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第16話 勇名拡大

 南部を荒らし回っていたブリガンダインがたった1人の帝国人の手によって文字通り壊滅させられたという噂は、あっという間にアルビオニウス人の間に広まった。

 100名以上の盗賊蛮族を何の怪我も無く討ち果たしたその帝国人は、村に何の対価も要求すること無く、攫われた娘達を故郷へ送り届けることだけを村長に約束させて去ったと言う。

 ダレイル族のマッカーレイは、その話を実際に襲われた村であるデレットール村の村長より聞いて愉快そうにその大きな身体を揺すり上げて笑った。


「帝国人にも面白い者が居るようだな!」


 精鋭戦士300名を率い、デレットール村の救援にやって来たマッカーレイだったが、既に事件は解決したと恐縮しながらいう村長へ寛大な笑みを浮かべて言う。


「事が解決したのならば何も言うことは無い。娘達はわしが責任を持って送り届けよう……しかし、まあ、面白い!ああ、被害に遭った村長には悪いが、何と面白い事件であることか!」

「……恐れながら、アルトリウス将軍のことでしょうか?」

「うむ、その帝国人は将軍なのか?」


 恐る恐る言葉を返す村長へ笑顔のまま問い直すマッカーレイに、村長は一際深く頭を下げて言葉を継いだ。


「いえ、正式には司令官……下級の戦士長であるようですが、我が村の者は皆彼の者のことを将軍と呼びます」


 将軍という呼称は、西方帝国においては軍団長や管区を受け持つ国境守備隊長以上の上級司令官を示す言葉である。

 しかしアルビオニウス人の持つイメージとは少し異なる。

彼らアルビオニウス人から見れば、帝国人で凄まじく強いアルトリウスに対し、敬意とその強さを表したのだ。


 彼らからすれば司令官も軍団長も隊長も変わらない。


 それこそ西方帝国の戦士長という印象しか無いのだが、将軍という言葉には、自分達における大族長に似た意味合いが含まれており、少し格が違う。


「アルトリウス将軍か……会ってみたかったな」


 大族長マッカーレイは顎を撫でながらちいさくつぶやくが、その声色には本心からの興味と畏敬の念が込められていたのだった。






 何故か引き続き同行を申し出たシルヴィアを加え、旅の道連れ4人となった一方のアルトリウス。

 レリアとイヴリンの故郷であるアルクイン族の居住地を目指して進んではいるものの、あちこちに寄り道を繰返していた。

 それこそレリアやイヴリンから見て意味の無いような寄り道であったが、アルトリウスは同行者達に分からないよう、こっそり地図を作っていた。

 地勢や高低差を読み、河川や沼沢地を把握し、森林の樹勢を記す。

 部族の者達が使用する道の状況や接続先を調べるが、それを同行者や部族に悟られないようあちこちの村に寄り道しては宿泊を繰返すアルトリウス。


 しかしそんな中でも彼の伝説は膨らんでいくこととなる。 





 ある月夜、盗賊団に襲われた村へ颯爽と現れた帝国人。


「助太刀致すである!」


 見るなり一声を放ち、その帝国人は白く光る剣を縦横に振り、苦戦していた村人を救うと瞬く間に首領と盗賊の主要メンバーを討ち取ってしまった。

 そしてその首を村長に手渡して言った。


「我は西方帝国北西辺境担当司令官のアルトリウスである。間もなく砦を立ち上げるので是非立ち寄って貰いたい」


 そしてその帝国人は礼を尽くそうとする村人達の誘いを丁重に断わり、3人のアルビオニウス人の女戦士達を従えて去って行った。






 野獣に大切な畑やその作物を荒らされ、困り果てていた村に立ち寄った帝国人の一行は、村長からその被害の状況を聞くと、野獣退治を買って出た。

 止める村長や村人の言葉をやんわり制し、その帝国人は一緒に連れてきていた女戦士2人と一緒に山へ分け入る。

 3日の後、巨大な猪の頭を枯れ木で作った棒橇に載せ、無事戻ってくるとその帝国人は驚く村長達を宥め、倒した野獣の群れを放置した場所を教えると言った。


「我はアルトリウスという西方帝国の司令官である。我は近々砦を作るのでな、まあ仲良くしようではないか……その証に野獣の肉や皮はすきにして良いである」


 それだけ告げると、その帝国人は何も受け取らず村を後にした。

 村が時ならぬ大収穫で潤ったのは言うまでも無い。





