ミニゲーム後編
1対1。
キャプテンはポジションをずらさない。
腰を落とし、膝を柔らかく使いながら、じわじわと距離を詰める。
抜かせない距離。
抜かせない角度。
抜かせないタイミング。
――相手が一年だろうが関係ない。
キャプテンは県大会経験者だ。
この状況なら、相手が何をしてくるか、大体は読める。
フェイントで揺さぶるか。
縦に仕掛けるか。
それとも、一度止めて味方を使うか。
どれが来ても、対応できる。
そう思っていた。
目の前にいる羽谷叶弥は、ボールを触りながらも、焦る気配がない。
余計なステップもない。
身体を大きく揺らすこともしない。
静かだ。
静かすぎる。
まるで、相手の動きを待っているというより――
「相手が動く未来」を、最初から知っているみたいだった。
(こいつ……何を狙ってる?)
キャプテンの背中を、嫌な汗が伝う。
――だが。
叶弥は、フェイントを入れなかった。
体を揺らさない。
足も絡めない。
スピードも、力も、派手じゃない。
ただ、次の瞬間。
一歩目だけが、早すぎた。
キャプテンが「右に来る」と判断するより前に。
重心を右に預ける、その“気配”が生まれるより前に。
叶弥の身体は、もう左へ滑り込んでいた。
(……は?)
脳が追いつかない。
気づいたときには、体が半身ずれていた。
足が出る。
腰が遅れる。
視界の端で、叶弥の肩がもう前にある。
――抜かれた。
理解した瞬間、キャプテンは反射でカバーに入った。
肩をぶつけ、コースを塞ぐ。
だが、次の選択が――読めない。
パスか?
シュートか?
一瞬、叶弥の視線がゴールへ向く。
(撃つ!)
そう思った。
思ったのに。
次の瞬間、叶弥の足首はパスのフォームを描いた。
(……いや、出すのか!?)
キャプテンの身体が、ほんの僅かに緩む。
味方の位置を確認しようと首を振る。
その刹那。
叶弥は、どちらも見せた。
パスのように振り抜き、
シュートのようにボールを叩く。
――選択肢が、二つあるんじゃない。
最初から「両方」を用意していた。
キャプテンは踏ん張ろうとした。
だが遅い。
足が止まった瞬間、もう体は反応できない。
叶弥のボールは、角度のないところを通っていった。
低く。
速く。
地面を這うように。
キーパーが反応したときには、すでにゴールラインを越えていた。
ゴールネットが鳴った。
――バン、と乾いた音。
「……マジかよ」
誰かが呟いた。
一瞬、コートが静かになる。
誰かのスパイクが、芝を擦る音だけが残った。
キャプテンは振り返ることができなかった。
ただ、目の前の一年生を見た。
叶弥は息を乱していない。
嬉しそうに笑うわけでもない。
淡々とボールを拾う。
まるで、今のゴールが
「出来て当たり前」だと言わんばかりに。
キャプテンは息を吐いた。
(パスがなかったから行っただけだ)
(でも……それを“分かって”やっている)
視線が合う。
叶弥は何も言わない。
誇示もしない。
当然の選択をした、という顔だった。
(――やべぇな)
守りの要として、初めて背中に冷たいものが走った。
同時に、奇妙な期待も、確かに生まれていた。




