであるぞ」
「アルトリウス様……どうもお疲れ様です」
「う、うむ……その方もいつもご苦労なのである」
「アルトリウス隊長、この野菜をどうぞ」
「お、おう、有り難うなのである……代金はこれで」
「いえいえ、結構です」
「そうはいかんである」
最初こそ辺境に勤める者達特有の仲間意識の発露かと気にしていなかったアルトリウスだったが、その内城塞で下働きをしている者達や、出入りの商人から声を掛けられ、更にはアルトリウス隊の兵士達からも満面の笑みで迎えられるに到ってようやく眉を顰める。
「どうも大変なご活躍みたいで、何よりでさ」
「お役目お疲れ様でした」
「カルドゥス、ロミリウス……一体何が起こっているのであるか?」
久しぶりに会う2人の信頼出来る百人隊長に対し、挨拶や労いの言葉もそこそこに質問をぶつけるアルトリウス。
その質問を聞いたカルドゥスとロミリウスは互いの顔を見合わせる。
それからロミリウスがアルトリウスへ逆に質問を投げかけた。
「全くご存じないのですか?」
「……何のことかさっぱり分からんである。主語を言えである」
アルトリウスは憮然と部下に先を促す。
「他でもありませんや、アルトリウス隊長の武勇譚がここガストルク城塞まで轟いているんでさ」
「何と?」
続いてにやけた口から発せられるカルドゥスの言葉に目を剥くアルトリウス。
多少は噂になるだろうと思っていたが、それもあくまでアルビオニウス人ら部族側に対しての話である。
まさか帝国側に自分の行動の話が伝わり、しかも大々的に喧伝されているとは思いもよらなかったのだ。
「何としたことか……これは失敗であるなあ」
思わずこぼすアルトリウスに、レリアが小さく問い掛けた。
「どうして失敗なんですか?」
「ううむ……帝国側に聞こえてしまうのはとても良くないのである。我はそれで一度失敗しているのである」
小さい声で答えるアルトリウス。
西方国境での苦い思い出が胸中に湧き起こる。
あれも意図したことでは無かったが、自分の活躍や行動が英雄物語のように語られ、噂が広まってしまったが故に、それを聞いて知った上司に妬まれたのだ。
妬みは思いだけに留まらず、直接的な行動となって露わとなり、アルトリウスを後から撃った。
アルトリウス自身は左遷転勤だけで済んだが、世話になっていた人々は敵の再侵攻に遭い、凄まじい報復を受ける羽目になったのである。
後日その事実を知ったアルトリウスは、二重に打ちのめされることになったのだ。
「……州都へ我の行動は報告されているのであるか?」
「まだですぜ……最初は辺境情勢の報告をするって予定だったみてえですが、当の本人が帰還してから詳しく事の成り行きを聞いて報告しようって事になったみてえです」
アルトリウスの質問を訝りながらも答えるカルドゥス。
彼にしてみれば自分の行動がもてはやされ、しかも良い噂がそのまま自身の活躍として報告されるのだ。
軍人としては名誉なことであるし、誇るべき事であるのにアルトリウスの渋面を見て首を捻るカルドゥス。
自分の功績を隠したり、忌避したりする事に思いいたらないのだが、これは逆に真っ当な軍人や官吏であればむしろ自然な考えだ。
特に軍人は手柄を立ててこそ、の世界に生きているのである。
人の手柄を横取りしようと狙っているとんでもない連中も決して少なくないようなこの軍人の世界において、真っ当に得られた功績を誇らない者など居ないのだ。
「これは早めに手を打って報告を潰さなければならんであるな」
アルトリウスの言葉に顔を見合わせるカルドゥスとロミリウスであったが、砦の主郭へと足早に向うアルトリウスを引き留めるようなことはしない。
「まあ、ウチの隊長はちっと変わっちゃいるが……間違いはネエからなあ」
「それこそ“間違いない”だろうな」
カルドゥスの言葉に同意するロミリウスであった。
ガストルク城塞、主郭会議室
途中庁舎警備の兵士から主要な将官が会議室に集まっていると聞いてやって来たアルトリウスは、無遠慮に大きな音を立てて部屋へと入ると、元気良く帰還の挨拶を発した。
「ただ今帰ったのである!」
「ただ今じゃ無いでしょう!」
「うおうっ?」
たまたま近くにいたメサリアが突如激高し、そのまま立ち上がるとアルトリウスの胸倉を掴み上げる。
周囲にいたレーダーを始めとする将官達は、あ~あ~といった少し気怠げな様子でその光景を見つめているが、誰も止めようとはしない。
アルトリウス不在中のメサリアが溜めたストレスは大きい。
州都や軍団への報告や連絡に加えて、そこから為される問い合わせへの回答。
ガストルク城塞に一時的に間借りしているアルトリウス隊への補給品の請求と受け取り場所の指定。
ガストルク城塞の首脳陣との打ち合わせや連絡会議など、本来アルトリウスがしなければならない仕事が全てメサリアに回ってきてしまったのだ。
補佐して貰えそうな百人隊長の内、どちらかと言えばそういった事務や折衝に長けているロミリウスは測量任務で不在であり、脳味噌筋肉男を地でゆくカルドゥスは全く使えなかった。
その上カルドゥスはメサリアを女は戦場で役に立たないと馬鹿にしていることもあり、アルトリウスから下命された任務を最優先にしているという理由を盾になかなか手伝いをしない。
