宇宙金魚
公式企画「冬の童話祭2012」参加作品です。
星の海を、ブリキの金魚が泳いでいました。
地球のはるか頭上を、ブリキの金魚が泳いでいました。
金色のお腹をかがやかせて、ブリキの金魚が泳いでいました。
宇宙飛行士は、自分の見た光景が信じられませんでした。
『おや、久しぶりのお客様ですね』
宇宙飛行士の頭の中に、声がひびきました。それは遠くに見えるブリキの金魚の声でした。
「何故、こんなところに、こんなものがあるんだ」
宇宙飛行士は夢かと思い、自分の頬をつねろうとしました。しかしその指は、固いヘルメットの表面に当たっただけでした。
「きっと誰かが落としていったゴミだろう。回収しておかなければ」
無理矢理自分を納得させて、宇宙飛行士は金魚に近づきました。そして気付きました。その金魚が、とてつもなく大きなことに。
ブリキの金魚は、地球のクジラよりも大きかったのです。背中は赤い色にぬられ、目やうろこはカラフルな色で描かれていました。しかし、お腹の部分は金色のメッキが丸見えでした。まぶしくて、直接見ることができません。
「一体何の為に……」
『私がこうして泳いでいる意味ですか?』
返事が返ってきたので、宇宙飛行士はびっくりしました。宇宙飛行士は知りません。このあと金魚が、もっと信じられない内容を言うことを。
『私は太陽の代わりをしているのです』
これが夢なら、早く覚めてくれ。宇宙飛行士は、気が遠くなりました。
私は太陽と約束をしたのです。
金魚はそう言って話し始めました。長い長いお話でした。内容は、大体こんな感じです。
ずっとずっと昔のことでした。
地球は、太陽の周りを一年で一周していました。自分自身も、一日に一回転しながらです。
太陽には、それが嬉しかったのです。なぜなら太陽は、自分の光が一部分にしか当たらないことを、哀しく思っていたからです。
しかしある時、地球は動くことをやめてしまいました。何もかもが面倒になったのか、重たくなって動けなくなったのか、それは太陽にも分りませんでした。
哀しくて哀しくて、太陽は毎日泣きました。そしてだんだん、光が弱くなっていきました。
そんな時です。太陽がブリキの金魚と出会ったのは。
太陽は、キラキラ光る金魚のお腹から目がはなせませんでした。きっと彼なら、私の代わりになってくれる。そう思って、太陽は金魚を呼び止めました。
金魚がたのまれたのは、地球の周りを一日一周泳ぐこと。もちろん、お腹を地球のほうに向けて。
金魚は喜んで引き受けました。しかし一つだけ、心配なことがありました。
『私は小さすぎます。きっと地球の方々には喜んでもらえません』
すると太陽は言いました。
「簡単なことですよ。あなたの周りにあるゴミを食べてごらんなさい。食べた分だけ、あなたは大きくなれますよ」
金魚は夢中で、ゴミを食べました。自分より大きな鉄のかたまりやケーブルを、むしゃむしゃと食べました。
太陽の言った通り、金魚はどんどん大きくなりました。地球の周りを泳いでいる時も、ゴミを見つける度に食べました。
一日一周。金魚はその約束を守り続けています。
「信じられないな……」
宇宙飛行士は、素直な感想を口にしました。
「確かに地球には四季がない。昔はあったらしいのだが……。それでも朝や夜があるのは、君のおかげだと言うのか?」
『そうです。私は太陽から熱と光と、動く力も与えられました。もうずっと長い間、あなた方の太陽の代わりとして、こうして泳ぎ続けているのです』
「まさか……な」
宇宙飛行士は、何が何だか分からなくなりました。自分が今まで学校でならったことと、まるで違う。額を一筋の汗が流れました。
『おや、信じられませんか?しかし今、あなたはこうして私と話をしているじゃないですか。あなたは自分の体験を信じるべきだ。それとも、自分自身が信じられませんか?』
ブリキの金魚は、ゆったりと泳ぎながら言葉を投げかけました。
『では、私は約束を果たさなければなりませんので。またお会いできると良いですね』
ブリキの金魚はどんどん遠くなっていきました。取り残された宇宙飛行士は、金魚のお腹の光が地球に降りそそぐのを、長い間見つめていました。
次の日。
前の日と同じ時間に、ブリキの金魚と宇宙飛行士は出会いました。
『おや、またお会いしましたね』
「……やはり夢ではなかったか」
苦々しい表情で、宇宙飛行士は言葉を続けました。
「一日考えたのだが、私は君を信じることが出来ない」
『なるほど、それも良いでしょう。――それで?』
ブリキの金魚は、特に気にした風でもなく、先をうながしました。
「しかし私は、君が地球を照らすところを見てしまった。それは事実だ。だから、知識の一つとして、頭の片隅にしまっておこうと思う」
宇宙飛行士は、酸素の残量を確認しました。昨日はステーションに戻る前に、酸素が足りなくなりそうだったからです。
「いつか私が、君の言うことを信じられるぐらい成長したら……この知識を遠慮なく使わせてもらおうと思う」
『それは素晴らしいですね。そんな日が来ることを、私は信じていますよ』
ブリキの金魚が微笑んだように見えました。
『あなたなら、きっと大丈夫です。では、お互いのすべきことをすることにしましょう』
「そうだな。君と私が会うことは、もう無いだろうから」
ブリキの金魚は一日一周の約束を果たしに、また泳ぎ始めました。
宇宙飛行士は金魚に背を向け、ステーションへと戻りました。
それが、おじいちゃんから聞いた昔のお話です。
私は今、おじいちゃんと同じ光景を、目にしています。
おじいちゃんの話を確かめるために、宇宙飛行士になって。
『おや、久しぶりのお客様ですね』
ねえ、おじいちゃん。ブリキの金魚は、今でも地球を照らし続けてくれていますよ。
END.
この物語はもちろんフィクションです。でもいつか、こんな時代が来るかもしれません。未来は誰にも分らないのですから。