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第17話 アルクイン族

 アルクイン族、ファンガス村・中央広場


「死ね!」

「あ~申し訳ないのであるがその要望には応えることが出来ん。ごめんなさいであるな」


 鋭い長剣の一撃が黒い短髪頭目掛けて振るわれるが、すんでの所で白い剣に防がれる。

 忌々しそうに自分の攻撃をなんなく防いだ剣の持ち主、アルトリウスの顔を睨み付ける若いアルクイン族の戦士。

 そのまま若い戦士はぎちぎちと柄が軋むほどの力を込めるが、アルトリウスの構えは微動だにしない。


「くそ!」

「ヴィクターとか言ったか?幾らやっても無駄である」


 悪態をついた若い戦士、ヴィクターにそう言うと、アルトリウスはくるりと剣を返し、ヴィクターの剣に込められた力を流す。


「うわ?」


 思い切り込めていた力を抜くことも出来ず、アルトリウスの流した方向へとつんのめったヴィクターはその手を押さえられ、地面へと俯せに抑え込まれてしまった。


「……そら、これでまたお主の負けであるな」


 首筋に白の聖剣を突きつけ、つまらなさそうに言うアルトリウスへ、ヴィクターは言葉で噛み付いた。


「まだだ!俺はまだ負けちゃいない!」

「……その台詞を聞くのはもう17回目であるぞ、いい加減にして貰いたいである」

「お前なんかに……お前なんかにイヴリンを取られてたまるか!」


 ヴィクターを抑え込んだままアルトリウスは今日何度目かのため息を再び吐いた。


「事の経緯については氏族の長も納得しているのである……それは諦めるのである」

「俺は承知していない!」

「イヴリン本人も納得しているが?」

「うっ……そ、それはっ!お前が無理矢理っ」


 アルトリウスの揶揄する様な言葉にヴィクターは言葉を詰まらせる。

 アルトリウスを必死に睨み付けるヴィクターであったが、その視線の先に現れた女戦士の顔を見て歯を食いしばり、言葉を発するべく口を開く。

 しかしそれよりも早くイヴリンから言葉が発せられた。


「私はアルトリウスについて行く。ヴィクター、悪いがお前の気持ちに応えることは出来ない」

「そ、そんな……!」


 余りにも絶望的なその言葉を本人から聞かされてしまったヴィクターは、発するべく準備していた言葉の全てを失い、それだけを漏らすように言った。


「まあ、そういう事であるぞ小僧……は~ん、モテル男は辛いであるなあ~?」


 アルトリウスは剣を収め、ヴィクターを片手と自分の体重を巧みに使って押さえ込みながらイヴリンの肉厚ながらしっかりとくびれた腰を抱く。

 イヴリンも悩ましげな表情から一転して嬉しそうな笑みを浮かべてアルトリウスの抱擁に応えた。

 そこにはかつて周囲の氏族や部族に武名を轟かせた女戦士の姿はもはや無い。

 呆けたように2人の姿を地面に押さえ付けられたまま見ていたヴィクターだったが、イヴリンがアルトリウスの首筋に顔を寄せるのを見てはっと我に返る。


「き、貴様!イヴリンに何をした!怪しげな術でも使ったんだろう!そうに違いない!」

「……また凄い所へ発想が飛ぶものであるな」

「ヴィクター、お前……」


 アルトリウスがげんなりした表情でつぶやき、イヴリンは少し恥ずかしそうに言う。

 その2人に力一杯叫ぶヴィクター。


「イヴリンを解放しろ!帝国の幻術遣いめっ!!」


 呆れかえったアルトリウスとイヴリンは同時にため息を吐き、それぞれ言葉を発する。


「なかなかに怪しげで愉快な呼称であるが、残念なことに我はただの軍人であるぞ?」

「落ち着けヴィクター、アルトリウスは強いが幻術は使わない」

「くそっ!イヴリン!正気に戻ってくれ!」


 それでも諦めないヴィクターは、アルトリウスの身体の下で必死にもがきながら叫び声を上げるのであった。






 ダレイル族の地を荒らし回っていたブリガンダインの一党を文字通り壊滅させ、攫われていた女達を助け出したアルトリウスは、最寄りの村であるデレットール村へ彼女たちを送り届けた。