たった今の爆発も無理からぬものであったし、その発散のおこぼれには預かりたくないと将官の誰もが思った故の反応である。
「一体何をしていたんですか!」
「あ~情勢視察であるな」
とぼけた答えを発するアルトリウスに、目を怒らせたメサリアは絶叫した。
「ウソツキっ!」
「嘘では無いのであるぞ~実際周辺部族の村々と交流を持ってであるな……こう、まあ色々とな?」
そう言いつつ付いてきたレリアやイヴリン、更にはシルヴィアを見て意味ありげな笑みを浮かべるアルトリウスに、メサリアは額の青筋を一層強く浮き立たせ、更にはアルトリウスを締め上げている手に力を込めた。
「1人増えているじゃありませんか!」
「おう、ダレイル族の女戦士、シルヴィア嬢である」
「始めまして……シルヴィア……でっす」
胸倉を掴まれたままの体勢にも関わらず、アルトリウスは器用に手を伸ばすとシルヴィアを示し、示されたシルヴィアはぱっと片手を上げてメサリアに挨拶をする。
その無表情ながらも剽軽ともとれる挨拶に、ひるみを見せたメサリアだったが、すぐに気を取り直して言い返す。
「だ、誰も紹介してくれとは言っていません!」
「そうであったか?」
「きーっ!」
「ぬおう?」
相変わらずのとぼけた返事を返した後、更に激高したメサリアがアルトリウスの首を絞めにかかり、アルトリウスは驚いて叫び声を上げる。
それをイヴリンやレリア、それに加えてシルヴィアが止めに入り、場はますます混沌とした状況に陥るのだった。
「何もこの数か月我は遊んでいた訳では無いのである」
まずは面前に居並ぶ将官達にそう声を掛けるアルトリウス。
しばらくしてからようやく将官達が介入し、制止されたメサリアが落ち着きを取り戻すとアルトリウスはアルビオニウス人の戦士達を外へ出し、将官達に説明を始めたのだ。
「地理と道筋はこの図面の通りである、また周辺の部族や集落の境目、勢力圏、おおよその人口や戦士の数など我が見た限りのことを記してきたのである」
そう言いつつ自分が密かに作成を続けていた地図や情報を記した帳面を開くアルトリウスに、将官達は驚きと感嘆の声を上げながら見入る。
それらの資料を食い入る様に見つめていたメサリアが、ぽつりと漏らした。
「すごい……」
「そうであろう!」
「あっ……?」
得意げなアルトリウスの声が自分のすぐ背後から聞こえたことに動揺を表すメサリア。
思わず漏らした感嘆の言葉を思い、恥ずかしさを覚えて顔を赤らめる。
しかしアルトリウスはそんなメサリアの様子を気にした様子も無く、得意げに腰へ手を当てて声高らかに言う。
「これで我が遊んでいた訳では無いと言う事が分かったであろう!」
その場にいたメサリアを含めた将官達が全員何度もアルトリウスの言葉に頷く。
今度は文句なし、満場一致である。
「ロミリウス!」
アルトリウスはその反応を満足げな笑みを浮かべて眺め回すと、少し離れた場所でカルドゥスと共に居たロミリウスを呼び付けた。
「お呼びでしょうか?」
「うむ、測量はどうであったであるか?」
ゆっくりと近寄り、言葉を発したロミリウスにアルトリウスは問い掛ける。
「ここから10日程度行った場所に適所を見つけました。下命されたとおり、測量も既に終えています」
「よっし!カルドゥス!」
ロミリウスの言葉を聞き、嬉しそうに拳を握り込むと、次いでアルトリウスは砦造営用の部品となる材木や資材を整備製作していたカルドゥスを呼ぶ。
「ここにいやすぜ」
しかし次に呼ばれることを予想してアルトリウスに近付いていたカルドゥスは、間髪入れずに返答した。
「おう、では資材搬送の準備に掛かるのである」
「承知いたしやしたっ」
にやりと不敵な笑みと共にカルドゥスが返答する。
アルトリウスはやはり嬉しそうな笑みを浮かべて頷き、今度は前にいるレーダーへ目を向け、そしてなかなか無茶な要求を出す。
「レーダー、ガストルク城塞に配備されている荷馬車を根こそぎ動員して貰いたい。何、借りるのは行って帰っての20日と、荷下ろし作業に必要な1日の合わせて21日間のみである」
「分かりました。兵も200名程手伝いに出しましょう」
荷馬車が20日間も無いと、平時の輸送や補給物資の搬送のみならず、緊急事態の即応にも対応し辛くなるのだが、レーダーが全くためらわずに返答すると、アルトリウスは笑みを深くしてから宣言する様に言った。
「よし、では明日から皆にきりきり働いて貰うのである!」
同時期の州都、ルデニウム属州総督府、石造りの行政庁舎の廊下。
その暗がりで2名の官吏がひそひそと暗い表情で言葉を交わしている。
「アルトリウス隊長を放置するな、行動に掣肘を加えろ……とのことだ」
「とは言っても手段は限られていますが?」
「その限られた手段を着実に実行する他あるまい。ただし砦が出来ない事には仕掛けも施せない……砦の造営完了と同時に始めよう」
「分かりました」
「小手調べに銀を使うか……交付税の一部を使おう、すぐに税銀の移送を一旦止める」
「承知致しました。では移送準備の不備を理由に移送を止める事に致します」
 




