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普通の恋愛 ~渡さなかったラブレター~

作者: 告井 凪

 武沢奈悠(たけざわ なゆ)さんへ


 突然こんな手紙を送ってしまい、ごめんなさい。

 どうしても、武沢さんに伝えたいことがあって、筆を執りました。


 武沢さん。いえ、奈悠さん。

 僕はあなたのことが好きです。

 いつも僕に挨拶をしてくれる、あなたが好きです。

 僕と他愛ない話をしてくれる、そして楽しんでくれるあなたが好きです。

 照れると赤くなり、恥ずかしそうにする仕草のあなたが好きです。

 物静かで、だけどいつも周りに気を遣ってくれているあなたが好きです。


 優しいあなたのことが、好きになってしまいました。

 可愛いあなたのことが、好きになってしまいました。


 奈悠さん。

 よかったら、僕と付き合ってください。お願いします。


 高見悠助(たかみ ゆうすけ)



 僕はその手紙をそっと封筒に戻し、机の抽斗の奥へ入れる。

 いっそのこと、もう捨ててしまってもいい物だけど、まるで自分の気持ちを押し込めるように抽斗にしまい込み、閉じる。

 そしてガチャリと、鍵までかけてしまう。


「はぁ……」


 高校二年。僕の、武沢奈悠さんへの恋は、終わってしまった。

 さっきの手紙、いわゆるラブレターは、書いたものの結局出すことのなかったものだ。

 では、想いを告げることなく、この気持ちを諦めてしまったのか?

 いいや、違う。どうやって想いを伝えるかさんざん悩んだ結果、やっぱりラブレターはやめようと思ったのだ。古くさいし、やっぱりこういうのは、面と向かって自分の口で告げてこそだろう。そう思ったからだ。

 つまり……告白して、撃沈したわけだ。


 思い出す。まだついさっきのことだ。放課後、誰もいない教室で、僕は彼女に告白した。

 心がずんと重くなる。その前までは、告白の緊張に心臓が今にも爆発しそうだったのに、今では不発弾を抱えたような、重い鉛が胸の内にある。

 こうなる可能性をまったく考えていなかったわけではない。

 でも、それはほんの僅かだった。きっと上手くいくって、思っていた。思い上がっていたのだ。僕の気持ちは彼女に伝わり、そして彼女はそれに応えてくれる。彼女も僕と同じ気持ちだと、信じていたのだ。

 今になって思えば、本当に、バカだなって思う。

 ちょっと仲が良くなったくらいで、なにを……と。


 思い出す。僕が告白をした直後の、彼女の反応――


『あの、武沢さん! す、好きです!』

『えっ!? あ、え、えっと、わ、私……!』


 突然の僕の告白に、驚き、顔を真っ赤にし、口に手を当て――そして。


『私は……でも……。駄目! ご、ごめんなさい!』


 そう言って、教室を飛び出してしまった。


「――ああああぁぁぁ………」


 座っていた椅子から崩れ落ち、床に倒れ込む。

 立つことはもちろん、座っていることもできなかった。重くなった胸が支えられず、横になっても苦しさは変わらない。

「僕は……バカだ……」

 クラスメイトで、隣の席になって、よく話すようになって……仲良くなって。

 彼女のことをわかった気でいた。彼女も僕のことを少なからず想ってくれていると思っていた。

 本当に、思い上がりもいいところだ。


「明日から、どうしよう……」

 季節は秋、学校は二学期も半ば。まだまだ、今のクラスで学校生活を送らないといけない。

 明日なんて来なければいいのにと、僕は頭を抱え、床を転がった。


                         *


 結局ほとんど眠れず、しかし朝はやってきた。

 ……頭が痛い。

 朝食もほとんど喉が通らず、親に心配されたが何でもないと誤魔化して家を飛び出した。

 しかし学校を前にして、具合が悪いと休んだ方がよかったと後悔する。

 結局、答えは出ていない。クラスでどんな顔をすればいいんだろう? 奈悠さんとはまだ隣の席のままだし。

(とはいえ……)

