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部活編・初日の感覚

ゴールネットが揺れたあとも、誰もすぐには動かなかった。


「……ナイス」


遅れて、誰かが言った。


キャプテンは、ゆっくりと息を吐いた。


相沢あいざわ 恒一こういち

三年。センターバックのレギュラー。


守る側として、何度も“上手い一年”は見てきた。

でも、今のは違う。


(パスがなかったから行っただけ)

(でも……それを、最初から分かっていた)


相沢は、叶弥を見る。


目は合わない。

気にもしていない。


(……視えてる範囲が、違う)


ホイッスルが鳴り、ミニゲームは終わった。


片付けが始まる。


相沢は、ボールを拾いながら監督の横に並んだ。


「どうだ?」


短い問いだった。


相沢は、少しだけ言葉を探す。


「……上手い、とは違います」


監督は何も言わない。

続きを待つ。


「判断が、早いです。

 しかも、自分が孤立してるのを分かった上で、

 最後まで同じ選択肢を探してました」


「最後に行ったのは?」


「……他が、なかったからです」


監督が、ふっと笑う。


「ほう」


相沢は続けた。


「だから、たぶん——

 あいつは“一人でやりたい”んじゃないです」


一拍。


「……“合わせられなかった”だけです」


監督は、グラウンドの端を見る。


一人、靴紐を結び直している叶弥の背中。


「面白いな」


それだけ言った。


——


部活を終え、俺はひとり家路についていた。

夕方の空気は少し冷たく、グラウンドの土の匂いがまだ鼻に残っている。


(はあ……今日はさすがに疲れたな)


初めての環境、初めてのチーム。

それだけで、思っていた以上に神経を使っていた。


(やっぱり、国が違うとサッカー観も違う)


そう感じたのは、技術や戦術よりも、空気だった。


ボールの呼び方、動き出しのタイミング、当たり前だと思っていた感覚が、微妙に噛み合わない。


とはいえ、日本に戻ってからサッカーから完全に離れていたわけじゃない。

人と一緒にプレーするのが久しぶりだっただけだ。


朝は決まってランニングをして、短い瞑想をする。

家に戻ればボールを持って公園へ行き、ドリブルや基礎的なドリルを淡々とこなす。

入部するまで、怠けていた覚えはない。


(それにしても……)


ふと、ひとりの顔が浮かぶ。


(あのキャプテンだけ、少し違ってたな)


全体を見ている視線。

動きの少なさとは裏腹に、ズレない立ち位置。

初日でチームの実力はまだ測れない。

それでも、簡単な相手じゃないことだけは、なんとなく分かった。


(上手く、やっていけるだろうか)


自分に問いかけるようにそう思いながら、俺は家の前に立っていた。


玄関を開けると、家の中は静かだった。


靴を脱ぎ、廊下を歩く。

足音だけが、やけに響く。


「ただいま」


返事はない。

それで、落ち着いた。


部屋に入って鞄を置き、ベッドに腰を下ろす。

少し遅れて、今日の感覚が戻ってきた。


パスが来なかった場面。

ワンタッチが通じなかった瞬間。


(技術の問題じゃない)


そう思う。

でも、すぐに答えは出ない。


日本に戻ってから、ボールに触らなかった日はない。

朝のランニングも、ドリルも、欠かしていない。


――それでも。

「一緒にやるサッカー」は、久しぶりだった。


国が違えば、当たり前も違う。

テンポも、間も、前提も。


ベッドに仰向けになる。

天井を見る。


(上手くやれるかどうかじゃないな)


(分かってもらえるか、だな)


そう思って、息を吐く。


しばらくして、体を起こす。

机の横に置いたボールに、視線をやる。


触らない。

今日は、それでいい。


明日も、グラウンドはある。


そう思って、部屋の明かりを落とした。

次回は別視点で物語を書きます!

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