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第五話:蒼と菫の瞳

(ビル視点)


目が覚めると、美しい少女がいた。


白い天井。柔らかな寝台。清潔な香り。


――ここはどこだ……。


意識が浮上した瞬間、反射的に周囲を観察する。


逃走経路。窓の位置。扉までの距離。


そして、目の前の美しい少女。


いや――美しい、という言葉では足りない。


白金の髪が光を受けて淡く輝いている。

透けるような肌。整いすぎた輪郭。


そして何より、目を奪われたのはその瞳だった。


片方は澄みきった蒼。

もう片方は、薄紫を帯びた淡い菫色。


左右で色の違う瞳――オッドアイ。


(……なんだ、この女)


現実味がない。


夢か幻かと疑うほど、作り物めいている。


それでも、その瞳はまっすぐに自分を見ていた。


警戒している素振りも、打算もなさそうに。


ただ――心配そうに。


少女はビルの視線に気づくと、ほっとしたように息を吐いた。


「ここはローゼンバーグ領よ」


ローゼンバーグ領。


頭の中で地図をなぞる。


……ヴァルデンライヒ王国か。


(随分と遠い場所に来たな)


転移は成功したらしい。だが距離は想定以上だ。


「私はエレナ。あなたの名前は?」


エレナと名乗った少女は、まるで怯えも探りもなくそう聞いてきた。


名前か。


本名を名乗る愚は犯さない。


ほんの一瞬考え、


「……ビル」


と答えた。


少女の表情が、ぱっと明るくなる。


「ビルっていうのね。いい名前だわ」


……なぜ嬉しそうなんだ。


(変な女だ)


改めて自分の身体を見る。


細い腕。短い指。低い視界。


(……小さい)


どうやら魔力を使い過ぎたらしい、暴走寸前まで引き出した代償だろう。


魔力枯渇による肉体退行、子どもの姿に戻っている。


(……好都合だな)


警戒されにくいし動きやすい。


エレナは続ける。


「あなたは今、少し体調が悪いの。治るまでここにいなさい」


優しい声音。


だが、そんなものは信用しない。


(なにが狙いだ?)


恩を売るつもりか。身元を探るためか。あるいは――


「俺、なにも持ってないよ。金もない」


利用価値はないと、先に伝えておく。


無駄だ、と。


少女は一瞬きょとんとした。


理解できない、という顔。


そして――


ふわりと笑った。


それは、見たことのない笑顔。


まるで、何の打算もない子どものような。


「子どもが何言ってるの。早く元気になって」


……なんだ、それは。


胸の奥がわずかに揺れる。


知らない感覚。


動揺が広がる前に、ビルは少女を睨みつけた。


隙を見せるな。


誰も信じるな。


それが生き延びる唯一の術だ。


――人は裏切る。


必ず。


だから信じてはいけない。


そう、決めてきたのだから。


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