第十五話:仕組まれた迷路(後半)
知らせを受けたジャックが戻ったのは、それから間もなくのことだった。
馬の蹄の音が止まり、扉が開く。
その瞬間――空気が変わった。
誰もが息を呑む。
静かな足取りで歩み寄る王弟。
表情は、ほとんど動いていない。
だが、分かる。
怒っている。
声を荒げることもない。
叫ぶこともない。
ただ――温度がない。
「状況を」
短い一言。
レオンハルトが即座に報告する。
消失の時刻。
監視魔法の断絶。
現在の捜索範囲。
すべてを聞き終えたジャックは、数秒だけ沈黙した。
そして、淡々と告げる。
「指揮を引き継ぐ」
その言葉に、騎士たちの背筋が伸びた。
王弟の帰還。
それはすなわち――戦場の始まりを意味する。
「封鎖範囲を拡大。捜索班を三層に分けろ。魔術師は妨害術式の痕跡を洗え」
命令が次々と飛ぶ。
迷いがない。
躊躇がない。
現場のすべてが、一瞬で掌握されていく。
そして、誰よりも必死に動いていた。
エレナを探すために。
捜索は、夜へと突入していく。
捜索網は、徐々に狭まっていった。
魔術師の報告が重なり、騎士たちの探索経路が重ねられていく。
そして――
静かな結論が落ちた。
「未探索区域は……残り一箇所のみです」
報告の声が、夜気の中で重く響く。
地図の上に残された空白。
そこは、誰もが目を逸らしたくなる場所だった。
治安崩壊の最奥区域。
人が足を踏み入れれば、二度と戻れないと言われる場所。
その名を聞いた瞬間、レオンハルトの表情が凍りつく。
そして――ジャックの瞳から、最後の温度が消えた。
「行く」
短い一言だった。
止める者は誰もいない。
止められる者も、いなかった。
*
月が昇り始めた頃。
白い光が、崩れた建物の影を長く引き伸ばしていた。
最奥区域は、異様なほど静まり返っていた。
風の音すらない。
生命の気配が、希薄だった。
ジャックは足を止めることなく進む。
瓦礫を踏み越え、闇の奥へ。
騎士たちが続く。
レオンハルトも無言で並んだ。
誰も声を発しない。
その静寂を――
かすかな音が裂いた。
「……助けて……ジャックさま……」
か細い声。
消え入りそうな祈り。
だが、その一言だけで十分だった。
ジャックの歩みが止まる。
次の瞬間、胸の奥で何かが弾けた。
怒りが、噴き上がる。
血が煮え立つような衝動。
世界そのものを焼き尽くしてしまいそうな激情。
胸を引き裂く後悔と怒りが、一瞬で頂点に達する。
けれど。
その激流は、次の瞬間、嘘のように凪いだ。
静かに。
氷のように。
激情は消えていない。
ただ、形を変えただけだった。
燃え盛る炎が、刃へと鍛え直されるように。
ジャックの瞳から、すべての揺らぎが消える。
周囲の騎士たちが、息を呑む。
空気が変わった。
夜の温度が一瞬で下がったような錯覚。
彼は一歩、踏み出す。
瓦礫を踏む音が、異様なほど静かに響いた。
触れた瞬間、終わる。
そう理解させるだけの重みがあった。
レオンハルトが、わずかに息を吐く。
背筋に走る戦慄を押し隠すように。
雷鳴の前の、完全な静寂。
風が止む。
虫の声も消える。
世界が息を潜める。
嵐が来る。
すべてを焼き払う雷光が、まもなく落ちる。