 後悔し、躊躇したのは、ほんの僅かな時間だった。すぐに歩き出し、昇降口へと向かう。


 靴を履き替え、教室へ向かう。下駄箱でばったりなんてのを心配したが、さすがにそんな偶然はなかった。先に来ている可能性が高いが、まだ来ていないかもしれない。

 早く確かめたいという気持ちと、気まずい気持ちが混ざり合い、歩調が速くなったり遅くなったりしていたが、教室へとたどり着く。

「――――!」

 入った途端、奈悠さんと目が合う。

 お互いすぐに視線を逸らすけど、正直僕はちょっとだけホッとしていた。

 よくよく考えたら、気まずいのは彼女も同じだ。もしかしたら彼女の方こそ休んだりするかもと、心配になったのだ。そして同じ心配を、彼女もしているかもしれない、と。

 もちろん、そんな心配まったくされてないかもしれないけど。

 現に、僕は彼女の気持ちを勘違いしていたわけだし。

(……でも、だけど)

 それでも、やっぱり心配していたんじゃないかな、って思う。

 僕が好きになった武沢奈悠という女の子は、優しい子だから。


「お、おはよう……高見君」

「え?! あ、お、おはよう」


 チャイムが鳴り席に着いたところで、気まずそうにしながらも、だけど挨拶をしてくる。

 つい驚いてしまったが、なんとか挨拶を返せた。

 ……返して、これからどうするべきなのか、気付かされる。

 普通にしていなければ、いけない。

 変に目立って、噂されることは……彼女の好むところではないだろう。


 でも、そんなことできるだろうか?


                         *


 武沢奈悠。僕のクラスメイトで、隣の席の女の子。

 大人しい子だけど、別にクラスで孤立とかはしていない。普通に友だちはいる。

 でも男友だちはほとんどいないかな? たまにクラスメイトの男子と話すことはあっても、友だちと呼べる人はいないんじゃないだろうか。

 たぶん、クラスの男子の中で僕が一番仲良かったはずだ。

 ……今となっては、本当にそうだと自信を持って言えなくなってしまったけど。

 でも本当に、あまり男子と仲良くしているのを見たことがない。

 だからこそ僕が勘違いなぞしてしまったというのもある。

 いや、彼女の所為にするな。そこは僕の思い上がりでしかないのだ。


 授業中、隣の奈悠さんを盗み見る。

 染めたりしていない、艶のある綺麗な黒髪。結構長くて、腰の辺りまであるだろう。

 背も低めで、まるで日本人形のような印象を受ける。

 大人しい性格で、目立つのも苦手。だからだと思うけど、あまり気付かれていないみたいなんだけど……うん、可愛いと思う。


 おかしいな、昨日、振られたっていうのに。

 どうしても、彼女のことを考えてしまう。

 もう諦めないといけないのに。じゃないと、迷惑になるだけなのに。

 わかっていても……だけど、振られました、じゃあ諦めます、なんて、そんな簡単に割り切ることなんてできない。できるはずもない。

 同じクラスになってからずっと、想い続けてきたんだから。


 結局。僕は授業中、彼女のことを考え続けることになる。


                         *


 ……僕は、どうして振られたのだろう?


 そんな考えは、本当にバカだと思う。僕のことが好きじゃないからに決まってる。

 でも、そういう考えを、どうしても捨てられなかった。


「あ、あの……高見君」

「な、なに? 武沢さん」

 授業の合間の休み時間。隣の席から声がかかり、平然を装って彼女の方を向く。

 顔を赤くし、ちらちらと僕の顔を窺うようにしながら、なんとか声を出そうとしている。

「その……今の授業、ね」

「うん……」

「えっと……」

 さっきの授業は、現代国語。授業内容は……正直、あんまり、いやほとんどまったく、頭に入っていなかった。

「国語、だよね」

「う、うん! それでね、えっと、その」

 そこで僕は、ピンときた。そうだ、さっきの授業の現代国語は、いつも板書が多くてノートを写すのが大変なのだ。授業内容は頭に入っていないが、板書を写すのだけはなんとか済ませていた。ほとんどなにも考えず、黒板に書かれた文字を書き写していた。それは……。