 別の村では、数日降り続いた後の大雨で小川の流路が変わり、畑や村の一部が水浸しとなった。

 小麦の播種の時期が近づいており、必死に農地を元に戻そうと奮闘していた村。

 そこに現われた一行を率いる帝国人は、宿を求めると同時に村の様子を聞いて言う。


「難儀なことであるな……まあ、我に任せておくのである」


 その後帝国人は妙な道具を作って出かけ、しばらくして戻ると村長を説得してからアルクイン族の貴族令嬢に差配させて村人を組織し、水路を拓いた。

 かつての小川の流路から大きく外れ、別の川へと到る水路を開削させたのだ。

 それまで元の小川へ何とか水を押し戻そうとしていた村人達だったが、水路完成と伴に水はどんどんと村の周囲から流れ出し、数日で村は元に戻る。


「必要があれば深く掘るである……豊作の暁には我の砦に持ち込んで欲しいであるな。高く買い取るであるぞっ」


 作業の終わるまでの数日間、村に逗留した後帝国人はそう言って去った。

 翌春、氾濫によって運ばれた肥沃な土のお陰で村は大豊作となる。






 悪徳帝国兵に収奪を受けた村。


 ここにやって来て宿を求めた新たな帝国人アルトリウスは、恐怖と警戒の目で村人達から見られることとなった。

しかし、これを察したアルトリウスは自分は村はずれに控え、レリアやイヴリンが村長と折衝させる。

 加えてシルヴィアが子供達から村の事情を聞き出すに至り、アルトリウスは3人に後事を託して夜1人村を後にした。

 そして国境の砦へと向った帝国兵の一隊が砦近くで奪った物を隠していた所を補足し、これを叩き伏せて村から奪った財貨や食糧を回収するアルトリウス。

激しく抵抗した主犯格の帝国兵は斬り殺してしまったが、残った帝国兵は脅かしてそのまま砦へ連行し、守備隊長へ引き渡すと同時にその非を責める。


「無辜の民から物を奪うとは言語道断である!」


 アルトリウスは守備隊から兵を動員し、奪われた物に加えて砦の食糧を詫びとして少し足し、村へと戻ると驚く村人達の目の前に奪われた財貨と食糧を積み上げて引き渡し、こう告げた。


「我が近々砦を造営するが、今後はこんな事の無いようにするので許して欲しいである」







 ガストルク城塞、レーダーの執務室



道行く行商人が悪路に嵌まり足を痛めていたのを助け、困窮している家族が居れば無償で金を与え、無頼兵や盗賊を退治して回る帝国人アルトリウス将軍。

 そんなアルトリウスの名はアルビオニウス南部でどんどん高まり、遂にはガストルク城塞にまで聞こえるようになった。


「何をやっているんですかあの人はっ?」

「さあな。ただ、まあ……人気は凄いことになっているな」

「それは分かっています!」


 メサリアがヒステリックに叫ぶのだが、レーダーは首を捻る。

 アルトリウスの最終的な意図が分からない上に、その本人がここには居ないのだからどうもしようが無いのだ。

 確かに周辺の情勢を探るとは言っていたが、人助けや大々的に自分の名前を晒してまで何かを為すとは聞いていない。

 しかしそのお陰で善い悪いは別にして、新たな砦造営の話しが広まった。

 砦の造営自体は隠すような話では無いのだが、これを知ったことによって妨害を仕掛けようと考える者が帝国側蛮族側を問わずに出現する可能性は高まってしまっただろう。


 アルトリウスは特に帝国側に敵が多いので、レーダーは陰湿な嫌がらせを危惧していた。

 一方の蛮族側については、アルビオニウス諸島の雄を自認するリガン族が恐らくは不快感を示し、何らかの妨害を企てると思われるが、近隣の部族は、アルトリウスについて悪い噂どころか新たな英雄として見る風潮まで出始めており、妨害の心配はないだろう。

 むしろ積極的に砦造営に関わりを持とうとする可能性があり、過度の介入や参加について心配が要るくらいである。


 アルトリウスの盛名は辺境に関する諸情勢として州都へ報告を上げなければならないほど高まってしまっており、その報告をしなければならない立場のメサリアとレーダーは非常に、そして大いに頭を悩ませていた。


 アルトリウスの名が高まるのは良い、はっきり言って悪名では無いからだ。


 お陰で西方帝国の威信も近年他に無いほど大いに高まっている。

 しかし本来帝国軍から砦の造営を命じられたはずの辺境担当司令官が、自分の赴任地外の場所をフラフラと彷徨い歩いては人助けをしているというのは、如何なものか?

