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番外編 第二話:王太子の休息


王宮大庭園は、午後の陽光にきらめいていた。


色とりどりの花、優雅なティーテーブル、微笑む令嬢たち。


――完璧なお茶会。


ただし、王太子にとっては地獄だった。


事の発端は、数日前。


「軽い茶会だ。息抜きしてこい」


そう言った父王の言葉を、レオンハルトはちょっと怪しいと思った。


そして嫌な予感は的中した。


お見合いパーティー開催。


そして状況をさらに悪化させたのは、ただ一つ。


ジャックの婚約である。


かつて“結婚したい男No.2”だった王弟ジャックは、婚活市場から消えた。


その結果、“結婚したい男No.1”の王太子レオンハルトに令嬢が殺到した。


「殿下、こちらへどうぞ」


「殿下、先日の魔法研究のお話をぜひ」


「殿下、少しお時間を――」


距離が近い。


香水が強い。


視線が怖い。


レオンハルトは完璧な笑顔を張り付けたまま、小声で隣に呟いた。


「なぁ……」


側近ルーカスは直立不動。


「何故こんな目にあわなくちゃいけないんだ」


「文句なら直接国王陛下にお願いします」


即答だった。


「言えるわけないだろう」


笑顔のまま、目だけが死んでいる。


「僕は政務と研究で寝不足なんだぞ……」


わずかに声が震えた。涙目である。


「存じております」


ルーカスは静かに頷いた。


(同情はするけど代わりたくはないな)


心の中だけで付け足す。


その間にも令嬢の包囲は狭まっていく。


「殿下、お茶のおかわりを」


「殿下、こちらの席へ」


さらに近い。逃げ場がない。


そしてついに。


「先にお約束したのは私ですわ!」


「いいえ、私です!」


令嬢同士の火花が散った。


争奪戦、開幕。


レオンハルトは静かに立ち上がった。


(うん、無理)


「失礼する」


――撤退。


魔法を使っての全力撤退である。


振り返らない。止まらない。迷わない。


残されたルーカスは呆然と立ち尽くした。


「……え、これ俺が回収する案件?」


次の瞬間、背後で悲鳴と共にドレスの裾が舞った。


「キィーーーーーー!!」


華やかなお茶会、乱闘編へ突入。


側近、静かに現実逃避を決意した。



レオンハルトは庭園から離れると同時に、王宮の通路を早足で進んでいた。


いや、早足というよりほぼ逃走である。


後ろは振り返らない。振り返ったら終わりだ。


「父上め……どうしてくれよう……」


小さく漏れる怨嗟。


王太子としての威厳? そんなものは今ここにない。


静まり返った回廊に靴音だけが響く。


角を曲がり、さらに奥へ。人の気配が減っていく。


やがて辿り着いたのは、見慣れた扉の前だった。


王族専用の裏庭。


レオンハルトは深く息を吐く。


「ここなら王族以外来れないな……」


扉を開け、外へ出る。


初夏の柔らかな風が頬を撫でた。


「ほとぼりが冷めるまで隠れていよう……」


心からの本音だった。


――そして。


木陰のベンチに座る人物に気づいた。


ページをめくる音。


穏やかな横顔。


「……エレナ嬢?」


思わず声が漏れる。


驚いたように顔を上げ、彼女はぱっと笑った。


「レオンハルト殿下。こんにちは」


その笑顔は、つい先ほどまでの戦場とは別世界のものだった。


「ジャック様を待っているんです」


ふわりとした言葉。


柔らかい声。


穏やかな空気。


レオンハルトの肩から力が抜けた。


(……平和だ)


先ほどまでの香水と圧力と争奪戦。


それらすべてが遠い世界の出来事に思える。


胸の奥がじんわりと温かくなる。


(さっきの涙とは別の涙が出そうだ……)


エレナは本を閉じ、じっと顔を覗き込んだ。


「殿下、目の下のクマすごいですよ」


直球だった。


レオンハルトは一瞬言葉を失い、苦笑する。


「……そんなにひどいでしょうか」


「はい。とても」


容赦がない。


しばし沈黙。


そしてぽつりとこぼれる。


「実は……」


地獄のお見合いパーティーの顛末が語られた。


令嬢。香水。密着。争奪戦。逃亡。


話し終える頃には、レオンハルトの表情は完全に疲れ切っていた。


エレナは真剣な顔で頷いた。


「なるほど……」


深く頷く。


「さすが結婚したい男No.1……」


なぜか感心した。


「それならば――」


ぱっと表情が明るくなる。


「将来の甥のためにひと肌脱ぎます!」


意味が分からない。


レオンハルトが「?」と首を傾げた次の瞬間だった。


「膝に頭をのせて下さい、殿下!」


満面の笑み。


「……は?」


敬語が消えた。


「いや、何言って――」


言い終わる前に。


「えいっ」


ぐい、と頭を掴まれた。


「ちょっ」


抵抗する間もなく、視界が傾く。


そして――


ふわり。


やわらかい感触。


「……え?」


気付けば、レオンハルトの頭はエレナの膝の上にあった。


完全なる膝枕である。


「な、な、な、何してるんだ君は!?」


顔が一気に赤くなる。


だが頭はそのまま。動かない。


(やわらかい)


(なんかいい匂いする)


(やばい)


思考が混乱していた。


エレナは満足そうに頷いた。


「では始めますね」


「始める?」


次の瞬間。


指が髪に触れた。


優しく頭皮を揉みほぐす、一定のリズム。


「……っ」


思わず声が漏れそうになる。


「エレナ嬢は……こんな事まで出来るのか?」


驚きを隠せない声。


「いえ、以前領民に教わりましたの」


にこやかに答える。


(前世の記憶とは言えないしなぁ、結構上手だったのよね)


心の中で得意げに付け加える。


レオンハルトはしばらく固まっていたが、やがて肩の力が抜けていった。


緊張がほどける。


呼吸がゆっくりになる。


「……これは、すごいな」


目が半分閉じる。


頭を優しく撫でる指の感触。


木陰の風。


穏やかな空気。


眠気がゆっくりと押し寄せてくる。


「殿下、眠っても大丈夫ですよ」


優しい声。


レオンハルトは薄く笑った。


「本当に君は……」


まぶたが落ちる。


「昔から変わらないね……その優しさはずるい」


そのまま静かな寝息がこぼれた。


エレナの手が止まる。


「……昔?」


小さく呟く。


胸の奥がざわりと揺れた。


何かを思い出しそうで、思い出せない。


「……なんだろう」


風が葉を揺らした。



――そして。




エレナを迎えに来たジャックが


レオンハルトを蹴り飛ばすまで、あと30分。


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