「あ、そっか。はい、ノート」

「あ、ありがとう……」

 彼女は僕のノートを受け取って、自分のノートと見比べて、そして書き足していく。

 どうも彼女は、文字を書くのが遅いらしい。とても綺麗な字なんだけど、遅いのだ。

 だから現代国語の授業では、だいたい写すのが間に合わず、こうして僕がノートを見せてあげることが多い。

(だから僕も……ノートだけは、しっかりとってきたんだ)

 あはは、と心の中で笑う。習慣というのは、どんな時でも出るものだ。あれだけ考え事をして、授業が頭に入っていなくても、手は彼女のために、黒板の文字を写していたんだから。


 それにしても……。ノートを借りるなら、僕じゃなくてもいいんじゃないだろうか。

 隣だから、と思ってはいたけど、昨日あんなことがあった後なのに、それでも僕に借りようとするなんて。

 いや、これも、いつも通り、普段通り、ということなのだろうか?

 僕がノートを貸しているのは、クラスのみんなもよく知っているかもしれない。それを突然やめてしまったら、変に思われるだろう。

 だから、おかしなことはない。そう思う。

 だけど……。

 ノートを写す、彼女を見る。

 一生懸命写しているけど、なんだかこっちを意識しているように見えた。



 同じく別の授業の合間の休み時間。

 シャーペンをペンケースにしまおうとして、手元が狂い床に落としてしまった。

 しかもペン先が下を向いて落ちたため、床を跳ねて後ろの方へと転がってしまう。

「あ、待ってね」

「え……」

 僕が立ち上がるよりも早く、隣の奈悠さんが立ち上がり、シャーペンを拾いに行く。僕は呆然と、彼女がシャーペンを拾って振り向くのを眺めていた。

「はい。どうぞ」

「…………」

 ぼんやりと、差し出されたシャーペンを見つめる。

 離れたところに落ちたのに、それでも拾いに行ってくれるなんて。

 なんか……まるで……。

「え、えっと……高見君?」

「あ、ご、ごめん!」

 ……ちょっと失礼なことを考えてしまった。

 でも、やはりちょっと顔を赤くしながらも、首を傾げる様子は、可愛い子犬を連想させるのだ。

「あ、ありがとう、武沢さん」

 これ以上失礼なことを考えまいと、慌ててシャーペンを受け取る。しかしその時、ちょっとだけ指先が触れてしまい、お互いびくりと手を引っ込めた。

「あ、えっと、その、どういたしまして」

「い、いえいえ、本当に、ありがとう」

 すごく小さい声でそんな会話をし、奈悠さんは席に座った。

 思わず周りを確認したくなる。たぶん、今の変に意識したような会話は、誰にも聞こえていない……はず。きっと。

 そっと隣を見ると、同じ事を考えているのかもしれない、顔を真っ赤にして俯いていた。



 昼休み。家から持ってきた弁当を友だちと食べ、なんとなく廊下に出た。

 やはりどうしても、奈悠さんの方を意識してしまうから、頭を冷やすためにもちょっと一人で校舎をぶらぶらしていた。

 とはいえ、そんなに行くところもない。一年生や三年生の教室のある辺りは通りにくいし、特別教室のある方はそれこそ用もないのに行くところではない。結局、同じ学年の教室の廊下を歩いたり、学食の方に行ってみたりするくらいだ。