 驚き慌て、そして大いに喜んだ村長はアルトリウスの為人とその武力を信用し、村個別ではあるが協定を結ぶことに同意したのである。

 必死に引き留める村長を振り切り、アルトリウスはブリガンダインの拠点を教えてからレリアとイヴリンを連れて村を出た。


 何故かシルヴィアが同道したのはご愛敬。


 アルトリウス達はシルヴィアがついて来ることに難色を示す。

 しかし彼女はイヴリンやレリアの説得にも頑として応じず、アルトリウスの言葉にも首を左右に振って応じない。

 アルトリウスは仕方なしに彼女を同行することにしたのだ。

 途中、あちこちで寄り道をしながらアルトリウスは最後の目的地である、レリアとイヴリンの出身地である所のアルクイン族はファンガス氏族の治める村を目指す。

 寄り道した先で様々な事案に遭遇したアルトリウスは、解決に一役も二役も買いつつファンガス村までやって来たのであった。


「そうムキになって人助けしなくても良いのじゃないか?」

「何を言う!我の人生の目標は人助け!目的は人助けである!究極には此の世になるべく不幸な者を少なくすることであるぞ!」


 イヴリンの言葉にばっとマントを翻し、明後日の方向を右手人差し指で示したアルトリウスは、その目をきらきら輝かせて宣言するように言う。

 本気か冗談か受け止めかねた3人は互いの顔を見合わせてから、未だ天を指し示し格好を付けているアルトリウスを曖昧な笑みを浮かべつつ見る。 


「……ブリガンダインや盗賊は確実に不幸になってると思う」

「魔獣もですね」

「悪徳帝国兵もだな」


 シルヴィアがぼそりと言うと、すかさずレリアとイヴリンが応じる。

 しかしアルトリウスはめげずに言う。


「不幸になる者は不幸になるべくしてなるのである!」

「そ、それは……」

「違うと思うぞ?」


 レリアとイヴリンは顔を引きつらせて言うと、最後にシルヴィアがぴっとアルトリウスを指さして言った。


「彼らは……アルトリウスが不幸にした」

「うん、まあ……そうとも言うな!」


 分が悪いと悟ったのか、アルトリウスは天を指していた手を下ろし、うんうんと頷きつつ腕を組んで3人の言い分を認めると歩き出す。


「結局……止めないんだな?」

「当然である!」


 イヴリンの問い掛けに、何故か自信たっぷりに答えるアルトリウスであった。






 そのアルトリウス一行であったが、ようやく目的地であるファンガス村に到着すると同時に騒ぎが持ち上がった。

 イヴリンの帰還を知ってヴィクターという若い戦士が結婚を申し込んだのだ。

 しかしイヴリン本人は元より、アルトリウスがこれを拒んだことで騒ぎとなってしまう。


「イヴリン!お、俺と結婚してくれ」

「ヴィクター、好意は有り難いが……すまん」

「そ、そんな!何故だ!」


 思い切って村の広場で帰還したばかりのイヴリンに告白するヴィクター。

 突然の出来事に少し驚いた様子ではあったものの、イヴリンは苦しそうにその申し入れを断った。

 しかしヴィクターが諦めずに食い下がると、傍らにいたアルトリウスがその肩に手を置いて言葉を発する。


「まあその辺にしておくのである……残念だがイヴリンは諦めるのである」

「帝国人!何故貴様がイヴリンの結婚を拒む!」


 すかさずその手を払い除け、ヴィクターはアルトリウスを睨み付けながら食ってかかった。

 アルトリウスはどう説明したものかとしばらく難しい顔をしていたが、いたたまれない様子でその場に佇むイヴリンを視線の端に捕らえ、また周囲に集まってきたファンガス村の村人達を見て、心を決めた。


