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第11話 城砦脱出

 そのアルトリウスは城塞内の執務室前まで来ると、横を歩くレーダーに顔を向ける。


「レーダー隊長、では我はこのまま消えるので後をよろしく頼むのである」

「……え゛?」


 余りの衝撃的、というかむしろ刺激的な言葉に思わずしびれて身を固めるレーダーへ、アルトリウスはにんまりとワルイ笑みを浮かべて言葉を継いだ。


「我が消える事は誰にも言っておらんである」

「なっ!?」

「まあ、それぞれに仕事はしっかり言い付けて置いたので心配ないのであるが、万が一という事もあるので一応レーダー隊長には事の次第を告げておく」


 アルトリウスは淡々と言いつつ呆然としているレーダーを連れて執務室へ入り、窓の外を見る。

そこには先ほど視察した中庭の喧騒があった。

アルトリウスは、自分が居なくなった後も変わらず精力的に仕事を進める部下達を満足そうに眺めてから徐に鎧兜と赤いマントを外し、鎧櫃へとしまいながら口を開く。


「消えるのは他でもない、周囲の族民達の様子や暮らしぶり、部族の様子を探る為である」

「そ、それはっ……!」


 アルトリウスの説明に絶句するレーダー。


 そう言った視察や偵察によって情報を収集する事が、今後の国境守備に必要不可欠なのは、長年辺境で蛮族と実際に小競り合いを繰り返してきたレーダーにはよく分る。

 しかしたかだか砦とは言え辺境担当の司令官自ら敵地とも言うべきアルビオニウス人の集落や勢力圏、あるいは帝国との境目に潜り込んで情勢把握を行おうというのは、無謀を通り越して乱暴の域に入ってしまう行動だ。

 情報収集なら、降伏蛮族やそう言った事に長けた兵士を使えば済む話であり、何もわざわざ最高指揮官が危険な場所へ飛び込む必要は無い。


「まあ、ある程度は道中情報を収集しておったのであるが、帝国側だけの情報では十分とはとても言えんである。よって我が色々見てこようぞ」


 どうやって諌め、制止しようかと回らない頭で考えるレーダーの耳へ、アルトリウスの声が届く。


「この件で万が一我が死んでも誰の責任でもないのである」

「……そんな事を気にしているのではっ」

「分っているであるが、念のためである」


 そう言いつつアルトリウスはレーダーへやさしい笑みを向けてから言葉を続けた。


「万が一我が死んだときには、執務机の中に指示や今後の事について全て記載した物を残して置いたので、参考にして貰いたい」


 執務机の上板を叩きながら言うアルトリウスの言葉で、ようやく金縛りの解けたレーダーが口から泡を飛ばして思わず怒鳴る。


「そんなむちゃくちゃな指令がありますか!」

「うむ、隊員についてはお主の隊に吸収してやってくれればよいである。後はまあ、何とかなるであろう」

「私の話を聞いてくださいアルトリウス司令官!」


 歴戦の副隊長の一喝にも、全く意に介した様子を見せないアルトリウスに、再度レーダーは咆え猛る。

 しかしそれでもアルトリウスは動じることなく、さっさとアルビオニウス人風の緑色の長衣と灰色のズボンに着替え、サンダルから茶色の長靴に履き変えると、再び赤いマントを身に着けた。

 そして白の聖剣を斜め掛けした帝国風の剣帯で身に着けると、ちゃっと片手を上げて怒りと戸惑いで訳の分らなくなっているレーダーに言う。


「いやいやいや、分っているとも、ではさらばであるっ」

「お待ちください!」


 さっとレーダーがアルトリウスの袖を掴むべく腕を伸ばすが、アルトリウスは笑いながら軽やかにその手をかわすと、その後の追跡も逃れて執務室の扉を出る。


「アルトリウス司令官!くそ、誰かっ!?」


 しかし今はほぼ全員が何らかの作業をアルトリウスから割り振られており、残っている最低限の警備要員は外門や壁のみに配置されており、庁舎内には誰も居なかった。


「では、後のことは頼んだであるぞ!」

「アルトリウス司令官~っ!」


 あっという間に暗い廊下を走り去り、階下へと姿を消すアルトリウス。

 初老とは言えレーダーも身体を長年にわたって鍛え上げた将官であるのだが、アルトリウスの俊足には敵わず、その背中を見送る羽目となる。


「ぐっ……これではムス輜重隊長と何ら変わらないではないかっ」


 質が違うというだけで、アルトリウスに翻弄されているのはメサリアだけではないのだという事を嫌と言うほど思い知らされたレーダー。

 思わず愚痴をこぼし、その後ため息を吐くが、この現実は何も変わらない。

 しばらくの間アルトリウスが居ないという事を、他ならぬレーダー自身が隠し通さなければならないのだ。


 レリアは秘書である以上情理を尽くして説明し、別の仕事を割り振ってしまえばそう暴れたり不審がったりするような人物ではないが、蔑ろにすれば意趣返しをされるかもしれないという、静かな怖さがあるように感じる。

