第十八話:魔道将軍の慟哭
月光に照らされた中庭で、二つの影が激しく交錯していた。
静まり返った夜の空気を裂き、魔力がぶつかり合う音だけが響いている。
レオンハルトの指先が、わずかに動いた。
ほんの微かな動きだった。
だが――
次の瞬間。
無数の風の刃が生まれる。
唸りを上げて空気を裂き、幾重にも重なりながら、暴風の群れとなってガルドへ襲いかかった。
「――ッ!」
ガルドは地を強く踏み込み、剣を振り抜く。
刃に魔力を纏わせる。
剣閃が走った。
鋭い衝突音が連続して夜を裂く。
一つ。
二つ。
三つ。
襲い来る風刃を、すべて力任せに薙ぎ払う。
弾ける風が周囲の木々を揺らし、砂塵が舞い上がった。
吹き荒れる風の中、ガルドはそのまま地面を蹴った。
石畳が砕ける。
「ガァァァァァッ!!」
獣のような咆哮。
そのまま振り下ろされる一撃。
圧倒的な膂力と魔力を乗せた斬撃が、真っ直ぐレオンハルトへ叩き込まれる。
レオンハルトの目が、わずかに細まった。
瞬時に障壁を展開する。
透明な魔力の壁が、二人の間に立ち上がった。
轟音。
ガルドの剣が障壁へ叩きつけられる。
衝撃が中庭全体へ広がった。
だが――それで終わらない。
「こんなもん――」
ガルドの剣に炎が灯った。
赤い魔力が刃を包み込み、爆ぜるように燃え上がる。
炎は獣のように唸り、剣そのものが燃え盛る塊となる。
そのまま、もう一度振り下ろした。
「ぶっ壊してやるよっ!!」
凄まじい衝撃が中庭を揺らした。
――バキンッ。
障壁が、悲鳴のような音を立てる。
そして次の瞬間。
無数の破片となって、砕け散った。
魔力の欠片が、夜空へ四散する。
破片はそのまま、散弾のようにガルドへ襲いかかった。
「これは読めなかったかい?」
レオンハルトが、かすかに嗤う。
――刹那。
無数の破片がガルドの身体へ突き刺さった。
「グフッ……!」
鈍い音が重なる。
肩。
腕。
脇腹。
全身に鋭い傷が刻まれる。
鮮血が石畳へ滴った。
赤い滴が、月光を反射して散る。
ガルドの身体が、ぐらりと揺れる。
それでも倒れない。
レオンハルトは一歩、静かに踏み出した。
「降伏を」
低く、静かな声だった。
だがその声音には、確かな威圧が宿っている。
戦いの終わりを告げる声。
だが――
その一瞬。
レオンハルトの意識が、わずかに緩んだ。
ほんの僅かな隙。
だが。
戦場では、それだけで十分だった。
ガルドは――逃さない。
脇腹に深く突き刺さっていた障壁の欠片。
普通ならば、出血を抑えるために抜かずに戦う。
だが、ガルドは。
「――ッ!」
それを一気に引き抜いた。
血が飛び散る。
肉を裂く音が、夜の静寂に生々しく響いた。
そして。
そのままレオンハルトへ突き出す。
「ッ!」
鈍い感触。
欠片がレオンハルトの肩へ深く突き刺さった。
レオンハルトは瞬時に飛び退いた。
石畳を滑り、数歩距離を取る。
肩を押さえ、息を整える。
指の隙間から血が流れ落ちていた。
「……」
鋭い視線がガルドを射抜く。
対するガルドは――
「ハッ……!」
口元を歪めて笑った。
全身血濡れ。
満身創痍。
それでも、勝ち誇るように。
「場数が違うんだよ!」
吐き捨てる。
荒い呼吸の合間に、血が混じる。
それでもその笑みは、消えない。
レオンハルトは肩を押さえたまま、静かに問いかけた。
「……何故、そこまで」
月光が二人の間に落ちる。
夜は静かだった。
先ほどまでの激突が嘘のように。
レオンハルトの瞳が、わずかに揺れる。
「これは」
ゆっくりと言葉を続ける。
「大義の無い戦いと、理解しているだろう」
ガルドの身体が、わずかに震えた。
口端から鮮血が溢れる。
「……俺たちは……」
声が掠れる。
喉が焼けるように痛む。
それでも言葉を絞り出す。
「主が一番苦しんだ時に……」
言葉が途切れる。
拳が、震える。
「お守りすることが……出来なかった……」
歯を食いしばる。
血の味が口いっぱいに広がる。
「無能な家臣だ!!」
己の魂を削る様な叫び。
夜空へ突き刺さる慟哭。
ガルドの目に涙が滲む。
「そんな、忠臣の風上にも置けない俺たちを……」
声が震える。
「それでもあの御方は……頼って下さった」
涙が頬を伝う。
血と混ざり、石畳へ落ちた。
ガルドの膝が、ゆっくりと崩れる。
石畳へ落ちた。
重い音が響く。
「なぁ……」
顔を上げる。
レオンハルトを見る。
涙で滲む瞳で。
「頼むよ……」
震える声。
「あの子を……陛下にくれよ」
月光が二人を照らしている。
夜は静かだった。
「……」
レオンハルトは何も言わない。
ただ、立っている。
ガルドは涙を流し続けた。
「あの御方が……」
声が崩れる。
「初めて求めてくれたんだよ……」
肩が震える。
「何も願わなかった……あの御方が……」
そして。
完全に膝をついた。
剣を落とす。
石畳に乾いた音が響いた。
その音は、どこか敗北の音にも似ていた。
「……頼むよ」
夜の中庭で。
騎士としての誇りも、最強の魔道将軍としての体面も、すべて投げ捨てて。
ただ一筋の「奇跡」を、血を吐くような想いで祈り。
救いのない月光の下、独りの主君に捧げる、無力な涙をこぼしていた。




