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happy merry go christmas

作者: 中路太郎

このお話はフィクションであり、実在の、個人、団体、ファンタジー的な存在とは、一切関係がありません。

 その日、空には雲一つない代わりに、薄い靄がかかったように星明りも見えなかった。

 街のイルミネーションが光の道を塞ぎ、地上には手一杯に持たされたような眩さがあふれかえっている。

 そんな街中にある洋食店、クリスマス亭。

 ディナー客も完全にはけ、厨房の火も落とされた店内は、静かに次の出番に控えていた。

 店の名前にもなっている明日の日を定休日にしているこの店では、実はこれからの時間が一年で最も忙しくなる。

「お祖父ちゃん」

 来客を知らせる扉のベルが鳴って、ダウンコートを着た大学生くらいの女の子が薄ら寒い店内に入ってきた。

 茶色のマフラーをした一見して地味な印象の彼女は、ほとんど椅子のあがった客席にポツンと腰掛けてテレビを見つめる老人に近づいた。

「もうみんな待ってるよ」

 明るい声で肩に触れられて、ゆっくりと老人は振り返った。

 七割くらいを和毛のような白い柔らかなもので覆われた顔が、彼女の方を見る。

 ごくりと唾を飲み下すと、猫じゃらしのような眉が上がり、鋭さを持った瞳が覗いた。

 ただ事ではないその様子に彼女は首を傾げる。

「どうしたの?」

「ゆ、由真……大変じゃぁ、た、滝川クリ○テルが、中継に出とる」

 枯れ木のような手で、彼女――由真の手を握った老人は、反対の手でテレビを指差した。

 見ると、確かに某人気キャスターが、大きなツリーのイルミネーションの前で中継をしていた。

 クリスマスの人出をレポートしているのだが、世に吹き荒れる不況の風もなんのその、若いカップルを中心に例年のそれと比べて劣る事もない。

「本当だ。珍しいね」

 いつもはスタジオで、なんだか斜めになってる所しか見たことがなかったので、言われてみれば珍しい光景だ。

 由真は笑顔を作って老人の手を握り返す。

「大丈夫だよ、ちゃんと録画してるから」

 普段なら次の日の仕込などで、この時間のテレビを老人は見ることが出来ない。

 その為、この女子アナの出ているニュースショーをビデオ(ディスク媒体を老人は扱えない)にとるのが、日頃の彼女の仕事の一つだった。

 クリスマスイブに特に予定も無く、祖父のためにビデオ予約する現状は正直どうなんだって感じだが、それでも今日は特別な日だ。

 恐らく今夜一番忙しい人物に対して、些細な不満など漏らせようはずもない。

 そう思いにこりと微笑んだ孫娘に、今にも泣きそうな顔で老人は哀願した。

「み、見にいっちゃダメかの?」

「はあ?! 何言ってんのっ? 今日が何の日か知ってるよね?」

 問われて、老人は蚊の鳴くような声で返事をする。

「…………クリスマスイブ」

「そう! 後何分かでクリスマスだよ!!」

「……って言っても、日本人とか……クリスチャンそんな居ないじゃん……クリスマスなんかイベント感覚じゃん……」

「日本人が日本でどんなクリスマス過ごそうと勝手でしょ!」

「寂しい言いようじゃのー」

 少女の剣幕に押されながら、老人は拗ねたようにヒゲをプチプチ抜き始めた。

「そんな事言われても……クリスマス毎年あるし……なんたって生中継じゃし……」

「お祖父ちゃん……っ……このっ! うすら馬鹿っ!」

 半世紀近く年の離れた人間に、べちこーんとおもっくそ頬をはられて、老人は椅子から転げ落ちた。

 ごろごろごろーと転がってイミテーションの暖炉にごちんと頭をぶつける。

 季節はずれの大きな紅葉の咲いた頬を抑えながら顔を上げて、老人はぎょっとした。

 由真が、涙を流していた。

 決して、今年も独り身だった自分を哀れんでのものでは無い。

「ゆ、由真」

 悔しそうな孫娘の泣き顔に老人はかける言葉が見つからない。

 やがて絞るような声が聞こえて来た。

「きょ、きょうはクリスマスなの……一年で今日だけは誰でも無条件で幸せになって良い日なの。そんな日に、お祖父ちゃんだけは絶対そんな事言っちゃダメでしょ」

 そう言ったきり俯いてしまった由真を見て、驚きから上がっていた老人の眉がユックリと降りていった。

 そのまま普段の優しげな顔に戻る。

「……そうじゃな……」

 老人は立ち上がると、そっと孫娘の肩に手を置いた。

「ワシが、間違っておったようじゃ。すまんかった。……少し嫌気が差していたのかも知れんな」

「お祖父ちゃん……」

 顔を上げた由真に、微笑んで見せた老人は窓の外の景色を見た。

 窓外には輝くイルミネーション。

 どこか浮ついた雰囲気に、そこらから流れるクリスマスソングが、道行く人の足取りを軽くしている。

「毎年毎年、どれだけやっても、どの家に行っても、ビスケットとミルクビスケットとミルク。まともな評価どころか、クリスマス以外には話題に上る事も無い。珍しく名前が出てきたと思えば、ビックフットとほぼ同じ扱いの論争……!」

 どこか遠くを見ている老人は、つらつらと不満を語っていく。

 相当溜まっているものがあったのだろう、悔しそうに握った拳がそれを物語っていた。

「しかし、そんな事は些細な事であったのじゃな。ただ、子供たちの喜ぶ顔、それを見られれば幸せなんじゃ」

「お祖父ちゃん…」

 シワシワの指が、由真の頬から涙の粒を掬った。

「ほら、今日は誰でも幸せな顔をしとらんとダメなんじゃろ? そんな顔をしとるとサンタに笑われてしまうぞ」

 くすぐったそうに片目を細める由真に、老人はウインクを投げた。

 いかにもやりなれていないギャップのあるその仕種に、思わず微笑んでしまう。

「サンタって……自分でしょ」

 由真は立ち上がると、コートのポケットから帽子を取り出した。

 赤く年季の入った三角の帽子。

 丁寧にそれを祖父の頭にかぶせると、頬に小さくキスをした。

「ほっほっほっ」

 照れたような由真の頭を撫でて、老人は扉の側に立った。

 ノブを回して、体を外に出す。

 ベルが鳴り、扉が閉まる瞬間、老人が隙間から顔を出した。

「由真」

「何?」

 優しい空気の流れる店内に、老人がもう一度微笑みを投げる。

「メリー……クリステル」

「てめぇ行く気だろ」

 手を伸ばすが、バタンと勢い良く扉が閉まり、あっという間に大きな足音が遠ざかっていった。

 慌てて表に出ると、既に赤い背中は遥か遠くで小さく踊っている。

「おぉーほっほっほっ」

「戻って来いじじいィィィィィィィィ!!!」

 こうしてこの年のクリスマス、笑うセールスマンみたいな笑い声を残して、サンタは滝川クリ○テルを見に行ったのだった。


昔、たまには季節感溢れるものを、と思って書き始めたお話なんですが……まさかのフリー…。元々このダジャレが言いたくて書き始めたんで一気にモチベーションがゼロになった思い出があります。


ちなみにこの後ヒロインがヤ○ザみたいな九頭のトナカイと共にプレゼントを配るって言う話だったんですが……まさかのフリー…。

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― 新着の感想 ―
[一言] まぁ、確かに面白いっちゃあ面白いけど・・・ 季節考えような・・・
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