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第四話:何も持たない少年

ローゼンバーグ城の一室。


窓から差し込む夏の光が、白い寝台を淡く照らしている。


少年は酷く消耗していた。


衣服を脱がせると、あらわになった身体にエレナは息を呑む。


細い腕。

痩せた肋骨。

そして――無数の傷。


「……」


エレナは静かに布を絞り、丁寧に泥と血を拭っていく。


強く擦らないよう、そっと、そっと。


乾いた血が落ち、顔の汚れが取れていく。


現れた素顔に、思わず目を見張った。


「この子……随分綺麗な顔立ちね。八歳くらいかしら」


長い睫毛、整った鼻筋。

まだ幼いのに、不思議なほど整った輪郭。


「悪い人に追われてたのかな……」


腕に残る細い傷。

背中には、明らかに刃物でつけられたような痕。


エレナの指先が震える。


「傷は塞がっているみたいだけど……刺し傷がこんなに……」


何度も繰り返し、容赦なく刺された傷。


胸が、ぎゅっと締めつけられる。


こんな小さな子に。


「……大丈夫よ」


眠る少年の額に、冷たい布を当てながら、そっと呟いた。


「もう誰も、あなたを傷つけさせないわ」



数日後。


城の客間。


カーテン越しに柔らかな光が揺れる。


少年の瞼が、わずかに震えた。


「……ん……」


ゆっくりと目が開く。


琥珀にも、金にも見える、不思議な色の瞳。


「ここは……?」


警戒を含んだ声。


辺りを見回す。


見慣れない天井。

見慣れない部屋。


すぐに身体を起こそうとして、痛みに顔をしかめた。


「無理しないで」


穏やかな声。


ベッドの傍に座っていたエレナが、優しく微笑む。


「ここはローゼンバーグ領よ」


少年の視線が鋭くなる。


「私はエレナ。あなたの名前は?」


一瞬の沈黙、何かを計るように視線が泳ぐ。


やがて、小さく呟いた。


「………ビル」


「ビルっていうのね。いい名前だわ」


にこり、と柔らかく笑う。


少年――ビルはわずかに眉を寄せた。


「あなたは今、少し体調が悪いの。治るまでここにいなさい」


当たり前のように言う。


その言葉に、ビルは戸惑う。


「なんで……」


低く、掠れた声。


「俺、なにも持ってないよ。金もない」


エレナは、きょとんと目を瞬かせる。


そして、ふわりと笑った。


「子どもが何言ってるの。早く元気になって」


それだけ。


見返りも、条件も、探る様子もない。


ただ、心配そうに見つめるだけ。


「っ…………」


ビルの瞳が鋭くなる、エレナを睨みつける。


――信用するな。


そう教え込まれてきた目。


エレナは、その視線に気づいた。


彼の瞳は激しい拒絶の色を帯びている。


そして理解する。


あぁ……この子はきっと。


何らかの虐待を受けて育った子だ。


胸が痛む。


エレナは、ゆっくりと立ち上がる。


無理に距離を詰めない。


ただ、同じ目線の高さに戻る。


「焦らなくていいわ」


静かに言う。


「大丈夫。ここには、あなたを傷つける人なんていない」


その瞳には、濁りのない真実だけが宿っていた。


ビルの指先が、わずかに震えた。


その小さな変化を見逃さず、エレナは心の中で決意する。


――この少年と向き合おう。


精一杯、助けてあげよう。


それがどんな事情を抱えた子であっても。


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