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エピローグ:幸せな終焉

湖を照らす陽光は、どこか弱々しく、柔らかな色になり始めていた。


ルーメンシュタット魔道皇国との国交樹立。


その親善を兼ねた私談の場として選ばれたのは、エレナの提案によるピクニック形式の茶会だった。


ヴァルデンライヒ王弟、ジャックの邸宅。その広大な人工湖のほとりには、色とりどりの食事が並べられていた。


「おい、貴様……」


ジャックが、地を這うような低い声で唸った。その視線の先には黒髪の客人がいる。


「なんだ、王弟」


「……その姿はどうした」


そこにいたのは、威厳あふれる魔道皇帝の姿ではない。


かつてエレナが保護した、八歳ほどの愛らしい少年の姿――『ビル』だった。


中身は傲岸不遜な皇帝そのものだが、見た目は無垢な子供だ。


ビルは苦笑いするエレナにちょこんともたれかかり、幸せそうにサンドイッチを頬張っている。


その態度は「存分に甘える所存だ」とでも言わんばかりに堂々としていた。


ジャックの額に青筋が浮かぶ。


しかし、ヴィルヘルムの狂信的な側近であるエーレンとガルドの二人は、主の微笑ましい(?)姿を眺めてニコニコとしているだけで、止める素振りなどこれっぽっちもない。


「叔父上、今日くらい良いじゃないですか。私談プライベートですしね」


隣でデザートゼリーをご機嫌に頬張っていた王太子レオンハルトが、のん気に口を挟んだ。


皇国との交流により、魔塔の責任者である彼は大量の魔石や新技術を手に入れ、最近すこぶる機嫌が良いのだ。


(この裏切り者め……)


ジャックは内心で悪態をつくが、レオンハルトは構わず続けた。


「ですが、魔術で肉体年齢を変えるなんて、僕でも至難の業です。……少し、悔しいですね」


王国一の魔道師を自負する彼が、一瞬だけ唇を噛む。すると、ビルがじっとレオンハルトを見つめた。


「小僧、今度時間を作れ。俺が導いてやる」


その場にいた面々が、驚きに目を見開いた。


大陸最強の魔道士が開発した術理など、本来なら国家機密の最たるものだ。


「良いのか……? 友好関係になったとはいえ、他国の王族にそこまで手の内を晒して」


訝しむジャックに対し、ビルはブレない瞳で言い放つ。


「エレナの守護者は、多いに越したことはない」


「……ならば、良いか」


こちらもブレなかった。エレナの安全が第一なのはジャックも同じである。


「やった!」と拳を握りしめて喜ぶレオンハルト。


主君の決定に、全肯定で頷きニコニコと……以下同文な狂信者コンビ。


その中で、王太子の側近ルーカスだけが、天を仰いでいた。


(よくねーよ! 皇国の側近たちも呑気に微笑んでないで止めろよ、国交問題だぞこれ!)


我慢の限界が来たのか、ジャックがエレナの腰をぐいと自分の方へ引き寄せた。


すると「む、」と不満げな声を漏らしたビルが、反対側の腰に縋り付く。


「もう、二人とも。しょうがないわね」


エレナは困ったように笑いながら、左右にいる二人の頭をポンポンと優しく撫でて宥めた。


「これからは転移魔法で簡単に来れるからな」


エレナを見上げ、楽しそうに話すビル。


「そんな気軽に国境を越えて来るな!」


「……遠距離転移も学べるのかぁ、すごいなぁ」


「…………(俺は何も聞いてない、見てない)」


怒るジャックと、ワクワクが止まらないレオンハルト。一人遠い目をしているルーカス。


その賑やかな光景に、エレナはくすくすと声を立てて笑い出した。


光が木の葉を揺らし、芝生の上に柔らかな模様を描いている。

爽やかな風が吹き抜ける、夏が終わろうとしていた。



彼は、心の底から満たされていた。


もう、愛を知らない孤独な少年はどこにもいない。


少女は心を込めて、目の前の「少年」に、そして「彼」に、祈るような慈しみを込めて伝えた。


「あなたがそうやって笑ってくれるのが……私、何よりも嬉しいわ」


やはり、彼女といると心が温かくなる。


この気持ちが、家族としての愛なのか、あるいは別の何かなのか、彼にはまだ分からない。


けれど、もう少しだけ、この温もりに包まれていたい。


いつまでも、いつまでも、この時間が続けばいいと願う。


少年は少女の温もりに深く身を沈め、静かにまどろんでいた。


それは孤独の終焉。

彼の運命は、今この瞬間、この腕の中から新しく始まっていく。



ーー第三章 完ーー

第三章完結となります、最後までお読み頂きありがとうございました。

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