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第12話 オウェニ族

 ガストルク城塞より4日後、オウェニ族の主邑


 ひなびた蛮族の田舎村。


 そう言った表現がぴったり来るサルクン村は、円形の竪穴式住居が立ち並ぶ質素な村であり、膝下ほどまで掘り下げられた円形の穴の上に、木材や麦藁、木肌で作られた壁や屋根がある、真性の蛮族村である。

 これがある程度文明化しているアルクイン族になれば、基礎部分を石で作った木の家や、木と石で作った外壁が村の周囲を囲んでいるのだが、このサルクン村は簡素な柵と浅い水掘があるだけの本当に小さな、そして粗末な村であった。

 一応畑らしきモノが村の外には広がり、野菜や麦が育てられているようであるが、粗放的で原始的な農法は見ていて哀れなほど。

 アルトリウスも驚きで目を丸くするくらいの佇まいであった。


「この村の戦士は勇敢なんだ、でも数が少ないし武器も悪い。部族として勢力もすごく小さいし、族民も少ないので仕方ないんだ」


 驚くアルトリウスの横に並んだイヴリンが申し訳なさそうに言う。

 確かにこれでは人口は増えないだろう。

 他に2つ、合計3つの村しかないオウェニ族。

 勇敢ではあっても小部族の悲しさ、周囲に威を張る大部族の圧迫と南から迫る西方帝国の圧力、更には定期的に襲ってくる山賊や海賊、ブリガンダインに耐えかねてとうとういずれかの勢力への降伏を選択せざるを得なくなった。


