第十五話:断罪の宴(後編)
静まり返った大広間に、断罪の宣告が重く落ちる。
「……王座を汚した大罪。毒を盛り、血を穢し、この私を欺こうとしたその愚行」
一歩、確実な足取りで男が踏み出す。
翻る漆黒の外套が影を落とし、鋭い眼光がルードヴィヒを真っ向から射抜いた。
「……その身で贖うがいい。跪け。――逆賊、ルードヴィヒ」
支配の波動に、空気が凍りつく。
そして、その沈黙を切り裂くように、力強い叫びが轟いた。
「――真なる皇帝の帰還である!」
エーレンの声が、雷鳴の如く大広間に響き渡る。
その宣言は、貴族たちの胸を鋭い一撃となって打ち抜いた。
続いてガルドが一歩前へ。
「――ッ!」
鋭い金属音を響かせ、一閃。抜剣した剣先を大理石の床へと突き立て、喉が張り裂けんばかりに吠える。
「全員、真の主君に敬意を捧げよ!」
――ザザッ。
一斉に、激しい衣擦れの音が重なる。
ルーメンシュタットの貴族たちが、次々とその場に膝をついた。
「ヴィルヘルム陛下が……生きておられた……!」
「ああ、我らが光……これで皇国も安泰だ……!」
感極まり、震える声で呟く者。
嗚咽を堪え、震える肩を抱きしめる老臣。
歓喜に打ち震え、その御姿を瞳に焼き付けようとする若き貴族たち。
広間を支配したのは、偽りの祝祭ではなく、真の主君を仰ぐ狂おしいほどの熱狂だった。
*
眼の前の光景を、ルードヴィヒは蒼白な顔で見つめていた。
奥歯がガチガチと音を立て、止まらない。
(何だこれは……一体、何の悪夢だ……!)
なぜ生きている。あの時、この手で、確かに何度も突き刺したはずだ。あの深手で生きていられるはずがない。どうして、どうして……ッ!
「あ、ああ……あ、兄上……。違、違うのです、私は……私はただ……国を想い、良かれと思って……」
ルードヴィヒの膝ががくりと折れ、大理石の床へ崩れ落ちた。
隣では、セラフィナもまた激しく震えていた。
真っ白な指先で顔を覆い、大粒の涙を零し始める。
「お許しください、陛下……! 私は、私はただ、ルードヴィヒ様に唆されて……っ」
(……どうする? 何としても、何としてもこの場を収めなければ!)
「セラフィナ、お前……っ!?」
ルードヴィヒの驚愕の声を余所に、彼女はさらに悲劇のヒロインを演じる。
「本当は、……本当は、ずっと貴方様だけをお慕いしておりました。わたくしを、どうか信じてくださいませ……!」
(大丈夫。この「人形皇帝」は、女の涙に弱いはず。昔のように、私の言葉を信じるはず……!)
震えるか細い声。彼女は顔を上げると、縋り付くようにヴィルヘルムへと手を伸ばした。
ヴィルヘルムは、冷めた目で、足元に縋る女を見下ろしていた。
差し出された偽りの愛。その裏側に透けて見える、浅ましい打算の色。
感情を持たぬ「人形」だったかつての自分なら、見抜けなかったかもしれない。
だが、今は違う。
無償の愛と温もりを知った。
彼女がくれた陽だまりのような日々を知ってしまった自分には、この女の言葉は、薄っぺらで、浅ましく見える。
ヴィルヘルムは、心底退屈そうに溜息を漏らした。
「――茶番は終わりだ」
その瞳に、絶対的な支配者の力が宿る。
瞬間。
大広間の空気が、重く沈んだ。
圧力が、会場全体を無慈悲に押し潰す。
「が、はっ……!?」
「あ……っ!」
ルードヴィヒとセラフィナは、強制的に冷たい床へと叩き伏せられた。
ヴィルヘルムが、塵を払うかのように軽く手を振る。
ただそれだけの所作。
「があぁぁぁぁ――――ッ!」
「いやぁぁぁぁぁ――――ッ!」
二人は何かに首を絞められたかのように、喉を掻きむしり、苦しみ悶え始めた。
不可視の魔力の檻。逃げ場のない断罪の檻。
「逆賊共を連れて行け」
ガルドの地を這うような低い命令が下った。
待機していた騎士たちが、暴れる二人を取り押さえ、大理石の床を引きずるようにして連れ去っていく。
遠ざかる悲鳴が扉の向こうへと消え、後に残されたのは張り詰めた静寂。
ヴァルデンライヒ王国の面々は、緊迫した面持ちでその一部始終を見届けていた。
特にジャックの瞳は、獲物を狙う獣のような鋭さで、壇上のヴィルヘルムを射抜いている。
「……ヴァルデンライヒ王国の王弟よ」
ヴィルヘルムは、先ほどまでの激情を削ぎ落とした無表情のまま、静かにジャックと向き合った。
「見苦しい内輪の揉め事を見せ、迷惑をかけた」
感情を排した、淡々とした声音。
「非礼を詫びるためにも、改めて別の席を設けたい。……異存はないか」
重苦しい沈黙が、両者の間に流れる。
やがてジャックは、測りかねるような沈黙を破り、短く無言で頷いた。
その腕は、威嚇するようにエレナの腰を強く抱き寄せている。
断固として、誰にも触れさせぬという守護の構え。
だが、エレナの意識は、別の場所にあった。彼女は、壇上に立つヴィルヘルムの瞳をじっと見つめていた。
(……やっぱり、似てる。ビルに……)
吸い込まれそうな琥珀の輝き。
その時だった。
ふ、と。
ヴィルヘルムがエレナを見つめ返した、その刹那。
鋭かったその瞳が、まるで春の陽光を浴びた氷のように、ふわりと柔らかく蕩けた。
それは、エレナにだけ見せていた、あの幼い「ビル」の顔だった。
「……ッ」
エレナの心臓が、大きく、どくりと跳ねる。
理由のわからない動揺が、胸の奥を激しくざわつかせた。
「――皆様、こちらへ。ご案内いたします」
その視線の交差を断ち切るように、エーレンが静かに一礼し、別室へと先導を始めた。