 そしてその学食から、遠回りしていつもとは違う階段から教室に戻ろうとしたところで、ばったりと奈悠さんと出会った。

「あ……」

「高見君……」

 彼女は一人だった。僕を見つけると、片手を胸に当てちょっとだけホッとしたような、だけど緊張した面持ちで、階段を下りてくる。

「あの、えっと……高見君は、ここで、なにをしてたの?」

「え? それはその、ちょっと……。きょ、教室に戻るところだよ」

「そっか……」

 聞きたかったのは、今までなにをしていたのか、だったんだろうけど、うやむやに誤魔化してしまった。下手な誤魔化し方だったとは思う。

「武沢さんは、どこに行くの?」

「え? わ、私?」

「うん」

 僕は敢えて遠回りして、学食から教室に戻ろうとしていたのだ。普通なら、この階段は使わない。

「えっと、それは、うん。図書室に行こうと思って」

「図書室? 上だよね。二階……」

「そ、そうなの。二階に上がろうとしたところで、その、高見君を見つけて……」

 そうだっただろうか。降りてこようとしていたような……。まぁ本人がそう言っているのだから、そうなのだろう。

「でも、もうすぐチャイム鳴るよ?」

「え、うそ、もうそんな時間?」

「うん」

「わぁぁ……」

 彼女は両手で頭を抱えて、ゆっくりと左右に振る。

(くっ……可愛い)

 狙ってやっているわけではないんだろうけど、思わずにやついてしまいそうになるくらい、可愛い。

「あ、高見君……笑ってる?」

「い、いや? そんなことないよ。うん」

 じっと見つめてくる奈悠さん。まるで、なにかを探るような……。

「あ、あのね? 高見君。その、私、昨日……」

 昨日……!

 まさかその話題が出ると思わなくて、僕は思わず後ずさってしまう。

「私、やっぱりその、ちゃんと……」

「ま、待って、武沢さん、あの!」

 なにかを言おうとする奈悠さんの言葉を、反射的に遮る。遮ったはいいけど、言葉が続かず、お互い無言で見つめ合ってしまう。

 やがて――


 キーンコーンカーンコーン……


 午後の授業の、予鈴が響き渡る。

「……教室、戻ろっか。高見君」

「あ、うん……」

 二人で階段を上り。無言で、廊下を歩く。

 教室にたどり着く、手前。

「武沢さん。……ごめん、僕は、その」

「え? あ、そんな、高見君は謝らないで。その……私の方こそ、ごめんなさい。昨日のこと、あの……あ! な、なんでもないの」

 そう言って、先に教室に入ってしまった。

 僕はその場に、立ち尽くす。

 なにかを言いいたそうな、彼女の顔はやっぱり顔が真っ赤で、そして恥ずかしそうだった。

(もしかして……なにか話をしようと思って、僕を捜していたのかな?)

 そんなまさか、と思いつつ。

 でもやっぱり、どうしても思い浮かんでしまう疑問。


 僕は、どうして振られたのだろう。


                         *


 例えば、どうだろう。なにか事情があって、僕の告白に応えることができないパターン。


『私は……でも……。駄目! ご、ごめんなさい!』


 思い出すと胸がずしんと重くなるあの時の言葉。だけどその言葉をよく思い返してみると、なにか事情がありそうな台詞に聞こえてこないだろうか?

 まず「駄目」という言葉だ。なにが駄目なんだろう?

 事情……そう、例えば転校してしまう、とか。

 引っ越す予定があり、転校してしまうから僕とは付き合えないのです、駄目なのです。

 という可能性。


 ……を考えて、僕は机に頭を打ち付けたくなった。

 なんだその前向きすぎる思考は。彼女は僕のことが好きだという考えがベースじゃないか。

 告白前の僕は、確かに色々とポジティブに考えすぎていた。

 でももう振られたんだから、もっと最悪の事態を想定するべきじゃないだろうか?

 いやもちろん、転校だって嫌だけど、それはまだ今後に可能性が残る事情だ。

 そうではない、今後もなにも無いほどの事情……。


 許嫁がいるとか?

