第十六話:黄金の檻
豪奢な回廊を、一行は静かに進んでいた。
高い天井から吊るされた魔導灯が柔らかな光を落とし、磨き上げられた大理石の床に人影を長く映している。
先頭を歩くのはエーレンだ。
慣れた足取りで皇宮の奥へと皆を導いている。
その後ろにヴィルヘルム。
さらジャックが続き、その少し後ろをエレナとレオンハルトが並んで歩いていた。
最後尾にはガルド。
静かな気配をまといながら、周囲をさりげなく警戒している。
回廊には、靴音だけが規則正しく響いていた。
しばらく進んだところで、レオンハルトがふと思い出したように口を開いた。
「……皇帝陛下に聞きたいことがあるのですが」
ヴィルヘルムは歩みを止めず、わずかに視線だけを寄越す。
「構わない、申せ」
その声は低く落ち着いていて、回廊の静けさによく馴染んでいた。
レオンハルトは一瞬だけ言葉を選び、続ける。
「お身内に、黒髪で金の瞳をした……八歳くらいの少年はいませんか」
その言葉に、エレナの肩がぴくりと揺れた。
反応しそうになるのをこらえ、静かに耳を傾ける。
ヴィルヘルムはすぐには答えなかった。
ほんの少しだけ考えるように視線を落とし――
やがて、静かに口を開いた。
「……心当たりはある」
短い言葉。
だが続けて、落ち着いた声で言い添える。
「のちほど説明しよう」
それだけだった。
レオンハルトは小さく頷く。
(やはり……)
胸の内で思う。
(魔道皇帝の関係者だったのか)
あの少年の只者ではない気配。
あの底知れない魔力。
無関係なはずがない。
そのやり取りを聞いていたジャックは、表情こそ変えないものの、わずかに目を細めていた。
ほんの僅かな警戒が、その瞳に滲んでいる。
その時だった。
先頭を歩くエーレンが、ちらりと後方へ視線を送る。
ほんの一瞬。
誰にも気づかれないほどの、わずかな合図。
しかし――
最後尾を歩いていたガルドの目が、静かに細められた。
その視線を、確かに受け取った。
何事もなかったかのように前を向いた。
回廊には、ただ規則正しい足音だけが響いていた。
*
通されたのは、静寂に満ちた迎賓室だった。
重厚な意匠が施された扉が、背後でゆっくりと閉まる。
扉が閉まった、その刹那――
エレナの胸元に飾られた百合の花が、淡い光を放ちはじめた。
「エレナ……ッ!」
異変を察したジャックが、咄嗟に手を伸ばす。
その細い腕を掴もうとした――その時。
バチンッ……!
鋭い衝撃音が広間を裂いた。
不可視の障壁がジャックの腕を激しく弾き飛ばし、強引にエレナから引き剥がす。
「なっ……!?」
「叔父上! ……くっ、エレナ嬢!」
レオンハルトが即座に魔力を練り上げた。
結界を破ろうと手をかざす。
しかし――
触れた瞬間、弾かれた。
まるで、最初から拒絶されているかのように。
「馬鹿な……!」
レオンハルトの瞳が見開かれる。
「この僕の干渉すら受け付けない結界だと……!?」
触れることすら許されない。
絶対的な拒絶。
黄金の光は、エレナだけを優しく包み込んでいく。
まるで守るように。
あるいは――閉じ込めるように。
その光の檻の中へ。
ゆっくりと、一人の男が歩み寄った。
ヴィルヘルム。
彼は何の抵抗も受けない。
結界はまるで、彼を迎え入れるように静かに開く。
そして――
エレナの華奢な手を、そっと包み込んだ。
その仕草は驚くほど優しく、愛おしげだった。
黄金の光が、歓喜するように揺れる。
「……お待たせ、エレナ」
その顔にあったのは。
先ほどまでの冷徹な皇帝の表情ではない。
心の底から嬉しそうに。
蕩けるような、甘い微笑み。
その声。
その響き。
「…………ビル?」
エレナの瞳が、大きく見開かれる。
その名が零れた瞬間――
広間の空気が止まった。
ジャックとレオンハルトが、同時に息を呑む。
そのとき。
空間が、ぐにゃりと歪んだ。
黄金の光が一際強く弾ける。
「――ジャック様……っ!!」
「エレナッ!!」
互いに必死に手を伸ばす。
届かない距離を、必死に越えようとする。
だが。
ヴィルヘルムとエレナの姿は、陽炎のように揺らぎ――
「……っ」
光が弾けた。
そこにはもう、誰もいなかった。
残されたのは。
愛する者を奪われた、空虚な空間だけ。
一拍の静寂。
そして――
「ヴィルヘルムーーーーーーーッ!!」
ジャックの咆哮が、石造りの部屋を激しく震わせ、狂おしく響き渡った。




