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番外編 第三話:リヒトの災難

(リヒト視点)


ジャック邸の執務室。


重厚な扉をくぐった瞬間、リヒトの背中に嫌な汗が流れた。


デスクの向こう側に座るこの王弟が、自分を快く思っていないことくらい、言われずとも分かっている。


「座れ」


開口一番、ジャックは傲慢不遜な態度で告げた。


「お前、闇ギルドの長をやれ」


「……はい?」


一瞬、何を言われたのか理解できなかった。間抜けた声が漏れる。


「先日、闇ギルドを再編させた。その取り纏めができる者を探していてな。ちょうど南東区画の再開発も一段落しただろう」


ジャックは事務的に、だが有無を言わさぬ圧力で言葉を重ねた。


「お前が、今日から闇ギルドの長だ」


二回言った。王弟の命令だ、そこに拒否権など存在しない。


「……何で、俺なんですかね」


せめて納得できる理由が欲しくて、リヒトは食い下がった。


「勘だな」


ジャックは、獲物を追い詰めた猛獣のようにニヤリと笑う。


「勘弁して下さいよ…………」


あまりに放り投げた回答に、リヒトが困り果てていると、ジャックはおもしろそうに目を細めた。


「なんだ、この英雄の『勘』を疑うのか?」


だが、次の瞬間。ジャックの瞳から温度が消え、冷徹な支配者の顔へと変わった。


「……危険地帯での立ち回りと手腕は見事だった」


「その後の復興でも、荒くれ者たちが皆お前を信頼し、協力していたな」


「腕っぷしも強く、頭の回転も早い。汚い仕事にも、今更抵抗はないだろう……適任だ」


「……そこまで、買ってくれていたとは」


リヒトは不意を突かれ、言葉を失った。そこまで自分を見ていたのか。


ジャックは冷静な目でリヒトを射抜く。


そして。


ーー本音を落とす。


「何より、お前はエレナを裏切らない」


リヒトの心臓が、跳ねるように脈打った。


(……この男は)


目の前の男は、リヒトがエレナに抱いている「秘めた想い」さえも利用し、彼女を守るための盾にしようとしている。


嫉妬に狂うほど彼女を愛している男が、あえて恋敵に背中を預けるというのか。


ジャックの底知れぬ愛の強さと、その覚悟に、リヒトの背筋を震えが走った。


リヒトは観念したように、深く肩を落とす。


「……わかったよ」


腹は決まった。リヒトの瞳に、鋭く強い意志が宿る。


「守ってやるよ。国も……」


そして、届かぬ恋心を飲み込んで、静かに続けた。


「彼女も」


ジャックは満足げに、傲岸な笑みを浮かべた。


「期待している」


ふと、思い出したようにジャックが指を鳴らす。


「影を紹介しておく。今後、関わることも増えるだろう」


(国の諜報機関のモンまで紹介かよ。……これ、死ぬまで逃げらんねぇなぁ)


諦めモードのリヒトの前で、空間がス……と揺らめいた。


音もなく、黒装束を纏った青年が姿を現す。


「……よろしくお願いします」


「うおっ! いきなり現れんなよ!」


正反対の二人が、鬼上司の無茶ぶりな仕事を通して、やがて「無二の親友」となるのは――もう少しだけ、先のお話。



(ジャック視点)


国には表と裏がある。


表が光り輝くほど、その背後に落ちる影は深く、濃くなる。


エレナという存在がこの国に与えた影響は、計り知れない。


ヴァルデンライヒ王国は彼女の知識という恩恵を受け、かつてないほどの繁栄を遂げ始めた。


だが、それは同時に歪みも生む。


ルーメンシュタット魔道皇国との国交もそうだ。


交わるはずのなかった二つの強国が手を組んだという事実は、周辺諸国にとって脅威でしかない。


小国の反発は必至だ。水面下で、どのような奸計が巡らされるか分かったものではない。


だからこそ、あの傲慢なヴィルヘルムも、レオンハルトを弟子に取ったのだろう。


あいつも聡い男だ。エレナを狙う火の粉を払うための「手」を増やそうとしている。


我々は幾重にも情報を秘匿している。


だが、執拗に調べを進めれば、いずれはこの繁栄の源泉たるエレナに辿り着く輩も現れるだろう。


ならば、彼女を守る盾は、多ければ多いほど良い。


リヒト。


あいつは、ちょうど良い駒になる。


あの男がエレナに向ける思慕の情は、正直に言えば不愉快極まりない。


叩き潰してやりたいとさえ思う。


だが、その濁りのない執着こそが、裏社会という泥沼において、エレナを守る最強の盾と成り得る。


せいぜい、その命を賭して働いてもらうとしよう。


執務室の椅子に深く背を預け、俺は冷酷な支配者の顔で思考の海に沈む。


盤上の駒は揃いつつある。


たとえこの世界すべてを敵に回そうと、彼女の日常を乱すものは許さない。


「エレナ……俺のすべてを懸けて、君を守ろう」


窓の外、穏やかな陽光の下で笑う彼女の姿を思い描きながら、俺は静かに、けれど誰にも譲らぬ決意を口にした。


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