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第五話:晩餐の温度差


王弟直轄領城内の晩餐室。


長いテーブルには温かな料理が並び、蝋燭の灯りが穏やかに揺れていた。


旅の疲れもあり、和やかな食事になる――はずだった。


「今年の収穫量は例年より一割ほど増えています」


エルナーが資料を軽く示す。


「南区画の灌漑が成功したのが大きいですね」


クララが嬉しそうに頷く。


「春のうちに手を打てて本当に良かったです。殿下が王都へ戻られた後も皆で頑張りました」


「よくやった」


ジャックが短く答える。


会話は自然に続いていく。


領地の話。昔の思い出。幼い頃の失敗談。


笑い声が上がる。


エレナは――静かにフォークを持ったままだった。


(入れない……)


話題が分からない。


知らない思い出ばかり。


三人の会話は軽快で、途切れない。


「殿下、覚えています?子供の頃に湖へ落ちたこと」


「忘れていない」


「クララが泣きながら飛び込んで――」


「やめてください兄様!」


笑い声。


(うわぁ……)


エレナは静かに水を口に運んだ。


(ヒロインマウントきつい……)


白目になりそうだった。


楽しい。


仲良し。


思い出共有。


完璧な幼なじみ空間。


(帰りたい……)


その瞬間。


「エレナ」


低い声が落ちた。


ジャックだった。


三人の視線が一斉に止まる。


「話が長い」


静かな声。


「彼女が退屈している」


空気が止まった。


「え……?」


クララが目を瞬く。


「そんなつもりでは……!」


慌てて言葉を重ねる。


「最近あまりお話しできていないので……少し寂しいです」


声が揺れる。


「でも、ごめんなさい。エレナ様」


クララの目に涙が滲む。


「気付かなくて……」


(居心地最悪!!)


胸がぎゅっと痛む。


申し訳なさと居たたまれなさが混ざる。


「もういい」


ジャックが立ち上がった。


「部屋で食べる」


「殿下……?」


「エレナ」


差し出された手。


迷う間もなく引き上げられた。


「失礼する」


有無を言わせぬ声音だった。



自室のテーブル。


二人分の料理が静かに並べられる。


先ほどまでの重苦しい空気が嘘のように消えていた。


「……ごめんなさい」


エレナが小さく呟く。


「謝るな」


即答だった。


椅子を引く音がやけに近い。


気付いた時には、ジャックはいつもより距離の近い位置に座っていた。


「今後は二人で食べる」


「え?」


「最初からそうすべきだった」


迷いのない声。


「君と過ごす時間を他人に譲る気はない」


さらりと言われた言葉に、胸がじんわり熱くなる。


「……ずるいです」


「知っている」


短い笑み。


そのまま自然な動作で、ジャックがエレナの手を取った。


食事の前だというのに、指先を確かめるように軽く撫でる。


「冷えている」


「さっきまで緊張していたので……」


「もう大丈夫だ」


低い声。


「ここには俺しかいない」


視線が絡む。


逃げ場のない距離。


「エレナ一筋だ」


心臓が跳ねた。


「安心しろ」


そのまま指先に軽く口づけが落ちる。


一瞬で離れたそれは、触れたかどうか分からないほどのものなのに――胸が焼けるように熱くなった。


「……食事が冷める」


「殿下のせいです……」


「俺のせいだな」


満足そうな声だった。


皿を取り分けながら、ふとジャックが呟く。


「さっきの晩餐は気にするな」


「でも……」


「君が居心地悪そうにしているのが一番気に入らない」


フォークを置く音が小さく響く。


「君が笑っていない時間は、全部無駄だ」


真っ直ぐすぎる言葉に息が止まる。


(この人……重い……)


けれど、嫌ではない。


むしろ胸の奥が温かく満たされていく。


「……好きです」


思わず零れた本音に、ジャックの目がわずかに細められた。


「知っている」


再び微笑む。


静かな晩餐は、先ほどよりずっと温かかった。



 その夜、執務室。


「今後、どの様な状況でも彼女を孤立させるな」


ジャックの声は低く静かだった。怒鳴りも叱責もない。だが――空気が凍る。


「承知しました」


エルナーは即座に背筋を伸ばした。

胸の奥が冷える。

(本気で怒っている)


激情ではなく、静かな怒り。最も恐ろしい種類のものだ。


「配慮が足りませんでした」


言い訳は浮かばない。晩餐の光景が脳裏に蘇る。

三人の会話、取り残されたエレナ、席を立った殿下。


「理解しました」


隣でクララが微笑む。完璧な、いつもの笑顔。

――だがエルナーは知っている。本心を完全に隠した表情だ。


「二度と同じ事は起こしません」


「頼む」


短い一言で話は終わった。

ジャックは書類へ視線を戻す。


その横顔を見ながら、エルナーは確信する。

(殿下は……本気で溺れている)


国家も領地も責任も――それより優先される存在。

エレナ・フォン・ローゼンバーグ。


隣でクララは変わらず微笑み続けていた。

揺らがない補佐の顔。

だがその笑顔に、エルナーは言い知れぬ不安を覚えていた。


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