そしてもっと厄介なのはアルトリウスの護衛を自任しているイヴリンであろう。

 アルトリウスが居ない事知れば、彼に依存し過ぎているきらいのある女戦士は、どういった行動に出るか分らないのだ。


 頭の痛い事態だが、一番厄介なこの2人を何とか説得しておかないとアルトリウスの不在が露見して更に厄介な事になりかねない。

イヴリンとレリアを探さなければと思いつつ顔を上げたレーダーは、ふとある事に気が付いた。


「そういえば……あの2人はアルトリウス司令官の執務室に居たのでは?」


 そうレリアとイヴリンの事を口にしてみれば、改めて不安が募ってきたレーダー。

 慌ててアルトリウスの執務室へと戻ってみたものの、そこは当然ながらもぬけの殻。

 現在部屋の持ち主であるアルトリウスは先ほど階下へと走り去ったが、その部屋の持ち主自身はおろか秘書のレリアと護衛を自称しているイヴリンの姿も無い。


「ま、まさか……?」


 一旦アルトリウスに追いつく事を諦め、歩いていたレーダーだったが、はっと思い当たり、慌てて再び走り出した。


「アルトリウス司令官っ!!」

 





 ガストルク城塞、北小口門前



 ガストルク城塞の北側門に設けられた、小さな門は夜間外出用の小さな門で普段は閉じられているのだが、アルトリウスは職権を利用してその鍵の複製を手に入れていた。

 その門の前には、アルトリウスの入手した鍵を手にしたアルビオニウス人の小柄な女性と大柄な女戦士が旅装で佇んでおり、小柄な女性の後ろには立派な馬が曳かれている。


 その開いたままの北小口門へ、1人の男が勢いよく駆け込んできた。


「うむ、待たせたであるなっ」

「……大丈夫だ」


 息も切らさず走りこんで来て言うアルトリウスに、イヴリンが嬉しそうな笑顔で両肩に背負っていた荷物のうちの一つを手渡すと、レリアもにっこり微笑んで北を示してアルトリウスを促す。


「では行きましょう」

「おう!」


 レリアの曳いていた馬の手綱を取り、アルトリウスは元気よく応じると2人を従えて歩き出した。


「アルトリウス司令官!!」


 その時、上方から声が掛かる。

 アルトリウスが聞き覚えのあるその声に応じて、自分達が後にした城塞を仰ぎ見れば、矢狭間から1人の初老の将官が必至の形相で顔を覗かせているのが分かった。


「……レーダー、そのような所に無理矢理顔を突っ込むと、挟まって抜けなくなってしまうであるぞ」

「一切承知!それよりお戻りください!アルトリウス司令官、余りにも危険ですぞっ」

「……何故ばれたのであろうか?」

「私たちと行動を共にしていれば、自ずと気付かれるのではありませんか?」


 レーダーが顔を真っ赤にしてわめいているのを見て、アルトリウスが首を捻っていると傍らに居たレリアが気の毒そうな視線をそのレーダーに向けつつ言う。


「まあそうであるか……心配要らないのであるぞ!ちょっと行って来るのである」

「そんな訳には参りませんぞっ!」


 幅の狭い矢狭間に無理矢理顔を割り込ませて叫ぶレーダーを見て、気付かれた理由に納得しつつも笑いながら言ったアルトリウスに、レーダーは大声で言葉を返す。

 最初は蛮族や部族の様子を見て回るだけだろうと、少し高を括っていたところがあったが、アルクイン族の有力氏族に連なるレリアと、同じくアルクインの女勇士イヴリンを連れて行くとなれば話は変わってしまう。

