全国大会編⑥・「冷てぇ」
ハーフタイム。
ベンチで水を飲む。
キャプテンが、低く言った。
「……やっぱ別格だな」
「何が? 押せてるじゃん」
「まだ前半だろ」
キャプテンは首を振る。
「油断すんな」
「大丈夫だって。俺たちには羽谷がいるし。な?」
視線が、こちらに集まる。
「いえ。キャプテンの言う通りです。油断せず行きましょう」
俺は、ピッチへ視線を向けた。
社会人チームは静かだ。
笑っている。
だが、騒いではいない。
焦りもない。
話しているのは、さっきのセンターバックたちだ。
距離を確かめる仕草。
立ち位置の微調整。
ただ――
サイドにいた男が気になった。
確か名前は……真壁だったか。
目立ったプレーはしていない。
それでも、サイドからの攻撃パターンが減っている。
守備が、的確すぎる。
(そんな選手が、なぜサイドなんだ?)
考えていると、声がかかった。
「どうした? もう始まるぞ」
キャプテンだ。
「ああ……少し気になって」
「気になる?」
「はい。あのサイドバックの人が」
「ああ、真壁さんか」
キャプテンは苦笑した。
「ありゃバケモンだ。本来ならセンターバックなんだがな。今回は違うみたいだ」
ピッチの方を見ながら、続ける。
「目立ってないが……同じディフェンダーからすると、恐ろしい」
「やはり、そうですか」
「ああ。気をつけろよ」
「分かりました」
ふと、空を見上げる。
遠くに、黒い雲が浮かんでいた。
(予報じゃ降らないはずだよな……)
少しだけ目を細める。
(まあ、試合が終わるまでは持つか)
足元のボールを転がす。
タッチを確かめる。
芝の感触を踏みしめながら、ピッチを見渡す。
(さて――後半は、どう来る?)
――
社会人チームのベンチ。
前半終了のホイッスルが鳴り、選手たちが集まる。
「誘き寄せられたり、出し抜かれたり……好きにされてるな」
一人がタオルで顔を拭きながら言う。
「前、行かせすぎだな」
別の選手が頷く。
「あの坊主に対して一枚で行くからやられる。次は挟むぞ」
「了解」
ボードを囲みながら、守備の確認が続く。
その横で、若い選手が小さく呟いた。
「にしても、あいつ……うめぇな」
「ああ」
隣の男も頷く。
「頭ひとつ抜けてるどころじゃねぇ。ありゃ“天才”ってやつかもな」
その言葉に、一人の男が鼻で笑った。
「それは少し違うな」
元プロのセンターバック、真壁。
四十手前とは思えない体つきの男だ。
タオルを肩にかけたまま、静かに続ける。
「パスも、ドリブルも、シュートも――全部そうだが」
「坊主の動きは、無駄がない」
「冷静で、正確だ」
「感覚だけで、あそこまでは行かねぇ」
ベンチの空気が、少し静まる。
「相当やってきた奴の動きだ」
「じゃあ、秀才ってことですか?」
若手が聞く。
真壁は少しだけ考え、首を振った。
「……俺はな、天才とか秀才とか。そういう分け方は好きじゃねぇんだ」
「サッカーってのはな。人間が出る」
「人生観とか、人柄とか、そういうのがな」
ベンチの空気が、また少し静まる。
真壁はグラウンドを見ながら言った。
「なんつーかな」
「あの坊主は……冷てぇ」
「冷たい?」
若手が笑う。
「なんすかそれ」
「また、真壁さんが不思議なこと言ってらー」
「はは、まあ気にすんな」
真壁は軽く肩をすくめた。
「あ、言い忘れてた。場所変わってくれねぇか?」
「....え、いいすけど急ですね」
「わりぃーな!少し坊主とやってみたくてな」
すると、横にいたチームメイトが笑いながら言う。
「なんでもいいけどよ、あの坊主止めてくれよ、真壁」
「わーってるよ」
真壁は短く答える。
そして、グラウンドを指差した。
「とにかく、あの坊主が突出してるのは確かだ」
「逆に言えば――あいつを止めりゃいい。
坊主さえ抑えりゃ、あとは怖くねぇ」
「まぁ、出過ぎた杭は打たれるってこったよ!」
「一丁前にことわざとか使うなってんだ笑」
「うるせぇ!」
若手たちも笑い、空気が和む。
真壁が立ち上がる。
「よし」
「後半、締めるぞ」
「了解っす!」
選手たちが一斉に立ち上がる。
その視線の先で――
叶弥は、まだ静かにボールを蹴っていた。




