第3話〜人形の真実〜
ありえない謎を疑問に思いながらも高校に着き、自分の教室に入る。
濡れた鞄は大体は渇いたが、まだ湿っぽい。中身の弁当だけ取り出し、ベランダに干した。
「あ?誰の鞄だよ」
俺の鞄を見ながら一人の男が言った。どうも機嫌が悪いらしく今にも鞄を蹴りそうな勢いだ。
『俺のだ。触んな』
「おう…一樹のか」
そいつは蹴り上げた足をピタリと止めた。
同い年の世界にも上下関係というものは存在する。俺は、その格付けの上位に所属されるため誰も逆らわない。
俺は学校に着くなり弁当にガッついた。弁当は昼食。そんな法則を無視した俺の日課。やはり朝食抜きは辛いしね。もう高校生だし、中学生みたく決まった時間に…なんてない。
あっさりと平らげた弁当箱を床に置き、机に伏せる。ホームルームが始まる前に眠りに就いた。
この学校も適当なもので、挨拶の時に寝ていたら立つどころか起こしてもくれない。もはや諦められているのだろうが…。
成績も下の中くらいの俺が勉強もせずに楽に入れた高校だ。周りもそんな奴ばかりだから全てが荒れている。一言でダメ高校だ。
授業中に起きている時間は携帯で暇を潰し、難無く学校が終わった。
下校の時間になれば鞄は渇いていた。しかし、鞄の中に入れた人形は日光を受けず湿っぽい。返しに行く事は不可能と見て、そのまま家に帰った。
ベッドに横になると携帯が鳴った。着信設定をしていない音。これはメルマガかとみた。
重い手なりでメールを見ると身に覚えのないアドレス…アド変でしたか。
送り主を見ると…え?
あ、あの娘からだ。俺に連絡先を教えるって事は、メールくらいしてもいいのだろうか?
い…いや、どうせまたフラれるんだ。もう傷つきたくない。臆病な俺にそんな勇気など…それに今更なんてメールすりゃいいんだよ。
なんて考えながら、ふと画面を見る。
《メール送信OK》
・・・。
ざけんなぁ! 指が勝手に動きやがったぁ!
お、俺はなんて送っちまったんだ?
慌てて送信BOXを確認すると
《彼氏とは良い感じ?》
当たり前だろう…なんか、すっげー未練がましい内容だよ。なんでこんな事打っちま…
〜ピリリリ、ピリ…
自分でも驚く程のスピードで返信メールを開く。
《うん、すっごい幸せ》
はい、まぁそうですよね。アドレスに彼氏の名前と付き合った記念日が書いてあるもんね。
俺ってば情けない…。
とりあえず泣くか。
〜シクシク…グスン〜
そうそう、ティッシュ一箱で足りるかな…って
『うわぁぁあぁ!!』
俺は目の前の状況を見て、思わず叫んだ。なにせ、もはや定位置となった勉強机に置かれた人形が泣いていたからだ。
本当に…目から大粒の涙を流している。
人形が? 泣く?
俺は疲れているのだろうか。どうすれば良いんだ?
まさか友達に人形が泣いているんだけど、どうしよう?
なんて言ったらそれこそ俺は変人扱いされるに違いない。
そうだ、あの店のじいさんなら、このからくりを知っているだろう。
俺は鞄の中に人形を入れ、家を飛び出した。乾いたばかりの鞄は再び濡れる運命になってしまった。
俺の愛車の原チャリで約10分、人形を買った店に着いた。
俺は店に入るなり
『じいさん、どこだぁ!』
と、怒鳴り散らした。
「どうなさいました?」
すぐ背後から老人の声がして、思わず驚いてしまった。毎度毎度奇妙なじいさんだ。
『どうした?じゃないよ!この人形、泣いてるんだぞ!』
俺は鞄から人形を取り出し、老人に見せ付けた。幸い、まだ人形は泣いていた。これで冷やかしなど、思われない。抗議するに当たって正当な理由になった。
「確かに泣いてますね…それが何か?」
『惚けるなよ!何かじゃないだろ!涙を流す人形なんて怖くて部屋に置けるかよ!』
「その人形は主が勝手に持って行った物であろう?」
『…ぐっ』
そういえば忘れてた。立場逆転…このままじゃ俺が悪者だ。
「それに、なぜ涙を流しているのか…解らぬのか?」
『…え?』
人形が泣く理由だと? そんなの、どうせ呪いの人形とか…霊的な事じゃないのか?
『まさか、この人形に魂が込められているとでも言うのかい?』
「正解…と言いたい所じゃが、まだ主は知らない方が良い。立ち去るがいい」
『ふざけんな!教えろよ!大体、魂が込められている人形なんて信じられるか!』
「仕方ない…その人形が泣いているのは主のせいじゃ。これ以上は自分で考える事じゃな」
意味が分からない。俺のせいで人形が泣いているだと?
少なくとも、この人形に怨みを買うような事は一切していないつもりだ。それどころか丁寧に扱っている。泣くところか礼があっても良いぐらいだろ。
「悲しみは秘密。それが、あなたの鏡」
そう言い残し、老人は店の奥に姿を消した。
その言葉が、この謎を解くヒントにでもなるのだろうか?
結局俺は人形を持って帰って来た。
机の上に置き、ジッと眺める。どうやら、まだ泣いている様だが段々と落ち着いてきたみたいだ。
『ったく…俺だって色々辛くて泣きたいのによ…』
この人形を持ってきてからと言うもの、俺は泣いていない。不思議な事ばかり起きて泣く暇すらないのだ。
『代わりに人形が泣いてどうす……………あぁ!!』
まさか、いや…こんな事がありえるのか?
全ては俺のせいと老人は言った。
この人形は、俺の分を泣いてくれているのか?
そう考えると今までの事にも説明がつく。
まず、俺の見た夢。フラれたはずの彼女と付き合っている事を見た夢だ。
朝、現実に還った俺は泣きそうだった。しかし、時計の針が遅刻ギリギリまで迫っていて、慌てていたから悲しみを忘れていた。
もしあの時にいつも通りの時間だったら、大泣きのあまり、学校どころではない。
携帯の時刻が狂うなんて、この人形がやったのか?
電車の中で鞄が濡れていたのは、お茶をこぼしたからではなく、あの時から既に人形は泣いていたんだ。
朝の俺の分を…人形は泣いていたんだ。
そして、たった今。俺はあの子とのメールで泣きそうになった。
違う…今まで泣きそうになった、じゃなくて泣いていたんだ。
人形がいなかったらこの涙は俺の目から流れていたんだ。
代わりに人形が泣いてくれていたんだ。
俺が悲しさを感じなかったのは、忘れてたいたんじゃなくて、人形が吸い取ってくれていたんだ。
信じられない…しかし、それ以外に説明の仕様がないじゃないか。
でも、俺のせいで人形が泣くのはあまりに可哀相だと思う。
『ありがとな…でも、俺はもう泣かないよ。これから俺は強くなるよ。君の為に泣かない事にする。なんだって乗り越える』
俺は人形に深く誓った。
確かに、これから悲しい事なんて幾らでもあるさ。でも、それを含めて俺なんだ。
悲しみは忘れたくないんだ。
過去を忘れると言う事は、今までの自分を忘れると言う意味だから。
だけど、もう泣かない。
俺が不幸になればなるほど人形が不幸になるんじゃ…
俺はもう泣かないよ。