 大部族に降伏すれば部族は丸ごと飲み込まれ、同化の果てにオウェニ族は名はもとよりその存在すら残らないだろう。

 西方帝国に降伏すれば、部族の存続に興味の無い為政者達の元、部族名は残るだろうが待ち構えているのは過酷な徴税と法治主義。

 しかしオウェニ族は部族会議で、その将来性と部族名存続を掛けて西方帝国への降伏を決めたのであった。


「ふうむ、どんな部族かと思っていたのであるが……これは、んまあ~すさまじいものであるな」


 イヴリンとレリアの案内で村に入るアルトリウスだったが、汚泥と家畜の糞に満ちた村の道を歩き、自分の長靴が泥にまみれてゆくのを見て顔をしかめる。

 臭気もすさまじいが、イヴリンとレリアは全く気にした様子も無く、アルトリウスの少し前を歩いていく。

 しばらく進むうちにもやせた犬が3人に向かって吼えたぐり、鶏や豚が道路を無秩序に横切り、更には牛や馬が路傍でぼたぼたと糞を垂れ流していた。

 顔色の悪いオウェニの族民達がぎらぎらと目だけを光らせて家や扉の陰から覗いており、その異様な雰囲気の中アルトリウスたちは村の中心へと向かって歩く。


「ここが村長の家だと思います」

「う、うむ」

「……どうしたアルトリウス?」


 珍しく怯んだ様子のアルトリウスを不思議そうに見るイヴリンへ、アルトリウスは苦笑いを浮かべ、首を左右に振ってから答えた。


「言いたい事は沢山あるのであるが、今はまだその時ではないのである」

「そうか?」


 アルトリウスの言葉の意味を理解できず、イヴリンは首を右へ倒す。

 レリアはその先を進んで村長邸の扉を叩いた。


「村長さん、アルクインはファンガス氏族の娘、レリアです。今日はお話があって参りました」

「……オウェニ族族長のベンスンです。何故アルクインの方が帝国人と一緒に居るので?私どもにはお会いする理由も義務もありません。どうぞお引取り下さい」


 扉は開かず、その扉越しに村長と思しき疲れた中年男の声が聞こえて来た。

 レリアが困ったように眉根を寄せ、追いついて来たイヴリンとアルトリウスを振り返る。


「アルトリウスさん、どうしましょうか……?」

「うむ、まあそうであるなあ」


 アルトリウスも首を捻る。

 そもそも帝国人の自分だけでは話にならないだろうと考えて、レリアとイヴリンを伴って村を訪ねたのだ。

 そのレリアが駄目であれば打つ手は無いのだが、アルトリウスは村長の様子に少し思うところがあったので、諦めずに声を掛けた。


「村長殿、我はこの度オウェニ族の村々を治めるように言い付かったガイウス・アルトリウス北西辺境担当司令官である」

「アルトリウス……司令官ですと?」

「おう、如何にも我がアルトリウスである」


 しばらくためらうような男、村長ベンスンの息遣いが扉越しに聞こえ、やがて扉がゆっくりそして静かに開かれた。


「村長のベンスンです。どうぞ……本当に何もありませんが、おくつろぎ下さい」


 目の下に深いくまを刻み、腰の折れたぼさぼさ頭の男、オウェニ族長ベンスンが他の族民同様目だけをぎらつかせてアルトリウスを邸内へと誘う。


「ふむ、まあ良いか。ではお邪魔しよう」


 アルトリウスは少し考えてから邸内を覗き見、ベンスンの後から邸内へと入る。

 イヴリンが馬を村長邸の前に繋ぎ、レリアと共にアルトリウスの後へと続いた。





 オウェニ村、村長ベンスンの邸宅

 


