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第十話:簒奪者たちの茶番

魔道皇国ルーメンシュタット。


大陸随一の魔力を誇るその都の中心にそびえるのは、黒曜石で築かれた漆黒の宮殿。


まるで光そのものを吸い込み、影だけを吐き出すかのような威容。

天を突く尖塔は夜空を裂き、重厚な装飾は冷たい威圧を放つ。


荘厳で、静謐せいひつで――

そしてどこか、息苦しい。


だが今、その静寂は乱れていた。



皇帝の執務室。


豪奢な黒檀の机。

金糸で縁取られた深紅の絨毯。

歴代皇帝の肖像が無言で見下ろす空間で、ひとりの青年が怒声を響かせる。


ルードヴィヒ・フォン・ナハトライヒ。

簒奪によって玉座を得た、新皇帝。


「兄上はまだ見つからないのか!」


「何をしている! それでも魔道皇国の近衛騎士か!」


跪く騎士たちの額に冷や汗が滲む。


「申し訳ございません。尽力しておりますが、未だ痕跡を見つけること出来ず……」


その言葉が終わる前に――


ガシャンッ!


卓上の水晶杯が床に叩きつけられ、砕け散る。


「無能どもが……!」


皇帝の座に就いたはずの男の顔にあるのは、威厳ではなく焦燥。


――死体がない。


それだけが、彼の胸を締めつけていた。


毒は確実に回っていたはずだ。

刃も、何度も突き立てた。


それでも。


兄の魔力は規格外だった。

“死んだ”と断じきれない不安が、消えない。



「ルードヴィヒ様、落ち着かれて下さいませ」


柔らかな声が張り詰めた空気を撫でる。


執務室の奥、ゆったりとしたソファに腰掛け、優雅に紅茶をたしなむ女性。


侯爵令嬢セラフィナ・フォン・リリエンタール。


薄桃色の唇に微笑みを浮かべ、鮮やかな濃茶の髪を揺らす。

この場でただ一人、余裕を失っていない存在。


「あの状態では、助かるはずもありませんわ」


静かな声音。


ルードヴィヒが振り返る。


「……そうかもしれないが」


言葉とは裏腹に、瞳の奥に残る疑念。


セラフィナはそっとカップを置く。


「それよりも、ヴァルデンライヒ王国との国交を開く事が先決ですわ」


話題を切り替える。


「ルードヴィヒ様の皇位を盤石にするためにも」


外に向けて安定を示し、新皇帝の正統性を演出する。

そして、国内の反対勢力を封じる。


そのための外交。


ルードヴィヒの呼吸が、わずかに落ち着く。


「あぁ……そなたは、皇后にふさわしい素晴らしい女性だ」


安堵と陶酔が滲む声。


セラフィナは目を伏せる。


「身に余るお言葉ですわ」


だがその唇の端には、わずかな愉悦。


ルードヴィヒは彼女を抱き寄せる。


「兄上の時代は終わった」


自分に言い聞かせるような呟き。


「ええ……これからは、貴方様の時代ですわ」


甘く絡む声。


やがて二人は、ゆっくりと唇を重ねた。


歴代皇帝の肖像が見下ろす中で交わされる、簒奪者たちの口づけ。


だが玉座はまだ、沈黙している。


真の主を失ったまま――否、

失ってはいないかもしれないまま。



(セラフィナ視点)


幼い頃から、わたくしは特別だった。


容姿も家柄も教養も。

誰もが羨み、誰もが未来の皇后と囁いた。


そしてわたくしは、ヴィルヘルム様の婚約者となった。


漆黒の黒髪。

神秘的な、琥珀にも見える金色の瞳。


あの美貌に胸を高鳴らせたのは、最初だけ。


やがて分かった。


彼は、冷たい。


感情が見えない、何を考えているのか分からない。


まるで完璧に作られた人形。


国政を淡々と処理する、機能としての皇太子。


けれど。


わたくしが欲しかったのは――愛。


皇国一高い地位を持ち、

皇帝に深く愛される皇后。


ルードヴィヒ様は違う。


わたくしを抱きしめ、名を呼び、

美しいと囁いてくださる。


皇后となった暁には、

ドレスも宝石も、すべて思うままにと。


ヴィルヘルム様には申し訳ないけれど。


毒を飲んで頂いた。


魔力を奪えば何とかすると、ルードヴィヒ様は仰ったから。


あの夜の光景が、脳裏に鮮やかに蘇る。


苦しげに息を乱すヴィルヘルム様。

床に広がる血。

それでも最後まで、あの方は表情を崩さなかった。


そして――


わたくしとの愛のために、何度もヴィルヘルム様を短剣で傷つけるルードヴィヒ様の姿。


迷いのない刃。

震えるほど必死な眼差し。


ああ。


あの瞬間、胸が震えた。


わたくしのために。

わたくしとの未来のために。

あの方は、実の兄に刃を向けたのだ。


その姿は、あまりにも真摯で、あまりにも情熱的で。


感動すら覚えた。


――これほどまでに愛されているのだと。


遺体は見つかっていないけれど。

あの傷なら、長くはもたないはず。


あれほどの毒。

あれほどの出血。


生き延びられるはずがない。


これからは、わたくしたちの時代。


輝かしい未来。

祝福の歓声。

皇后の玉座。


ふふっ。


なんて素敵な人生なのかしら――。


こうして、簒奪者たちの優雅な茶番は進んでいく。


この後に待ち受ける、

あまりに無慈悲な『幕引き』のシナリオも知らぬままに――――。


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