 アホか。今時そんなのがあるわけがない。漫画じゃあるまいし。

 もうちょっと現実的な事情……それは。


 普通に、他に好きな人がいる。


 これ……だろうな。好きなだけじゃなく、すでに付き合ってるパターンならもう本当にどうしようもない。

 こんなの、考えるまでもなく、思いつくことで、そして一番可能性の高い事情だろう。

 でも、僕はずっとそこから目を逸らしてきた。

 もちろん、そんな様子まったくなかったからだ。だけど、はっきりといないと聞いたわけじゃあない。


 授業中、静かに、深くため息を吐く。

 しかし……可能性について考え出したら、本当に、なんでもありだなと思う。

 前向きにも、後ろ向きにも。


 実は彼女は、戦う使命を持っていて、僕を巻き込むわけにはいかなかった。

 実は彼女は、暗殺一家の一人娘で、下手をすれば僕が彼女の両親に殺されかねなかった。

 実は彼女は、某国の王女で、身分を隠し生活をしているのだ。

 実は彼女は、前世で僕と戦った女戦士で、その記憶が僕との恋を阻んでいる。

 実は彼女は……。


 ……だめだ。許嫁を漫画じゃあるまいしと否定したのに、思いつくのは非現実的な妄想ばかり。これはやっぱり、現実逃避、なんだろうなぁ。


 だけど、やっぱり。現実は、いつだって突き刺さってくるものだった。


                         *


 放課後、家に帰ろうにも気が進まず、駅の辺りをフラフラと歩いていた。

 この辺りは人が多く、駅ビルのデパートに出入りする人で溢れかえる。ふらふらゆっくり歩く僕はかなり邪魔だったろう。

 それに気付いて、やっぱりおとなしく家に帰ろう、と思った時だ。

 駅前ロータリーの向こう側。結構距離があるのに、それでも僕の視線は真っ直ぐにそこへ注がれる。

(奈悠さん……!)

 同時に、隣りに立つ、他所の高校の制服を着た、背の高い男。

 僕の胸に、その光景が突き刺さる。

 顔を赤く染め、恥ずかしそうにしている彼女。

 その姿が、僕の中の彼女と重なり、そして砕け散った。


 ああ、やっぱり、僕はバカだった。

 あんなに恥ずかしそうにする彼女を知っているのは、僕だけだなんて、思っていたのだ。

 それを再認識し、どれだけ僕が思い上がっていたか思い知り。

 その場から、駆けだした。

 直前に、彼女がこっちを見たような気がしたけど、僕は振り返らなかった。


                         *


 それは驚いたことに、振られた時以上に、ショックだったかもしれない。

 授業中に考えていた妄想なんて、全部吹き飛んでいた。

(そう、なんだよな……)

 はっきり言おう。武沢奈悠。彼女は可愛い。クラスでこそ地味で目立たないが、それでもやっぱり可愛いと思う。こっそり想いを寄せているクラスメイトが他にもいるはずだと、僕は睨んでいる。

 そんな女の子に、彼氏がいないわけがない。

 僕は、高校二年になって、初めて彼女を知った。一年の時はクラスが違い、教室も離れていてまったく接点が無かったのだ。ちらっと見かけたことがある、という程度だ。

 それまでの間、彼女がまったく恋愛をしてこなかったと、どうして言える?