 ここは自分が悪者になる他無いだろう。


 アルトリウスはそう決心すると、にたありと見るからに嫌らしい笑みを浮かべてヴィクターを挑発するかのように言った。


「ふん、知れたこと、我が先にものにしたからであるな」

「な、ナニっ!?」

「ナニではない、イヴリンは既に我の女である」


 アルトリウスの宣言に村人は驚き騒ぐ。

 そして同行していたレリアやシルヴィアは言うに及ばず、イヴリン本人も驚いてアルトリウス見る。


「き、き、き、キサマああっ!」


 激高するヴィクターに胸倉を掴まれながら、アルトリウスは笑みを消さずに言葉を継いだ。


「悪いがイヴリンは諦めるであるな、これぞ早い者勝ちである、他を当たれである」

「ぶっ殺してやる!」


 騒然とするファンガス村の中央広場。


 呼ばれた村長が押さえる間もなく瞬く間に決闘騒ぎとなるが、呆気なく決着がつく。


 勢い任せのヴィクターは、その体格と力こそ村でも一二を争う立派なものだったが、力に加えて技を備えたアルトリウスの敵では無かったのだ。

 レリアの父でもある村長立ち会いの下、アルトリウスとヴィクターはイヴリンを賭けて真剣を交え、そしてアルトリウスが勝利した。


「……以上である、村長殿」

「うむ……真剣勝負の結果により、帝国の戦士長アルトリウスにイヴリンへの結婚申し込みについて優先権を与えることとする!」

「く、くそ!」


 アルトリウスの視線と言葉に鷹揚に頷いた村長ファンガスの言葉に、ヴィクターは悔しげに呻きつつ地面を叩くのだった。






 ファンガス村、村長館



 三角屋根を持つ、木造の立派な2階建ての建物がレリアの自宅でもある村長館。

 白木をそのまま使用し、丸太を要所に配置して自然木の雰囲気を上手く取り入れた典型的なオラン様式の木造建築物である。

 その1階、玄関を入ってすぐの場所に設けられた、会議等で使う事に出来る大広間に通されたアルトリウス一行は、村長と夕食を共にしながら会合を持つこととなった。

 そこでアルトリウスは、まず村長であり父であるファンガスから娘のレリアを連れ帰ってきたことについて礼を述べられた。


「アルトリウス殿、まずは娘の命を救って頂いた礼を述べたい、ありがとう」

「いやいや、何の、当然するべき事をしたまでであるので、礼は不要であります」


 アルトリウスも何時になく神妙な面持ちで言葉を返す。

 同席したレリアが父に続いて黙礼を送るのを笑顔で見返し、言葉を継ぐアルトリウス。


「それより騒ぎを起こしてしまって申し訳ないのであります」

「いや……まあ、深くは追及しますまい。ヴィクターもいつかアルトリウス殿の意図を理解できる日が来るでしょう」


 今度はファンガスが手を振ってアルトリウスが頭を下げるのを制した。

 アルトリウスが難しい顔で見返すのを、ファンガスは黙って頷くことで返答する。

 イヴリンの身に起こった不幸を、薄々察しているのだ。

 

 その後はアルトリウスが持ちかけた新造する砦とファンガス村の間での協定について話し合いが持たれる。

 娘であるレリアや村出身の戦士であるイヴリン、それに加えて北西の勇族ダレイル族の女戦士シルヴィアの口添えで、ファンガスはあっさり協定について同意した。


「拒む理由は何もありませんな。周辺の村や部族にも私から話しを通しておきましょう」

「それは非常に助かるのであります。以後はファンガス殿を仲介役として我と交渉を持つようにしてくれると助かるのであります」

「承知しましたぞ」


 そうしてファンガスとしっかり握手を交わすアルトリウス。

 ここにアルトリウスの部族行脚は終わりを迎えたのだった。







 満天の星空はどこでも変わらない。


 アルトリウスは毎日のように眺める星空を今日も眺める。


「さあて……今度はどうなるであろうか?我は果たして、何かを成せるであろうか?」


 普段の姿や言動からは考えられないほど、弱気で卑屈な台詞がその口からこぼれ落ちる。

 村長館の2階、与えられた部屋の窓際に椅子を寄せ、ちびりちびりと貰った酒を木杯であおりながら物思いに耽っていると、木製の扉を密やかに叩く音がした。


「アルトリウス、起きているのか?」


 そっと扉越しに掛けられた声はイヴリンのもの。


「おう」


 アルトリウスが言葉少なく応じると、鍵の掛けられていない部屋の扉がそっと開かれた。

 そして窓際にいるアルトリウスの元へやって来るイヴリン。

 鎧兜を脱ぎ、髪を下ろして薄い夜着をまとった姿に勇猛な女戦士の面影は無かった。


「……どうしたのであるか?」


 用件は分かっていたが、そう敢えて尋ねるアルトリウスに、イヴリンはしっとりとした様子で口を開く。


「アルトリウス……ありがとう」

「ふん……我は何もしておらんであるぞ?」


 アルトリウスが皮肉っぽい言葉を発したにも関わらず、イヴリンは首をゆるゆると左右に振りながら言葉を継いだ。


「名誉と秘密を、守ってくれた……自分の名誉を犠牲にして」

「それは……買い被りすぎであるな。我は交渉に有利になるように……」


 アルトリウスの言葉は、イヴリンの唇によって止められる。

 さらさらと言葉に代わって続く衣擦れの音。

 やがて、夜の空気がゆっくりと2人の間を流れ始める。


「……私の名誉と秘密を、あなたに貰って欲しい」


 イヴリンのその言葉と共に、長く濃厚な夜が始まるのだった。


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