 既にガストルク城塞に到着してから3か月余りが過ぎており、ここで行われていた砦造営の下準備らしき大工仕事も既に終了しているが、未だ司令官であるアルトリウスは不在で、それ以上は何も進んでいないのだ。


 今は整えられた木材や石材は、ガストルク城塞の中庭の隅へきっちり積み上げられ、上には分厚い野営用の天幕がかけられて保存されている。

またセメントや縄、釘といった資材類も既に所定数が揃えられていた。

 後は現場に行って造営作業に入るばかりとなっているのであるが、カルドゥス率いるアルトリウス隊の半分の兵士達は、それ以上やることも無く日々訓練と遊びに全勢力を費やしていた。


 本来指揮をするべきアルトリウスは、部下を余所にきっと今もアルビオニウスの村々を回っては、人助けに精を出していることだろう。


「レーダー警備隊長代行……ああ、ムス隊長もこちらにいらっしゃったんですね」


 伝令兵がそんな悩みの深い2人の元にやって来た。


「どうした?」


 部下の登場で気を取り直したレーダーが問うと、伝令兵はゆっくりと言葉を発する。


「ロミリウス百人隊長率いる測量隊が戻りました」

「ああ、分かった……しかしアルトリウス司令官は不在だ。しばらく疲れを癒やして貰うよう手配と指令を代行して出しておくことにしよう。良いかなムス隊長?」


 伝令兵の言葉に頷きながら、レーダーはそう言いつつメサリアを振り返る。


「そうですね……」


 そこでようやくメサリアも気を取り直し、頷きながらレーダーの言葉に同意した。






 ガストルク城塞、中庭



「よう!久しぶりだなロミリウス、首尾はどうだ?」


 3か月の長きに渡る砦造営の好適地探しと測量で、すっかり汚れきったロミリウス百人隊長率いる測量隊は、中庭に入った所でカルドゥスに呼び止められた。


「ああ、カルドゥス、首尾は上々だ」

「おう、それは何よりだぜ!」


 ロミリウスの回答に機嫌良く往時ながらカルドゥスはその背を乱暴に叩く。


「おい、加減してくれ。まともな物を食っていないんだ。弱った身体に響く」


 ロミリウスが髭ぼうぼうで垢に汚れた顔を顰め、乱暴な所作で背中を叩き続けるカルドゥスに抗議する。

 しかしカルドゥスは更に笑いを深め、機嫌良さそうに言葉を継いだ。


「わはは、違いねえな!まあ無事で任務達成したんだ。十分な飯を準備させるからたらふく食うといいぜ!」

「ああ、部下共々世話になる、済まないな……まあしかし、風呂へ入るのが先だ」


 部下達に荷を下ろしてから風呂へ行くよう命じると、ロミリウスは自分の上司を探して中庭やその周囲を見回す。

 その行動の意味を悟り、カルドゥスは更に言葉を継いだ。


「アルトリウス隊長ならいねえよ。お前さんが砦を出た直後に出てったぜ。周辺部族との折衝と情報収集だとよ」

「……そうか、まだ戻っていらっしゃらないんだな?」

「ああ、そのアルトリウス隊長は今やすっかり有名人だぜ!」


 そう言うとカルドゥスはアルトリウスの活躍と、最近アルビオニウスの南に流布されている噂話をロミリウスへ披露した。

 疲れに染まっていたロミリウスの顔がほころぶ。


「なるほど……それではこっそり測量をする意味は無かったかもしれないな」

「まあな、でもまあ砦については策があるらしい。何か詳しくは知らねえんだが……アルトリウス隊長はロミリウスの測量が全てだってこぼしてた」


 そう言って肩をすくめ、カルドゥスは少し間を置いてからそれまでの戯けたような雰囲気を霧消させ、真剣そのものの顔でロミリウスに問い掛ける。


「で?どうなんだ?」

「どう……とは?」

「……まだるっこしい遣り取りは無しにしようぜ」


 自分の問い掛けにとぼけた返答を寄越したロミリウスへ、カルドゥスは少し声を潜めて言う。


「測量だよ、どうだったんだよ?」

「アルトリウス司令官が上げた幾つかの地点を測量してから検討してみた結果、良い場所を見付けた」


 カルドゥスはロミリウスの言葉に身を乗り出し、態度でその先を促す。

 ロミリウスは自分達の周辺に、アルトリウス隊の兵士達以外に誰も居ないことを確認してからカルドゥスへと向き直ると重々しく言った。


「ここから10日ほど行った所にある小山だ……」

「ふん、そこが俺たちの新任地か?」

「ああ、アルトリウス隊長はカルドゥス、お前の資材準備が砦造営の肝だと話していた」


 鼻を鳴らして言ったカルドゥスへロミリウスが笑みを浮かべながら言葉を返すと、カルドゥスは不敵な笑みを返して言った。


「ふふん、まあその点については心配いらねえよ。俺たちの持てる技術を出し尽くして精度高い資材を造りあげてるぜ!」


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