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第二十二話:光が根付く場所


危険地域跡地に建てられた孤児院には、柔らかな陽光が降り注いでいた。


かつて荒れ果てていたこの場所は、今では子どもたちの笑い声が絶えない。


木製の柵の向こうでは小さな足音が忙しなく駆け回り、庭では洗濯物が風に揺れている。復興は、確かに“形”になり始めていた。


その時――


「お姉ちゃん!!」


弾けるような声に、エレナは振り向く。


視界に飛び込んできたのは、危険地域で助けたあの少年だった。


以前は痩せ細り、怯えた目をしていた彼。


だが今は違う。


ふわりと整えられた髪。動きやすく清潔な服。陽を浴びた肌は健康的に艶やかで、頬にはわずかな丸みさえある。しっかり食べ、眠り、笑っている証だった。


エレナの胸が、じんわりと温かくなる。


「元気そうね」


少年は勢いよく抱きついた。


「ねぇ遊ぼうよ!」


無邪気な笑顔に、エレナはやわらかく微笑む。


「お仕事が終わったらね」


その瞬間、少年の顔がぱっと輝いた。


「やったぁ!」


くるりと振り返り、友達の元へ駆けていく。


その後ろ姿を見送りながら、エレナは小さく息を吐いた。


胸の奥が満たされていく。


ここまで来られたのだと、静かに実感していた。



「よぉ、嬢ちゃん」


穏やかな声に振り向くと、エレナの表情がぱっと明るくなる。


「リヒトさん! この地域も随分良くなってきましたよね」


嬉しさを隠しきれない声音だった。新しく建てられた建物、整えられた道、増えていく笑い声。変わり始めたこの地を、誰よりも実感している。


リヒトはその横顔を眩しそうに見つめた。


「あぁ……あんた本当にすげえなぁ」


思わず漏れた言葉。


だがエレナはすぐに首を振る。


「何言ってるんですか。リヒトさんや皆さんの力があってこそです」


迷いのない即答だった。


そして前を見据えて微笑む。


「まだまだやることがあります。これからもよろしくお願いします」


未来を疑わない声。


その笑顔に、リヒトの胸が大きく揺れた。


眩しい。


まるで――女神の化身でも見ているようだった。


気づけば、無意識に手が伸びていた。


陽光を受けて輝く白金の髪。風に揺れるたび、柔らかな光がこぼれる。透き通る白い肌。微笑むだけで周囲の空気までやわらぐ。


この荒れ地をここまで変えてしまった人。


子どもたちが笑い、街に灯りが戻り、人々が未来を語り始めた理由。そのすべてが、彼女の隣に立っているだけで分かる気がした。


(あぁ……)


胸が締め付けられる。


誇らしいのに、嬉しいのに、どうしてこんなに苦しいのだろう。


「あんたは……本当に、すごい人だ」


先ほどと同じ言葉なのに、声の重さが違った。


けれどエレナは気づかない。ただ照れたように笑うだけ。


その無防備さが、さらに胸を刺した。


(俺なんかが……)


この人の隣に立つのは、自分ではない。


最初から分かっている。ずっと分かっていた。


それでも――手が止まらない。


触れたいと思ってしまった。


ただ一度だけでも、この温かさを確かめてみたいと。


触れてしまえば壊れてしまうと分かっているのに。


伸ばした指先が、わずかに震える。


(……俺の……女神)


この地に光を連れてきた人。


人を救い、街を変え、未来を作る人。


眩しすぎて直視できない。


それでも目を逸らせない。


触れられない光だと分かっていても――


それでも手を伸ばしてしまうほどに。



その瞬間――



「エレナ!」



遠くから声が響いた。風に乗ってやって来る威圧感。


はっとして、リヒトは我に返る。 伸ばしかけていた手が、反射的に止まった。


同時に、背筋をなぞるような感覚が走る。


――冷たい。


振り向かなくても分かった。ただ本能が告げている。


(やべぇ)


王弟が来た。


視線が合ったわけでもない。 言葉を向けられたわけでもない。


それでも、確かに感じる。


自分だけが向けられている、無言の圧。


思わず冷や汗が伝った。


だが次の瞬間、その空気を一瞬で塗り替える声が響く。


「ジャック様!」


弾むような声だった。


振り向いたエレナの表情が、ぱっと花が咲くように明るくなる。


その笑顔は、さっきまで見ていたものよりもずっと――柔らかく、嬉しそうだった。


リヒトの胸に刃で刺されたような痛みが走った。


自分の入る余地は、最初から無かった。


小さく息を吐き、視線を落とす。



やがて――エレナが走り出した。



「ジャック様!」


彼女はすでに駆け出していた。


迷いは一切ない。


胸の奥から、幸福が溢れて止まらなかった。


遠くで懐かしい声が聞こえた気がした。


声なき声を聞いた瞬間、胸の奥に優しい温もりが広がった。


(みんなも幸せなんだね……)


エレナはようやく、前世の想いに静かに区切りをつける。


そして――新しい幸せを、確かに受け入れたのだった。




風を切るように駆けながら、エレナは笑う。


胸がいっぱいで、泣きそうになるほど嬉しくて。


遠くに立つ彼の姿が、少しずつ大きくなる。


それだけで、心が満たされていく。


ジャックは一歩前へ出る。


次の瞬間、走り込んできたエレナをやさしく受け止めた。


ふわりと抱き止める腕。 決して離さないという確かな温もり。


「わたし凄く幸せなの」


小さく零れた声に、彼は静かに微笑む。


額と額が触れ合う。


互いの瞳を覗き込み、同じ温度の笑みが交わされた。


触れるだけの口づけ。陽だまりのような笑みが互いの顔に咲いた。


二人を祝福するように、爽やかな風が吹き抜ける。


草花が揺れ、子どもたちの笑い声が遠くで弾けた。


光に満ちた大地。


復興した土地。 救われた子どもたち。 支え合う仲間たち。


そして、迎えてくれる大切な人。


この場所には、確かに光が根付いていた。



ーー第二章 完ーー


最後までお読みいただきありがとうございます、感謝に堪えません。番外編もお読み頂けたら幸いです。

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