 部族の主だった者達と直接話す事も出来るし、交渉も出来てしまうのだ。


 アルトリウスの意図していることは、余りにも危険で無謀。


 それに気付き、慌てて北門へと走ったレーダーの目に飛び込んで来たのは、その件の3人が仲良く北の街道を進む姿だったのだ。

 北門へ直接出るのをもどかしく思ったレーダーは、自分が3人の姿を見てしまった矢狭間に深く顔を突っ込んであらん限りの声を上げて制止を試みる。


「お戻りください!!」

「そう大声を出すでない、兵士や他の者達に気付かれてしまうぞ」


 幸いにもレーダーが顔を出しているのは壁の中に埋め込まれた形式の矢狭間で、今はアルトリウスの計略もあり、兵士は門付近以外に配されていないために誰も居ない。

 しかしアルトリウスのその言葉に、レーダーは口をつぐまざるをえなかった。

 事ここに至っては翻意させる事も、追いついて制止する事も出来ない。


「まあ心配はいらんのである、レーダーはしっかり留守をしてほしいである」

「うぬっ!……ぐぐぐ、し、仕方ありませんっ」


 下唇を悔しそうにかみ締め、断腸の思いでアルトリウスの言葉を受け入れるレーダー。

 血の涙どころか血の小便まで出そうな顔であるが、レーダーはようやく矢狭間から顔を引っ込めた。


「まあ、苦労性であるなレーダーも。砦の守備には実に相応しい性格である」

「誰が苦労を持ち込んでいると思っているのですかっ!」

「うおう!?」


 てっきり引っ込んだと思ったレーダーが叫んだので、驚くアルトリウス。

 矢狭間の方を振り返るが、レーダーが何処にいるのか分らないので、アルトリウスは声を掛ける。


「……まあ、頼むである」

「仕方ありませんな」


 一番手前の矢狭間からレーダーの声がそれに応じた。






 砦から北東方向に向かえば、降伏蛮族や協力蛮族と呼ばれているアルビオニウス人のアルクイン族や、カロウェニ族、ドゥムニア族といった部族達の住み暮らす地がある。

 そしてその先は真性蛮族であるアルビオニウス人北東諸部族の雄、リガン族が居るのだ。

 西や北にもそれぞれダレイル族やヘルカント族と言った大部族が控えている、文字通りの辺境であるこの地において、丁度その中間にあたる地域に居た小部族であるオウェニ族が、加えて西方帝国の与える南方からの圧迫に耐えかねて遂に降伏を申し出たのである。


 そのオウェニ族の統治を任され、更には中間地点に砦と統治拠点を築き、西方帝国の楔を打ち込んで置こうというのが軍上層部の戦略であった。

 しかしながら下手を打てば東西北の3方向から攻め込まれ、その戦略は根本から破綻するだけでなく、西方帝国の威勢を損なう恐れも十分にある。

 誰もが尻込みするこの困難極まる危険な任務に、左遷将官とは言えアルトリウスが充てられたのは、西方帝国にとってある意味僥倖と言えるだろう。


 もっとも、上層部にはそんな慧眼も意図も無いのは明白であったが……


「ここからしばらく行けばオウェニ族長の村に着きます」

「ふむ、まずはオウェニの族長殿と面会であるな」


 緊張気味のレリアに比べてアルトリウスは楽しげな表情で答える。

 レリアにしてみればオウェニよりアルクインの方が上位部族とは言え、自部族とは違う部族の族長に支配者である帝国人の将官を紹介しようというのだ。

 自分が帝国軍に捕らえられていたと言う事と相まって、今はアルトリウスに秘書という役割とは言え雇われている。

 これでは裏切り者とそしりを受けるのみならず、その汚名の元に処断されてしまっても文句は言えないのだ、緊張しないアルトリウスの方がおかしい。


「ううむ、実に楽しみなのである」

「そうか?」

「わ、私は不安です……」


 戦士の性質かアルトリウス同様余り気にしていないイヴリンに対して、レリアは顔をしかめている。

 アルトリウスは頼もしそうにイヴリンの肩をぽんぽんと叩き、励ますようにレリアの肩へそっと手を置いた。

 嬉しそうな笑みを浮かべるイヴリンに対し、引き攣った笑みを浮かべるレリアへ、アルトリウスはゆっくり、そして自信たっぷりに話しかける。


「まあ、こじれた時は逃げれば良いのである。お主ら2人くらい我が命とこの剣にかけて守ってくれようぞ!」

「ア、アルトリウスっ……!」

「アルトリウスさん……」


 ばしっと腰にある白の聖剣を力強く叩くアルトリウス。

 それに感激して目を潤ませ、イヴリンはがばっとアルトリウスに抱きついた。

 優しくその背をゆっくり叩くアルトリウスへ、レリアも信頼のこもった視線を向ける。

 アルビオニウス人の戦士が命と剣をかけて守るといえば、それは最上最大の誓いに他ならないのだ。

 アルトリウスは帝国人とは言え、その振る舞いは公明正大でしかも帝国人と蛮族を差別したりしないと言う事は、既にその行動によって実証されてもいる。


 それに個人的な武技も折り紙つきだ。


 まだ剣技を十分見たことは無いが、レリアとイヴリンはアルトリウスの武技や剣技については相当なものだと見ていた。

 アルトリウスは貴族ではないようだが、アルビオニウス人であるレリア達には分り難い、帝国人としてもう一つある仕事上の地位も高く、部下達も良く従っている。

 アルビオニウス人の戦士としても、大戦士長の務まる人物だろう。

 感動してグスグスと鼻をすすりつつ、ようやく離れたイヴリンの背を撫でながら押しやると、アルトリウスはレリアに笑みを向けて言う。


「まあ、我に任せるのである」

「分りました」


 そのアルトリウスに頼もしい笑みを向けられ、レリアもようやく安堵と照れを含んだ微笑を浮かべて肩の力を抜いたのだった。


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