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第一話:王弟婚約者の初仕事


朝の光が、重厚なカーテンの隙間から差し込んでいた。


王弟邸で迎える朝にも、少しずつ慣れてきた頃。

とはいえ――


「……広い」


目を覚ますたびに思う。

伯爵邸の自室の三倍はある寝室。天蓋付きのベッド。豪奢な調度品。


(ここ、婚約者の家なのよね……)


婚約。

同居。

王弟邸。


言葉にすると改めて現実味がすごい。


身支度を整えていると、侍女マリアが少し緊張した様子で告げた。


「お嬢様、ジャック殿下がお呼びです。執務室へとのことです」


(朝からかぁ)


嫌な予感しかしない。


執務室への「呼び出し」は大体仕事だ。



執務室の扉を叩く。


「失礼いたします」


中に入ると、書類の山に囲まれたジャック様が顔を上げた。


その瞬間、表情がふっと緩む。


「来たか、エレナ」


(その顔ずるい…)


仕事モードの王弟殿下の姿なのに、私を見ると一瞬で甘くなるの、本当に心臓に悪い。


「ジャック様。ご用件は……?」


ジャック様は椅子から立ち上がり、机の前に回り込んだ。

そして当然のように、私の腰を引き寄せる。


「ひゃっ……!」


「そんなに警戒するな。婚約者だろう」


(朝から距離が近い!)


逃げようとしても、腰に回された腕が離れない。


彼は私の髪に指を絡めながら、さらりと言った。


「直轄領へ行くことになった」


「……はい?」


思考が止まる。


「視察だ。王弟妃候補としての初仕事になる」


(ついに来た……公務……!)


胸がぎゅっと締め付けられる。


「私に、務まるでしょうか……」


不安が口をついて出た瞬間。


顎をそっと持ち上げられた。


「務まる」


碧の瞳がまっすぐに射抜いてくる。


「君はもう十分やっている。領地管理も、貴族社会も」


距離が、さらに近くなる。


「だから今回は――」


彼は少しだけ悪戯っぽく微笑んだ。


「俺の領地を見てほしい」


胸がどくんと鳴る。


「数日かかる。泊まりになるな」


(泊まり!?)


言葉の意味が脳内でゆっくり理解される。


直轄領。

数日。

宿泊。


つまり。


「りょ、旅行みたいですね……」


思わず漏れた言葉に、ジャック様が一瞬目を細めた。


そして――


耳元に唇が近づく。


「新婚旅行の練習だよ」


――思考停止。


「……え?」


低く甘い声が、すぐ近くで落ちる。


「結婚したら、連れて行くつもりだった場所だ」


指が頬をなぞる。


「君と二人で過ごす時間が増える。俺は楽しみで仕方ない」


(無理無理無理無理)


顔が一気に熱くなる。

逃げ場がない。視線を逸らせない。


「し、新婚旅行なんてまだ……!」


「一年後だろう?」


即答だった。


「俺にとっては長すぎる」


ぎゅっと抱き寄せられる。


「だから予行演習だ」


心臓が限界。


「君と一緒に眠って、同じ景色を見て、同じ時間を過ごす」


囁きが落ちる。


「早く慣れてくれ」


(慣れる!?!?)


完全に処理落ちした私の額に、軽く口付けが落ちた。


「楽しみにしている、エレナ」


――もう、無理だった。

(倒れそう……)


「……はい」


声が震えたのは、絶対に気のせいじゃない。


こうして私の

王弟妃候補としての初仕事は――


完全に甘すぎる空気の中で始まったのだった。


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