 彼女なら……僕が恋した、あの可愛い奈悠さんなら、断る男なんていないだろう。

 そんなことないだろうって? いいや、ある。僕なら断らない。

 無茶苦茶なこと言っているという自覚はあるが、今はそうでもしなければ自分を保てなかった。



 翌日、学校。教室に入り、奈悠と目が合い。

 僕は本当の意味で気まずそうに、目を逸らした。

 席に着き、挨拶をしてくる彼女を無視した。

 現代国語の授業のあと、ノートを机にしまって教室を飛び出した。

 彼女が机から消しゴムを落としたけど、拾わなかった。

 昼休み廊下でばったり会っても、無言ですれ違った。


 無理だった。普通に接するなんて、そんなの無理だった。


 放課後になって、教室を飛び出す瞬間。

 視界に入った彼女が、困って悲しそうな顔で僕の方を見ていたのに気付いたけど、僕は立ち止まらず、走って学校を出た。



「ちくしょう!!」

 近くの河原まで走って、叫んでいた。きっと周りの人が僕を見たけど、気にせず土手を駆け下りた。

「……っくしょう」

 今度は小さく、はき出すように。呼吸を整えながら呟く。

 なんで、彼女は普通に接しようとするんだろう。

 どうしたいのだろう。今まで通り、友だち同士でいたいのだろうか。

 ……無理だよ。僕には、そんなの無理だ。

 僕だって、できることなら告白前のように、仲良くしたい。

 だけど……もう、無理だ。告白した今、僕にはもう、友だちでなんかいられない。

 割り切ることができない。それほどに、僕の気持ちは大きかった。

「なんで……こんなっ」

 涙が出てきた。止まらない、止められない。

 どうして、なんでこんなにも、僕の気持ちは大きくて、抑えが効かないのだろう。

 どうしてこんなにも、自分のことしか考えられない大馬鹿野郎なのだろう。

「だめだ……だめなんだよ」

 彼女のためを思えば、どうすればいいかなんてわかってる。

 だけど、気持ちの整理がつかない。諦められない。

 武沢奈悠、彼女を好きだと思う気持ちを、諦められない。

「ちくしょう……」

 涙と鼻水で、ぐしゃぐしゃになった顔を袖で拭う。それでも次から次と流れて止まらない。

 情けなくて、かっこ悪かった。

 それでも、自分の中の気持ちを想う度、感情が溢れだし、僕は泣くのをやめられなかった。


                         *


 夜。家に帰ってきた僕は、自分の部屋で机に向かい、ただただぼうっと過ごす。

 さんざん泣いて、でも、それでもどうにもならない感情が、僕の胸の中にある。

 どうしてだろう? 人は泣くと、心が楽になるという。だけど今の僕は、ちっとも楽になんてなっていない。あんなにみっともなく泣いたのに、どうしてだろう。

 ふと机の、鍵のかかった抽斗が目に入る。

 そうだ、僕はここに……奈悠さんに対する想いを押し込めた。

 封印のつもりだった。彼女への想いを諦めるために、ラブレターと共に心を押し込めたのだ。

 でもどうやらその封印は弱くて、溢れだしちっとも押さえ込むことなんてできていなかった。

 やっぱり、それでは駄目なんだ。

 僕は鍵を取り出し、抽斗を開ける。

 奥から渡さなかったラブレターを取り出し、机の上に置く。

 押し込めるだけじゃ、駄目だ。完全に、断ち切るべきだろう。

 この手紙の中には、僕の想いが綴られている。

 断ち切るためにも、やはりこれは捨ててしまおう。

 僕は封筒に入れられたままの手紙を手に取り、破こうとする。

「………………」

 ひと思いに破こうとして、けど手は封筒から手紙を取りだしていた。

「……どうせ捨てるなら」

 僕は取り出したその手紙を、もう一度読む。



 武沢奈悠さんへ


 突然こんな手紙を送ってしまい、ごめんなさい。

 どうしても、武沢さんに伝えたいことがあって、筆を執りました。


 武沢さん。いえ、奈悠さん。

 僕はあなたのことが好きです。

 いつも僕に挨拶をしてくれる、あなたが好きです。

 僕と他愛ない話をしてくれる、そして楽しんでくれるあなたが好きです。

 照れると赤くなり、恥ずかしそうにする仕草のあなたが好きです。

 物静かで、だけどいつも周りに気を遣ってくれているあなたが好きです。


 優しいあなたのことが、好きになってしまいました。

 可愛いあなたのことが、好きになってしまいました。


 奈悠さん。

 よかったら、僕と付き合ってください。お願いします。


 高見 悠助



「あっ……」

 自分の、想い。溢れるその想いを、そのまま書き写したような、拙いラブレター。

 改めて読み直し、押さえつけていた想いが、文字となって僕の中にくっきりと入り込んでくる。

(そうだ……僕は)