 邸宅といっても、他の竪穴式住居よりは若干ましと言った程度の木造住宅で、中も外見とそう違わない質素で粗末な家具や内装である。

 塗装されていない木の壁と床に、唯一石で作られた暖炉がある。

 村での会合にも使われると思われる、大きな部屋へ通されたアルトリウス一行。


 丸太をそのまま組み合わせた、よく言えば豪快なテーブルにつく3人へ、ベンスンの妻と思しき中年女性がよろよろと水の入った木杯を盆の上に載せて現れる。

 テーブルの手前で転びそうになり、慌ててレリアとイヴリンが支えた。


「す、すいません」

「大丈夫ですか?」


 弱弱しい声を出すその女性に、レリアが心配そうに声を掛けた。

 それを見ていたアルトリウスはすっと立ち上がると、テーブルの上に盆を置いたその女性の肩を抱いて言う。


「ちょっとモノを尋ねたいのであるが、良いであるか?」

「は、はい」

「ここの食い物を幾つか持ってきて欲しいのである」

「食べ物ですか……?」

「うむ、調理する前の食材で構わんのである」

「は、はあ……分りました」


 見たことの無い帝国人らしい若い男に肩を抱かれた事で、どぎまぎしながらもその女性は頷く。

 もうすぐ夕食であり、既に用意されている食べ物を持ってくる事自体は難しくない。


「アルトリウスさん、どうして食材が必要なのですか?」


 女性が奥の部屋に立ち去ると、レリアが小さな声で問いかける。


「うむ、栄養状態を確かめねばならんであるからな」

「栄養状態ですか?」

「見たところ非常に貧しい生活をしているようであるからな」

「それはそうですが……」


 アルトリウスの意図を測りかねてレリアはあいまいな返答をする。

 西方帝国は自国の優れた農業技術を輸出し、支配地の農業生産力を高め、支配の強化に利用しているのは知っているが、それとて一朝一夕に果たせるものではない。

 少なくとも数年、十数年の単位で土地や作物を改良していかなくてはならない、気の長い作業なのだ。


 レリアから見ても確かにオウェニ族の農法は古く、また村の規模が小さいために十分な労働力が確保できず、貧困に喘いでいる様に見える。

 レリアが思い悩み、イヴリンが2人の話の内容についていけないでいると、先ほど奥へ姿を消した女性が、かごに幾つかの食材を持って現れた。


「こちらが今日の夕食です」

「ふむ、ちと見せてもらうであるぞ」


 アルトリウスはそう言いながら大麦と小麦が少し入った碗を取り、その中を確かめる。

 次いで数切れの葉野菜や小芋、小さな干した川魚に豚の燻製肉の切れ端が盛られた皿を見てアルトリウスは重々しく頷いた。


「うむ、なるほど」


 はっきり言って酷い。


 大麦と小麦の混じった物は恐らく水で煮て粥にするのだろうが、燕麦やカラス麦まで入った壮絶なシロモノであった。

 馬のエサにも劣る内容の食事で量も極々少なく、これでは満足に腹を満たせないだろう。


「昔はこんな事も無かったのですが……西方帝国と北の大部族が争い始めてからこんな有様です。お恥ずかしい限りです」


 女性がそう言いつつアルトリウスから食材を返されて受け取る。


「うむ、面倒掛けたのである。ありがとう」

「はい、では……」


 アルトリウスから鷹揚に礼を言われ、恐縮しつつ女性は大事そうに粗末な食材を抱えて引き下がった。

 アルトリウスが1人納得した様子でしきりに頷いているのを見て、イヴリンは首を傾げ、レリアは不審そうに眉根を寄せている。

 しかしアルトリウスは2人への説明を後に回し、黙ったまま考え込んだ。

 今年が特に凶作だったとは聞いていないので、農法が古く村人の需要を満たせるほどの生産がないのは以前からだろう。


 ただここまで困窮、貧窮する事は今まで無かったようなので、何か原因があるはずだ。


 アルトリウスは腕を組んで部屋の中を見回す。

 そうすると壁に村の文化水準から明らかにかけ離れている物を見つけた。

 アルトリウスは椅子から立ち上がり、その物体に近づくと丁度ベンスンが現れたので、その機会を捉えて質問をぶつけることにする。


「……何のお構いも出来ませんで、誠に申し訳……」

「あ~村長殿、それよりあの壁に掛かっている剣と盾の由来を知りたいのである」


 ベンスンの言葉を遮り、アルトリウスが指し示した先の壁際には、分不相応な大盾と長剣が立て掛けられていた。

 アルトリウスの見立てでは、拵えこそ部族風にされてはいるが、両方とも西方帝国製であろう。


「はい、私が西方帝国の街まで行って買い求めたものです……」

「ほほう?」


 ベンスンの説明にアルトリウスは興味深そうに頷く。

 これで合点がいった。

 かつて部族の戦士達は、村の様々な需要を満たすためにほかの部族や帝国の領域に対し、遠征略奪を敢行していたに違いない。

 また、勇猛な彼らは今までであれば傭兵稼業に精を出していた事だろう。

 ところが最近この周辺では大部族の勢力が拮抗してきただけでなく、進出してきてしまったので、にらみ合いはあっても大規模な武力衝突は無くなった。


 更には西方帝国が北上してきたので小規模で偶発的な衝突があっても、それぞれが傭兵団や自由戦士団を組織するような事態にはならなくなってしまっている。

 かつてはともかく現在小勢力に過ぎないオウェニ族は、大勢力である西方帝国や大部族を敵に回すわけにいかない。

 当然周辺地域に対して侵奪や略奪を実行すれば、それらの大勢力を敵に回すということを意味しているので、それが出来なくなった。

 結果、最近は傭兵の依頼もなく無闇に略奪も出来ないので、村外からの収入や戦利品の持込が全くなくなってしまったために、村は一気に困窮したのだろう。


 アルトリウスはすばやくその結論に至ると、しみじみとかつて自分が使っていた大盾と長剣を眺めているベンスンに話しかけた。


「村長殿、そう気を落とされずに願いたいのである」

「……はい」

「まあ、少し話を聞かせて欲しいのである」

「分りました……」


 アルトリウスが日常生活の苦労やオウェニ族の風習、勢力圏の広さなど、重要な事も織り交ぜながらあれやこれやと質問する。

 ただその内容は取りとめが無く、レリアとイヴリンは口こそ出さなかったものの訝しげな表情でその遣り取りを見守る他に無かったのだった。









 ベンスンとの会談を終え、その邸宅で一晩の宿を得る事になったアルトリウス一行。


 他の2人は村長宅で静かにしているようだが、アルトリウスは村に出てあちこちを歩き回る。

 粗末な貫頭衣にズボン、赤いマントをなびかせながら村を颯爽と歩くアルトリウス。

 しかし何処を見ても村は貧しく、その貧しさを持て余していた。


「かつては傭兵や略奪などで補完していたのであろうが、それが出来なくなった事で一気に貧困に襲われてしまったのであるな」


 そうつぶやくと、恐る恐る家から出てきた子供に、持参していた軍用の硬いビスケットを数枚手渡すアルトリウス。

 子供はそれを貰うと家へ脱兎のごとく掛け戻る。

 その姿を見送り、アルトリウスはため息を吐いた。

 支配する村がみなこの調子で困窮しているというのは、先ほど族長であるベンスンから聞いて分っている。

 辞令にはこの困窮しているオウェニ族の村3つをアルトリウスの統治下に置く事となっているが、この状況が全てならば統治どころの話ではない。


「まずは村々の生活状況を底上げせねばならんであろうな……はあ、なんと険しき道行である事か!」


 先ほどレリアの言葉には応じなかった村長ベンスンであったが、アルトリウスの赴任やその評判はある程度聞いており、また自身の村や部族を治めるという事も聞いている。

 故にアルトリウスの名乗りには応じたのだ。


「前途多難であるな」


 まさにその通り、アルトリウスは再び茨の道を歩かされる。

 他の村の様子も全てベンスンから聞いたが、一応全ての村を回った後に北の地へ赴く事にしているアルトリウス。


 まだまだ道行はこれからである。


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