 ラブレターをそっと封筒に戻し。

 大切に両手で持ち、立ち上がった。


                         *


 翌日、昨日と同じように僕は奈悠さんを避けたが、だけど最後の授業の最中に、ノートの切れ端を使い彼女に手紙を書いた。

 それを畳んでそっと彼女の机の上に置くと、ビックリして僕の方を見たが、すぐにその手紙を確認する。

 目が大きく開かれるのを見て、僕は視線を黒板に戻した。


                         *


 放課後、みんながいなくなる四時頃に、教室に来て欲しい。


 そんな手紙を奈悠さんに送った僕は、ホームルームが終わるとすぐに教室を飛び出し、食堂脇の自販機でパックのコーヒーを買って飲み時間を潰してから、教室へと戻った。

 時間はまだ四時前だったけど、教室にはもう誰もいなかった。

 どのみち、いつまででも待つつもりなのだ。僕は教室に入り、窓から外を見ようとする。

「高見君……」

「え? あ、武沢さん」

 予想以上に早く現れた奈悠さんに、ちょっと動揺しつつ。近づいてくる彼女に向き合った。

「ありがとう……来てくれて」

「ううん。それよりも、あの……私」

 思い詰めたように、俯く奈悠さん。

 それを見て、絶望的な気分になる。

 わかってる。僕はもう、振られているんだ。こんな呼び出しを受ければ、僕がしようとしていることがなんなのか、見当がつくだろう。

 思わず、ごめん、と謝りたくなる。

 これからしようとしていることは、僕の自己満足でしかないのかもしれない。

 それでも、僕は……どうしても。


「武沢さん。今日は、どうしても伝えたいことがあって呼んだんだ」

「えっ……」

 僕は片手で、自分の胸を押さえる。制服の胸ポケットには、僕の想いそのものが入っている。渡さなかったラブレター、これがあれば、僕は。

「こないだ、伝えきれなかった……だけど、どうしても伝えたい気持ちがあるんだ」

「高見君……それは」

「聞いて欲しい。僕は、武沢さん……奈悠さんのことが好きだ」

「あ……」

 奈悠さんの顔が、真っ赤に染まっていく。

「いつも挨拶してくれて、他愛ない話に付き合ってくれて。僕と仲良くしてくれる、奈悠さんのことが好きだ」

 ラブレターに書いた文章を思い出しながら、僕は気持ちを伝える。

「離れた所に転がったペンを取りに行ってくれたり、気付きにくいけど、いつも周りに気を遣ってくれている奈悠さんが好きだ」

 同じクラスになって、半年。ずっと見てきたからこそわかること。

「照れて、恥ずかしそうに顔を赤くする、奈悠さんが好きだ」

「え?! あ、それは、その、えっと」

 その仕草が好きなんだ、と思わず笑いそうになる。

「優しい、奈悠さんが好きだ。可愛い、奈悠さんが好きだ。だから……」

 僕は、奈悠さんを見つめる。恥ずかしそうに俯いていた顔が、ゆっくりと上がるのを待ち、視線が合ってから、言葉を続ける。


「僕と、付き合ってください」


 言えた――。

 あの時、伝えられなかった、僕の気持ち。

 テンパって、好きだ、としか言わなかった自分。

 ラブレターを読み返して、気付いた。伝えたかった気持ちは、こんなにあったんだって。


 奈悠さんを真っ直ぐ見つめ、返事を待つ。

 驚いたような、でもやっぱり恥ずかしそうな、真っ赤な顔。

 そのちょっと大きく開かれた目が、ゆっくりと細められていく。

「よかった……」

「……え?」

「てっきり、私、もう嫌われちゃったかと、思った……」

「き、嫌われ?! そんなわけないよ!」

「だって、この二日、無視されてたから」

「う、それはその……。ふ、普段通り過ごすのが、苦しくて……」

「……そう。うん、そうだよね。だって私が……」

「そ、それに! 一昨日の夕方、駅前で……見ちゃったから」

「一昨日? 駅前……あ」

 思い出したのだろう。あのロータリーでのこと。

「やっぱり、あれ高見君だったんだ……もう」

 何故かちょっと怒ったような顔の奈悠さん。

「え? 僕のこと、気付いてたの?」

「どっか行っちゃう直前にね。やっぱり私のこと、見てたんだ。もう酷いよ」

「え、ちょっと待って? 酷いって、え?」

「だって、私困ってたのに……。高見君が見えて、助けに来てくれると思ったのに」

「たたた、助け? えぇ? どういうこと?」

「え? だって、知らない人に声かけられて……私、困っちゃって」

「知らない人にって……まさか」

 いや、そんなまさか。それこそ、授業中に考えていた妄想に近い。

「まさか、ナンパされてたの?」

「えー……。わからないけど、たぶん……そうだったのかな。結局、逃げちゃったから」

 なんてこった! それじゃ、ものすごいベタな勘違いをしていたということになる。

「僕はてっきり、その……彼氏、かな、なんて……」

「かか、か、彼氏なんていないよ!」

 大慌てで両手を振って否定する奈悠さん。

「い、いるわけないよ! だって、私は、その、えっと……」

「わ、わかった。ごめん。その……あのすぐ後だったし、さ。勘違いしちゃって」

「え……あっ」

 そう、告白して、振られた後だったからこそ、勘違いしたのだ。

 これが告白前だったら、ナンパだと気付けたのかもしれない。

 奈悠さんもそのことに気付いたのだろう。黙ってしまう。

 ……いや、違う。それだけじゃない。

「それで、その、奈悠さん」

「ははは、はい!」

 そう、たった今告白し直したことも、思い出したのだ。


「……返事を、聞いても、いい?」

「う……うん。でも、あの……ごめんなさい」


 いきなりの謝罪に、胸を貫かれた思いで、よろけてしまう。

「あ、あ、あ、その、返事のつもりで謝ったんじゃなくてね? その……この間の、こと」

「……へ?」

「あのね、いきなりあんなこと、言われて……私、混乱しちゃって。頭真っ白になって、もう……なにがなんだか、わからなくなっちゃって」

「……それは、その」

「その、なんて返事したらいいか、わからなくて」

「う……ごめん」

 それはそうだ。好きだ、としか言わなかったのだから。せめて今のように、付き合って欲しいとか、答えやすい問いにするべきだったのだ。

「もしかして、それでつい……?」

「うん……ごめんね。つい、逃げちゃって」

 ……ああ、本当に僕はバカだ。結局は、自分の下手な告白のせいだったのだ。

「それで、あの。お返事、なんだけど」

「う、うん」

 やばい、どうしよう。不発弾となり、鉛を抱えたようになっていた胸の重みが、再び動き出し、心臓を突き動かす。ばくばくと、うるさいほどに鼓動する。爆発しそうになる。

 あの時の、あの告白は、振られたわけじゃなかった。それなら――。


「わ、私でよければ、その……。わ、私も、高見君のこと、好きだから!」

「え……あ……」


 紛れもない、OKの答え。

 それだけじゃない。奈悠さんが……奈悠さんも、僕のことが、好きだと言ってくれた。


 お互い顔を真っ赤にし、見つめ合う。


「あ、あの……」

「あ! えっと、ありがとう、武沢さん。それじゃあその、僕たちは、今から……」

「だ、だめ」

「え? な、なにが?」

「さっきは名前で呼んでくれたよ?」

「うっ……あれはその……」

「…………」

「そ、そうだね。今から、僕たちは、その……恋人、同士、なんだし」

「う、うん。そうだよ」

 頭をかき、改めて、彼女の名前を呼ぶ。


「奈悠さん」

「うん。悠助君」


 奈悠さんは、照れた、だけど嬉しそうな笑顔で、僕の名前を呼んでくれた。






クラスメイト、隣の席というだけの女の子。

特別な設定を用いずシンプルな設定だけで、普通の恋愛を書いてみました。

タイトルにも書いてあるくらいだし、ぶっ飛んだ設定の恋愛物を期待した人はいないとは思いますが…もしいたら、ごめんなさい。


しかしタイトルもシンプルですよね。

なにかサブタイトル付けるべきだったかな?

※6/27 サブタイトル付けました。


ともあれ、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

よければ感想などいただけると、とてもありがたいです。

ではでは。

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